night in gale

作品集: 最新 投稿日時: 2009/01/11 00:00:43 更新日時: 2009/01/11 00:00:43 評価: 18/66 POINT: 160 Rate: 0.55
リグル少年×ミスティアお姉さん
シリアス。俺設定てんこもり。

 1.が微グロで、脇役のオリキャラてんこもりで、ミスティア出てきません。
 なので、苦手な方は1.を流し読みして、2.のコメディパートから読んで下さい。



































0.彼女と彼女のウタ



 僕の呼吸を止める歌がある。

 その美しさのあまりに、彼女の歌は僕を殺す。

 彼女の休符の間だけ僕は生きていける。


 その調べはどこまでも孤独。

 一人だけで静かに、
 ただ唇からまろびでるだけの歌。

 雪の中で孤独に、
 背筋を丸めた僕に響いてるウタ。


 その歌は彼女を孤独にする。
 美しい彼女の、大切なものを喪わせて、響いている。


 だから、
 ――だから。


 綺麗なひと、
 僕なんかのために歌わないで。




















1.ムシケラは皆死ね

――おうさま、おうさま、わたしたちの王様!
――ばんざい、ばんざい、リグル王、蟲の王!

 僕の耳の奥に響く、懐かしい喝采。
 あれはもう遠い夏の日のこと。

 喜びの夏と実りの秋が過ぎて、何もかもが死に絶える冬が来た。
 朽ちた木の虚(うろ)に閉じこもって手足を丸めて、僕は眠っていた。
 僕の身体と壁との隙間は全て、死んだ虫たちの骸で埋められていた。
 僕が腕で抱きかかえているのは、キリギリスの脚だった。太ももからもげた先からは黒い汁がこぼれ、饐えた蒸気が立ち上がっていた。
 キリギリスは僕の執事だった。僕を育ててくれたほとんど生みの親のような存在だった。眠れぬ夜には巧みなバイオリンを奏でてくれた。若い頃は遊び人だったという彼の指先はひどく繊細な調べを紡いでいた。
 僕の手の内で小さく光るのはたくさんの蛍たちの表皮だ。小さな可愛らしい僕の妹たち。にいさま、にいさまと舌足らずに呼んでいた。彼女たちはまだ子供で、それでも大切だった。その冷たい蛍火はうっすらと輝いて、僕の居る小部屋を寂しくないように慰めてくれた。
 僕の足下で砕かれている、ガラスのように透明な羽根はトンボのそれだ。彼は僕の乳兄弟で近衛兵だった。どこまでも勇敢な戦士で狩人。透き通って強靱なガラスの羽根と、鋭い刃の牙としなやかな体躯を備えて、どこまでも飛んだ。
 眠る僕の背中にびっしりと敷き詰められた赤と黒の斑点の布団はテントウムシの甲羅だった。彼女たちは僕のメイドだった。僕が毎日を愉快に笑って過ごすために彼女たちは意地になって戯けて見せた。腹がよじれるくらいに僕たちは笑いあった。

 あのころは皆、喜び、叫んでいた。昨日のように思い出す。
 真夏の夜の夢。虫たちの祝祭。

――蟲の王、這うものたちの頂点!
――誉れあれ、鳴り響け祝福の声!
――ハレルヤ、み栄えあれ、世の蟲たちは全てその名のもとにひれ伏すだろう、ハァレルゥゥゥヤ!

 皆笑っていた。浮かれていた。僕を見て楽しそうにはしゃいでいた。
 僕は幸せだった。
 みんなに囲まれた僕を見て、みんなが笑う。それは確かに幸せだった。

 でもそれももう無い。

 皆、死んでしまった。
 潰してしまった。

 潰したのは僕だった。





 最初に北風の吹いたとき、僕は執事に手を引かれてこの小さな木の虚の中に入った。導かれたとき、この部屋はまるで中身を抜き出した卵のようにがらんどうだった。これから中にどんなお菓子が詰められるのか僕は楽しみで仕方なかった。
「坊ちゃまは、生きなくちゃいけません」
 いつもにこやかに笑っているキリギリスがいやにきっぱりした口調で言うから、僕は怪訝に思って、なぜだいと訊いた。
「何故でも、それが王様のつとめです」
 彼はぎゅっと僕を抱いた。節くれ立って痛いぐらい水気のない身体だった。
 そうして僕の細い二本の触角を白い包帯でしっかりと封じた。僕が触れようとすると彼は悲しそうに首を横に振った。
「春が来るまで、何があっても絶対に外してはいけませんよ」
「匂いがかげなくなるよ?」
「いいのです。眠っていらっしゃい」
 そうして僕は中へ閉じこめられた。
 かんぬきのかかった静かで快適な牢獄の中へ。


 肌寒いその夜、はじめに来たのはテントウムシたち。遠慮がちな小さなノックの後、何匹もが次々に入り込む。それが終わってすぐに誰かが外側から入念に鍵を掛けている音が聞こえた。それだのに皆きゃあきゃあとはしゃぐばっかりでまともに聞き取れない。
 僕がとまどっていると、そのうち一人がぽんと僕の前へ弾き出される。おずおずと頭を下げて、それでも大きなお尻をふるふる振ってつっかえつっかえこう言った。
「王様、おうさま、わたくしの王」
「うん」
「王様、生きなくちゃいけません。長く長く生きなくっちゃいけません」
「……うん。でも、どうして?」
「それが王様だからです」
 彼女はにっこり笑んだ。
「そして、わたくしたちのことを覚えていて」

 言い終わると、彼女は、
 舌を噛み切って死んだ。

 その音がどんな音だったのか、僕は思い出すことが出来ない。そこから先はまるで白黒写真がぱらぱらと捲られるように音もなく色もなく断続的に進んでいった。
 次々に手早く娘達は自殺していった。狂ったようにたくさんの血。
 ある者は自ら腕を引きちぎった。ある者は自分の目を潰してそのまま神経の奥まで指を突き入れた。ある者は別の娘に口付けをしてそのまま食べてしまった。そして喉奥に同胞の肉を詰まらせて窒息死した。
 そして僕以外の誰もかもが死体になって敷き詰められた。部屋には引き裂かれた肉から上がる暖かい湯気が立ちこめていた。
 多分、僕は叫んだと思う。
 手が痛くなって感覚が無くなってもう動かなくなってしまうまで分厚い木の扉を叩いた。その密室は古い頑固な樫そのままに佇んでいた。その乾いた木肌と同じように僕の声が枯れていった。

 全てが息絶えていった。
 僕自身の他には。

 それから意識が遠くなって、わずかに眠った。
 執事の言うことは正しかった。僕は眠るべきだった。春になるまで。眠りの間だけは、今を忘れることが出来る。

 やがて僕はべったりと血で濡れた全身がほくほくと暖まっていくのを感じて目を覚ました。
 うっすらと目を開けたとき、皆が少しずつ腐っていた。同胞の肉が皆少しずつ腐っていくその熱が僕を暖めた。触角を縛られているせいで、匂いは全く感じなかった。その熱は僕を快適に包んでいた。その木の虚はまるで楽園のように暖かかった。
 僕は再び昏々と眠りについた。
 そうしないと狂ってしまうだろうから。





 季節が移って冷えていく。強くなる風音を夢の狭間に感じた。
 甘い夢は夏の思い出と秋の残り香を保ったままで、どろりとチョコレートのように脳裏にこびり付いていた。
 細く頼りない手足を丸めて僕は微睡み続ける。夢にしがみつくようにして、ただ時の過ぎ去るのを待っている。

 それでも冬の残酷さの本質は、その長さに在った。

 それは僅かな不安感から始まった。
 やがて目が覚めるごとに腐るべきものが無くなって、べったりと濡れていた全身がいつの間にか乾いていたのに気づいた。
 熱は冷めていく。どうしようも無いほどに、あっという間に拡散していく。
 僕はそれらを忘れようとして再び眠りについた。

 不本意な目覚めが幾度続いただろう。ついには手足が冷え切ってもう眠れそうもなくなるまで僕は縮こまって耐えた。
 小さく息をついて、かじかんだ手足を温めた。ほうっと吐いた息が白く凝っていた。
 死んだテントウムシの甲羅は褪せた赤色でまだ敷き詰められていた。だがそれはもう化石のように乾ききっていた。

 唐突に、何かがぶつかるような音がした。僕は微かに身を震わせて、その何かが現実を変えてくれるのを待った。
 そしてがらん、とかんぬきの開く音。
 あっけなく、光が飛び込んできた。
 乳兄弟で近衛兵のトンボだった。
「よぅ、王様」
 彼は陽気に言った。
「土産をやるよ。旨いぜ」
 そう言って僕へ向けて何か放り投げた。取れたての、まだ湯気を立てているようなバッタの脚だった。それを見るだけで生唾がわいてきた。忘れていた空腹がよみがえってくる。
 僕はむしゃぶりつくようにしてそれを食べた。生だろうと構わなかった。ずっとずっと眠り続けで何も口にしていなかったことを今更のように思い出す。
「あはは、リグルは食いしん坊だなあ」
 そう言ってトンボは僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。こんな風に親しげに振る舞うことが許されているのは僕の王国では彼だけだった。それが変わっていなくて僕は本当にほっとした。ほとんど泣きそうになって、思わず訊いた。
「きみは死なないかい?」
「どうだろうね。せいぜい努力するが」
 彼は愚直なほど真摯に答えた。そうして、僕を安心させるような頼りがいのある笑顔を浮かべた。いつもの通りだった。
 僕は心の中がじわじわ熱くなっていくのに気づいた。誰かと話をすることがこんなに心安らぐものだなんて、思ってもみなかった。
「生き物は、皆死ぬ」
「そうだな。悔しいが事実だ」
「だのに皆、僕に生きろと言うんだ」
「あんたは王様だからさ。当たり前じゃないか」
 彼が小さく肩をすくめて、それきり会話が止まった。
 僕は何を言えば良いのか分からなかった。

「反逆したいのさ」
 風の吹きすさぶ音に紛れてしまいそうな小声で彼は言った。
「え?」
「蛍の王が越冬するなんて奇跡だ。そうだろう?」
 彼の緑色の目は僕を切り裂きそうに鋭かった。
「俺たちは、自分よりも大きい奴に反逆したいだけなんだ」
「僕はそのための道具かい?」
「まさか。あんたは王様さ」
 ぽん、と僕の頭を撫でて、彼は背を向けた。
「愛してるぜ、ご友人殿!」
 そう言って彼はまた扉を開けて、飛び立っていった。
 大きく開かれた扉の向こうは、葉の落ちきった森の荒涼たる風景が並んでいた。その薄ぼんやりした灰色の中に一点、まばゆいほどに光るギンヤンマは、場違いなぐらいに格好良かった。

 彼のおかげで何食か、新鮮な食事にありつくことが出来た。食べきれないほどではなかったけれど、空腹は十分に満たされた。それに彼が部屋で休んでいる間、微かに互いの体温で温もることが出来た。
 僕がお礼に食料の一部を差し出すと、彼はにぃっと笑って断った。
「俺はたらふく外で喰っているんだ。チビのリグルが喰えよ」
 それが嘘なのは僕も知っていた。けれどこの話を続けると彼が腹を立ててまた寒い外へ飛び出していってしまうから、僕は黙るしかなかった。

 つかの間の平穏。
 白い死が天から降りて大地を埋めてしまうまでの、僅かな静穏。
 僕たちは互いに背を預けて、もたれかかって休息していた。
 僕は静かに蟲たちの肉を食らい、彼は黙って羽根を休めていた。
 背中から感じる体温だけが確かに僕たちを安らかにした。

 それがいつか崩れていくのを、僕はうすうす勘付いていた。
 そうなるだろうということは、容易に予想がついた。

 誰も永遠には生きないのだ。






 別れは唐突だった。
 強く打ち付ける風と共に、転がり込んできたのは銀と赤の混色。
 僕は彼の腹が大きく切り裂かれて、内側の紅く神秘的な脈動が弱々しく蠢いているのを直に見た。
 その日が来たのだ、と漠然とした想いが浮かんだ。
「裏切り者の地蜂にやられた」
 彼はそう言って腕の中の白い固まりを解き放った。床の上にごろごろと転がったのは丸々と太った蜂の子と卵だった。
「もうこんなものしか無いんだ。きっと明日の晩には雪が降るから」
 彼はごろりと転がって、そう言った。苦しそうに咳をして、言葉を継ぐ。
「もうこの酷い荒野には誰もいない。俺とお前しかいないのかもしれない」
「そんな……」
「冬だから、仕方がないんだ」
 彼はそう言って、自分の透明な羽根をむしり取り始めた。みしみしと音を立てて、それはただの物体になって落ちた。
「何を、言っているんだ?」
「俺はもう死ぬ」
 きっぱりとした潔い口調だった。
「薄汚い地蜂に殺されるぐらいなら自分で死んだ方がマシさ」
「そんな、死んじゃだめだ。きみも生きなきゃ」
「どうやって?」
 彼は小さく肩をすくめた。身動きするごとに、腹の傷口からごぼりと体液が溢れた。
「お前が俺を生かしてくれるのか? 狩りをして? 相手を殺して、獲物を捕ってくるのか? そんな細っこい手足で何を掴まえてくるって言うんだ?」
 彼は立て続けにしゃべった。僕が口を挟む暇は無かった。
「お前には何も出来やしない! ただ俺に養われているだけで精一杯じゃないか!」
 ぜえぜえと彼の荒い吐息だけが、この卵のような狭い虚の中に響いていた。

「いいんだ。お前が生きろ」
 彼は慰めるように
――いや、取り繕うように笑った。

 その背中にはもう、一枚の羽根も無かった。
 ただむき出しの逞しいトルソだけが、巌(いわお)のようにそこにあった。

「お前は子供で王様。俺たちの誇りで喜び」

 だから、
 頼むから。

「覚えていてくれ。俺のこと」

 そして彼はゆっくりと扉を開けて、閉めた。ごとりと重い音を立ててかんぬきが落ちる。
 僕はただ言葉の重さに打ちのめされて動けなかった。僕が本当に感じたのは遠い風切り音の気配だけだった。
 それでも、暗い冬空を彗星のように落ちていく明るい銀色を、僕は閉じたまぶたの裏に幻視した。








 甘く微かにほろ苦い地蜂の子を噛みしめながら、僕は茫洋とした夢の中に戻った。

 次は誰が来るだろう。
 誰が僕のために死ぬだろう。
 そして笑いながら、僕に生きろと言うだろう。
 それを待ちながら微睡む。
 ただ丸く白い餌を噛みしめながら、僕は眠っていた。




 夢心地に軽やかな声を聞いた。
「にいさま、にいさま、起きてちょうだい」
「ん」
「もう朝よ。学校に遅れるわ」
 妹の一人の声だった。僕は小さくううんとうなって、それから二度寝に入ろうとした。
「何よ学校って。ふざけてないで早くにいさまを起こさないと」
「だってそう言ったら起きるかと思ったの」
「さあ、にいさま。いいものを持ってきたの。明るくしてあげるから、目を開けて。わたしたちを見て」
 僕はまだぼうっとする目をどうにかこすりながら開けた。どうせ夢の中の声だろう、そう思いながらも暗い部屋の中を見た。

 輝くような笑顔で、妹たちが僕を取り囲んでいた。小さな頭、深い緑色の髪。僕の腰までも無いような小さな背丈。僕に似た、いくらか中性的な顔立ち。
 僕は尋ねた。
「どうやって、入ってきたんだい? 扉は閉まっていたろう?」
「いやあね、にいさま。わたしたちが生きているわけないじゃない」
 妹たちはそう言って顔を見合わせると、きゃらきゃら笑った。
「わたしたち、みんな死んでしまったじゃない。忘れたの?」
 そう言われてみれば、彼女たちの身体はどれも半透明なようだった。僕はなんといって良いのか分からなくて、小さく頭をかいた。
「ああ、そうだったっけね。ごめんね。あまりにもたくさんの者が死んだんでね」
 僕の唇からはそんなぼうっとした言葉がこぼれていた。どんな感情をそこに含めればいいのか分からなかった。

 特にいつの間に彼女たちが死んでいたのかも分からないとしたら。

 最初に訪れたテントウムシの中に僕の妹たちも含まれていたのだろうか? そんなことには気がつかなかった。
 テントウムシたちが生きていた頃には、この部屋は蠢きとくすくす笑いで満ちていたし、その後死んでからは血と肉片と阿鼻叫喚とが置き換わった。死んで腐ってしまえばもう、誰が誰だったかなど分かりようがない。
「変なにいさまね。ムシケラのことなど、忘れてしまえばいいのに。悲しんでいる余裕なんて、どこにあるというの?」
 妹の一人が言った。少し怒っていた。僕はたしなめた。
「ムシケラ……そんな言葉を使ってはいけないよ」
「あら、そうだったかしら。まあいいわ」
 あっさりと妹たちは引き下がった。
 そして僕の手を取って言った。

「忘れたらいやよ、わたしたちのこと」

 僕は図星を突かれてぎくりとした。取り繕うように言った。
「忘れるものか」
「ええ、ええ。にいさまは優しい方ですものね。でもこれから先とても大変なことがあるでしょうから忘れないようにしてあげる」
 妹は白いすべすべしたその半透明な手で僕の手を引いた。
 ぺったりと肉付きの薄い腹部へ這わせる。
「叩いて」
 僕は言われるままに、軽くぽんぽんと叩いて見せた。
「そうじゃないわ。そんな子供みたいなこと」
 あきれたように妹は言った。僕は恥ずかしくなった。
「刺すか擦るか叩くかしないと、わたしたち光れないもの」
 まだあどけない妹が言ったその言葉に、僕はぎくりとした。
 光るのは大人の仕事だ。子を為すためにその腹を光らせて相手を呼ぶ。それは子供がしていいことではない。それは幼い妹が為すべきことではない。

 妹たちは口々に言った。ねだるように甘い声。
「ねえ、にいさま」
「わたしたちだって、子供ぐらい生めるのよ」
「にいさまの子供が欲しいとは言わないわ」
「でも代わりにね、わたしたちから、奪って欲しいの」
「子を」
「未来を」
「誇りを」
「希望を」
「それらは全て、王様、あなたのものだから」
「ねえ、にいさま、いいでしょう」
「あなたは王様だから、奪う権利がある」
「わたしたちは、あなたの臣下で妹」
「あなたに全部あげる」
「わたしたちの光を、全て」

 僕はあまりの恐ろしさに言葉を失った。僕を取り巻く妹たちが、まったく異質なもののように思えた。
 僕は手を取られ、後ろから羽交い締めにされ。
 そうして僕の前におずおずと捧げられた下腹部へ向けて、僕の手を握ったもう一人の妹が、拳を打ち下ろす。強くはない。けれど心が痛い。
 僕の拳が妹たちの平らで柔らかな腹部に当たるごと、その白い腹の中へごく乏しい光が点った。それは冷ややかな蛍光の緑色をしていた。
「ああ、嗚呼。もっと打って。もっと撲って、にいさま、にいさまぁ……」
 妹は交代交代で、恍惚とした声を上げた。
「こんなんじゃ足りないわ、王様」
「にいさまの力をもっと頂戴」
「にいさま、もっと」
「もっと、非道くして」
 妹たちの力は弱くて、その腹の上でごく小さな打音を響かせるばかりだというのに、その微かな肉と肉のぶつかる音が僕の心を少しずつ壊していく。
 口々に叫ぶ彼女たちの欲望は木の虚を満たして大きく揺らす。僕はその中でちっぽけな一匹のムシケラに過ぎなかった。
「ああ、にいさま」
「いやぁっ、にいさま」
「もっと、もっとぉ……」
「欲しいの、にいさま。欲しいのよぉ……」
 恍惚と切ない声を上げる妹たち。そのまなじりに微かに浮かぶのは涙。
 その涙の意味を、僕は生涯理解し得ないだろう。

 やがて妹の一人が思いついたように、足下へしゃがみこむ。手に取ったのはトンボのガラスの羽根。透明に輝いて、鋭く欠けている。
 僕は嫌な予感がした。
 声を上げようとして妹のはしゃいだ声に遮られた。

「ねえ、これなんて良いんじゃないかしら」
「とっても硬くて、尖っていて、痛そう。素敵ね」
「良い考えだわ、さっそく試してみましょうよ」
 きゃらきゃらと甲高い声を上げて、おしゃべりが盛り上がっていた。

「止めろ。彼の思い出を汚すな」
 僕は声を張り上げていた。彼女たちが何を考えているのかは分からなかったけれど、得体の知れない嫌悪感だけがひしひしと僕のこめかみを叩いていた。
「何を言っているの」
「同じムシケラじゃない。わたしたちも、彼も」
「彼だけ救われるなんて、不公平だわ」
「わたしたちだって綺麗な思い出になりたい」
「にいさまの大切な妹でありたい」
「忘れちゃいやよ、にいさま」
「わたしたちのこと忘れないで」

 妹たちの声が耳をつんざく。僕の小さな身体をねじ切ってしまいそうに、羽交い締めの力が強くなっていく。
 僕はそっと目を閉じた。周囲の気配だけ、集中して感じ取ろうとする。妹の声と姿をした幽鬼たちはわずかに十を超すばかり。
 僕の妹はもっと多かった。七百八十四の同じ卵から生まれた兄弟姉妹の中で、唯一僕だけが王として生きながらえる力を持った。他の者は成人してからせいぜい数日で死んでしまった。
 泣いていた幼い僕に誰かがかつて言った。『生き物は皆死ぬ』と。
 忘れてしまっていた。ごく当然のこと過ぎて、そもそもの発端を覚えていなかった。
 初めからそうだった。それが自然な運命だった。
 だから、ここにいる彼女たちは、的はずれのことを言っている。

 思い出?
 笑わせるな。

――お前達は七百八十四のうちの、ありふれた七百八十三。
  ――王でないお前達は、
    ――記憶にすら残らない、
      ――ただのムシケラだ。

「愛する妹たちよ」
 僕は厳かに言った。声はもう震えても居なかった。
「お前達は、ムシケラだ」

 それを聞いた妹たちは笑った。声もないままに。にったりと悪鬼のように残酷な表情で。瞳孔を全て開いて、狂気と覚醒の狭間とでたゆたうように揺れる妹たち。
 この世のものと呼べないほどに、恐ろしかった。

 僕は怯まなかった。王はそうでなければならない。
 王であるならば、誰にも負ける訳にはいかないのだ。
 負けて死んではいけない。
 勝ち続けて、生きなければならない。
 さもなければ、ムシケラだ。

「ムシケラは皆死ね」

 生まれて初めて、僕は誰かに死を命じた。
 そしてその言葉の通りになった。

 割れガラスのように尖ったトンボの羽根を手に取り、彼女たちは自ら腹を掻っ捌いた。
 ぶじゅっと肉汁のあふれ出す音が響いて、体中へなま暖かい霧を吹き付けたような感触がした。自由になった右手で顔を撫ぜると、びっしょりと濡れていた。けれど臭いなどはどこにも無かった。
 


 全ては非現実と現実の合間で揺れて定まらなかった。
 やがて何もかもが沈黙する。
 幽鬼達の去った後の穴は虚無。
 何もかも空しい中で、暗い穴ぐらの底にぽつりぽつりと光る何かが落ちている。

 あれは妹たちの残り香だ。
 生きていた道程だ。
 彼女たちは願った。

――わすれないで、わすれないで。
――にいさま、わたしたちを、忘れないで。

 僕は、ゆっくりと身をこごめ、その光る欠片を拾い集めた。
 地に落ちてなお、僅かに光り続けるホタルの生皮を僕は拾い続けた。
 今はもういない妹たちの思い出として。

 僕の手の内で妹たちはいくつかのおぞましい菌類になった。笠を大きく開いた茸の形に変わった。茸が匂いの分からない胞子をまき散らしたせいで、僕は幾度かくしゃみをした。
 妹たちの欠片は、僕の手の内に入れば、蟲の死骸の上に生えた夜光茸に化けてしまう。僕は不思議でならなかった。まるで初めからただの茸だったかのようだった。
 僕は本当はそうかもしれないと思った。
 けれど本当のことなど誰にも分からない。
 それがいつであっても、妹たちは結局死んでしまったのだ。

 一つ思い出を拾うごとに、僕の頬を暖かな涙が伝って落ちた。耳の中へ渦巻いていくのは妹たちの愛おしい声。

――にいさま、にいさま。学校に遅れるわ。
 優しく僕の頬をつねって、耳朶を引っ張って、そして額にキスしていた。
――ねえ、にいさま。クッキーを焼いたのよ。食べて。
 満面の笑みで得意そうに、カゴに盛られた焼き菓子を差し出していた。
――ねえ、ずっとずっと一緒に。
 その笑みはどこまでも儚くて、愛らしくて、か弱かった。
――いつまでも、にいさまのこと、
――見守っているから。
 その笑みは闇に溶けて消えていった。






 音もなく世界の外圧が高まっていく気配だけ、感じていた。
 しんしんと降り積もる白い死が、この木の虚の外で圧力を増していた。
 時折どどうと遠くで何かが雪崩れていく振動が小部屋を震わせた。
 僅かに木の壁を通り抜けてくる冷気は容赦のない死に神のように厳かだった。
 寒さで僕が身震いをするごとに、はりはりと音を立てて虫たちの死骸は砕けていった。
 このまま凍えて死ぬのだろうか。
 冷たさのせいでろくに働かない頭の中で僕はそう思った。

 何か感慨を覚えるには、僕は少し疲れすぎていた。
 この長い冬の半ばで、僕は息絶えるのだろうか。
 それは致し方ないことのようにも思えた。考えれば考えるほど、それが妥当なことであるようにも思えた。
 理屈などは全て無くなり、ただ初めから死んでいるはずのものが、今まで偶然生き延びてきただけのことのように思えてきた。
 考えるのがひどく億劫で、夢と現とがない交ぜになった眠りの中、僕はただ身体を横たえて時の過ぎるのを待っていた。




 ごとりと音がしたのを、夢うつつに聞いた。
 僕はまどろみのなかから僅かに意識を浮上させた。
 その音は雪崩にしては近く聞こえた。
 また、物音が聞こえ、強烈な冷気が吹き込んできた。
 一吹きで何かを殺しそうなぐらいに新鮮で冷たい風。
 僕はゆっくりと目を開ける。
 微かに開いた扉から、滑り込むように進入してきた彼の顔を、僕はひどく遠く感じていた。
「いやはや。ひどい吹雪だ。死んでしまう。こんなに遅れてくる予定ではなかったのですがね」
 キリギリスの執事はそう言って優美に微笑んだ。
「まあ、始まりにして終わり。完璧というのが執事のあり方でしょう。致し方なし。ヒーローは必ず遅れて来るものですから」
 突然の戯けた挨拶に僕はまともな答えが返せそうもなかった。
 代わりに聞いた。
「きみはまだ生きているのか?」
「ハッ、当然でしょう。そう簡単に死んでたまるもんですか」
 執事は酷薄そうに鼻で笑った。
「でも、みんな死んでいったよ。僕もそのうちにそうなるだろうけれど」
「そうは行かない。いったい貴方のためにどれだけの犠牲が払われたとお思いですか」
 執事はそう言うと、懐から一つの冷たい鉄のかたまりを持ち出して僕のこめかみに突きつけた。
 目だけで笑んでいる癖に、突きつけられた冷たさは明らかに本物の拳銃であることを示していた。
「死んだら殺しますよ、王様」
「僕たちは一度しか死ねないよ」
「当然。銃弾はこの一つしかないんですからね」
 そう言って彼はゲラゲラ腹を抱えて笑った。
 自分で言ったジョークが面白くて仕方がないらしい。
 僕は無言で小さく肩をすくめた。うんざりしていた。過剰な演出にも、芝居がかった台詞回しにも、飽き飽きしていた。

 僕も、
 それから、彼も。

 早く終わればいいのに。
 早く死んでしまえばいいのに。

 道化じみた仕草で、彼は銃をくるくる回した。
「さあ、王様。貴方の生活に協力しようじゃないですか」
「何を? もう狩るべき獲物も無いというのに」
「力は無くとも貴方が狂わないで冬を過ごすための話相手ぐらいにはなれるでしょう」
「きみに僕の孤独が癒せるとは到底思えない」
「そうですか。じゃあ、私に出来るのは腐って熱になる程度ですね」
 彼は失望したようだった。
 片眼鏡を直して、燕尾服を脱いで、たたんで小さく息をついた。その息は白く煙って凍り付いたまま長く残った。
「どのみち、小さなムシケラが一匹で、冬を耐えられるわけは無いのです。今までの私たちがそうだったのですから」
 彼はそう言って僕を見た。
 その目はひどく濁りきっていた。もう見えていないのかもしれなかった。
「せいぜい足掻くとしましょう。先はまだまだ長い」
 夏には美しかった彼の声は、もう何年も生きてきたみたいに嗄れて、疲労の色が濃い。
 それでも僕は知っている。
 彼はまだこの春に生まれたばかりだということを。
 せいぜい僕よりふた月早く生まれたに過ぎないということを。

「ねえ、」
 僕はどうしても聞きたいことがあった。
「どうしてこんな手の込んだことをしたんだい」
 手頃な木の虚を探し、僕を閉じこめて無数の蟲たちを殺し、その死体の発酵熱でこの室を暖め、長い冬を乗り越えさせる。
 それが全て彼の仕組んだことだとは思えない。おそらく臣下全員が承知した上で行われた、程度を超した決死の悪だくみなんだろう。

 執事はワイシャツの袖で片眼鏡を拭きながら、語り始めた。
「ほとんどの虫たちは卵でしか冬を越したことがない」
 種子のように殻を身に纏って、周りの環境に閉ざされて、新しい春を迎えるまで辛抱強く待ち続ける。
 生まれたときにはすでに親はなく、誰かの想いを引き継ぐこともなく、ただ何も知らないまま、春に生まれ、秋を過ぎれば死んでいってしまう。
「それが自然の摂理だとはいえ、毎年毎年、思い出が失われてしまうのは嫌だったのですよ」
 キリギリスはそう言って、語りを終えた。
 僕は静かに問うた。
「でも……皆、死んだよ?」
「誰か一人でもいいから、我々のことを覚えていて欲しい。それが唯一の希望です」
 誰かがいつか言った言葉。

――わたしたちのことを覚えていて。
――覚えていてくれ。俺のこと。
――忘れちゃいやよ、にいさま。

「貴方は蟲の王」
 ムシケラにも誇りと希望を。
「貴方は我らの期待にして記憶」
 だから生きなければならない。
「誇り高き我らが子供、汝の名に祝福を――」

 彼はそこから、僕が生まれた時の誉れの歌を歌おうとした。


「――止めてくれ」

 僕は我慢がならなかった。

「何が、誇りだ。何が期待だ。そんなのは――」

 そんなのは、ただの――ッ!


 叫びだそうとした僕の口を、彼はがさがさの手で押さえつけた。
 ぐっと喉元を押さえつけられて、呼吸が止まる。

「ねえ、坊ちゃま」

 彼は笑っていた。
 何かを殺しそうに凶暴に。
 歯ぎしりさえ立てて。

「私たち臣下を絶望させるのが、王様のつとめだとでも思ってるんですか?」

「子供に自由なんてない」

「私たち大人に食い尽くされて、期待に押しつぶされて、」

「そうして歯を食いしばりながら生きてゆきなさい」



 死ぬ権利について語るのは、
 大人にだけ許された特権でしょう。

 子供はただ、望まれるままに、

「せいぜい生き続けなさい」



 彼の声が徐々に遠くなっていく。











 夢心地に、銃声を聞いた。

 それはまるで、スタートの合図。

 ひたすら続く持久走の。
 


















 気がついた時、僕は死骸の山に埋もれていた。
 足下に落ちていた拳銃はすでに空になっていた。
 
 執事の亡骸について、僕は語るべき言葉を持たない。
 ただしがみつくようにして、彼の左足を抱いた。それだけが唯一、生前の形を残していた。

 べしゃべしゃに濡れた死骸に埋められた部屋全体が静かに発酵して、僅かな熱を取り戻していた。
 僕はもう考えるのを止めて、深い眠りについた。

 もう二度と誰も起こしてくれないことを、期待して。




































2.心がひからびてるから


 でも、次に目を覚ましたとき、僕は全裸に剥かれていた。
「は?」
 枯れ木に縄でくくりつけられて、空っ風にさらされていた。
 冬の夕暮れ。空の下。
「ひっ、ひぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 驚きが頭の中全部真っ白にしていた。目の前の景色みたいに。
 地面が一面白くて、真っ白で、空までそれを写したようにどこか白んで曇っている。
「えっ、ちょっ、まっ……!?」
 言語化不能。
 何を言ってもまともな言葉になるはずはない。
 全裸が恥ずかしくて死ぬ以前に、凍えて死にそうだ。
 詰まるところ、何をしても死ぬってこと。
 縄が腕とか腹とかに食い込んですごく痛い。
 いつの間にか触角の包帯も外れていたみたいだ。あたりには冬の匂いがうっすらと漂っていた。

 このまま死ぬ、のかな。

 それはとてつもなく嫌な考えだった。
 どうせ死ぬなら、もう少しロマンチックに死にたかった、なんて、年頃の子供なら誰しも考えそうなことを考えた。
 屋外でフリチンで木にぶら下げられたまま死ぬとか、どういうイジメだよコレ。
 誰だよ、こんなことしたの。
 顔を上げてあたりを見回す。食い込んだ縄がぎしぎし音を立てる。
 誰もいなかった。ため息をついてうなだれた。
 訳の分からない状況及び多分もうすぐ凍えて死ぬという点では先日までと変わらないが、こっちの方がシリアス度が低過ぎて嫌だ。
 生き物の死っていうのはもう少し荘厳で重々しくあるべきなんじゃないか?
 こんな、どこかのガキの悪戯みたいな死因なんて、馬鹿馬鹿しすぎて、まったく笑えない。

 ふと、自分の首に木の札が下がっているのに気がついた。
 頑張ってのぞき込もうとするが逆さまで上手く読めない。
「……ず……の……や……に……だ、め……?」
 どうにか読めた文字を声に出してみるが、まともな言葉にはなっていない。
「うーん。なんて書いてあるんだろう」
 小さく首をかしげたその瞬間、

「それはねえ」
 声が降ってきた。
 はっと顔を上げた瞬間、声の主と目が合った。
 大きくて、澄んだ柘榴石のような赤い目。
 それはまるで新鮮な血溜まりのようにも見える。

「モズのはやにえって読むんだよ」
 翼の生えた、可愛らしい女の子が微笑んでいた。
 髪は微かに陰りを帯びた桃色。縁日のコットンキャンディみたいに、ふわふわと柔らかそうだった。

「『食べちゃダメ』って書いてある」
 彼女はただ読み上げるだけの口調でそう言った。
「……何がなんだって?」
「だから、キミはモズのはやにえなんだってば」
 彼女は親切にも二回繰り返した。

 モズ(百舌、鵙、Lanius bucephalus)は、動物界脊索動物門鳥綱スズメ目モズ科モズ属に分類される鳥。
 モズのはやにえ【名】 モズが捕らえた獲物を木の枝等に突き刺したり、木の枝股に挟むこと。昆虫のほか、蛙なども対象。

「何が?」
「キミが」
 そう言われるのは三度目だ。
 それでも僕は理解できなかった。
 いや、理解することを頭が拒否していた。

 彼女は僕の首から下がっている札を手に取ると、僕にもちゃんと読めるように外してくれた。
 長い爪で字を指さす。

――モズのはやにえ 勝手に食べちゃダメ!!!

 なるほど。
 確かにそう書いてある。
 でも、それが僕の首に下がっていることの意味って……?
「食べちゃダメなんだって。残念ね。モズじゃないと、キミのこと食べられないみたいなの。夜雀に生まれてすごくすごく残念だわ、私」
「えっ、ええええええ!?」
 頭の中が一気にパニックになった。
 僕は食べ物だったのか? いやそれとも食べられないのか? モズだったら食べられるのか? ていうか僕を吊した奴がモズなのか。目の前の女の子じゃなくて。そうか。そうなのか……。
「僕、食べられちゃうよぅぅぅぅ……ッ!」
 泣けた。
 少なくとも安全ではあった木の虚から掘り出されて、フルチンで寒空の下で丸干しにされたあげくに、どこかの誰か知らない奴にあんぐり美味しくいただかれてしまうんだ。
 可哀想だ。あまりにも可哀想過ぎる。
 状況の馬鹿馬鹿しさとは無関係に訪れる死。滑稽で同情の余地などどこにもない。
「うわあああん、鳥なんて嫌いだあああああ」
 声を張り上げて泣いた。
 自分が情けなくって泣いた。
 自分が可哀想で泣いた。
 蟲の王だと威張ってみたって、所詮はただの子供でムシケラ。
 他にどうしようもなくなったら泣くしかないんだ。
「泣くなよう。まるで私がいじめてるみたいじゃんか」
「うえええええ、やだぁああああ、食べられんのやだぁあああああ」
 涙と鼻水と他にもよけいなものを顔中と体中から垂らして流して泣いた。ももの間を暖かい嫌な感じが流れていった。
「ぶぇえええええ、びええええぅぇぇうえええ、うっくえっく」
 体中が痛くなるほど全力で声を張り上げて泣いた。

「泣くの止めなよぅ」

――キミのために、歌ってやるから。

 そして、ほんの一呼吸の間、
 彼女の声が、響くその間に、
 世界の全ての音が死んだ。

 その瞬間に僕の心臓が止まったような気がした。
 その声が空気を震わせる間、僕の呼吸は完全に止まった。
 その音を少しでも邪魔しないように、世界中に存在する振動するもの、動くもの、音を立てるもの全てが、ひとときの間、その運動を止めたような、そんな歌。
 ただ僕の鼓膜だけが、彼女のその声を受け取ろうとして、かすかに震えていた。

 生まれてからずっと聞いていた全部の歌が偽物なんだって分かった。
 そうして、本物に触れた瞬間、僕たちは皆、死ぬのだと。
 全ての動きを止めて、永遠にその歌の中にいるのだと。

「あ、泣きやんだね」
 てへっと笑って、彼女は歌を止めた。
 その途端、世界はまた動き出して、元の色を取り戻した。

「い、今の、何?」
「歌だよ。知らないの?」
「し、知らない。そんな歌」

 今まで聞いたどんな歌とも違っていた。
 強制的に耳の奥へ入り込んで、全てを停止させてしまう歌なんて、考えたこともなかった。

「じゃあ今度いっぱい聞かせてあげる」
 キミが食べられなかったらね、と言い残して彼女は飛び立とうとした。
 冗談じゃなかった。

「ま、待って! 置いていかないでよ!」
「なに?」
 彼女は小首をかしげて振り返った。
 さっきとてつもない歌を歌った彼女には不似合いなぐらい、あどけなくて可愛らしかった。
「僕のこと、置いていかないで。連れて行って」
「えー、でも私んち、食料余ってるし」
 なんて贅沢な奴だ!
 僕の両手が自由なら頭を抱えてたに違いない。
「いいでしょう、別に減るもんじゃないんだ。お願いだから連れて行ってよ。迷惑はかけないから。ここから連れ出して。このままだと死んじゃうから。そうなったら置いていったキミが殺したようなものなんだから!」
 僕はもうやけくそになってしゃべっていた。ただただ必死だった。このまま置いて行かれないために。こんな風に無様なままで死にたくはなかった。

「分かったよう……しょうがないな。あとでモズのとこに一緒に謝りに行こうね」
 そう言うと彼女はその鋭い爪で、僕をぶら下げている縄を切った。

 そして、自由落下。

「うわああああああっっっっっ!?」
「あ、ごめん」

 ぐわしっと掴まれる。縄の継ぎ目に爪が食い込んで痛い。超痛い。
 さっきから痛い目にあってばかりで気が遠くなりそう。
 生きるって、痛い。

 そのままばっさばっさ彼女は飛んだ。
 上下に揺れが激しくて、酔いそうだった。
 多分、彼女の羽根は自分とほとんど同じぐらいの重さのものを運ぶようには出来ていないんだろう。ふわふわと自重を支えるだけで精一杯な感じがした。
「自分の羽根で飛びたい……」
「あ、飛べるんだ?」
 ぽつりとつぶやいた僕の独り言を耳ざとく彼女は聞きつけた。
「じゃあ、自分で飛んでよ。重いもん」
「うん」
 僕は心の中で少しだけガッツポーズを取った。
 でも、どうやら見透かされたみたいだった。
「まあ、一応、逃げないように縄を首に付けて、と」
 彼女は異様に手早かった。僕は抵抗する余裕も無かった。
 くるくると縄を解いて、首だけに縄を引っかけて抜けないように結ぶ。


 全裸☆DE☆縄首輪。


 恥ずかし過ぎて三秒で死ねる。
 このまま天下の往来を散歩し続けるとか、マジで死ねる。
 僕はおずおずと訊いた。
「何か着るもの余分に持ってない?」
「んー、帽子とか?」
 彼女は自分がかぶっていたふわふわの帽子を僕にかぶせた。
 改めて自分の姿を確認する。


 全裸☆DE☆帽子。


 フェティシズムにも程がある。
 助けて下さい。
 誰か、助けて下さい。
 雪原の中心で叫びたい。
 とりあえず頭ではなくて、大事なところを隠すことにする。

 飛び始めてすぐ、彼女は止まった。振り返る。表情が凍り付いている。
 僕の姿をまじまじと見ると、突然叫んだ。
「きゃああああ、露出狂がいるっ!」
「え、ええええ!?」
 そんな言い方ってないよ! 僕だって好きで全裸なんじゃないよ!
 彼女は全速力で逃げだそうとするが、自分が縄を持っていることを忘れているみたいだ。思いっきり絞まる。
「く……くるしいッ! 助けて! 誰か、たすけてーーーーっ!!」
 あわてて彼女が止まる。僕はげほげほ咳き込んでいた。
「キ、キミ……誰?」
「え?」
「何で私と一緒に歩いてるの? ていうか、何で裸なの??」
「え、ええええ!?」
 これが噂に聞く鳥頭というものなのか……!? 忘れられてしまったのか?
「ほ、ほらえーと、僕はキミの友達だよ。これから一緒にキミの家に行くところだ」
 苦し紛れに思いついた適当なことを言う。彼女は腕組みをして考え込んでいた。
「どうしてキミは裸なの」
「ば、罰ゲーム……?」
 苦しい言い訳にしか聞こえないかもしれないが、僕の人生は延々続く罰ゲームみたいだと半分本気で思っている。
「……まあいいや。名前は?」
「僕の名前はリグル・ナイトバグ」
「そうじゃなくて、私の名前」
「え、ええええ!? 自分の名前も忘れたの?」
「うん。けっこう良くあるよ」
 彼女はへらへら笑ったまま言った。
「でもね、」
「ん?」
「本当に、私の友達なら、私の名前ぐらい知ってるよね?」
 彼女の目は、笑っていなかった。ひどく澄んだ何も感じさせないような無機質な目をして、僕を見ていた。
 まだ彼女の名前を聞いてすらいなかったことに気づく。
「え、えーと」
 困り果ててうつむく。視線の先に彼女の帽子。
 ぴんと来て、さりげなく中をのぞき込む。
 予想通り、そこには彼女の髪と同じ薄桃色の糸で名前が刺繍されていた。
「ミスティア・ローレライ、だね」
「あ、うーん。そうだったかもしれない」
 彼女は小首をかしげてうーんとうなった。
 ……なんだ、適当に言ったって正解だったんじゃないか。

 唐突に吹き付けてきた一陣の北風に、僕は身震いをした。
 このまま立ち話をしていたら、本当に凍死する。
「キミの家ってどこ?」
 まさか忘れられてたら、僕ら二人とも路頭に迷うことになるんだけど。
「……屋台の匂いするからあっちかな、多分」
 ふらふらと何かに引かれるように、彼女は飛んだ。
「ま、待ってよぅ」
 僕はそれに引っ張られるようにして後をついて行った。

 同じ年頃の女の子と並んで飛ぶのは、これが初めてのことで、微かにどきりとした。
 華奢な彼女の首筋が白い。
 なびく髪はくすんだ桃色で、冬の夕日に照らされてかすかな光沢を放っている。
 よく分からないけれど、なんとなく良い匂いがする。

 不意に、ミスティアがぼんやりした声で言った。
「リグルってさあ」
「え、」
 その声が不思議に心地よくて、僕はそっと彼女の側に身を寄せた。
 そして後悔した。
「食べたら美味しい?」
「え、えええええ!?」
 ずざーーっと身を離した。縄が引っ張られて、ぐえってなる。
「冗談なのに」
「冗談になってないよ!」
「あとで舐めてもいい?」
「冗談じゃないよ!!」
「舐めても減らないじゃん」
「そういう問題じゃないから! ていうか減るから!!」
 主に自制心とかプライドとかが。


「あ、アレだ」
 彼女はそう言って、街道の途中にあるその場所を指さした。今にも雪でつぶれそうな小屋があるのが見えた。
 全体が防水布で覆われていて、どこか放牧民のテントを思わせた。引いて歩くためのレバーと赤提灯が見えなければそれが屋台だとは思わなかっただろう。
 今は葉もそぎ落とされた森の木々と比べても圧倒的に小さくて、赤提灯も消えているそれはひどく心許なくて、日が陰ってどんどん延びていく暗い影に覆われて、無くなっていってしまいそうだった。
 僕たちはすぐ目の前に降り立った。
「ここがキミの家なの?」
「うん」
 意外と快適なんだよ、と彼女は笑った。
 僕には信じられなかった。
 大人が三人手を広げればそれだけで取り囲めてしまいそうなぐらいの小さな屋台に、誰かが住めるとは思えない。
 彼女は防水布を大きくさばいて、入り口を作った。暗くて何も見えない。

 その暗さに、身体がおびえている。
 狭いところ、暗いところ、暖かなところ。
 身体と心とが悲鳴を上げている。理性では押さえつけようもない暴走。
 もう、暗闇は嫌だった。
 暗くて狭い場所に入るのは嫌だ。
 暗くて狭くて丸くて誰かが死んでいても何も見えず分からないかもしれない場所は。

「まあ、入りなって」
 くい、と縄が引かれる。
 僕は、入りたくなかった。入らなければ寒さで死んでしまうのだとしても、恐怖がよみがえってくる。独りでに脚が踏ん張ってしまう。
 それでも強く引かれる。
 空腹と衰弱で全身に力の入りきらない貧弱な僕は、転げるようにしてその暗闇の中へ一歩を踏み入れた。

 ふわっと、絨毯の感触がした。

「え」
 独りでに声が出た。
 また一歩を踏み入れる。
 暖かい。
 凍えた足が、じわっと溶けていく感じ。

 数歩、また歩くとその先に灯りが見えた。
 オレンジ色の、心まで温かくなるような光。
 暖炉の明かりだった。

 かくっと膝から力が抜けた。自分で気がつかないうちに限界を迎えていたらしい。ぺたんと座り込んでいた。

「あーもー、まだそこ玄関なんだから座らないでよ」
 腕組みをして、彼女が引き返してきた。
「……こ……れ……?」
「あ、これは空間拡大の魔法。腕の良いお客さんがいてね」
 そう言うと、彼女は僕の腕を取って引いた。
「ほら、そこにいつまでもいると凍えるよ」
 僕は、何も答えられなかった。
 ただ体中が何か思い出したようにぶるぶる震えていた。

 その暖かな空気。
 僕が生きていくのに不可欠な温もり。
 高い気温。それは僕に思い出させる。
 僕の王国。滅びてしまった、死んでしまった、潰してしまった。
 空気の暖かさは、夏の日の思い出。
 いつか在った僕の幸せの記憶。
 祝祭。喝采。栄光。
 今はもうない。
 ただ、記憶だけ残して、霞のように消えた。

 僕が潰した臣下たちの記憶が、怒濤のように押し寄せてくる。
 人々の優しげな笑みは血塗られ、たおやかな指先は切断され、美味なる料理は腐敗し、笑い声はひび割れ、喜びと悲しみとが混交して極彩色の紋様となる。

「ああああああああああああああああああああああああああああ」

 僕は、空っぽになるために叫んだ。
 空っぽになるように叫んだ。
 声を張り上げて、何か証明することもなく、ただ声を上げて、何の感情もないままで、
 魂に刻みつけられた呪いを嘔吐する。


 僕の鼓膜を破りそうに吼え立てる僕の喉と、
 僕の皮膚を破りそうに爪を立てる僕の指と、
 僕の感情を破りそうに責め立てる僕の声と、
 僕の生命を破りそうに沸き立てる僕の心と、

 そのいずれもが一斉に叫き足掻き吐き蠢き。


 と。


 その出口を塞ぐ、
 柔らかなもの。

「うるさい」

 僕に口付けをした彼女は言った。

 そしてその隙にまた、歌。

 その指向性は完全に僕へ向けられていて避けられない。
 介在する完璧なものの前に、僕の空虚は押しつぶされる。
 空虚ごと無くしてしまう、完全な歌。
 僕の中に入り込んで全て破裂させてしまう程の質量と方向性を持った歌。

 一瞬にして、意識が黒く塗りつぶされた。


























 敵対する相手にいきなりキスして戦意を喪失させるテクニックのことを、「戦メリ戦法」というのだと、僕は後で彼女から聞いた。
 元々戦意なんて無かったから、キスする必然性は無かったと思うのだが、そう言うと彼女はぶうとふくれた。
「えー、だって口塞いだら黙るかと思ったけど黙らなかったからとりあえず歌っておいただけだと思うよ、きっと」

 ひどい。














 次に気がついたとき、僕は泡風呂の中に浮かんでいた。
「はへ?」
 変な声が出たのは多分、変なところを洗われていたからだ。
 丁寧すぎるほど丁寧にミスティアは僕の大切な所へ指を這わせていた。
「あ、起きた」
 ふわふわの泡の中で、鳥の羽の彼女が可愛らしく笑った。
 二人とも生まれたままの姿だった。
 彼女の魅力的な身体が嫌でも目に入る。まばゆいほどの白い肌。丸い肩。大きな胸。細い腰。
「てゆーか勃ってる。こっちもちゃんと起きてるね」
「え、ええええ!?」
 慌てて手で隠そうとして、彼女の指先に触れた。

 繊細でしなやかな女のひとの指先。
 かあっと顔が熱くなる。視線をそらした。

「やっ、なんで、そんなトコ……」
「だってちゃんと洗ったげないと、ばっちいし」
「っ……」
 何も言い返せないで、僕は黙った。
 ただ彼女の手からすり抜けるようにして、腰をひねった。
 彼女に背を向けて、バスタブのへりにしがみつく。
 不満そうに彼女は言う。
「あーあ、ケチ」
「ケチって、何だよっ! いいです、自分で洗うから」
「せっかくおっきしてたのに」
「うるさいな!」
 そんな可愛い顔で下品なこと言わないで下さい。
 恥ずかしさで頭の中がぐしゃぐしゃになる。
「と、とにかく僕は上がるから。キミはゆっくり浸かってて」
 そう言って腰をあげようとしたところを、後ろからがっしり抱きつかれた。
 背中に何か柔らかい感触が当たっている。

「もうちょっと暖まらないとダメだよ」
「……う」
 耳朶を暖かい吐息がかすめる。
「肩とかまだ冷たいしさ。ね?」
 そう言われて、その鋭い爪で鎖骨をなぞられる。
 ひどくもどかしいような感触。

 これは、マズイ。
 何がマズイのか明言できないぐらいにいろいろとマズイ。

「まだ半分しか洗ってないしさ」
 へその下あたりまで満たされたお湯は温かい。
 白い泡が水面を満たして、倍ぐらいまでふくらんでいる。
 二人でもゆったり浸かれるぐらいのバスタブだというのに、彼女はぴったりと僕に身体をくっつけたままでいた。
 お湯の温度より、彼女の体温の方が熱いと感じるぐらいに。

「ねえ、なんて呼んだらいい?」
 甘えるように、彼女が言った。
「え?」
「キミのこと。下の名前でいい?」
「う、うん」
「何かあだ名とかある?」
「い、いや。みんなはリグル王とか、王様、とか」
 言いかけて、黙る。
 ざくりと記憶が心臓を突き刺した音が聞こえたような気がする。
 悲鳴をあげるかのように高鳴る心音。
 大きく深呼吸をする。
 それでも暗い記憶がふくれあがって、僕の意識を飲み込みそうになる。

「じゃ、リグルって呼ぶね」
 彼女はそう言って、僕の肩を掴んでこちらを向かせた。
 そして小さくついばむように口付けをした。
 僕は小さく目をしばたたかせた。
 すぐにそれが離れてしまっても、キスの柔らかさが、まだ唇に少し残っている気がして、どきどきした。
「あ」
「なに?」
「キス、僕、初めて……」
 正確には二回目だけど。気絶する前にされたから。
「あーらら、これは失礼しました。まあいいじゃない。だって、恋人なんだし」
「はぁ!?」
 あまりにぶっ飛んだ彼女の発言に、僕は思わず声を上げた。
 いつから何がなんだって!?
 
「あれ、私たちそうじゃないんだっけ? てっきりそうなんだと思ってたけど」
 ミスティアはそんな訳の分からないことを言った。
「な、なんで僕らが恋人なのさ!?」
「あー、ごめんごめん。玄関に裸の男の子が転がってたからてっきりそーゆーのだと思ってとりあえずお風呂入れてみた」
「ちょ、ちょっと待って。また僕のこと忘れたの!?」
 鳥頭とはこのことなのか!?
 慌てふためいている僕を見て、彼女はちょっと困った顔した。
「あー、もうしょうがないから、バラしちゃうか」


 私、歌うと、記憶失うんだ。


 あっけらかんと、彼女は言った。
「多分、キミのために歌ったんだわ、私。覚えてないけど」
「ただの鳥頭じゃなかったの!?」
「何それ。失礼ね、キミ。忘れっぽいのは私だけ。他の子はそんなに忘れないわ」
 ぷうっとふくれた。怒るポイントがずれている。
「歌ってから5分ぐらいはまだ覚えていられるんだけど、ちょっと気を抜いた瞬間に、いろいろ大切なこと忘れちゃう」

 たとえば、自分の名前とか、ね。
 彼女はへらっと笑った。
 何でもないことのように、笑った。

「そんな、ことって」
 あり得るんだろうか。
 僕をからかっているだけじゃないんだろうか。
 でも、彼女が僕をだまして得する理由なんて、何もない。
 僕は何も持っていないんだから、何も奪われるはずがない。
 何もないということは、怖いぐらい無防備で自由だ。
「せっかく嫌われないように、それとなくきみの名前聞いたのに。あーあ、恋人じゃないのかー。頑張って損したー」
 言いながら、ミスティアはさりげなく後ろを向いた。伸びやかな白い背中。たたまれた翼。大理石の彫像のようにきれいだった。
「ねえ、リグル」
 彼女は呼びかけた。
「私の名前を呼んでよ」
 背中を向けたままだから、表情は見えない。
「そうじゃないと、やっぱりちょっと、怖いんだ」
 何でもないことのように言っているのに、どこか震えているような感じがした。
「ま、私は、私なんだけどね」
 肩をすくめてみせる。
 小さくて華奢な、こわれ物のような肩だった。
「……ミスティア」
 静かに僕は、名前を呼んだ。不思議な気分だった。
 きっと、子供に名前を付ける時は、こんな気分なんだろう。
 彼女はほっとしたように息をついた。お風呂場に響いて聞こえる。
「ああ、それが私の名前なんだ。ありがとう」
「うん。ミスティア・ローレライ」
 それがキミの名前。

 僕はこれから何度でもその名前を呼ぶような予感がしていた。
 彼女のそばで、何度でも、いつまでも。











 風呂から上がって、服を借りる。
 膝下長めのキュロットとブラウス。まるっきり女の子みたいな格好だけれど、彼女の服で、どうにか僕が着れそうなものといえば、それぐらいだった。
「ワンピースとかスカートとか履けばいいのに。絶対似合うのに」
 とかいう彼女の意見は丁重に無視した。
 ただでさえ何だかすーすーするのに、そんなもの履けません。

 彼女が食事の用意をしている間に、家の中をぐるり一回りしてきた。
 家の外からでは本当に人ひとり寝ころべるかどうか怪しいぐらいに見えたのに、中に居るとそれを忘れるぐらいの、立派な一軒家にいるような気持ちになった。
 小さな一人用のベッドだけがある寝室とこじんまりしたソファと暖炉のあるリビング。あとはやたらに広大な台所と風呂と食料庫。寝室に一つだけある窓の外は、とっぷりと暮れていて、強風が吹きすさんでいた。
 彼女の家には、娯楽らしいものは何もなかった。本棚もレコードも楽器も無くて、ただ息をして食べて眠るのに必要なものだけがある。
 好きな音楽は? プリズムリバーの新曲聞いた? 幺樂団もなんか懐かしくていいよね。
 そんな言葉が僕の中で渦巻いて消えた。
 何となく、聞いてはいけないような気がした。

 彼女にとっての歌というもの。
 記憶を蝕み、忘れさせる代わりに、圧倒的な力で他人や世界へ干渉する化け物のような歌。
 それは妖怪が誰しも持っている生き様や業というものなのだろう。
 人形遣いにとっての人形。
 魔法使いにとっての魔法。
 僕にとっての蟲。
 存在の根幹に関わるもの。
 それが彼女にとっての、歌。
 たぶんそれは僕らが普段の生活で聞いて消費している歌とはまったく別種のものだ。
 もっと重くて、切実な何かなのだろう。

 って。
 思っていたのに。

「にんじんひとつ〜♪ 山椒ふたつ〜♪ 夜にはみんな〜♪ いつでも酔い良いっ♪」
 変な歌が台所から聞こえてきた。
「そんなに軽々しく歌うなーーーーっ!!」
 思わず台所まで猛ダッシュしてツッコミを入れてしまった。
「わーい、リグルが来た。やっほー♪」
 歌いながら手を振られた。手にはフライ返し。マイク代わりみたいだ。

 しまった。

 ズガン、と撃ち抜かれたような衝撃が僕の心に走る。
 がっくりと僕は床につっぷした。
 気が抜けた瞬間に完璧な歌とか反則だよもう。
 本人、本当に自覚してるんだろうか。
 これ、結構シリアスな設定だと思うんだけどな。
 
「もうじき出来るからちょっと待っててね」
 そう言いながら、ミスティアは手元のメモに何か書き付けていた。
 のぞき込む。スープのレシピだった。
「どこまでやったのか書いておかないと、塩入れ過ぎちゃうからさ」
 そう言って、彼女は笑った。

 その笑みをを痛々しいと感じるのは、僕のエゴイズムだろうか?
 勝手な同情だろうか?

「……忘れるまであとどれくらい?」
 僕の声の方が、彼女より震えていた。
「んー、3分ぐらいかな」
 まるで、料理が出来るまでの時間を聞かれたみたいに、彼女は答える。
「また僕のことも全部忘れる?」
「多分ね」
 平然とした顔で、彼女は言う。
「どうにかならないのかな?」
 僕は胸が痛むような同情を感じていた。
 歌うたびに何もかも忘れてしまうなんて、可哀想だと思った。
 大切な家族や友人や、ひょっとしたら恋人のことだって、忘れてしまうなんて。

 でも、そう思うこと自体が傲慢なことだって、その時の僕は気づいてもいなかった。
 記憶というのは、そんなに美しいものばかりじゃないって知っているはずなのに。

 彼女はただ、静かに笑って言った。
「まあでも、歌わないと死んじゃうからさ、私は」
 彼女は冗談めかすでもなく、当然のことのように言った。

――死ぬよりはいいんじゃないかな。

 その口調は、平素と変わらない、軽いものだったのに、ひどく僕の心を打って、切なくさせた。





 大切なことを忘れてしまった彼女と一緒に、料理を食べた。
「はじめまして。キミはミスティア。僕はリグル」
 具だくさんの美味しい野菜スープを食べながら、僕はこれまでのことを話した。
 そして、友人としてどうにか泊めてくれないか、と頼んだ。
 彼女は小さく首をかしげて、まあ、いいよ、と何も考えていない風で言った。
 オーブンの中にあった兎の香草焼きを食べながら、僕は彼女の記憶について尋ねた。
「どこまでなら覚えているの?」
「基本的な言葉とかどこに何が置いてあるとか、あと、お店のこととかは覚えてるんだよね。繰り返し習慣になってるようなことならさ」
「お店?」
「私、ヤツメウナギの店やってるの。美味しいんだよ。目に良いし」
 ああなるほど。僕は合点がいった。
 だからこの家は屋台なのだ。
「そろそろ仕込みをしなきゃいけないんだけど……今日ぐらい休みでもいいかな。なんだか雪降りそうだし」
 ふわああ、と彼女は大きなあくびをした。
「さっきの話だと、お風呂はもう入ったんだね?」
「う、うん」
 歯切れの悪い返事になるのは、仕方がない。思い出すとどうしても顔が熱くなってしまう。
「じゃあ寝るかなー」
「ね、寝る!?」
「何その反応」
「い、いや、別に」
 彼女のさりげない言葉が、いちいち僕の胸をどきどきさせる。
 ごめんなさい。
 ホントにごめんなさい。
 年頃の男の子でごめんなさい。
 こんな状況なのに色々ごめんなさい。
 いきなり知らないお姉さんのところに転がりこんだからって、変なことばっかり考えちゃってごめんなさい。
 だって、可愛いんだ。しょうがないじゃないか。
 可愛くて胸が大きくて僕に優しいお姉さんがすぐ傍にいて、事故とはいえ、一緒にお風呂にも入っちゃったし、何となくどきどきしない方が男としておかしい。
「リグルも寝る?」
「え、あ、うん」
 動揺する。そういう意味じゃないんだと自分に言い聞かせたって、勝手に心臓が高鳴ってしまう。
「じゃあ、お茶でも飲んでて。お皿洗ってくるから」
 台所に向かった彼女を見送って、僕は深呼吸を二、三回した。

 心臓が変な感じにバクバクしてる。
 困った。
 間違いなく、眠れない。


 僕が歯を磨き終わって洗面所から戻ると、もう灯りが消されていた。暗闇の気配に少しだけ身体がおびえる。
 暖炉はもうおき火になっていた。薄ぼんやりした暖かさは少しだけ安心する感じがした。
 ソファに毛布一枚置かれている。もぞもぞと横になる。居心地は良かった。
 でも。
 隣の寝室で、ぎっ、とベッドが鳴った。彼女が寝返りを打つ気配。
 そんな些細な音だけで、僕の心臓は高鳴ってしまう。
 独り寝に慣れすぎて、二人だと眠れない。
 たとえ薄い壁一枚はさんだ向こう側だとしても、僕の感覚はもう十分すぎるぐらいに研ぎ澄まされてしまっている。
 僕も何度か寝返りを打った。
 ぎゅっぎゅっと革張りのソファが音を立てる。
 それだけで僕が眠れないのが分かったのだろう。

「ね、」
 彼女が遠くから声を掛けた。
「リグルも眠れない?」
 僕は小さくうなずいて、それから彼女には見えないんだということに気がついて、あわてて、うん、と声に出した。
「こっち、おいでよ。二人だと狭いかもしれないけど」
 彼女の声は少しだけかすれていた。
 緊張しているのは僕だけじゃないんだって分かって、逆に少しだけ安心した。
 寝室へ踏み入れるための、木の床を歩く時の足がひどく凍えて、震えてしまいそうだった。
 ベッドの片側、シーツを剥いで、身体を滑り入れる。指先が震えていた。
「寒いよね。震えてる」
 そう笑って、彼女は僕を抱きしめた。
 暖かくて、なんだかそれだけで涙が出そうになった。
「くっついてれば、あったかいから」
 大丈夫だから。
 彼女はそう言って、抱きしめたまま僕の背中を軽く叩いた。
 幼い頃に返ったような気持ちになる。
 こんなにも誰かの体温を近くに感じたのは、本当に久しぶりのことだ。
 いつの間にか、目頭が熱くなる。鼻を小さくすする。
 悲しさや寂しさではなくて、懐かしくて優しい気持ちに触れて、心がほぐれて解けていく。

 と、僕の頬をそっと舐める暖かな感触。
 ミスティアが涙を舐めとってくれていた。

「リグルって、美味しいけど、ちょっとしょっぱいね」
 微かに舌先をひらめかせて、彼女は言った。

「ひからびてる感じ。心が」
 またその舌で僕の首筋を愛撫する。
 ひどくくすぐったくて、でもどこか切ない感じがして、どうにか声を漏らさないように、耐えた。

 彼女の唇が僕の唇に触れる。
 そのまま舌先でなぞるようにする。
 ただ唾液で濡らすだけで、口腔に這入っては来ない。
 ひどくもどかしくて、せつない。

 僕はおずおずと尋ねた。
「なんで、僕のことそんなに舐めるの」
「だって、リグルってきっと乾物だから」
 彼女はそう言って、笑った。
「スルメとか昆布と一緒。口に入れて、大事にふやかすと美味しい」
 その言い方が可笑しくて、僕も笑った。
 二人の秘密めいた笑い声が部屋の闇の中に吸い込まれている。

 ふと窓の向こうに目をやると、寒い理由が分かった。
 しんしんと雪が降っていた。
 さっきまでの強風とうってかわって、音を吸い込むように静かに積もっている。

「お風呂入ったのに、あんまりふやけてないね」
 まぶたの上へ舌を這わせながら、独り言のように、彼女は言った。
「あんまり石けんで洗うと、にがにがになっちゃうのかな」
 ミスティアが僕の指先を口に含んだ。
 彼女の口の中はひどく濡れていて、暖かくて、どきどきした。
 ちゅぽん、とすぐに出した。
「一生懸命洗ってある感じがするからかな。美味しいけど、なんだかしょっぱいよ」
 考え込んでいるように、彼女は話す。
「洗ったのは、キミだよ」
「あれ、そうだっけ」
 忘れちゃった、と彼女は儚く笑った。
 その笑みだけでひどくせつなくなって、僕は彼女に強くしがみついた。
 いつか消えてしまう記憶を、精一杯刻みつけるみたいに。

「ミスティアは、どうして僕のこと拾ってくれたんだろ」
 きっと彼女は覚えてないだろうけど、僕は訊かずにはいられなかった。
「わかんないや。でもきっと、リグルが美味しそうだったからだよ」
 適当なことを言う時の口調で、彼女は言った。
「何だよそれ。美味しそうって」
「んー、ホントは違うのかもしれない。もっと真面目な言葉かもしれないけど、忘れちゃったから」
 そう言うなり、彼女は僕の首筋へ子犬がじゃれるように甘くかみついてきた。くすぐったくて、逃げだそうとする僕を、ミスティアはがっちりと押さえて離さない。
 うっとりするような口調で彼女は言った。
「美味しいなあ、リグルは。ずっと舐めてたい」
「……もう」
 僕はあきれてしまって、何も言えなかった。
 そのまま彼女は小さく唇を動かして、首筋から頬にかけての肌をずっと味わっていた。
 柔らかくて濡れた感触に、心臓が高く高く鳴っている。彼女にまで伝わってしまいそうなほど。
「ねえ」
「ん?」
「僕は……どうしたらいいんだろう」
 少しだけ怖くて、僕は訊いた。
 こんな風に女のひとと一緒に寝たことがない。
「こういうの、初めてだから、どうしたらいいのか分からない」
「私だって、知んないよ、そんなの」
 あきれたように、彼女は言った。
 途端に僕は恥ずかしくなって、彼女に背を向けた。
 丸まって、布団を顔までかける。
「……馬鹿なこと言って、ごめん。もう寝るよ」
 自分の馬鹿らしさにあきれて、彼女の顔すら見たくなかった。
 自分ばかりがいい気になっていたような気がした。
「ねえ、本当にもう寝るの?」
 彼女の声は少しだけ慌てた風だった。
 そっと僕の背中を指先でなぞる。
 びくっと跳ねた。
「なにするのさ」
「ん。遊んでる」
「食べ物で遊んじゃいけません」
 そんな冗談を言って、僕は気を紛らわせようとした。
 そうでもしないと、頭の中が沸騰して暴走してしまいそうだった。
「やだよぅ。リグルと遊ぶもん」
 子供っぽい声で彼女が甘えてくる。
 後ろからうなじを舐められる。
 ひとりでに身体が反応する。
「えへ、びくってした」
「違います、これは、単純にくすぐったかっただけ……ッ!」
 言いかけたところで、服の裾を捲られる。
 彼女の手が僕の背中に直接触れる。
「やめっ、そこはダメ。ホント、ダメなんだったら!」
「だって背中じゃーん」
 おっぱいじゃないし、いいじゃーん。
 そんな子供じみた言い訳をしながら、彼女は柔らかな胸を押しつけてくる。
 布地越しでも、頭の中が真っ白になりそうに肉感的な乳房だった。
 うなじから背中へ、彼女の舌先が這う。甘噛みする。
 そのたびに体中で感じてしまう。

 ふと、彼女の手が止まる。
「服、邪魔だから。脱いで」
 彼女の声はさきほどまでの振る舞いとはちぐはぐなくらいに真剣だった。
 一瞬にして、大人の声になっていた。
「ん……」
 言われるがままに、僕はボタンを取り払っていた。

 逆らえない。
 捕食者には逆らえない。
 鳥は蟲を食べる。
 今更のことを思い出して、僕は少しだけ恐ろしかった。
 逃げようとすら思わない自分に。

 死にたくなくて泣き叫んだのは、数時間前のことじゃなかったのか。
 食べられたくなくて小便漏らしたのは、日が沈むちょっと前ぐらいじゃないのか。
 それなのに、彼女の甘い声に頭の中ぐずぐずに溶かされている。
 自分でもどうかしてる。
 用心する気持ちごと、溶かされてる。

 変だ。

「ねえ」
 彼女の声が僕を引き戻す。
「何考えてるの、リグル」
 肩を掴まれて、むりやり彼女と正対させられる。
 僕は、彼女の目をまともに見られなかった。
 それでも勇気を振り絞って訊いた。
「……僕のこと食べるの?」
 そう言った僕のほっぺたを、彼女はきゅっとつねった。爪が刺さらないように気をつけて。
「食べないよ。食べたら無くなっちゃうもの」
 そう言ってぺろりと僕の鼻の頭を舐めた。
 僕は目を白黒させて、そこを押さえた。
 そんなところ、濡らさなくていいのに。犬じゃないんだから。
「キミ、心がひからびてるから、いっぱい舐めてあげる。それだけ」
「……う」
「なんだか可哀想な子って、好きなんだよね。可愛くて」
 そんな失礼なことを言った。
「あ、キミだけじゃ恥ずかしいよね。しょうがない。私も脱ぐよ」
 彼女は自分のパジャマのボタンに手を伸ばした。
 その手を僕は握りしめて止めた。
 思わずうろたえそうになるぐらいに、小さな彼女の手。

「違うよ。僕は、可哀想なんかじゃない」
 僕は嘘をついた。
 彼女に同情されるのは、どうしようもなく心地よかった。
 可哀想だって、もう大丈夫だよって、抱きしめられるのは心の傷がふさがっていく感じがして、居心地が良かった。
 でもそれをそのままにして、抱かれるのは、どうしようもなく情けない感じがした。

「可哀想なのは、キミの方だろ? 歌うたびに大事なものなくしちゃうなんて」
「馬鹿だなあ、リグルは」
 唇を尖らせて彼女は言う。小馬鹿にした口調。
「女の子が男の子に可哀想って言うのはいいの。でも逆はダメ」
 それがうちのルールだから。
 彼女は言い切った。
 その言い方は何だかお母さんみたいだった。
 本の中でしかそういう人たちに会ったことはないけど。

「それにね、歌うと元気が出るんだ」
 どんなことがあっても、歌っていたら元気になれるんだ。
「これ以上のことって、私にはないよ」
 私には歌があるけど、キミにはもう家来の蟲がいないから。
 だから、
「おとなしく、気持ちいいことされてればいいよ。嫌いじゃないならさ」
「う、ん」
 僕の手が、独りでにゆるむ。
 彼女の話す声が、甘く僕の頭の中を溶かしていく。
 それはまるで、恋歌のようだった。
 メロディもなく、歌詞ですら無かったけれど。
 僕の心をゆっくりと柔らかくして、ふやかしていく。

 一つ一つゆっくりと見せつけるようにパジャマのボタンが外されていく。
 僕も急いで脱いだ。互いの裸を見るのは初めてじゃないけど、自分から服を脱ぐのは初めてだった。そのせいか、妙に気恥ずかしくて、勇気が必要だった。
 そうしたら、
「焦ることないのに」
 からかうように言われて、僕は赤面した。
 さっきからどれだけ恥ずかしい思いをしてるか分からない。

 小さな彼女の体躯に直に触れる。
 恒温動物の熱い体温が、僕の皮膚へしっとりとなじむ。
 仰向けになった僕の上に、彼女の小さなからだが被さる。
 平らな僕の胸の上に彼女の口付けが降る。
 まるでついばむようにして、彼女のキスが降りていく。
「んっ」
 こらえていたのに、声がでてしまう。
 情けない。男のくせに、あえいでしまうなんて。
「可愛い」
 うっとりとそう言う彼女の声こそ、可愛いという言葉にふさわしい気がした。
「……うるさいな」
「男の子のくせに、そんなに可愛いのは反則だと思うなあ」
 言うなり、彼女は僕の唇に強く吸い付いた。
 深く口づけられる。
 ひどく甘くて暖かいものが流れ込んできて、僕の頭の中をぐしゃぐしゃにした。
 うっとりとなぞるようにして、歯列の間を滑っていく柔らかな彼女の舌。
 ただされるがままになるしかなかった。身体中がとろけてしまって、うまく言うことをきかない。ぎくしゃくした指先でただぎゅっとシーツを掴んだ。そうしないと暴れ出してしまいそうだった。
 彼女の長い爪で、全身の皮膚を撫でられる。たっぷりと唾液で濡らされた胸の上の突起が、触れられるごとに少しずつ勃ってしまうのが自分でも分かる。
 ……恥ずかしくて、死にそう。
 思わず顔を横に背けた。
 彼女がいぶかしげに訊いた。
「どしたの? やだった?」
「そうじゃ、なくて……」
 なんだか、限界な気がした。
 恥ずかしさも、気持ちよさも、混乱も、熱も。
 何もかもが、これまで生きてきた中で、一番の破壊力で僕を打ちのめしている。

 でも僕の限界なんて、彼女にとっては簡単に飛び越えられるものみたいだった。
「ああ、そーゆーことね。りょーかい」
 彼女はちらりと僕の身体に視線を走らせると、にっこりと笑んだ。
「ごめんね、気づかなくて」
 言うなり、手を下へ走らせた。
 とうに大きくなっていたその場所へ、彼女の手のひらが覆い被さる。
「んぁっ……!」
 喉が独りでに声を立てる。
 こんな風に誰かの手に触わってもらうのは、初めてのことだった。
 恥ずかしいのに、きっといけないことなのに、頭がぼうっとして気持ちが良くて、抵抗出来ない。
「先っぽ、すごい濡れてるね。女の子みたい」
 彼女が嬉しそうに笑う。
 僕は何も言えない。ただうめくだけ。
「……う」
「爪、引っかけないようにするね」
 手のひらをたっぷりと唾液で濡らして、彼女の手のひらが僕の敏感な箇所をなぞる。鈴口を指の腹で擦るようにされると、電撃のように快感が走る。
 それでも、彼女はどこかもどかしさを感じていたみたいだった。
「ええい、めんどいなあ」
 彼女はそう言うと、身体ごと下へ滑らせた。
 綺麗な顔が僕のその場所へ近づく。
「えっ、あっ……!」
 止める間もなかった。
 僕の手は、彼女の髪の毛をくしゃりと混ぜるだけで精一杯だった。
 彼女は優しく僕のそこにキスした。
 ふんわりと柔らかな桃色の唇で、口づけた。
 途方もない背徳を感じて、ぞくぞくする。
「っ、ぁ……ぅ」
「んふ……くちゅ、ちゅぷっ……」
 音を立てて、硬くなっている僕自身を舐めている。
 ぺったりと唇をつけて、吸い取るようにして。
 知らず知らずのうちに、彼女の顔に押しつけるみたいに腰が動いてしまっていた。
「っく、ふぁ、っ」
 声を抑えようと思っても、吐息だけで喘いでしまって止まらない。
 彼女の舌と指に愛撫されて、気持ちよさが脳髄まで突き抜けていく。
「あぅ、っ、ふぁ……」
 まずい。
 ぐっと彼女の頭を離そうとする。
 でも、間に合わなかった。
 頭の中を真っ白に灼く快感と同時に、どぷっと熱いものがはき出される。
 彼女の顔の前で、陰茎がびゅくびゅくと痙攣する。
 彼女の口とそれとの間で、ねっとりと糸を引いていた。
「やっぱり少ししょっぱくて、にがい」
 彼女は何でもないことのように言った。
「……ごめん」
 息を荒くしたままで、僕は言った。
「でも、美味しいよ」
 小さく舌をひらめかせて、唇についたそれを舐めとっている。
 白いそれで汚れた、彼女のふっくら柔らかな頬。
 どことなくあどけない彼女の顔立ちに、ぶっかけられた汚い僕の体液。
 なんだか取り返しのつかないことをしてしまったみたいな気がして、僕はすぐに目をそらした。
「何よそ見してんの」
 彼女が問う。僕は答えられない。
「なによう。ふてくされちゃって」
「そんなんじゃ……ないよ」
「気持ちよくなかったの?」
「……よかった、けど」
「けど、何?」
 僕の顔をのぞき込んでくる。
 ふいっと横を向いたって、ついてくる。

 ああもう。男の子はデリケートなのに。
 どうしてわざわざ聞きに来るんだよ。
 放っておいてくれれば、いいのに。

「……もっと、したい」
 思わず漏れた僕の本音。
 あきれたように彼女が言った。
「元気ねえ」
「う……」
 キミが悪いんだ、とは言えなかった。
 ごめんなさいとも言いたくなかった。
 だから、黙った。
「正直なのは良いけど、もっと努力してから言いなさいな」
 彼女はそう言って、僕の手をそっと握った。
 そうして、自分の白い太ももへ載せた。
 その肌はしっとりと微かな熱と湿り気を帯びていた。
「次は、キミの番だから」
 わずかにかすれた声をして、彼女が言う。

――さわって。

 その言葉は耳じゃなくて、心に響いた気がした。
 心からにじみ出した感情が、指先まで伝わってびりびりと震える。

 僕はおびえるように、彼女の身体へ指を這わす。まだ震えていた。
 直接彼女の乳房へ触れるほどの勇気はなくて、ただその白くふっくらとした腹部や太ももや微かに輪郭をみせる肋骨へさわってみた。
 彼女の肌はクリームみたいに白くて、すうっと溶けていきそうに柔らかくて、思わずため息がもれた。
 そのままその腰へ口付けしていた。何か塗られているわけでもないのに、うっとりと甘い。舌先でへその辺りを舐める。
「んんっ、」
 かすかに漏れる彼女の声がぞくぞくと僕の背筋を撫ぜていく。
 たまらなくなって、欲しくなる。
 さっき欲望を吐き出したばかりだというのに、体中が熱く切なくなる。
 こらえるようにして、彼女のぴんと上を向いた乳首を口に含んだ。柔らかなところを手で支えるようにして、たっぷりと転がす。
「っ、ぁ、ふぁ……」
 彼女が立てる声すべてが愛おしくて、くるおしいほどの切なさで満たされる。
 指先で彼女の下腹部へ触れた。熱く湿ったその場所はもう触れるだけでとろけてしまいそうに潤っていた。
 つぷりとただ指先を沈めるだけで、自分がその場所にうずもれていくような錯覚に陥る。華奢な彼女のその場所へ潜っていくのは怖くて、同時に気持ちいい。
「あ、んんっ、やぅ、きゃぅ……」
 眉根を寄せて、高い声で鳴いている彼女の声。ぎゅっと僕の心を掴んで、ひりひりするぐらいの焦燥をかき立てる。
 入れたい。彼女の中に入りたい。
 でも、どうしたらいいのか分からない。僕の我慢が足りないせいで傷つけてしまったらと思うと怖い。
 でも。
「きて……りぐる、ほしいよ……」
 うっとりととろけるようにして、彼女が言った。
 僕はうなずいた。恥ずかしくて情けなかったけれど、正直ほっとした。
 彼女の許しがなければ、僕はきっと触れることさえできない。
 先端からだらだらと涎を垂らして、脈打っている僕の欲望を、彼女の蜜壺へあてがった。
 十分に濡れそぼっていたはずなのに、ただそえるだけで緊張する。
 ひくひくと蠢いて止まない彼女の入り口。覚悟を決めるのは僕の方だった。
「い、いくよ……」
「んんっ」
 彼女がうなずいた。
 ぐっと腰をすすめる。
「っ、っく、ぁ……」
 狭い中を無理矢理こじ開けているような感じがする。痛いぐらい締め付けてくる。
 彼女はぎゅっと身体をこわばらせていた。何かをおそれているように。
 僕は彼女の頬に手を伸ばして、そっとなでた。
「ちから、抜いて……そうじゃないと痛いよ」
「ん……ごめん」
 こっくりと子供みたいに彼女はうなずいた。ほつれた前髪が額にかかっていて、ひどく艶めかしかった。
「ふぁ、ん、やぁっ、あっ、ふぁうっん……」
 ゆっくり腰を進めるごとに、彼女の声が荒くなる。それを申し訳ないと思いながらも、僕の中でかき立てられた熱が欲しがるのを止めない。
 やがて彼女の中へ、僕はすっぽりと包まれていた。
「入った、ね」
「ん……」
 少しだけほっとしたような顔をして、彼女はうなずいた。
「動いても、いい?」
「うん」
 こわごわ腰を引いて、また戻す。
 ゆっくりと動作を繰り返すごとに、少しずつなじんでくる。本当ならがむしゃらに腰を動かしたいけれど、一生懸命我慢した。
 彼女に気持ちよくなってもらいたい。大切にしたい。
 ただそれだけの気持ちで、焦れるぐらいの遅さで動いた。
「もう少し、強くしてもいい?」
「……もう」
 彼女はなぜかそっと僕の頬をつねった。
「いちいち、訊かなくてもいいよ」
 恥ずかしい奴。
 そう言って、少し顔をそむける彼女が可愛らしかった。
「ごめん」
 そう言って、僕は抽挿を開始した。
「っ、ふぁ、あっ、あうぅぁっ……」
 声が高くなる。
 ぐっと彼女の奥へ入り込むごとにわき上がってくる快感。
 こりこりした子宮口にぶつかるごとに、立ち上る興奮。
 僕を求めて動く彼女の腰がいやらしくて、その動きだけで射精しそうだ。
 ぐりっと回すような動きで彼女の内側をかき回す。粘膜と粘膜のこすれ合う淫猥な響きが闇の中へ溶けていく。
 彼女の足を片方上げて、自分の肩に掛ける。
 大きく広がった股の間に、こすりつけるようにして、欲望を叩き付ける。ぱんっ、ぱんと肉と肉がぶつかり合う音がした。
「やぁあぁっ、ふぁ、っく、あっあんぅあぅっん……」
 彼女の声がひどく艶を帯びて、暗闇へ響く。
 収縮し始める膣の感触。彼女自信の快楽がにじみ出して、じゅぶじゅぶっと音を立てていた。
「っく、ふっ、っぁ……」
 僕自身、限界ぎりぎりまで来ていた。
「ミスティア、っ、好きだ。好きだよ……」
 手を握った。
「んっ、好き……わたしも、すきぃっ……っっ!」
 互いに強く握りしめ合って、
 ほとんど同時に果てた。



 朝。
 僕は寝汗の気持ち悪さで目が覚めた。
 彼女はもう起きて、鏡台の前で髪を梳かしていた。
 すっとのばした背中と、大きく広げられた翼が綺麗で、僕はしばらく見とれていた。
 気がついた彼女が振り向く。
 パジャマの上を羽織っただけの、ほとんど半裸と言っていいその姿が、どこか昨夜の残り香を醸し出しているようで、僕はひどく顔が熱くなった。
「おはよう」
「……うん」
 うんじゃないでしょ、おはようでしょ。
 彼女はそう言って、するすると僕の傍らに寄って、こつんとおでこをはじいた。
「挨拶はちゃんとしなくちゃ」
「うん」

 ごめんなさい。
 おはよう、ミスティア。

 素直にそう言えば良かったのだと思う。
 ただ何とも言えない気恥ずかしさで僕はうつむいたまま、しわくちゃになったシーツだけ見ていた。
 よれて皺だらけになったシーツは、汗と体液とで濡れていたけれど、その白さはまだ雪のように残されていた。

「ああ、洗濯とか気にしてるの?」
 気にしないで。河童に室内乾燥機作ってもらったから。後で洗うわ。
 彼女は言った。
「いつもそうしているから」

 その言葉を聞いた瞬間に、疑惑が、黒く腹の中に凝る。
 わき上がった疑念。ぐるぐると渦を巻いてふくれあがる。

 どうして、そのシーツは、白いままなのだろう。
 どうして、赤く汚れてはくれなかったのか。
 雪のような純白が、疑惑の黒を証明してしまっていた。

 僕がそうだったように、
 彼女も初めてだったらよかったのに。

「ね、ねえ!」
 僕はほとんど泣きそうだった。
 自分勝手で、失礼で、どうしようもない疑問だとは思っている。
 それでも聞かずには居られなかった。

「まさかとは思うけど……誰とでもこんなことしてるの?」

 彼女はゆっくりと振り向いた。
 小さく首をかしげていた。
 言われている意味が、分からないようにさえ見えた。

 僕には、彼女を傷つけないか、心配する余裕さえない。
 ただただ自分の不安をぶつけるだけで、精一杯だった。
 僕は立て続けに問いを重ねた。

「『いつも』ってキミは言った。誰彼構わずこんなことして、傷ついてたりしないの? ひどいことされたりとかさ」
 僕がそう訊くのは、ただの嫉妬だ。
 醜くて、みっともない、ただ必死なだけの。
 こんなことを訊かれて、彼女がどう思うのかも想像できない、ただの子供だった。

「そんなことないと思う。キミだけだよ、多分。こういうのって」
 彼女は、途方もなく無機質な目をして言った。
「でも、どんなことがあっても、すぐに忘れてしまうから、本当のことは分からない」

 いつもにこやかな彼女が笑ってさえいなかった。
 そのことの重みを、痛みを、感じる余裕はなかった。

「寝てていいよ。キミ、疲れてるだろうから」
 彼女の声こそが、疲れているように聞こえた。
「私はちょっと、出かけてくるから。買い出しとかしないといけないし」

 彼女が寝室の扉を閉める密やかな音が、まるで棺桶の蓋が落ちるように聞こえた。

























3.はじめまして/ごめんね/さよなら


 彼女が帰ってきた時には、もう僕は忘れられていた。
 多分、買い物の途中で歌を歌ってしまったのだろう。
 僕を見て、玄関でばさりと荷物を取り落としたミスティアの口がぱくぱく動いていた。
「ど、どろぼう……?」
「違います」
 僕はぴしゃりと言った。
「また、最初からやり直しなのか……」
 くしゃくしゃと髪をかき混ぜた。ため息が出た。

 買い物に行ったままなかなか帰ってこない彼女を待っている間、そんな予感はしていたけれど、少しやりきれなかった。
 一度喧嘩をしたら、本当の意味では仲直りすることは出来ない。
 喧嘩をしたこと自体を、忘れられてしまうのだ。

 僕は言った。
「はじめまして。僕はリグル。キミはミスティア。僕たちは、」
 そこで少しだけ躊躇する。
 彼女が僕のことをどう思ってくれていたのか、朝には、結局聞くことがなかった。
 僕なんて、ただの行きずりなのだとしたら?
 たくさんいる相手のうちの一人でしかないとしたら?
 ただの非常用食料だとしたら?

 そんないくつかの懊悩を振り払って、
 僕は淀みなく、嘘をついた。

「僕たちは恋人同士だ」

 彼女は少なくとも、昨日の夜、僕を抱きしめてくれた。
 好きだと言ってくれた。
 だから、少しは好意を持って僕に接してくれたことは確かだ。
 それ以上でも以下でもない。
 だから、僕たちは恋人になれるかもしれない。

 ――そうなのかもしれない、というだけで。
   ――そうだったらいいな、というだけで。
     ――僕は自分に都合の良い嘘をついた。

 もう二度と、真実を確かめることは出来ない。
 彼女が本当に僕を恋人と見てくれていたのかどうかも。
 
 悔しくて、切なくて、もどかしくて。
 自分の馬鹿さ加減を呪うみたいに、手のひらに爪を食い込ませる。
 どんな痛みを感じても、もう過ぎてしまった時間は戻せない。
 
 
 ぽむ、と納得したみたいにミスティアは手を打った。
「あ、そっか。なるほど。だからなのね」
 さっき落とした荷物のうちいくつかをごそごそと拾う。
「買い物メモに書いてあって、どうしてなんだろうなあって思ったの」
 そう言って、彼女は紙袋を僕に手渡した。
 結構ずっしりと重い。
「多分、キミのだよ。開けてみて」

 一揃えの下着と服と靴。
 ちゃんと男物だった。

「サイズ合わなかったら、ちゃんと取り替えられるように頼んでおいたから、ちょっと着てみてよ」
 きっと似合うよ、と言った彼女の笑顔は、今朝のそれと何も変わらなかった。
 その笑顔がみるみるうちにぼやけていった。僕は、ただ顔をくしゃくしゃにして、うなずいた。何も言えなくて、ただ拳でまぶたをぬぐった。後から後から溢れてきて、止まらなかった。

 彼女は、優しかった。
 下らないことでふてくされてしまう、僕なんかよりずっとずっと優しくて、強い。
 キミのことをひどく傷つけてしまったのに。
 どうしてこんなに優しく出来るんだろう。

「やだ、そんなに嬉しかったの?」
 彼女がそう言って、僕のまぶたを舐める。
 昨日の夜、そうしてくれたみたいに。
「美味しいけど、しょっぱいね」
 彼女が、昨日と同じように振る舞うごとに、僕の涙はこぼれ落ちていった。

 彼女は、変わらないんだ。
 たとえ僕のことを忘れてしまったとしても。
 ずっとずっと同じように、可愛らしくて、愛らしくて、いとけなくて、優しくて、強い。

「ごめんなさい。ミスティア」
 僕は、ようやく彼女に謝ることができた。
 たった半日ほど前の、それでも僕らにとっては遠い遠い時のことを。

「いいよ」
 なんだか分からないけど、許すよ。
「だって、私が好きなひとなんでしょう? なら許してあげなくちゃ」
 彼女はそう言って、またついばむような口付けをした。




 彼女が買ってきてくれた服のサイズはぴったりだった。
 靴のサイズまでちょうど良くて、僕は驚いた。
「すごいね」
「んー、きっとキミのことばっかり見てたんだよ、昨日の私は」
 そう言って彼女は無邪気に笑った。
 恥ずかしくて、僕はただ小さくうなずくばかりだった。
「うん。可愛い。カッコいい。カッコ可愛い」
 満足そうに彼女は笑んだ。
「後ろから見せて。あ、前から。横。手を挙げてみて」
 そんなことを言いながら彼女がぐるぐる僕を回すから、すっかり目が回ってしまった。
 彼女はまるっきり子供みたいにはしゃいで喜んでいて、僕も悪い気はしなかった。

 ふと彼女が思い出したみたいに言った。
「あ、お腹空いたでしょ? 今日から新メニュー始めるから、味見してよ」
「うん。何作るの?」
「ヤツメウナギの旬は冬だからね。みそ味の鍋でゴボウと一緒に煮てみようかと」
 脂ののったヤツが臭くて旨いんだ、とまるで酒飲みみたいな口調で言った。
「……臭いのはちょっと」
「まあまあ、一度食べてみなって」

 そんなわけで、僕は初めて彼女の屋台のカウンターに腰掛けることになった。
 こういう赤提灯みたいなお店は来たことがないから、すごく何だか緊張する。
 落ち着かないのは多分、いすに座ると足が届かないからだ。足がぶらぶらして、ちゃんと安定しない。
 ……ちびっ子で悪かったな。
 そう思って、いすを蹴った。かん、と高い音がした。
 出されたヤツメウナギは、正直そんなに美味しいものじゃないなあと思ったけれど、彼女の作ったものだから僕はゆっくり少しずつ全部食べた。
 食べ終わった頃にはお店が混み始めてきていた。カウンターの端で大笑いしているのは大きな黒い帽子をかぶった魔法使いと人形遣い。屋外にはみ出た折りたたみテーブル席では酔っぱらいの小鬼と大きな鬼と橋姫、何故かそれに人間の巫女が混ざって談笑している。カウンターの真ん中で落ち着かない様子で天人の娘がウーロン茶を頼み、竜宮の使いがそれを微笑ましげに見ている。
 そんな中で忙しく注文をメモして、作って、運んで、時には酔っぱらったお客さんをいなしているミスティアは格好良かった。
 手伝いたいと申し出たけれど、彼女には笑って断られた。
「いつもと違うことすると、失敗しちゃうから。ごめんね」
 それでも僕は手を伸ばそうとした。手と手が触れ合う。
 彼女はそっと僕の頬にキスをした。

「私みたいな鳥だって、飼われるより飼ってみたいだけだよ」
 ミスティアはそう言って、笑った。
「だからリグルはおとなしく可愛がられてればいいよ」
 その発言にどきりとする。
 ほとんど泣きそうになって、僕は尋ねた。
「ミスティアは誰かに飼われたこと、あるの?」
「無いよ、多分」
 そう言ってから、僕のほっぺたを軽くつねる。
「ああ、妬いてるんだ」
「ちっ、違うよ」
「そーかそーか。可愛いね、リグルは」
 ぽんぽんと頭を撫でられた。
 子供扱いされたみたいで、くやしかった。

 仕事が終わるのを邪魔にならないような隅でじっと待っていた。
 見えないガラスの向こう側で、お祭りが開かれているみたいな気分だった。お客さんもミスティアも笑っているのに、僕だけが参加できずにただ座ったままでぼうっと待ちぼうけをしている。
 空気一つ隔てているだけなのに、雪明かりに照らされた人妖の顔はうっすらともやがかかっているように見えた。
 自分一人が世界から隔離されているような気持ちになって、僕はただうつむいて、ポケットの中に手を突っ込んで待っているばかりだった。

 すぐ横でくすくす笑いが聞こえた。
「坊や、お名前は?」
 桃色の髪をした亡霊が扇で口元を隠して、いつの間にかカウンターの隣に座っていた。「……リグルです」
「西行寺幽々子と申しますわ。よろしくね」
 知らないひとに話しかけられて、僕はますます居心地悪い気持ちになった。
「坊やは、」
 平然とした口ぶりで、幽々子は聞く。
「もうあの子と寝た?」
 ぶっ。
 思わず飲んでいた水を噴いた。
「な、何を言い出すんですか」
「しっ。あの子には聞こえないようにしてるんだから、気をつけて」
 耳打ち。
 このひとの吐息は、大人の甘い匂いがした。
 甘い死臭。
「まだだとしても、これから先、その予定があるなら忠告が一つ」
 熱燗のとっくりを傾けながら彼女は言う。

「自分に何か出来るなんて思わない方が良い」

 透明な日本酒のしずくが白すぎるほど白い手の甲に流れていた。僕はそればっかりが気になって、忠告とやらを聞く気がなかった。
 否、知っていたからこそ、聞かないようにしていたのかもしれない。
 口に苦いのが、良薬。
 耳に苦いのが、忠告。
 心に苦いのが、真実。

「自分には何も出来ないと思っているからこそ、いろいろ出来たり出来なかったりするものだから」
「……忠告なんて、意味ないですよ」
 僕が少し苛々してそう反発すると、彼女ははぐらかすように笑った。
「意味なんて、あってないようなものよ。むしろ意味は貴方が作るものだから」
 戯れに遊んでいるだけの口調だった。
「酔ってるんですか」
「そうね。そうなのかもしれないわ。初めから、ここには酔いの口実を作りに来ているようなものだもの」
 ふふ、と扇子の奥で口元を隠して笑った。
「家で飲むとうちの庭師が煩くてね。抜け出してくるのが楽しくて仕方ないの」
「家庭は大事にしたほうが良いんじゃないんですか」
 僕が知ったような口をきいているのを、幽々子は面白いものでも見るような顔で見ていた。からかうように反論する。
「貴方こそ、臣下と恋人は大事にした方が良いわね」
「……しています」
「ならいいけれど」
 笑いを浮かべて、くいっと猪口を空けた。

「傷口を洗わないまま、塞いでしまうと膿んでしまうから」

 その回りくどい指摘の仕方は、誰かに似ていた。
 遠い昔に死んでしまった奴に。
 親代わりに僕を育ててくれた彼に。
 僕に深い傷を負わせた男に。

 じくりと、古い記憶が痛む。

「貴女は思わせぶりなことばかり言っている。何が言いたいのか僕にはさっぱり分からない」
 僕にはそう言うしかなかった。
 本当は分かっていた。
 もう思い出したくないと思っていること。
 傷口を広げるのは、痛い。
 誰にも話したくないぐらいに。
 もう二度と触れたくないぐらいに。

「ミスティアに何もかも話せと言っているわけじゃないのよ。でも、まるで初めから無かったことみたいにするのは、正しいことじゃないと思うわ」
 特にそれが、自分にとって大切な存在だったのであれば。
 家族も同然の、臣下だったのだとすれば。

 彼女の言うことはよく分かった。
 どうしてこんなに僕たちのことを知っているのかも分からないけれど、僕の胸の中に正しくしみ込んでいく。
 正しいことがいつでも、物事をうまく進ませるなんて、限らないけれど。

 でも、
「彼女がすぐに忘れてしまうのだとしても、僕は話すべきなんでしょうか?」
 告解はただ僕の傷口を広げるだけで、翌日には何もかも忘れられてしまっているかもしれないとしても?

「自分だけが痛いのは嫌よね。分かるわ」
 ぱしりと、扇が閉じた。
 その唇は笑んでいなかった。
「卑怯者」



 思わず、僕は強くテーブルを叩いていた。
 振動で水のグラスが床に落ちて、砕け散った。
 音が店中に響き渡る。客の誰もが振り返った。

「どっ、どうしたの? 大丈夫」
 ちょうど奥の調理場にいたミスティアが飛び出てくる。手には鍋つかみとお玉。
 何もなかったかのように、幽々子は微笑みかけた。
「ごめんなさい。グラスを落としてしまって」
「わあーっ、ほうきとちりとり持ってきます」
「ここにあるわ。貴女は鍋の方を見ていて頂戴。吹きこぼれそうよ」
 まるで僕の行動を見越したように、紫色の蝶が掃除道具を運んできていた。
「あっ、いえ、そんな、お客さんにそんなこと、」
「坊や、お手伝いなさいな」
 にっこりと幽々子は僕に笑んだ。
「女将の恋人なんでしょう? もう少し育ったら若旦那と呼んであげる」
 その言葉を僕はまるで挑戦状を受け取るみたいな気分で聞いた。

 このひとに若旦那と呼ばれるようになるまで、ミスティアのそばに居続けられるかどうかについての挑戦状。

「分かりました。受けて立ちます」
「わ、若旦那……かぁ。ちょっと、いいかも」
 そうつぶやいたミスティアの顔は少し赤い。
「大丈夫。お似合いよ、あなた達。お幸せに」
 幽々子はそう言って、僕にほうきとちりとりとを渡した。




 その夜、何だか寝付けなくて、僕は窓の外を見ていた。
 真っ平らな雪原の向こう岸に月は低く昇り始めたばかりだった。
 空はたいそう澄んでいて、冷え込んだ大気の中で星がひときわ輝いていた。
 
 ぎゅっと僕の肩を抱く腕。
 ミスティアがほっぺたをくっつけてきた。
「何見てるの?」
「星。冬の星座」
 見たことないんだ。
 僕のおとうさんも、おかあさんも。おじいちゃんもおばあちゃんも。ずっとずっと前のご先祖様も。
 みんな冬まで生き延びたことがない。
 ホタルは、そういう生き物だから。

 そのことに特別な感慨を覚えたことはなかった。
 みんな冬には死んでしまうのが当たり前のことだったから。
 僕のように生きていること自体が、奇跡みたいなもので。

「キミに会えたのも、本当に奇跡みたいなものだからなあ」
 特別に気取ったセリフを言ったつもりは無かったんだけど、ミスティアが顔を赤くしてぎゅーって抱きしめてきた。
「な、なにさ」
「ん。なんか王子様みたいだったから」
 かっこいいなって思って。
 そんなようなことを言って、またぎゅーって。
「く、苦しいよ、ミスティア」
「ごめんごめん」
 謝って、彼女は腕をゆるめた。
 そのまま僕の腕を取って、抱きつくと、つぶやいた。

 ああ、忘れたくないなあ。

 しみじみと沁みるように言った。
 そう口に出すこと自体が、いつか消えてしまうことの証拠みたいで、
 切なくいつまでも僕の耳に残った。
































 ある朝のことだ。
「おはよう。ミスティア」
「……どなた?」
 ミスティアはきょとんとした顔で、僕を見ていた。

 ああ、今夜は寝言で歌っちゃったんだね。

 朝からげんなりする。
 何もかもを最初から説明するのは結構大変なのだ。
 丁寧にやろうとすると一時間ぐらいかかる。
 それでも少しずつ手慣れてきたんだ。

「僕はリグル。キミはミスティア。僕たちは、恋人同士だ」









 一日に何度も歌わないようにはしてくれていた。
 けれどお店のお客さんに勧められて、うっかりお酒を飲んでしまったりした時には必ずと言っていいほど彼女は歌った。その歌は、確かな喜びに溢れていた。

 一度も歌わないで我慢している日にはふさぎ込んでいた。
 無機質な、血のような赤い目で、寝室から窓の外の世界をただ見ていた。
 その視線には何の感情もなくて、ただ観察しているだけの目つきだった。彼女の心は世界と隔離されていた。その長い爪を自分の腕に食い込ませて、離さなかった。そうしなければ魂ごとどこかへ飛んでいってしまいそうなぐらいに、強くかたくなだった。笑わない彼女の白い肌に、サルビアの花のような赤い痣が散っていた。
 僕が抱きしめようとすると、彼女はただ、黙って首を横に振った。そうして、ますます閉じこもるように自分を自分で抱きしめる。
 それを止めさせたくて、彼女の肩へ無理矢理にでも手を伸ばそうとする。拒絶するように、大きく羽根を広げられる。柔らかな翼に包まれて彼女の姿が見えなくなる。
 静まりかえった二人だけの部屋。部屋の何もかもが白く死んだように見える。
 そうされてしまうと、僕はもう、懇願するしかなかった。
「歌ってくれ」
 歌わないと、生きていけないというのなら。
 僕はキミに生きていて欲しい。
「キミの声が聞きたい」

 溶けるように、開いていく彼女の翼。
 その奥から声高く歓喜の歌。
 完全に僕を打ちのめす音圧で響いてくる歌。
 耳を塞ごうとしても、入り込んでくる。

 その圧倒的な多幸感はまるで天国というものの、趣味の悪いパロディみたいだった。












 数日前の思い出を話そうとしても、きょとんとした顔で尋ねられるのは辛かった。
 一緒に行ったお店について話そうとしても、食い違ってしまうのが辛かった。
 何度断っても、僕にヤツメウナギを食べさせようとするのは、辛かった。
 何度言っても、嫉妬させるようなことを言われるのが辛かった。

 キミの全てを受け入れられたら良かったのに。
 キミが僕へしてくれたように、僕がキミを受け止めきれたら良かったのに。
 そうできなくて、ごめんなさい。
 
 僕は、ただの子供で王様。
 我慢も節度も無くて、優しさも包容力も無い。
 あるのはただの傲慢さと、愚かさだけだ。








『それ』を思いついてしまったきっかけは何だっただろう。
 本当に、些細なこと。
 些細で、軽いことが降り積もると、その重みで生活が壊れてしまうんだ。
 雪の下の屋根みたいに。


 起き抜けの寝室は危険地帯。
 その日、気を抜いた一瞬に彼女の唇からこぼれ落ちる歌を、僕は止めることが出来なかった。
 軽やかな音で僕の耳朶へ降り注ぐ破滅の歌。
 完璧なまでの美しさで空間を埋めて、きらきらと窓の向こうの雪を輝かせる。
 外は曇天の冬空で、そこには何の光もないのに、彼女の歌は世界を美しく見せる。
「ごめんね、歌っちゃった」
 ワンフレーズで歌を止めて、申し訳なさそうに、彼女は言った。
「いや、いいんだ」
 僕は力無く、笑んだ。
「おはよう、ミスティア。忘れるまで少し、散歩でもしようか」
「ん」
 彼女がうなずいた。


 雪の上、ブーツを履いて二人で歩いた。
 ここ数日の晴天と夜間の冷え込みのせいで、新雪の頃には柔らかかった雪面も、ざらめのように硬く凍ってしまっていた。
 その上へ足を踏み入れると、ぱきぱきと薄氷を踏むように割れて足首まで埋もれた。
「あと、どれぐらいだと思う?」
「そうだね、さっきのは短い歌だったから、5分ぐらいあるかな」
 彼女は何でもないようなこととして、言った。
「そうか」
 なら、充分だ。

「ねえ、ミスティア」
「ん?」

――僕を、食べて。

 ここ数日考えて出した結論が、それだった。

 何をしても忘れられてしまうのなら。
 僕には何も出来ないのなら。

 僕が彼女に出来る、唯一のこと。
 僕のこの身体を捧げたい。

「いつか忘れられてしまうのなら、僕をキミの一部にして欲しい」

「出来ないよ」
 ミスティアは小さく首を横に振った。
「食べたら無くなってしまうもの」
 幾度となく繰り返されたその言葉は、僕にとって何の救いにもならない。
 知らず知らず、僕は声を荒げていた。
「忘れられるのなら、そのたび、僕は無くなっているのと同じことだ」

 そのたびに殺されているのと同じことだ。
 一日ごとに繰り返される死と蘇生。
 思い出が全て消えていく。

 差し出した僕の手。
 雪よりも白くて、砂糖よりも甘くて。
 きっと恋よりも切ない味がするだろう。

「ねえ、食べなよ」

 僕は小さな彼女の体を抱きしめた。
 そのまま木の幹へ向けてもたせかかる。
 ぱらぱらと枝から微かに雪が落ちて、彼女と僕とに降り注ぐ。

 強引に口付けを交わす。
 口吻はまるで壊死のように甘い。
 ほろほろと手の中で崩れていく同胞の肉のように柔い。

 彼女の口の中へ右手を押し込む。
 指先が唾液で濡れる。その感触は、彼女の大切な場所に似ている。
 それを蹂躙するように、息も出来ないように、無理矢理押しつけて。
 僕の思いを喉奥へたたきつけてやりたくて。
 どんなに傷つけても忘れてしまうのなら、せめて、せめて、その身体に、僕の気持ちを。
 
 キミの血肉になってしまえるならば、僕はもう、それだけでいい。
 生きていなくったって、いい。
 
「食べてよ。そうしないと、」
 僕の針で突き刺して、白い毒を注ぐ。
 キミへ向けて、真っ白い毒を注ぎ込む。
 最初の夜にそうしたみたいに、汚くて苦い毒をキミにぶっかける。
 
「どんなに痛くても、僕は知らない」
 痛がったって、泣いたって、そんなのは僕の知ったことじゃない。
 ただ僕の思いを、凶暴な感情を叩き付けて、それで、素知らぬふりをして。
 
「キミのことなんか、知らないんだ」
 気遣いたかった。
 優しくしたかった。
 でも、それは出来なかった。
 
 だって僕は、愚か者だから。
 自分勝手で、わがままで、子供の王様だ。
 
「ただ、僕のことさえ」
 覚えていてくれれば。
 
 その言葉を口にしようとした僕の鼓膜へ、
 いつか聞いた臣下達の叫び声がこだました。
 
――わたしたちのことを覚えていて。
――覚えていてくれ。俺のこと。
――忘れちゃいやよ、にいさま。
――誰か一人でもいいから、我々のことを覚えていて欲しい。

 脳裏によみがえる、圧倒的な記憶。
 赤と黒の水玉模様。愛らしく愉快なメイド達。ガラスのような羽根と巌のようなトルソ。強靱にして実直な戦士。闇の中に浮かんだ光。七百八十三の可愛い妹達。そして、全てを企てた張本人。親代わりの執事。

 彼らと同じことを、僕は言うのか?
 辛い記憶ごと、思い出を押しつけるなんて。
 自分がされて嫌なことを、彼女にしてしまうなんて。

 吐き気がする。
 僕は、彼らと同じだ。
 何もかも忘れて、押しつけようとした、自分勝手な大人達と同じ。
 ひとの気持ちも考えずに、期待して。

 された側の気持ちなんて、これっぽっちも考えちゃいないんだ。


 言葉の喪失。
 言うべきことを失ってしまった。
 僕はもう、彼女にかける言葉がない。


 一陣の風も吹かない静けさの中で、僕たちは互いに黙りこくっていた。

 やがて。

「……キミ、誰?」

 小鳥のような声で、彼女が言った。




「僕は……」

 唇を強く噛んだ。
 ふつりと破れて、血の味がした。

「何でもないよ」

 何者でもない。
 キミにとって、僕は、何者にもなれない。

 僕は煙のようにゆっくりと身を離した。
 そして、つぶやいた。

「さよなら、ミスティア」

 きっともう、その名前を呼ぶことはない。













 今にも降り出しそうな曇天の下で。
 僕はただ、やみくもに走った。
 黒い木々の合間を抜けて、大雪原へ。
 誰もいない、足跡のない、純白を欲した。
 枝から落ちた雪が、まるで吹雪みたいに視界を阻んだ。
 頭を振ってなお走った。

 息が切れて、喉もかれて、心臓の奥がズキズキ痛んだ。
 子供みたいに泣き叫んだ。

「ちくしょう、なんなんだよ、ちくしょうっ!」

 好きだ。
 好きだった。

 でも。
 僕は。

「                       」

 僕の声が、それを返したやまびこが、消えていく。
 遠くで雪崩の起きる音がした。










 そのうちに雪が降り始めても、僕はしばらく立ちつくしていた。
 僕が雪原に残したはずの足跡は、白い死に覆われて消されていった。

 まるで初めから何にもなかったみたいに、





























4.ほうほうほたるこい


「リグル♪ りぐる♪ りぐるん♪ るるん♪」

 歌を歌うごとに、記憶が薄まっていくのだとしても、僕の名前をそれだけたくさん歌ったらいい加減覚えてくれないものかと切実に思う。
 近隣住民(=僕)が眠れないレベルの大声で彼女はずっと歌い続けていた。
 呼吸するのと同じように、彼女は歌う。
 それも全部、僕のことばかり。
 歌が止むのは、ご飯を食べている時と眠っている時だけで、風呂の間も料理の間も大声を張り上げていたし、歯を磨いている間でさえ鼻歌を忘れない。

 なんでそんな声で歌えるんだろう。
 僕はもう声も出ないほどに疲弊して絶望してうなだれているのに。
 どうしてまともに生きていけるんだろう。
 僕はもう何を食べても吐いてしまうぐらいに深く滅入っているのに。

 きみは結局の所、僕を失っても生きていけるということなんだろう。
 忸怩たる思いで、その歌を聴いていた。

 結局、僕はそれほど彼女の屋台から遠くない森の中で住むのに手頃な木の虚を見つけた。
 小さな、前に住んでいたのと同じぐらいの大きさの小さな部屋。
 本当なら彼女のことを忘れられるぐらいの遠くへ行きたかったのだけれど、幻想郷の冬は寒すぎて、遠くまで探しに行けるほどの力が無かった。
 寒さは苦手。
 でも恥ずかしいのも苦手だ。

 多分、彼女は万が一の時のためにメモを残してあったのだろう。その中に僕のことも書かれていたのかもしれない。あるいは客の誰かが(っていうかきっと幽々子が)ミスティアに僕のことを教えたのかも。
 何にしても、僕も彼女もお互いから逃げられないみたいだった。

 今夜もヤツメウナギの屋台で、女将のリサイタルが開催される。客はほとんど全員耳を塞いでしまうが、強制的に聞かされてしまうので意味がない。
「どこだろ♪ 大事な♪ だいすき♪ りぐる♪ むしのおう♪」
 ……歌詞に殺される。
 素面で聞き続けるのは恥ずかしすぎる。
 そばで聞いていると何だか赤面を通り越して、頭が痛くなりそうだった。

 ふらふらと夜の闇に紛れて、彼女の屋台の灯りへ引かれて飛んでいく。
 誰にも見つからないように屋台の屋根にそっと降り立つ。
 一人で、木の虚で聞いているのは、空しすぎるから、せめて近くで。

「りぐるん♪ 大好き♪ 帰ってきてよ♪ わたしのこいびと♪」
 自分の歌で照れてしまったらしい彼女はぺしんと自分の額を打った。そうして歌詞をなくして、トゥララトララルラ♪ と響かせた。
 雪の上に出した折りたたみのテーブル席の間をくるくる回りながら、皿を置いていく。
 まるで一人オペラみたいだ。誰も見ていない小芝居。
 可愛いんだけど、なんだか、どうしたらいいのかすごく困る。

 端的に言うならば、
 すごく、
 ツッコミを入れたい。



「ミスティア、やっぱり最近元気ないわね」
 テーブル席で庭師と座っていた幽々子がそう呼びかけた。
 どよっと客席中がどよめく。
 どこをどう聞いたらそんな風に聞こえるんだろう。
 あんな大声を張り上げて歌っているのに。
 僕には想像もつかなかった。
「え!? そんなことないですよ。元気です。とってもとっても元気に歌ってます」
 あわてたように、彼女が答える。
「あら、だって、」
 ふふ、と扇で口元を隠して笑う。
「から元気でしょう、それ」

 がん、と頭を殴られたような気がした。

――歌うと元気が出るんだ。
 彼女がそう言っていたのを思い出した。
――どんなことがあっても、歌っていたら元気になれるんだ。
 彼女はそう言っていたんだった。

 間抜けな歌詞の、間抜けな節回しの、変な歌で、他人が聞いて感動できるところなんてどこにもない。
 声だってふにゃふにゃで、ただ耳障りな雑音とさえ呼べるかもしれない。

 それでも、僕の心を打つ、美しい歌。

 ぱたたっとトタン屋根をしずくが叩く音がした。

「あら、雨かしら」
「まさかあ。こんなに晴れてて星までくっきり見えてるんだぜ」
「でも音がしたし……上海、ちょっと外見てきてくれる?」

 カウンター席で飲んでいるそんな魔法使い二人の会話を聞いて、僕はあわてて飛び立とうとした。
 これを最後にと、一目ちらりと彼女を見る。
 皿を片づけている彼女がポケットに入れていたメモがひらりと落ちた。ミスティアはそれに気がつかずに行ってしまう。
 僕は木陰に隠れて閉店になるのを待った。後で拾って、どこかにさりげなく置いておいてあげようと思った。
 やがて、人々が少しずつ帰っていく。
 彼女はいつまでも歌うのを止めない。
 割り箸を片づけ、出していたテーブルをたたみ、防水布をかけ直して小さな屋台をしまう。
 その合間も歌うのを止めない。
 喉がすり切れ、時々咳き込むようになっても、彼女は歌うのを止めなかった。
 それがただ一つの証拠であるように。
 彼女の生きている、僕の生きていた、証明であるように。

 彼女の姿が中に消えた、誰もいない雪原に落ちたメモを拾う。
 こう書かれていた。
『リグル。おとこのこ。かわいい。みどりのかみ。むしの王。だいすき』
 裏側にはこう書いてあった。
『おいしいけど、たべたらだめ! なめるだけ!! 今はいないけど、春になったらもどってくる、ぜったい!!!』
 ぜったい、のところには赤字でアンダーラインが引かれていた。
 すぐ隣には誰かが描いた僕?の似顔絵。やたら美化されて少女漫画の登場人物みたいになっている。
 僕は小さく吹き出して、それから何だか切なくなった。
 ぐすっと鼻をすすりながら、それを寒さのせいにして、くしゃっとポケットの中につっこんだ。
 背を丸めた僕の耳に、彼女の歌声がまだ届いている。

 ――リグル、リグル。
 ――蟲の王。

 その歌詞は、昔聴いた懐かしい歌に不思議と似ていた。

 それは夏の祝祭。
 僕を苦しめる古い思い出。
 甘いはずの祝福の記憶が、血なまぐさい不吉な記憶に結びつけられてしまっている。

 それでも、誰かに頼まれたからじゃなくて、僕は覚えていた。
 まるで自分の血肉のようにして、心にしがみついて離れない思い出。

 それを僕は許せるだろうか。
 僕へ辛い出来事を記録させた、みんなを。
 ただ僕が生き延びるために、楽しかった思い出ごと辛い記憶に変えさせてしまった臣下たちを、僕は許せるだろうか。




「坊や、ちょっと良いかしら」
 声がして、僕は振り返った。
 桜色の髪をした亡霊が扇で口元を隠して、佇んでいた。
 闇夜に、桜色の蝶が何匹もゆらゆらと舞って、この世のものとも思えないほどに美しかった。
「……なんでしょう」
「若旦那とは呼べないわ。そのままの貴方じゃ」
 幽々子の目は笑っていなかった。
 ぞっとするような威圧感を感じて、僕は彼女に正対した。
 未だかつて無いほどの、恐怖。
 捕食者の捕食者。食物連鎖の頂点。

「呼ばれる資格なんて、初めから持っていません。彼女の生活の中に、僕はもういないのだから」
「本当かしら?」
 毎日、貴方のために歌ってくれているのに?

 僕はただ黙った。
 何かを話せば話すほど、泥沼にとらわれてしまうような気がして。
 自分の浅慮を身をもって知らされるのは嫌だ。

「強情ね」
 幽々子はふうとため息をついた。
 まるでそれを合図にしたかのように、紫色をした蝶がゆらゆらと僕の周りへ集う。
「身をもって知るまで、分からないのでしょうね」
 ぱちんと、扇を閉じる。
 きっちりと結ばれた唇は、死人の色。
 そのくせ、ふっくらとふくよかだ。
「一度、話をしてくるといいわ」

――死人の世界へ、いざないましょう。

 蝶が舞い降りてくる。後から後から現れる紫に青に桜色にと発光する蝶たち。ゆうらりと揺らめいて鮮やかなのに光はぞっとするほど冷たい。白い雪原に照り返すその灯りは限りない。
 この世のものではないその光は、僕に死んだ妹たちを思い出させた。彼女たちが七百八十三の蝶に生まれ変わって僕を取り囲んでいるような錯覚を覚えた。

「人でなくて蟲だけれど、ね」

 その声を最後にして、僕の意識が溶暗する。
 蝶の灯りだけが、残像のように瞬いて、消えた。





 意識を取り戻しても、僕はまだ闇の中にいた。
 ふわふわと頼りない空中で、飛ぶでもなく、ただ浮かんでいた。
 僕はただ待った。

 やがて、遠くに一つの光が見えた。
 今にも消えそうなほどか弱い、幻のような光。
 僕はそれに向かって飛んだ。
 追えば追うほどそれは逃げていくような気がした。
 それでも羽根を動かして、懸命に飛ぶ。
 少しずつ息が切れて、喉が痛くなって、背中が痛む。
 飛び続けることをあきらめてしまいそうなほど。
 ぐっと身体をそらして、前を向く。


 突然、光は消えた。

 僕は方向性を見失って、飛ぶのをやめた。
 あたりを見回すが、どこにもない。
 消えてしまって、今はもう何もない。
 僕はただ呆然として立ちつくしていた。

――何を落ち込んでいるのです。

 声が聞こえた。
 僕はまた、あたりを見回した。
 やはり誰もいない。

――何も無かった。はじめから。

 それは、聞き覚えのある声だった。
 彼が居たのは遠い日々。教え諭す僕の親代わり。
 僕に仕える執事の癖に、容赦なく僕にげんこつを振るって。
 そのくせ褒めるときは甘いマドレーヌをくれて。
 痛い言葉も優しい言葉も全部くれた。

 僕の大切な、今はもう居ないはずの臣下。

――自分のものではないのに、失われたように思うのは、傲慢というものですよ。

「でもっ!」
 僕は叫んだ。
「そこに光があったから。見えたから! 追いかけたのに……」
 たどり着けないままで、消えた。

――王様。貴方には決定的な何かが足りない。
 手厳しい声が響く。
――初めは無かったモノがまた居なくなっただけなのに、どうして悔やむんです?

「だって……見えてしまったんだ」
 闇の中で、唯一の希望。
 自分以外の、確かな存在を。
「無かったことになんて、出来ない」
 
――忘れたいですか?
――もう二度と手に入らないのなら。いっそのこと、忘れてしまいたいと思いますか?

「どうして……? どうしてそんなひどいことが出来る?」
 そこにあったのに。それは、確かに輝いていたのに。

――でも、貴方は一度そうしようとしたじゃないですか。

「どういうことだい?」

――自分を食べて、と貴方は彼女に言った。冥界の管理者からそう聞きました。
――手に入らないから、忘れたかったんでしょう、貴方は。

「それは……」

――我々が望むのはただ一つ。我々が遺そうとしたものを、潰さないで。
――そうでなければ、王様、あなたを生かした意味がない。
――あなたに幸せになって欲しくて、臣下みんなが自刃したのです。

「でも、僕はそんなに大層な奴じゃない」
 みんなの期待を背負えるほど、立派じゃない。
 冬の間中、ずっと生きていけるほど強くもない。

――誰もが初めから上手くいった訳じゃない。
――手探りでもいいから、進むしかないんです。

 それに。

――貴方が完璧だなんて、誰が言いました?
――王様、あなたは裸でみっともない、ただの子供だ。
――これから先、春になったら分からないけれど、冬の今は無力です。

「……言うね」
 苦笑した。臣下の癖に、毒舌なのは死んでも変わらない。

――今は無力でいいんですよ。覚えてさえいてくれれば。生きてさえいてくれれば。
――それだけです。たいして難しいことじゃない。
――どうせ、何も出来ないのなら。
――意地汚く生き延びてやろうじゃないですか。

「でも結局お前は、死んじまったじゃないか」
 僕ひとりを残して。

――そりゃあ、そういうものなんで、しょうがないんです。
 肩をすくめるのが、見えたような気がした。
――蟲ってのは冬の寒さとか殺虫剤とかで簡単に死ぬし、鳥ってのはトリアタマで大事なことすぐに忘れるし、焼き鳥にされて喰われるし、ケツの穴もアソコの穴も一緒なんだから、しょうがないです。

「……一緒なんだ」
 それは知らなかった。いつも真っ暗だったし。
 そう言えば、入れる穴間違えてないか心配になったもんな。
 やたらキツかったし。

――まあそんなことはどうでも良くて。
――そんな風に滑稽でグロテスクで無意味なのが我々の世界ですよ。
――その上で、どう解釈するのかが、生き方のオリジナリティってもんじゃないですか。

「他人に生かされた分、頑張れって、そう言いたいのかい?」
――そういうことです。なんだ、ちゃんと分かってるじゃないですか。

 分かってはいた。
 でも、心の底から受け入れることは出来ない。
 押しつけがましい、彼らの意志は未だに重荷だ。
 理屈ではなくて、感情に刻みつけられたそれは呪いだ。
 狭量で、どうしようもなく自分勝手な子供の僕だから、受け入れられない。
 そんなに簡単に、許せるわけがない。

 だから、僕は言った。

「もう少し時間をくれ。受け入れるには時間が掛かる」
――そう言うからには、その時間を自分で稼ぎ出す算段はあるわけですよね?

「……結局、それって生きるってことじゃないか」
――その通り。

 初めから、僕の負けは決まっていたみたいだった。
 僕はため息をついた。
 子供ってのは、大人にもてあそばれる運命みたいだ。

――ああそうそう。
 彼は付け足しみたいに言った。
――春には転生するみたいですから、その時にはよろしく。記憶は無いと思いますけど。
――ちゃんと結婚式には呼んで下さいね。

 それきり声は聞こえなくなった。

「……いつになるかなあ」
 ぼんやりと僕がつぶやいた瞬間に、
 どうやら僕は目を覚ましたらしい。




 あっけなく、現実は訪れる。
 一人で木の虚で寝ていた。口の端に涎まで垂れていて、慌ててぬぐう。
 空っぽの木の虚。孤独。独り寝。何もない。
 今までのことが何もかも、消え失せたように静かだ。
 入り口からそっと外をうかがう。
 何もない、ただ純白の雪原。冬の匂いだけがした。

 見慣れていたはずの屋台さえ、ない。
 あの赤提灯がぶら下がっていた懐かしい屋台が、かき消えていた。

 ぞくっと背筋が凍る。
 転がり落ちるように、木から降りた。
 覚えている限り、屋台があった場所を探す。雪はただ静かに後も残さず積もっている。全てを覆い隠してしまったみたいに。

 まさか、夢……?

 今までのことが全部、何もかもが夢で、僕はただ一人でこの虚の中で眠っていただけで、全てが嘘でまやかしで偽物。
 彼女と出会ったことも。彼女に恋をしたことも。彼女と離れたことも。また会いたいと思ったことも。
 彼女の存在さえも。
 僕の感情をかき立てた、ありとあらゆることが全て、夢なんだとしたら。

「そんなのって……ないよ」

 今まで何のために苦しんで悩んで。
 何もかもが、嘘だったなんて。
 呆然として、膝をつく。
 膝まで埋まってしまうようなひどい雪。
 何もかもを覆い尽くして隠して、まるで無かったことのようにしてしまう。

 拳を叩き付けようとしても、柔らかな雪は全て受け止めてしまう。
 何の手応えもないまま、僕の手だけがすっぽりと埋もれてしまう。

 この雪はきっとまだ溶けない。
 まだ冬は終わらない。
 長い長い、持久走のような。

 一人きりの戦い。


























「ほう、ほう♪ ほーたる、こい♪」





















「こっちの♪ みーずは♪ あーまいぞ♪」
 林の向こう側から、声が。
 それは懐かしい歌。
 僕の呼吸を完全に止めるほどに、完璧なタイミングで。

 顔を上げた僕と、目が合う。
 澄んだ赤い目。
 くすんだ桃色の髪。
 大きく広げた翼。

「わああああ、ホントにホタルきたー!」
 全速力で飛んできた彼女に、ぼふっと音がしそうなぐらい思いっきり抱きつかれた。
 バランスを崩して雪の中に倒れ込む。
「屋台動かしてみたらホタル来た! 北の方向にホタルを見つけたら、今年の恋愛運アップってホントだ!」
「いや、意味わかんないし」
 羽根をばたばたさせて興奮している彼女に苦笑する。
「すごい、冬のホタル! 特別!! 超ラッキー! 雪の蛍! 蛍の光、窓の雪!!」
 はしゃいでいる彼女を見て、嫌な予感がした。
「……僕のこと、覚えてる?」
「え? 前に会ったひと?」
 小首をかしげて言われた。
 予想はしていたけれど、やっぱりちょっと落ち込む。
 でも、落ち込んでいる場合じゃないんだ。
「……はじめまして。僕は……」

 違う。
 そうじゃない。

 そもそも、僕は以前にちゃんと、彼女に出会っているのか?
 僕の思い出は全部夢で、彼女も僕に初めて会ったのだとしたら?
 本当に僕は、彼女の恋人だと胸を張って言えるのか?

 何もかもが悔しくて、ポケットに手を突っ込んだ。

 くしゃりと違和感。
 広げてみる。

 彼女の書いた恥ずかしいメモが、そこにあった。

「あれ、これって私の字だ」
 彼女に奪われた。
 読み込まれて、じいっと観察されている。
 なんだか、気恥ずかしかった。
「……舐めたら美味しいって書いてある」
「う」
 あえて、そこに注目するのか。

「舐めてみていい?」
「……うん」
 僕は目を閉じた。すうっと顔を長い爪でなぞられる。
 頬、唇、まぶた。
 ゆっくりと撫でられて、どきどきした。
 いっそのこと時が止まって欲しいぐらいに。

 不意に、彼女の指が止まる。
 ねらい定めたように、べろっと冷たく湿った感触が走る。
 ……何故か、鼻の頭に。
「なんで、そこなんだよ!」
「なんか、乾いてるから」
「そこは乾いてていいんだよ、犬じゃないんだから! むしろ濡れてたら風邪ひいてるよ!!」
「そっかー、頭いいね、リグルは」
 彼女が笑った。

 僕は、それどころじゃなかった。

「今、僕の名前、呼んだ」
「うん」
 彼女がこっくりうなずく。
「リグル、雪味。出た」
「ひとを冬限定の新商品みたく言うな」
「じゃあ、りぐるん」
「変なあだ名つけるな」
「ほたるん」
「原型とどめてないし」
「るんるん、りぐるん♪」
「歌うな」
 ツッコミが追いつかない。

 彼女が、満面の笑みで言った。
「おかえり、リグル。早かったね」
「……ただいま。ミスティア」
「帰ったら、ヤツメウナギの鍋あるよ」
「……遠慮しとく」
 あんまり好きじゃないし。

 ずっと言いたかった言葉を口にする。
「僕が何か作るよ。いつも世話になって悪いし」
 そう言って、ぎゅっと強く抱きしめた。
 胸の中に確かにある彼女のぬくもり。もう二度と触れられないと思っていた。
「僕にも、手伝わせて」
 キミのお店。
 キミの生活。
 キミの生き方。

 辛いときにも、悲しいときにも、
 キミを支えていきたい。

 おずおずと彼女が言った。
「あのね、嬉しいから……歌ってもいい?」
「いいよ」
 さっきから歌いまくってるしな。
「キミのうたが聞きたい」

 彼女が翔る。
 高く高く、太陽へ向けて声高くさえずる。
 その歌はさながら春を告げる雲雀の如く。
 澄んだ音色で澄んだ青空を羽ばたいていく。


 何度忘れても、何度でも思い出させる。
 そうして僕を習慣にしてキミの生活に組み込む。

 それは、気の長い、持久走のような、戦い。
 
 
 
 
 
ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンクダサイゴメンナサイゴメンナサイ>orz
こんぺで、しかもマイナーカプでこんな長文書いてごめんなさい。読んでくれた人には大感謝。

nightingale
《鳥》ナイチンゲール
〈比喩〉美声{びせい}の人

Florence Nightingale
【人名】フローレンス・ナイチンゲール◆英国の看護婦(1820-1910)

ナイチンゲール症候群
【名】世話をする者とされる者の間に愛が生じる心理のこと。

gale 【名】強風、疾風
→タイトルを意訳すると「あらしのよるに」
i0-0i
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/01/11 00:00:43
更新日時:
2009/01/11 00:00:43
評価:
18/66
POINT:
160
Rate:
0.55
1. 10 七市 ■2009/01/11 14:51:02
リグルが男に設定されているのを見たときまたかと思った。
けど読み始めるとそんな感想は一瞬で消えてしまった。

冒頭からすごい。
ぐいぐい引き込まれた。
凄まじい死の描写は死の描写なのにも関わらず
どこかコミカルで、それゆえ印象深い。

ミスティアの設定は大胆だが効果的だった。
記憶は自分を形作る根っこの部分で、
しかしミスティアにとって歌はそれ以上に大切で。
ミスティアがリグルに、「誰?」と質問するたびに泣いてしまった。


キリギリスの執事。
短い登場なのに存在感があり素的です。



冬を越えられない蟲と記憶を失ってしまう夜雀の物語は
極限状況であり同時にとても普遍的な問いかけを含んでいるように感じた。





褒めてばかりになってしまいすいません。
ほかにも色々思ったんですが、これ位で自重します。

オリキャラ、オリ設定、性別転換とマイナスになりえる要素が満載なのに
そんな懸念を吹き飛ばし、むしろそれによって物語を引き立てる
作者のパワーに圧倒されました

楽しいひと時をありがとうございました
2. 9 名前が無い程度の能力 ■2009/01/11 15:50:02
前半ちょっとだれる部分もあったけど面白かった。
ミスリグとかなんて新ジャンルw
いいかもとか思ったよ本気で!!
3. 10 名前が無い程度の能力 ■2009/01/11 20:23:05
うはあ・・・。いいわあ、こんなカプ。
引き込まれました。いや天晴れです。
4. 8 名前が無い程度の能力 ■2009/01/11 20:49:12
素晴らしかった。
ミスティアとリグルの記憶とか、タイトルとか二重の意味付けがうまいな。
5. 10 名前が無い程度の能力 ■2009/01/12 01:53:12
こういう、ネチョ以外の部分でもきちんと小説として成立しているネチョSSって大好きです。
オリジナルの設定が多いですし、ネチョが若干薄いかもしれませんし、少々幽々子様が都合良すぎる気がしましたが、
読後の感動が素晴らしかったのですべてよし。というか、そんなところどうでもよくなりました。だってこんなに綺麗なんですもの。
りぐるんのポエマーな一人語りに惚れました。がんばれリグル。
6. 10 ■2009/01/13 07:17:40
正直なところ英字タイトルを見たとき
「とっつきにくいなぁ……」
と思っていたのですが、ラストで解説された意味を見て納得。
むしろ自分の浅はかさにちょっと落胆しました。

さておき、個人的には幽々子様がすごく良かった。
「卑怯者」の部分が特に好き。
7. 10 雨雨 ■2009/01/18 20:52:04
すごいなぁ…。
一気に読んでしまいたかったのですが、じっくり三日くらいかけました。
とにかく、本当に読めてよかったなぁと思える作品でした。
すばらしい最高ありがとうございました。
8. 8 名前が無い程度の能力 ■2009/01/18 23:53:10
GJ
でもちょっとお題が弱かったかと
9. 10 名前が無い程度の能力 ■2009/01/20 18:11:52
すごかった
10. 8 あおいそら ■2009/01/22 13:18:52
望まぬ内に蟲毒の勝者にされて押し付けられた願いと、ミスティアとの間の願いの重なりが凄くグッと来て、思わずホロリ。
みすちー可愛いよみすちー。
11. 9 74 ■2009/01/22 23:00:58
ガチで泣いた。こういう話好きなんですよねぇ、結構。
幾分かの皮肉がパンチ効いててまたいい。
東方であって、東方でない何かなんだけど、すごく成り立った物語。
良いもの読ませてもらいました。
12. 10 名前が無い程度の能力 ■2009/01/23 11:55:48
GJ
13. 7 ななしぃななしぃ ■2009/01/23 18:02:06
ひとつひとつの描写がこまかくてとても良かった

コメント短くてすいません
14. 10 名前が無い程度の能力 ■2009/01/23 19:21:19
面白かったです。
15. 10 グランドトライン ■2009/01/23 19:46:46
辛い記憶だけではない。温もりの思いでも持っているはずだ。

複線、序幕、転機、終焉の4段構成で上手く仕上がっており、とても良い話でした。
感動的なシナリオもさることながら、コントのような掛け合いや、残酷な複線など所々の隠し味が見事に効いています。

特に1章はかなり充実しており、これだけでも1つの作品になりえる出来でした。
脇役の一匹一匹も無駄に格好良かったです。

にしてもこの物語のエロくて可愛すぎるんだけど、どうしろと?
16. 9 名無し魂 ■2009/01/23 20:02:10
1.
このころには自己中心的でガキなリグルでしたとさ。
2.
子供なリグルをリードするお姉さん。素敵だね。
バカップル状態。男の子の方が初心なのは世界の常識。

でも、歌を歌うと消えてしまう記憶。それはリグルの消滅。
> 「可哀想なのは、キミの方だろ? 歌うたびに大事なものなくしちゃうなんて」

個人的な話だが、このパートのネチョシチュエーションって、私が初めて読んだエロSSに似てて、妙にドキドキした。

布団に赤いものがついてないのを見つけたリグルはすごいかもしれない。
…客との夜伽なのか?
3.
> 「いつか忘れられてしまうのなら、僕をキミの一部にして欲しい」
だんだんリグルが大人の心を持ち始めてる気がする。…自分でこの決断ができるほど心が成長しているのだから。
> 「僕は……」
> 「何でもないよ」
> 「さよなら、ミスティア」

4.
1.で蟲たちと過ごしてた頃とは全く違う、成長したリグル。

>  何度忘れても、何度でも思い出させる。
>  そうして僕を習慣にしてキミの生活に組み込む。
>
>  それは、気の長い、持久走のような、戦い。
リグルとミスティアを応援してあげたいです。

全編通して、結構ギャグも豊富に感じるぜ。
リグルがボーイな作品では、最高作品と言えるだろう。
非常に良いSSでした。
17. 3 ななしぃななしぃ ■2009/01/23 23:47:31
だめだ何回でも読んでしまう
本当にいいSSありがとうございます
+3って感じです
18. 9 泥田んぼ ■2009/01/23 23:57:36
く……僕リグルは苦手なはずなのに……苦手なはずなのにっ

1.の文体(?)がすごい好きです
でも2.とのギャップひでぇw
19. フリーレス i0-0i ■2009/01/25 19:11:21
読んで頂いた皆様方におかれましては、ありがとうございました。

偉大な先人たちがいなければ、これは生まれませんでした。
所感に代えて、参考文献リスト。漫画と小説と音楽と動画。
パクリではないが、影響はモロに受けてます。
敬称略。URLは張りませんので、興味を持たれた方はググって下さい。
・第二回ねちょこんぺ一位「成長する作者 〜中2期からの執筆による筆力の変化とその結末〜」 きえう
・第三回ねちょこんぺ一位「ラムネ」 鎌鼬
・これまでに書かれたリグルSS(特に男の嫁なリグル)
・リグルとミスティアのキャラスレ(特にみすちースレにはお世話になりました)
・「極東学園天国」 日本橋ヨヲコ
・「3月のライオン」 羽海野チカ
・「孤独のグルメ」 原作:久住昌之 作画:谷口ジロー
・「河よりも長くゆるやかに」 吉田秋生
・「バクマン」 原作:大場つぐみ 作画:小畑健
・「ヒカルの碁」 原作:ほったゆみ 作画:小畑健
・「最終兵器彼女」 高橋しん
・「“文学少女”と死にたがりの道化」 野村美月
・「九十九十九」 舞城王太郎
・「ホタル」 スピッツ
・「All imparfect love song」 world's end girlfriend
・「DDDot」 クロユキ(perfect promotion出店作品)
・「深夜高速」 フラワーカンパニーズ
・「【落書き漫画】蛍、夜雀、愛の歌【東方】 part1」 人肉係長
・「新世紀エヴァンゲリオン 最終話」 GAINAX
・「少女革命ウテナ 最終話」 ビーバパス
・「メメント」 クリストファー・ノーラン
・「あらしのよるに」 木村裕一 (特に映画版)
・「東方永夜抄」、「東方花永塚」 ZUN

以上。本当にありがとうございました。
20. フリーレス 名前が無い程度の能力 ■2009/02/15 11:26:05
甘酸っぺー!!ウブなリグルの嫉妬心やミスチーの無邪気なエッチさに見事にノックダウンされました。恋人の事を忘れるってズルいですよ、何回読んでも涙腺弛んじゃう。ネチョ以外の話もしっかり読ませる仕事ぶりは正直、尊敬します。臣下の言葉はいちいち自分の心もざらつかせたので辛かったですね。生きてる間はグロテスクで残酷なこともあるけど願わくばこのリグルとミスチーが幸せになるように祈ってます。良いもの読ませてもらいました、ありがとう!
21. フリーレス 名前が無い程度の能力 ■2009/08/02 03:29:50
退廃的な描写が素敵です。
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53. フリーレス zvyfntppl ■2021/12/02 10:07:44
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
zvyfntppl http://www.gmz4cfq8245z876cot515l15o1xno36zs.org/
<a href="http://www.gmz4cfq8245z876cot515l15o1xno36zs.org/">azvyfntppl</a>
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54. フリーレス pxdmncjfzz ■2021/12/23 15:13:46
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
[url=http://www.gd4g43j002i3e93j1vwl95afr95t5qu5s.org/]upxdmncjfzz[/url]
<a href="http://www.gd4g43j002i3e93j1vwl95afr95t5qu5s.org/">apxdmncjfzz</a>
pxdmncjfzz http://www.gd4g43j002i3e93j1vwl95afr95t5qu5s.org/
55. フリーレス ygwvwrtpf ■2021/12/24 09:58:13
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
ygwvwrtpf http://www.gw8z031r0o2j739b1zpcj7g99u106ggss.org/
<a href="http://www.gw8z031r0o2j739b1zpcj7g99u106ggss.org/">aygwvwrtpf</a>
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56. フリーレス nkqzhdlkr ■2022/01/18 09:19:05
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
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nkqzhdlkr http://www.g5c8q9a443gn693shm0cm99bx7c9x55rs.org/
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57. フリーレス rpivmfcmb ■2022/01/23 15:21:33
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
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rpivmfcmb http://www.g31s819gf31jcwrgp27vm88pd75p88q2s.org/
58. フリーレス kzzsyoext ■2022/01/24 12:03:25
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
kzzsyoext http://www.g1xbi6p0f884uju16642si6cwig117j9s.org/
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59. フリーレス xyfzefrmbx ■2022/01/29 17:30:55
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
xyfzefrmbx http://www.g27bmr5hbbej9q5e753w527o77bs311is.org/
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60. フリーレス zfwqolhql ■2022/03/02 10:21:33
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
<a href="http://www.gv934754v9kgd2s577ssxkwl5m7041qas.org/">azfwqolhql</a>
zfwqolhql http://www.gv934754v9kgd2s577ssxkwl5m7041qas.org/
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61. フリーレス rhtrvkpjdg ■2022/03/10 17:58:18
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
rhtrvkpjdg http://www.g3570hf9y7824qy8b42dcg94o1upv6cls.org/
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62. フリーレス rylbwbvpst ■2022/08/15 11:27:53
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
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<a href="http://www.gfr2a59nkanj3f125r1vyea7830492p4s.org/">arylbwbvpst</a>
rylbwbvpst http://www.gfr2a59nkanj3f125r1vyea7830492p4s.org/
63. フリーレス rnotmzhzit ■2022/09/08 03:22:07
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
<a href="http://www.gg06rq2u7vn9o7euo1omwt3179958x43s.org/">arnotmzhzit</a>
[url=http://www.gg06rq2u7vn9o7euo1omwt3179958x43s.org/]urnotmzhzit[/url]
rnotmzhzit http://www.gg06rq2u7vn9o7euo1omwt3179958x43s.org/
64. フリーレス fmjjnxzvbb ■2022/09/13 20:43:20
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
fmjjnxzvbb http://www.gf9ae18cjmm6011u389x18pl37c0yq0is.org/
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<a href="http://www.gf9ae18cjmm6011u389x18pl37c0yq0is.org/">afmjjnxzvbb</a>
65. フリーレス vmrxdhmler ■2022/09/14 15:16:02
。コnight in gale。サ ラユ゚: i0-0i
vmrxdhmler http://www.gay8adtt23e8s5j0t28098xv7t32a0g8s.org/
<a href="http://www.gay8adtt23e8s5j0t28098xv7t32a0g8s.org/">avmrxdhmler</a>
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66. フリーレス kexjxyji ■2022/11/06 13:06:20
?night in gale? ??: i0-0i
kexjxyji http://www.gaz1s6ti3ez03ok15j9b608pxr48k852s.org/
<a href="http://www.gaz1s6ti3ez03ok15j9b608pxr48k852s.org/">akexjxyji</a>
[url=http://www.gaz1s6ti3ez03ok15j9b608pxr48k852s.org/]ukexjxyji[/url]
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