クラリティ

作品集: 最新 投稿日時: 2009/01/10 23:32:37 更新日時: 2009/01/10 23:32:37 評価: 11/14 POINT: 83 Rate: 1.44






 朝ベッドのなかで目が覚めると、今朝は雪がつもっているのがわかった。

 はっきりとそうわかったわけではない。どちらかといえばそんな気がするというだけの、それはただの予感だ。
 でも、けれどやっぱり、間違いない。きっとカーテンを引けば、窓の向こうには昨日と違う景色がひろがっている。窓を開ければひやりとした新鮮な空気が部屋のなかに流れ込んで、屋根や杉の枝はときおり地面に雪を落としてバサバサと音を立てる。遠くの雪化粧した山はオレンジ色に輝いていて、空の色も昨日とはどこか違う。そんなすべてがまっ白の、とびきり贅沢な光景が広がっているはずだ。冷たくなった鼻の先まで布団をかぶると、わたしはまた目をつむってそんな外の様子を思い浮かべた。
 雪の降った次の日の朝というのは、それとなくそうとわかったりする。目を開いた瞬間まず、今朝はいつもとなにかが違うなっていうくらいの曖昧な感じがあって、そしてそう思わせるのは、いつもよりもきめ細やかな空気の感触だったり、密度の濃い静けさだったり、そんな雪の持つ独特の要素なのだ。
 厳しい冬が気まぐれに用意してくれるプレゼント。今日はきっとその日だ。
 寝ている間しらずと足元の方に押しやっていた厚手の毛布を、わたしは器用に足の指でつまんで引き寄せ布団のなかでくるまった。毛布を肩にかけて、ひざを折り曲げて小さくなる。ストーブの火は消えていて、毛布はすっかり冷たくなってしまっていたけど、こうしているうちにすぐまた暖まっていくだろう。
 今日は雪がつもってる。うんとつもっている。ただそれだけでわけもなく嬉しい気持ちになっていた。そしてわたしはその嬉しさのまま、「よし」と、ある小さな決心をしたのだった。今日はもうしばらくベッドから出ない。せっかく朝から雪がつもったのだ。そんな特別な日くらいは、わたしもいつも通りにしなくたっていいじゃないか。いつもの暗い森も、今朝は明るい光であふれている。だから厄神様の仕事も今日はお休み。

 そう決め付けるとわたしはもうひとつ深く布団のなかに潜りこんだ。いったんサボると決めてしまえば、手に持った荷物をおろしてしまって、体がひとつ軽くなったような気分だ。あとで罪悪感に苛まれることになろうとも、この心地は何物にも代えがたい。
 目を閉じていても、外がもう明るいのがわかった。そうせだから、こういうときはなにかいいことを考えよう。せっかくなんだから、不安なことやいやなことはひとつも考えないようにしよう。柔らかい毛布の感触を存分に味わいながら、わたしは思った。
 昨日の夢でも思い出してみようかな。
 うん、いい。自分なりになかなか洒落たアイデアだと思った。決めた、そうしよう。誰にも邪魔されない今こそ、ゆっくりと夢の余韻に浸るべきだ。
 目を閉じると、まだ頭のなかには昨日見たはずの夢の気配が残っていた。気配というのはその通り残り香のようなもので、頭の奥に浮かんでいるのは黄色や薄ピンク色をした明るい色のもやもやだ。今日のもやもやは、暗い色が混ざっていない。明るい色。楽しい色。そんないい色ばかり。どんな夢だったかはちっとも覚えてないけど、どうやらそう悪い夢ではなかったらしい。悪夢を見た日の翌朝というのは、頭のなかにいろんな黒くて汚らしいどろどろしたものがこびりついていて、目覚めた瞬間から最悪な気分になっていたりする。そんな朝はうんざりだ。一日の始まりから、理由も分からず最悪な気分にならなくちゃいけないなんて。おまけにそれたちが鉛みたいに重たいものだから、起き上がろうとしても、ハンマーみたいに重くなった頭はどうにも枕をはなれようとしないのだ。けれど今日は、そんな感じは微塵もなかった。脳みそは羽毛のように軽い。これは相当いい夢を見ていたという動かない証拠だ。
 なんの夢を見てたんだろう。昨日のわたし。楽しい夢、楽しい夢――――。
 そうだ。もしかしたら、あの時のことを夢に見ていたのかもしれない。
 夢の輪郭を探ろうとしたわたしは、ふと思いあたった。そうだ、きっとあの時の夢をみていたんだ。それは、充分ありえることだった。だってあの時もちょうど、今日みたいに雪がつもっていて、空気が新鮮で、辺りは静かで、特別な一日だった。

 あれは、少し前の冬のことだ。
 あの冬の前と後で、わたしはどこかが大きく変わったと思う。ことばでは説明できない自分のなかのどこかが、決定的に変化した。それはいいほうへの変化なのか、はたまた悪いほうへの変化なのかは、上手く説明できないけれど、とにかく何か変わったのだ。長いあいだつめたい土に埋まっていた花の種が、あることをきっかけにようやく芽吹いたような。いままでうんともすんとも動かずにいた歯車が、ようやく回り始めたような。わかっているのは、それだけなんだけれど。
 それでも、大事なことにはちゃんと気付いている。わたしと、そしてきっと、そのきっかけを与えてくれた彼女にとっても、あの冬は大きな意味を持っているに違いない。

 そうに決まってる。
 だって、あんなに楽しい冬は、初めてだった。
 いろんなものが、光り輝いていた。
 面白くておかしいことばっかりだった。 

 きっともう二度と来ないんだろうな、あんな楽しいひと時は。










  
   ○
    










 彼女、その名をレティ・ホワイトロックという彼女が、いきなりわたしの前に姿を現したのは、なんの前触れも無い、ほんとうに突然のことだった。
 あの日は確かその冬一番の大雪に見舞われる事となった最初の一日目で、天候は朝から猛吹雪だったのを覚えている。新聞の天気予報欄には、何日分も先まで雪だるまのマークが並んでいた。空はずっと重たい鉛色。暗いのが苦手なわたしは、早くのうちから部屋に明かりをともして夕食の準備をしていた。台所の窓から見える外の様子は、鋭い角度で吹き流されている白い雪にさえぎられて、数メートル先もよく見えないような状況だった。ごうごうと大きな風の音がするたび、窓ガラスがカタカタと不安な音を立ててふるえている。ジャガイモの皮をむきながら、心配性のわたしはいつ割れてもおかしくない華奢な窓に何度も目をやったり、ごろごろと空が鳴るたびどうか雷が落ちませんようにと心のなかで祈ったりしていた。怖いものはたくさんあるけど、そのなかでも雷は特に苦手だ。あの突然やってくる強烈な閃光と乱暴な音は、わたしの大きらいなものの一つだった。
 だから雷の音がしたらすぐ身構えられるようにじっと耳をそばだてていたわたしは、しかしそのせいで玄関のドアがノックされる音を聞き逃していたらしかった。強風で常にドアがごとごと揺れていたものだから、すぐにわからなかったのも無理なかったのだけれど、それ以上に野菜を切るのに夢中になっていた。昔からひとつのことに気を取られてしまうと他の事に気が付かないタイプなのだ。だからそれがノックの音だとはじめてわかったのはもうずいぶん経っていてからで、全部で四つあったうちの最後のジャガイモの皮をむき終わって、それをちょうどボールに張った水につけたときだった。
 ドンドンという大きな音が聞こえた。ドアが大きくガタガタと揺れた。待たされっぱなしでしびれを切らしてしまったのか、その時はもうノックというよりもドアを叩いているといった感じだった。
「ねぇ、いるんでしょう。開けてくれたっていいでしょう、ねぇったら」
 手を止めて玄関の方を向くと、がんがんドアを叩く音に混じって人の声が聞こえた。叩く音はさっきからしていたと思うけれど、声を聞いたのはこれが初めだ。
 女の人の声だった。
 こんな夜更けに一体誰だろうと不審に思ったが、とりあえず泥棒や強盗の線は薄そうだった。根拠はまるで無いけれど、悪事をはたらくのは昔からだいたい男の人とわたしの中で相場が決まっている。
「ねぇ、開けてよ!」
 また声が聞こえた。さっきよりも大きくなった。
 わたしは警戒しながらもそろりそろりとその声の方に近づいた。泥棒や強盗でなかったら何かの押し売りだろうか。それとも酔っ払いだろうか。意外といろんなことを考えられていた。心臓はドキドキしていたけど、かえってこういうときは冷静になれるものだ。新聞も洗剤もいっぱいあることを確認して、返ってもらうための簡単な言い訳も用意した。あらかじめいろんなことを考えておけば、いざという時に慌てなくてすむ。
「もう、返事くらいなさいよ、居留守するつもりなのかしら。そうね、そうに決まってる! むかつくわ、どうしても開けないってんなら、けやぶって入ってやるからね」
 玄関のすぐ前まで来たわたしは、そんなぶっそうなことを耳にして思わず足を止めた。予想もしなかった言葉に、びっくりしてしまった。
 ドアをけやぶってやる!? なんだって、冗談じゃない!
「ま、まって……!」
 相手の口ぶりに驚いたのと同時にドアをけやぶられたくなかったわたしは、思わず声を出してしまった。あっと口を押さえたときには遅かった。
 わたしの声と同時に、ドアを叩くのが止まった。
「あ、だれかいるのね? いまの、聞こえたわよ。ひどい、やっぱり知らんぷりするつもりだったんだ」
 まずいと思った。声を出したのはしっぱいだった。この家に人が訪ねてくるなんて、ほんとうは滅多にないことだったから、思わず返事をしてしまったのだ。慣れない事態に、わたしは少しだけパニックになった。
「ごめんなさい、あ、あの、いま開けますから……!」
 気付いたらそんなことまで言ってしまっていた。ドアの向こうの人物を怪しむ気持ちもあったのに、それ以上に混乱していたわたしは、あろうことか相手の言いなりになろうとしていたのだ。だからわたしは、彼女がまたなにかを言う前に慌てて鍵をはずしてしまっていた。
 ゴトンと鍵のはずれる音がした。ノブをまわしてドアを開けたのは、彼女だ。
 外はびゅうびゅうと風がすごくて、ドアの開いた瞬間自分を取り巻く空気が全部外に吸い出されてしまったような気がした。吸い出された空気は、冷たい風によってすぐにちりぢりに引き裂かれていった。降りしきる雪は地面に落ちる前に、風によって縦横無尽にながされている。夜の深い黒と横殴りの雪のなか、彼女は立っていた。

 それがわたしと彼女の、最初の出会いだった。

「ほら、やっぱりいた」
 わたしをみつけた彼女は、薄く口元に笑みを浮かべていた。
「ごめんなさいね、急に。べつにおどかすつもりなんかなかったんだけど」
 彼女をはじめて向かい合ったとき、わたしは自分がどんな顔をしていたのかよく覚えていない。いったいどんな顔をすればいいのか、分からなかったのかもしれない。わたしは、ただじっと立っているだけだった。同時に驚いていた。無理もなかった。彼女の声は、とてもさっきまで乱暴にドアを叩いてた人のそれとは思えないほどに澄んでいたからだ。直接聞く彼女の声は、風の音に少しもさえぎられずに、うんと静かなひびきを持ってわたしの耳まで届いていた。
「明かりを見つけたから、すこしお邪魔になろうかなと思って」
 耳に届いたかと思えば、すぐに鼓膜の深いところへ沈んでいく。あとに残るのは、慎ましく鳴ったベルのような余韻だけ。それは一瞬の、幻みたいだった。ほんの、ほんのしばらくだけのその声に、わたしはドアの開いた玄関に突っ立ったまましばらくの間ぼうっとしてしまった。
 彼女のカールしたむらさき色の髪が、横に吹く風になびいている。彼女のまとう、白い帽子に、白いフレアースカート。それらは、あの雪でつくったかのように真っ白だった。ジャケットの青色は、つめたい水の底のような色。笑みを浮かべた、涼しげな口もと。
 間違いない。わたしはひとめ見ただけで確信していた。

 ――――雪女だ!










  ○










 出会った瞬間から、彼女に惹かれていた。

 人と出会う瞬間というのは、多かれ少なかれ何らかの印象や感情を胸に抱くものだけれど、彼女とのそれは、今までにない不思議な感じだった。そんなのただの迷信だと思っていたけれど、ひょっとすると一目惚れというやつだったかもしれない。
 人はいったい、一生にどのくらい人との出会いを重ねるんだろう。何人くらいの人と言葉を交わすんだろう。死ぬまでに何人くらいの顔を見るんだろう。ふとそんなことを考えたりする。この世界には、幻想郷には、日本には、そのもっともっと遠くの場所には、何千何万はてや何億という人間が住んでいる。それだけ世の中に人が溢れているんだから、うまくいけば一目惚れも案外ちょくちょく起こっているものなのかもしれない。
 わたしは職業がら人と接する機会は多い。人に付きまとっている、眼には見えない「厄」を集めるのがわたしの仕事だ。まとわれている人のところに物陰からそっと近づいて、息を吸い込む感じでそっととってしまう。それでおしまい。実に簡単だ。だから人と会う機会が多いといってもほとんど一方的な付き合いで、こっちは向こうのことを知っても向こうはわたしの顔さえ知らないというか、わたしの唯一の人との付き合いはみんなそんなドライな関係で終わってしまう。わたしはたくさんのの住所や名前を知っていても、接触や喋るなんてことはまれだし、わざわざ眼の前に出て行って恩着せがましい感じになるのも嫌だから、他人との付き合いなんてもう最初からそういうものだと決めて仕事をしている。
 そんなんだから当然、友だちなんてひとりもいなかった。
 別にいらないと思っていた。友だちがいるかいないかなんて、他人とベタベタするかしないか、ただそんなだけの違いだ。あまり大切なことじゃない。わたしはひとりだって生きていける。ずっとそういう生き方をしてきたのだ。あえてわたしの選んだ道だ。
 もちろん、友だちが欲しいって思っていた時期もあった。そんなにたくさんはいらないから、仲の良い数人とだけでも、毎週一緒に一日かけてこったお菓子を作ったり、お店に行ってかわいらしい服を選びあったり、プレゼントをしたり、笑いあったり、ケンカをして仲直りをしたり、そんなのにすごく憧れていたこともあった。一応は女の子に生まれたわけだから、普通の女の子として生きてみたいと思うのは当然だ。
 でもわたしは普通じゃないのだ。考え始めるといつもその大きな壁に突き当たった。普通の女の子とは、普通一般の人たちにはない能力と地位を授けられてしまった。その代償に、人と付き合うことにちょっとしたリスクを負ってしまっている。その点でわたしの抱く憧れは最初から遠い位置にあった。それはそれで、仕方の無いことだった。
 そのことはもちろん、いい方にだって考えられる。言い方を少し変えてみれば、わたしは特別なのだ。凡人でありたくないと思っている人なんて、その辺を探せばいくらだって見つけることが出来るだろう。そういう人たちから見れば、わたしはすごく羨ましいポジションにいるのだ。なんたってこんなのでも一応神さまなのだ。考えてみれば結構上のランクなのだ。自分が何者か考えることは、宝くじが当たったと思うのか、トランプのジョーカーを引いたと思うのか、そういう違いだと思った。自分が特別ということは、もう揺るぎのない事実で、そういう運命のもとに生まれてしまったわたしは、ありのままを認めて生きるしかなかった。だからわたしはそういう思考を楯にして、まともに人と付き合うことをとっくの昔に諦めていた。実際ひとりで生きていくほうが、わたしにとって気ままでよかったかもしれない。性分に合っていたのかもしれない。いつからかわたしは、自分をそんなふうに正当化するようになっていた。
 だから彼女に出会った瞬間から、わたしは彼女に対して期待に似た感覚を心の中に抱かずにいられなかったのだ。そう、最初から彼女の存在はどこか特別だった。ありきたりではなかった。なにも包み隠さず正直に言うならば、出会ったときから、姿を見た瞬間から、声を聞いたそのときから、この人だって思っていた。

 間違いない。わたしは、ずっと彼女のことを待っていたのだ。
 ずっと待ち望んでいたものに、めぐり合えたんだと思った。退屈だった、灰色だった、諦めかけていたわたしの人生を一度に変えてくれるような、そんなものすごい存在に。

 何しろ、相手は雪女なのだ!


 雪の日にやってきたから雪女だと決め付けるのは軽薄なのかもしれないけど、吸血鬼だって幽霊だって普通に生活している幻想郷なんだから、冬の日に雪女のひとりやふたりあらわれたところでなにも不思議じゃない。むしろそれは、春になるとウグイスが鳴いたり、夏になるとセミが鳴いたりするくらいに自然なことだった。そんな見方をすると、冬に雪女が現れないことの方が、なんだか不自然な気がする。吹雪に乗じて参上だなんて、いかにもかっこつけたがりの妖怪がやりそうなことだ。

 肩に乗った雪を払い落としている彼女のことを、わたしは気付かれないよう何度か盗み見た。
 聞くところによれば雪女というのは、遭難したり雪山ではぐれた人に忍び寄って、氷付けのオブジェにしてしまうという。魔法であっというまにカチカチにしてしまうらしい。そして氷づけにした人間を持って帰るのだ。氷付けになった人はみんな、うすぐらい穴倉の中で雪女のコレクションとして飾られているんだとか。
 そう思うと怖くもあったけれど、反対にすこしワクワクもした。綺麗なオブジェにされて永遠を過ごす。想像してみると案外悪くないことのような気がする。彼女はわたしにもうずっと前から目をつけていたのかもしれない。オブジェの候補として、虎視眈々とわたしのことを狙っていたのかもしれない。きっと、このリボンが気に入ったのだ。
「ふぅ、外はすごい雪。このぶんだとあと数日は降り続くわね」
 なんて、本気でそんなことを信じていたわけじゃないけれども、けれど彼女にバスタオルを渡したわたしの脚は、それでも一応、なるべく彼女に近づかないでおこうと自然に距離をとっていた。眼の前に見知らぬ妖怪がいるのである。気を許すわけにはいかない。とりあえず怖さが半分、好奇心が半分というところだった。わたしは自分なりに、このおかなしな状況を楽しもうとしていた。
「あの……」
「ん?」
 少し様子を見てから、勇気を持って話しかけてみた。
 深い蒼色の瞳と眼が合った。
「あ……」
 ちょっと緊張した。
 黙っちゃいけない、何でもいいから聞かないと。
 わたしは一度呼吸をおいてからたずねた。
「うちに、その、なにか御用ですか?」
 よく考えずに言ったそんなありきたりの質問に、ふたりともきょとんとしてしまった。
 わたしをどうする気なんですかとか、リボンが好きなんですかとか、もっと他に聞けるようなことはたくさんあったのだけど、最初にわたしの口から出たのはそんなつまらない質問だった。
 ベッドのそばに籐椅子に腰かけていた彼女は、少し考えるふうに首をかしげて言った。
「べつに、用なんてないんだけどね。ただ、今日はすごい雪でしょ?」
「……うん」
「こんな日に家でじっとしてるなんてもったいないと思って、どこか遊びに行くことにしたの。わたしね、雪の染まっていく山とか見るの好きなんだ。今日みたいな日はその絶好のチャンスじゃない。あっちへ行ったりこっちへ行ったりしてるうちに、いつの間にかずいぶん遠くまで来ちゃってて。そしたらたまたま見慣れないところに家があるのを見つけてさ、休憩させてもらおうって思ったの。それにほら、ここってもうずいぶん森の奥じゃない。どんな人が住んでるんだろうって気にもなっちゃったから」
 彼女は楽しそうにそう言い終えると、「あ、心配しなくても泥棒とか押し売りとかじゃないから」と付け足した。
「そうなんだ。……えっと、雪の日とか、好きなの?」
「うん。今日みたいな大雪の日は特にね。今日なんかもう朝からずっとそわそわしっぱなしだったのよ。こんな天気、何年に一度あるかないかだもんね」
「へぇ、よっぽど好きなんだ。ちょっとかわってるんだね」
「そうかしら」
「そうだよ。ふつう天気の悪い日は家でおとなしくしてるもの」
「そうなんだ、じゃあちょっとかわってるのかもね」
 彼女は楽しそうに笑った。笑うと柔らかそうなむらさき色の髪の毛がふわふわ揺れた。
 うまく会話が成り立ったことに、わたしはホッと胸を撫で下ろした。たったそれだけのことで随分落ち着いたわたしは、あらためて彼女の姿をじっくり眺めた。家の中で聞く彼女の声も、やっぱりさっき聞いた声と同じく静かに澄んでいた。
 本当に雪女なのかどうかさぐりをいれたつもりだったのだけど、なんだか悪いことをしたような気になった。彼女は、例えつまらないことであっても、出来るだけ疑りたくないようなタイプだった。そんなことをしなくても、やっぱりたぶん彼女は本当に雪女なのだ。
「わたし、レティっていうの。レティ・ホワイトロック、いい名前でしょ」
「うん、いい名前だね。わたしの名前は、鍵山雛」
 彼女からは、雪の香りがした。実際に匂いをかいだわけじゃないけれど、彼女を見ているとそんな気が強くした。彼女の声や、いでたち、身のこなしのすべてが、つめたくて清潔な雪を連想させる。きっと鼻を近づけたら雪みたいな匂いがするんだろうと思った。触ってみたら、すごくつめたいんじゃないかとも思った。そう思わせるのは、みんな彼女の持っている独特の雰囲気だった。普通の感じじゃない。妖精とも人間とも神さまとも違う。だから恐らく彼女は、雪女で間違いなかった。
 雪女かぁ。雪女ってふだん、どんなもの食べてるんだろ。やっぱりつめたいものかな。アイスとかそうめんとか。雪女って種族はひとりしかいないのかな、それとも何人もいるんだろうか。冬は全員でかまくらに住んでたりするのかな。
「あなたは? ここに住んでるの?」
 ぼけっとしていると、そんなことを聞かれていた。
 彼女を眺めながら雪女について勝手な想像をいろいろとふくらませていたわたしは、急に向けられた質問に、ちょっともたついてしまった。
「え、うん。住んでるよ、ちゃんと」
「ふうん、こんなへんぴな所に、ひとりで? でもここって大分森のはしっこの方じゃない。人里からは離れてるし、日当たりも何だかわるそうだし。あんまり立地条件は良くないわよね」
「そ、そうかな」
「ほかに住むのに良さそうな空き地なんていっぱいあるのに、わざわざこんなところを選んで住んでるとなると……。あ、やっぱり何か、ヘンないわくとかあったりするのかしら。ねぇ、聞いてもいい?」
 わたしが最初に質問したのだから、彼女にもまた当然訊ねる権利があるわけだけれど、いろいろな質問を一度にたたみ掛けられたわたしは、慌ててしまった。
「う、えっとね、その」
「うん」
「わたし、厄神なの。だから、あんまり人の近くに居ると、まずいんだ」
 慌てていたから、頭の中に浮かんでいた言葉を、わたしはそのまま口にしてしまっていた。
 にやついていた彼女の顔が、一瞬くもるのが分かった。
「厄神?」
 しまったと思った。
 うかつだった。いくらなんでも初対面の人に、自分が厄神なんてうっかり言ってしまうなんて。普段から人と話したりすることあまりなかったから、いきなりのことにうまく対処できないのは悪い癖だ。どう取り繕ったものか、あたふたしながら彼女の表情をうかがっていた。
「あ、でね……」
「厄って、それじゃあ人を不幸にする神さまなの?」
「ち、ちがうよ!」
 ドキッとした。
 不思議そうな顔をしてそう聞く彼女を、わたしは慌てて否定した。
「わたしの仕事は人についた厄を回収することだから、疫病神とか貧乏神とは違うの。もっとちゃんとした、まっとうな仕事なの」
「それじゃ、なんでこんな寂しいとこに住んでるの?」
「そ、それは……つまり」
「うん」
「だから、わたしの周りにいる人はみんな、厄にやられて不幸になっちゃうからで……」
 自分で言いながら、これでは疫病神や貧乏神と同じではないかと思った。
 言いながらわたしは、すごく申し訳ない気持ちになっていた。聞かれなかったから言わなかっただけなのに、まるで自分にとって都合の悪いことを隠してたみたいだ。本当は自分じゃなくて、相手にとって都合の悪いことなのだけど。 
「あの、なんか、ごめん……。わたしの近くにいるといろんな厄災が降りかかっちゃうかも」
 わたしはそう正直に言った。
「もっと最初に言うべきだったね。黙ってるつもりじゃなかったんだけど」
 言うと、少しだけ静かになった。
 わたしが口を閉じても、彼女は何も言わなかった。まただ。わたしの正体を知った人はみんなこんな反応をする。わたしはしゅんとしてうつむいた。何か喋って沈黙を終わりにしてしまいたかったのだけれど、何を喋っていいのかわからなかった。今何か言っても、きっと言い訳みたいになる。
 こういう空気は何度か経験したけれど、あいかわらず居心地の悪い沈黙だ。
 せっかく雪女が来たと思ったのに、つまらないことになってしまった。
「ふーん、じゃあ雛は神さまなんだ」
「うんまぁ、そういうことになるんだけど……」
 床を見ながらそうやって呟いたレティに、わたしはあいまいな返事をした。
 確かにわたしは、厄神様だ。
 一応。
 人からは厄神様なんて呼ばれているけれど、本当は神さまだなんて、そんな大それた役職じゃない。安産、交通安全、学業成就なんてひとつも叶えてあげられないし、世界を真っ逆さまにしてしまうような天変地異を引きおこしたりもできない。厄取りなんてすごく地味な仕事なのだ。世のため人のためにはなってるとは思うけど、ぜんぜん神さまらしくない。そもそも厄神様っていうのは、ただその仕事が誰もやりたがらなくて損な役回りだから、誰かが気を使ってそう呼び始めてくれただけなのだ。
 ほんと言うと、神さまとか呼ばれたりするのは、あんまり好きじゃない。厄神様って聞くたびに、軽くぞっとする。そういうふうに呼んで、みんなちょっとだけ不吉なわたしと距離をとっておきたいんだって分かってしまう。
 すっかり二人とも黙り込んでしまった。もともと静かだったのに、気付けば部屋の中はさらにしんとしてしまっていた。
「へぇ、ていうかね。わたし、たぶん分かってたんだ! あなたが普通じゃないってこと」
 けれど急に彼女は顔を上げてそういった。
「え?」
「運命ってやつなのよ、たぶん。だってこの通り、わたしは不幸にならないでピンピンしてるし」
「わからないよ、これから深爪したり、角に足の指ぶつけたりする確率がぐーんと伸びてるかも」
「それだけ?」
「最悪の場合、死に至るかな」
 そうか死ぬのかぁ、と彼女はどこか他人事のように呟いて、しばらく何かを考えている様子だった。
「じゃあこう思うことにしましょう。二人が今夜出会ったのは運命だったの。ずっと昔から、あなたよりもっとエライ神さまの作った予定表に書き込まれていたの。だからわたしがあなたの撒き散らしてる厄で不幸になって明日ぐちゃぐちゃになって死んだとしても、恨みっこなし。仕方のないこととして受け止める」
「……さっぱりしてるんだね」
「ロックと鍵って、何だか似てるわよね」
「そう言われると……似てるのかなぁ」
「じゃあやっぱり運命よ」
 運命か。安っぽい言葉だけれど、そのときのわたしには、案外しっくりくるような気がしていた。そう思えたのは、彼女があまりにも自然にその言葉を口にしていたからなのかも知れなかった。運命。うんめい。そんな意味のことが自分の人生の中で起こるなんて思ってもみなかったけど、今なら運命って言葉をつかってもいいかもしれない。
「あっ、今夜カレーなの?」
「えっ」
 彼女、レティはわたしの向こうを見て、いきなり大きな声を出した。振り向いてレティの視線の行く先を追ってみると、作りかけていた夕飯の材料たちが、キッチンの上でほったらかしにされていた。皮をむいたジャガイモとニンジンは黄色のボールのなかに、くし切りにした玉ねぎがプラスチックの水切りのなかにそれぞれ途中の状態で入れられている。
「あ、うん、いまから作ろうと思ってて。……そしたらちょうどあなたが来たものだから。あと三十分くらいで出来上がると思うけど、よかったら食べていく?」
「うん、食べてく食べてく。見てたらなんだかお腹が減ってきちゃった! 今日は朝から何も食べてないんだ」
 レティは椅子から立ち上がって、くったくない笑顔でそう言った。子どもみたいな笑顔だった。ポカンとしていたわたしも、思いがけないその笑顔につられてしまってくすくす笑ってしまった。嫌な感じだったのがふっと和らいだ。さっきまでの警戒心は、もうすっかり和らいでしまっていた。彼女がそこに居ることをとても普通のことのように思いはじめていたのだ。きっと、レティはすごくいい雪女なんだ。

 わたしたちは一緒にキッチンに並んで、夕食を作ることにした。









  ○









 彼女の笑った顔は、よくいう人懐っこいという感じではなかった。
 それは彼女のつくる笑顔が、誰かのためのものじゃなく、レティのためだけのものだったからだ。例えるなら、太陽の光とか、そよ風とかに似ている。みんなに平等で優しい。そんな笑顔を見るたび、きっとこの人は誰に対しても同じ微笑みを見せるんだろうと思った。全部のものに降り注ぎ、みんな白くてきれいで眩しいものに変えてしまうあの雪みたいに。レティの笑顔は、いつだってわたしのことを安心させた。レティの蒼色のひとみに映っているんだと思うと、ふっと心がゆるむ。ここちのいい一瞬がおとずれる。わたしだけじゃなくて、彼女の笑顔を見る人はみんな、こんな気持ちになるのかもしれない。レティの眼には、すべてがわけへだてなく映っているのだ。誰も仲間はずれにしないのだ。レティは、そういう表情をとても自然にできる人だった。

「得意な料理ってある? これなら誰にも負けないっていうの」
 野菜を煮込んでいる鍋のアクを取りながら、レティがそう聞いてきた。鍋を火にかけると部屋の中が暖かくなって、つめたい黒色をしてい窓ガラスがぼんやりと白くくもらせた。鍋の煮立つおいしそうな音がする。カタカタ震える窓枠のすみっこに、風に流された雪がこびりついていた。外はあいかわらずの吹雪だ。雪は強くて、今夜中にやむことはなさそうだった。
「お菓子とか、クッキー焼いたりするのだったら得意かも」
 そう答えたわたしは、切った玉ねぎをフライパンで炒めている。とっさにくだらない見栄を張ってしまったのか、得意かもと、そうはいったものの、だからといってあまり腕に自信があるほうじゃない。よくオーブンのタイマーを勘違いしてせっかくのクッキーを焦がしてしまったりするし、焼きあがったものをかじってみて調味料のさじ加減を間違えたことに気付くなんてしょっちゅうだった。そんな調子なのにお菓子作りが得意だなんて、すごく図々しいことを言っているのかも知れないけど、でも作ること自体はすごく好きなんだから、まるっきりうそを言っているわけでもない。
 けれど本当は作るより盛り付けるほうが得意だったし、より好きたった。新しくお菓子を焼き上げると味を想像するより前に、どんな紙とリボンで包むのが似合うかなんてことを考えてしまう。ぴったりのリボンを添えられた日なんかは、それだけで人知れず嬉しい気分になっている。食べ物のことなのに、わたしのなかで、それがおいしいかどうかはあまり問題じゃないなんて、わたしもレティと同じで、ちょっとかわってるところがあるのかも知れない。でもたぶん、誰もそんなものだ。みんなちょっとずつヘンなところがある。個性ということで、気にしないことにしよう。
「味はいまいちでも、ラッピングなら負けないよ。食べるのも好きだけど」
「へぇ。お菓子だったらね、わたしはあれが好き」
「あれ?」
「うーんとね、なんて名前だったかな。ほら、あのなかに栗が入っててさ、茶色いの」
「……お饅頭かなぁ」
「それはもっとお年寄りの食べるもんじゃん。若い女の子はそんなの食べないのよ。そうじゃなくてもっとこう……あ、白い粉が降りかかってるの。あとはね、見た目は毛糸をぐるぐる巻きにしたような感じ」
「毛糸?」
「毛糸っていうかさ、ぐるぐるしてるのはパスタみたいなのなんだけど、見た目が毛糸を巻いたやつにそっくりなんだ」
「モンブラン?」
「そうそれ、モンブラン! 確かそんな名前だった」
「へーぇ、あれ甘くっておいしいよね」
「うん、甘くってまろやかでおいしいんだ。あ、ねぇ、わたしがいるうちにご馳走してよ! 雛だったら上手く作れそう」
 今日の台所はいつもよりも賑やかだ。ぐつぐつ、じゅうじゅう、カタカタコトコト、わたしたちの話し声も、いろんな音がいつものがらんとした空間を埋めている。くもりガラスに映ったレティは、少しだけわたしより背が高い。いつもわたししかいない窓ガラスに他の人が映っているなんて、なんだかおかしな感じだった。ひとり増えただけで、昨日までの部屋がけっこう変わって見えたりするものだ。
「あんなちゃんとしたのできるかなぁ。わたしクッキー専門なの」
「なんだ、残念ね」
「本当はクッキーしか上手く作れないんだけどね」
 フライパンの火を止めると、炒めた玉ねぎの甘い香りが広がった。
「じゃあさ、雛はどんなクッキーが好きなの?」
「うーん、そうだな、ココナッツが入ったのが好き。生地にココアをほんの少しだけ入れるの」
「あ、おいしそうじゃん、それ」
「でしょう。そっちなら作ってあげる」
 口下手なわたしだったけれども、レティとは自然に話を続けることが出来た。会話をつなげようとへんに緊張したりとか、気をつかって無理に同意したりとか、そんな面倒なことは何ひとつ考えなくていい。わたしはただ、レティの静かな声に耳を傾けていれさえすばそれでよかった。それだけでレティは彼女のとなりにちゃんとした居場所をあたえてくれた。彼女の透明で優しい声で、そこにわたしの席をつくりあげてくれる。そんな気がした。
 鍋から立ちのぼる湯気と一緒に、台所には柔らかい時間が流れている。あめ色になった玉ねぎを具材を煮込んだ鍋の方に移して、用の済んだ鍋を洗い水につける。煮立ってくれば、あとはカレー粉を入れて出来上がりだ。





 レティとの最初の夕食は、ふたりで作ったカレーライスだった。
「うん、けっこういけるね」
 ジャガイモをほお張りながら、わたしの向かいに座ったレティは満足そうにうなずいた。せっかくの白い服が汚れるといけないからとエプロンを用意してあげたのだけど、それをつけたレティはカレーを前にいよいよ小さな子どもみたいに見えた。その顔があんまりにも幸せそうだったものだから、わたしはつい冗談を言ってみたくなった。
「なにそれ、失敗すると思ってたの?」
「ううん、そんなんじゃないけどさ」
「ほんと?」
「カレーなんて誰が作ってもいっしょの味になると思ってた。予想よりおいしい」
 レティの言葉の後ふたりでくすくす笑いあった。なるほどそう来たか。今日はもう何度も笑っている。カレーを盛ったお皿と銀色のスプーンがキラキラ光って見えた。いつもと同じ手順で作った何のへんてつも無いカレーライスだったけど、そう言ってもらえるとなんだかいつもよりおいしいような気がしてくる。料理なんて、誰かがそばでおいしいって言えば、それだけでおいしくなるようなものなのかもしれない。そういえば今まで、自分で作った料理を誰かに食べてもらったことなんて無かったっけ。
「ほんとうだ、今日のはおいしいね」
 いい機会に、自分でも言ってみた。
 いざ言うとちょっと恥ずかしい気がするものである。「いただきます」と「ごちそうさま」が作ってくれた人への感謝のことばなら、「おいしい」は一緒に食べてくれる人への感謝のことばだと思う。ありがとう、あなたといっしょに食事ができてわたしは幸せです。そんなこと言えない恥ずかしがりやの人のために、きっと恥ずかしがりやの誰かがつくったのだ。
「そう、じゃあいつもよりおいしいのはきっと、手伝いをしたわたしのおかげってわけね」
 だから嬉しそうにそう言ったレティのことばは、なにも間違いじゃない。「そうだね」とわたしは冗談めかして言っておいた。そしてもう一度小さな声で、「おいしい」と言った。
 お腹も心もいっぱいになった。おいしいという言葉は、おいしいのだ。

「今日はうちに泊まっていく? このぶんだとたぶん、今夜あたりはまだ降り続きそうだし。ベッドは一つしかないけど、ちょっと大きめのサイズだからたぶん二人でもいけるよ」
「いいの? いきなりおしかけて夕飯ご馳走になっちゃった上に、寝床まで用意してくれるなんて」
「いいの、カレーをおいしくしてくれたお礼」
 きっと帰れといえば帰ったんだろうけど、もちろんそうは言わなかった。迷惑だとは思ってなかったし、それにわたしはもっと彼女といたいと思っていた。
 不思議な感じだった。つい数時間前に初めて会った人とこんなにうちとけあえるだなんて。こうも順良くことが進むなんて、ひょっとしてレティがまだ妖怪としての本性を上手く隠しているからなのかもしれない。油断したところを見計らって、やっぱりわたしを氷漬けにする算段なのかもしれない。今はまだ、どんなポーズで固めてやろうか、じっくり計画を練っている段階なのかもしれない。あちこち歩き回って本棚や引き出しを興味津々に物色しているレティを眺めながら、わたしは思っていた。
 やっぱりというか、そんな想像をめぐらしてみても、少しも怖くはならなかった。むしろレティに氷にされるなら、それでいいとさえ思うほどだった。きっと彼女の創り出す氷は、きめ細やかで静かな感触なのに違いないのだ。その静けさでずっとわたしを包んでくれるのなら、それでもいい。レティなら氷になったわたしのオブジェを、何より大切に扱ってくれそうな気がした。レティが喋っててくれれば、動けなくたって退屈しないだろう。
 勝手にそう思い込むなんて、自分でもバカだなって思ったけれど、けれど今ならきっと、雷だって怖くない。









  ○









 怖いものの話をしよう。

 人には誰にでも、それぞれ怖いものがある。あると思う。怖いものが全く無いって言う人も探せばいるかもしれないけど、そんな人は特別だ。だから普通の人ならばどんな人にも一つや二つ、怖くてたまらないというものがあるはずだ。
 わたしの一番嫌いで怖いもの、それは雷だった。
 嫌いになったきっかけは少し前。もともと好きじゃなかったのだけど、あることがあってからもっと嫌いになった。その年の夏に大きな台風が来たとき、家の近くの木に雷が落ちたのだ。
 それはいきなりのことだった。部屋中のものを全部モノクロにしてしまうような不意の閃光の直後、大木をまっぷたつにしたかのような轟音と共に家中がぐらぐらと揺れて、そのあまりの迫力にわたしは床に這いつくばるしか出来なかった。戸棚に重ねたお皿ががちゃがちゃと悲鳴を上げて、近くの壁がみしみし不快な音を立てた。ざあざあといきなり降り出したけたたましい雨音と一緒に、わたしは体中から血の気が引いてそこから一歩も動けなくなってしまった。ごろごろと雷が雨雲の中をさまよっている間じゅう、怖くてたまらなかった。
 死ぬんだと思った。雷が落ちたら、わたしはここであっけなく死ぬんだって。ふとそう思ったら、もっと怖くなった。あたりまえのことを、すごく無理やりに思い知らされた。人は誰でも簡単に死んでしまうんだ。けれど思うだけで、あとは何も出来なかった。大事なものを運び出そうとか、ベッドの下にもぐりこもうとか、そんな考えはひとつも思い浮かばなかった。そのくらい圧倒的だった。
 笑われるような経験かもしれないけど、わたしにとってはおおごとだった。それ以来雷は大きらい。三匹のこぶたが造った家の中ではレンガの家が一番丈夫だったはずだけれど、いくらレンガ造りだからってもともと古いこの家に雷なんかが直撃したら、あっというまにバラバラになってしまうに違いないのだ。そうしたら腕に力のないわたしなんて、たちまち瓦礫に潰され死んでしまうだろう。いくら神さまのはしくれだからって、重たいものに潰されたら死んでしまう。たとえ死ぬにしたってそんな死に方はごめんだ。痛そうだし、苦しそうだし、なにより淋しくってみじめだ。淋しくてみじめなのは、最悪だ。
 そういうことがあって以来、だからそんなあっけない死をもたらすかもしれない雷の存在を、わたしはすごく恐れている。
 そういえばむかし映画で、雷を見るのが好きだという変わった親子が出てくるシーンを見たことがあった。あれ、何の映画だっただろう。SFだったかアクションだったか、はたまたホラーだったか戦争映画だったのか、タイトルどころかジャンルさえも定かではない。そんなだからつまり肝心の映画の本題の方はどんなものだったかさっぱり覚えていないのだけど、そのシーンだけは強く印象に残っている。
 そのシーンのあらましはたしかこうだった。年をとったおじいさんとその娘が、明かりもついていない真っ暗な部屋で、じっと窓に吹き付ける嵐を眺めている。たまに雷が鳴って、固定したアングルに映されたふたりの顔が一瞬闇に浮かび上がる。ふたりはまるで人形のように動かない。雨の音以外BGMもセリフもない。そんな映像が一分くらい続いて、どっちかが「ストームを見るのって好き」と言う。
 たったそれだけのシーンだったけれど、ぽつりと言ったその一言が、何かのおまじないみたいだったので覚えている。
 作った人が何を意図してそのシーンを入れたのかは、結局最後まで分からなかった。そのシーン自体、何の脈絡もなく急に始まって終わっていたような気がする。そういえば、タイトルは思い出せないけど、最後まで良く分からない映画だったな、あれ。










  ○









 レティの背中を自分の背中に感じながら、わたしはベッドの中から窓を見上げていた。 ベッドに入って少し話をしていたのだけど、レティはすぐに眠ってしまった。途中から話しかけても返事がなくなってしまった。人の家だっていうのにこうも安心して眠られると、なんだか悔しい気がするものだ。どっちかというとわたしの方が緊張している。
 どうやら風はおさまってきたようで、いまは時計の針の音と、彼女の静かな寝息だけが聞こえている。
 いつもより少し早い時間だったけど、わたしも寝ようと思って枕もとの明かりを消した。カーテンの隙間から見える空の色は、ほんの少し赤みがかった灰色をしている。わたぼこりのような雪が、ゆっくり落ちてくるのが見えた。
 どのくらい積もったんだろう。1メートルは積もったかな。いや、この分だともっと積もってるかも。ひょっとしてもう玄関がうまってしまっているかもしれない。明日朝起きて玄関が開かなかったらどうしよう。窓から雪しか見えなかったらどうしよう。そしたらレティ、よろこぶかな。

 ベッドに入って、窓から振ってくる雪を眺めるのは好きだ。今どこかで、こうしてわたしと同じように雪を眺めている人が必ずひとりはいる。なんの根拠もないけど、静かに降りてくる雪を見ているとなぜかそう思う。
 どんな人なんだろう。その人もやっぱり、わたしと同じように温かい布団にもぐりこんでいるのかな。その人は何を思って見ているんだろう。きれいだなって思っているのかな。明日はお仕事なのにってうんざりしているのかな。それともぜんぜん別のことを考えているのかも。もしかして、わたしとまったく同じことを考えているかも知れない。
 ひとりで見ているのかな。それとも隣に誰かいて、一緒に雪を眺めているのかな。
 幸せかな、その人。幸せだといい。

 ベッドに入って眠る前は、いろんなことを考える。
 その日にあったちょっといいことだったり、失敗してしまったことだったり、嫌な思いをしたことだったり。考えることはそんな日常の些細なことだったりもすれば、宇宙のすみっこはどうなっているんだろうとか、生き物は死んでしまったらどうなるんだろうとか、植物は物を考えたりするんだろうかとか、そんな哲学的なことに思いをめぐらしたりもする。考えることはいくらでもあった。
 わたしは寝つきが悪いほうだったから、毎晩わりかし多くのことを考えることができた。思考がすぐに眠りを運んできてくれることもあれば、深く考え込んでしまって眠れなくなることもよくあった。考えたり思ったりすることで、運のいいときにはちょっとしたアイデアも生まれたりしたし、今まで上手く行っていなかったことの解決法を見つけたりもした。そういうときはうまく眠れる。ずっとずっと探していたものを、ほんの一瞬掴まえることが出来る。答えを手にしたわたしは、安心して眠りにつく。けれど次の朝起きると、それらは幻のように消えている。手のなかには何も残っていない。
 それは少し残念なことだったけど、同時にかえって気楽でもあった。頭に残っていなければあとぐされがない。たとえ眠りに落ちる瞬間どんな深刻な答えを見つけてしまっていたとしても、覚えていなければ次の日のわたしには一切関係がないのだ。そう結論付けていた。こぼれ落ちた記憶がどこへ行くのかなんて、あまり深入りしすぎると、怖くなってしまうかもしれない。
 だから忘れてしまったものはまた一から考え直せばいい。ゆっくりゆっくり時間をかけて探せばいい。答えを逃してしまったことよりも、考えることがなくなって眠れなくなってしまうことの方が、自分にとって切実だと思っていた。だからなんでも無理に思い返そうとはしなかった。わたしの手から逃げていったものは、そっとしておいてやればいい。そう思っていた。
 もしかすると、何かを忘れることで、安心して眠りにつけていたのかもしれない。何かを忘れなければ、眠りにつけなかったのかもしれない。そんな眠り方をするようになったのは、忘れてしまうくらいもうずっと昔のことだった。
 いつか忘れるとわかっていながら、どうして人はいろんなことを考えるのだろう。 
 わたしはいろんなことを考えながらまた、いろんなことを考えずにいたかったのかもしれない。
 その日の夜は、そんなことを考えながら眠りに落ちた。










  ○









「この美しい雪景色を何にたとえよう!」

 その日の朝はそんな賑やかな声で目が覚めた。

「んん……」
 すごく寒いのに気が付いて布団のなかに潜りこむと、布団の向こうからパタパタとスリッパが床を走り回っている音が聞こえた。
 なんで自分の家なのに自分以外の人の声がするんだろう。布団の中で少し考えてから思い出した。ああ、そういえば昨日はお客さんを泊めたんだっけ。
「……もう朝?」
 せわしない足音を聞きながら、わたしは半分眠っている頭で昨日のことを思い返した。そうだ、そういえば今うちには雪女がひとりいるんだった。確か昨日は二人でベッドに寝て、彼女の方がわたしより早く眠ったんだった。わたしより早くに起きたレティは、案の定はしゃいでいるようだった。もう、うるさいなぁ。人が気持ちよく眠っているって言うのに。ちょっと雪が積もったくらいで、いくら雪女だからって、単純なやつだ。
「もー、おねがい静かにしてよー」
「おきなよ、ねぇ雛、外見てみなって! すごく積もってるから!」
「やだよ、寒いよー」
「やだじゃない」
 布団を引き剥がそうとするレティに抵抗しながら、わたしはモグラのように布団の中で丸まった。レティがカーテンを開けたんだろう、外がすごくまぶしいのが分かった。シーツの上にもカーテンの隙間にも、目がくらんでしまうほどに光が溢れている。今のわたしにはまぶしすぎる光だ。
「寒くないって、ほら起きて外見たら目が覚めて寒くなくなるって!」
「……、ならないよぉ……」
「なるのなるの。そういうふうになってるんだから」
 布団の向こうで、レティの自信満々に豪語する声が聞こえた。それはいったいどんな理屈だろう。何に基づいて言っているのだろう。いくら景色が綺麗だからって、寒いものは寒いし、眠いものは眠い。人間の感覚はそんな簡単じゃない。そんなむちゃくちゃな理論にいちいち付き合ってたら、体がバラバラになってしまう。
「起きたくない」
「起きたくないじゃない。ほら、はやく、はやく!」
「おねがいです、ほっといて、おねがい」
「ダメ」
「あと十分、いや、二十分でいいから」
「五分でもダメ」
 それでもレティがあんまりにもしつこいものだから、しぶしぶわたしはベッドから這い出した。立ち上がると頭がふらふらする。朝はあんまり強くないのだ。
「うわっ、寒い!」
 それでも一気に目が覚めてしまった。フローリングの床は氷みたいにつめたかった。パジャマの袖と襟元から寒さが一気にしのび込んできた。あくびが喉の奥に引っ込んでしまった。
 もう、早く起きたんなら部屋を暖かくしておいてくれたらよかったのに。せっかく泊めてあげたんだから、そのくらいしてくれたっていいじゃない。文句の一つでも言ってやろうかと思って驚いた。
「ねぇ、ちょ……。何で窓開けてるのよー……!」
 あきれた。
 どおりで寒いはずだ。レティがベッドの窓を開けていたんだから。
「何でって、空気の入れ替えよ、空気の入れ替え。だってこの部屋、なんだか空気が沈んでるんだもん」
「入れ替えって……、いいよそんなことしなくて! わたしが風邪引いたらどうするのよ」
「大丈夫。こんな部屋のなかに閉じこもってたら、もっと重い病気になっちゃうわよ」
「もう、ならないよー……」
「ウソだ、雛は体が弱そうだから、多分あっという間に病気になっちゃうね」
 窓枠から体を乗り出しながら、レティはすごく楽しそうにそう言った。あまりに寒くて、レティの言うことは無茶苦茶で、わたしは何をどうしたらいいのか分からなくなって、朝から呆然としてしまった。取り合えずこれでも一応体は強いほうなんだからって言い返そうとしたときには、寒いのもうんざりなのも怒りもみんな通り越して、なんだか可笑しい気持ちになっていた。
 嬉しそうに足をぱたつかせているレティを見てたら、ちょっとだけ笑ってしまった。
 何でこんな気持ちになってるんだろう。何で朝からこんな寒い思いをしなきゃならないんだろう。なんで用事も無いのにこんな早くに起きないといけないんだろう。なんで赤の他人に自分の部屋の文句を言われなくちゃいけないんだろう。不満は次から次へと湧いてくる。ひとつだってわたしのせいじゃないのに、なんだかいちいちくだらない文句を考えているわたしがバカみたいな気がしてきた。
 原因はわかってる。みんなレティのせいだ。レティのせいでこんな気持ちになっているんだ。お気楽な雪女。あいつめ、わたしをほってひとりだけで楽しむなんて。気ままに鼻歌を歌っているレティを見ていたら、なんだかいろんなものがどうでも良くなって、軽い気持ちになった。そしてすぐ、無性に楽しい気持ちになった。
「布団たたむから、そこどいて」
 楽しそうなやつの邪魔をしてやろうと思って、ベッドの上にのって窓から外を見ていたレティを追っ払った。レティがしぶしぶベッドから降りると、これ見よがしにわたしは窓を独占してやった。
「やった、レティの特等席、もーらい!」
「あっ、ずるい」
「ずるくない。わたしの家だもん」
 窓から体を乗り出して見ると、いつもの風景がどこもかしこもまっ白になって眼に飛び込んできた。
「わっ、すごい」
 ほんのしばらく息をするのを忘れた。
 地面はずっと雪に覆われていて、どこまでも柔らかな曲線が途切れず続いている。杉の木たちはこんもりと雪をかぶってアイスクリームみたいになっている。完璧な雪の朝だった。これだけ雪が降ったのは、久しぶりだ。いつもはあんなに怪しい森も、どんよりと沈んでいる空も、今はそれまでの姿を忘れてしまっているかのようだった。
「となりいれてよ」
 頬を膨らましたレティが強引に割り込んできた。わたしは何も言わず少し右にずれてやった。
「きれいだね」
「うん」
 わたし達の声は白い息になって、雪の静けさの中に吸い込まれていった。何も動くものはない。何の音も聞こえない。ただずっと、ずっと向こうの方まで、きめ細やかな静けさで満たされている。息を吸うたび、肺の中がちりちり痛かった。時間が凍りついて、止まっているみたいだった。神秘的だった。永遠に静かな、雪の朝。









 
  ○
   









「雪はね、凍った雲の破片なの。だからね、天国は冬だといつでも雪が積もってるのよ」
 
 一緒に作った目玉焼きとトーストの朝ごはんを食べながら、レティはずっと雪の素晴らしさについて語っていた。レティが話している間わたしは、うんうんとか、そうだねとか、マーガリンを塗ったパンをかじりながら適当なあいづちをうっていた。
 部屋はもう寒くない。彼女の話に耳を傾けながらわたしは、部屋が寒くないというあたりまえの幸せを存分に味わっていた。あの後レティを説得して窓を閉めさせ、やっとのことでストーブに火を点けたのだ。氷みたいだったフローリングの床はすぐに暖かくなった。あれだけ寒かった部屋の中がうそみたいだ。雪の気配はどこかに消えてしまった。今はもうあの静けさは聞こえていない。窓ガラスの向こうの銀世界は、もうずっと遠くの景色のように見える。
 体が暖まってきたわたしは、何だか眠たくなってきていた。わたしはレティの話を半分くらい聞きながら、マグカップに入ったコーヒーをスプーンの先でくるくる回していた。あったかい空気が流れている。
「雪のなかにはたくさん空気がつまってるの、防音材みたいに。だから雪の日はいつもより静かなんだ」
「雪の結晶がみんな六角形なのはちゃんと理由があるのよ。自然にあんな綺麗な形になるって決まってるの。誰かがいっこいっこ手で作ってると思ってたでしょ」
「雪って降ってる時はあんなにふわふわしてるけど、積もるとすごく重くなるのよ。屋根に積もってる雪は何トンって重さなんだから」
 とにかくレティは雪についてならいろいろなことを知っていた。いちいち書き留めていたら辞典が一冊作れそうなくらいに詳しかった。よく考えてみると本当なのかうそなのか怪しいのもいっぱいあったけれど、レティが言うとなんでもそれっぽく聞こえた。レティが何か言うたび、うんとかへぇとか、ちくいち返事をしていたものだから、しまいには知っているあいづちのパターンをほとんど全部使い果たしてしまっていた。
「すごい、レティはほんとに何でも知ってるんだね」
 素直に感動したのでそういったら、饒舌だったレティは急にぽかんとして、「そうかな」とちょっと照れた感じでそう答えた。てっきり「でしょう?」と胸を張るものかなと思っていたわたしは、照れたりするレティはちょっと意外だった。言ったこっちも恥ずかしい気がして、わたしの頬もちょっと赤くなってしまった。
 人を褒めたりするのって、案外気恥ずかしいものなんだ。
 はじめてそんなことを思った。
 レティと会ってから、今まで言ったことのなかったような言葉をずいぶん口にしたような気がする。レティと喋っていると、あ、そういえばこの言葉しばらく言ってなかったな、って気付いたりすることがよくあった。おはようだったり、おやすみだったり。いただきますだったり、ごちそうさまだったり。ごめんなさいだったり、ありがとうだったり。誰かの名前もそうだった。どれもこれも赤ちゃんが最初に習うような、基本的で大切な言葉ばかりだったけど、今までわたしはそれらを口にしてこなかった。言う必要がなかったんだって気が付いた。唇や舌がそんな言葉を話すことに慣れていなかったものだから、言うたびにほんの少し口の辺りがむずむずする感じだった。
 多分それはいいことだった。おはようとか、おいしいとか、そんな言葉を声にするたびわたしは、どこかとのつながりを確認できるような気がした。聞いてくれる誰かがいることで安心できる。そんな気がした。だから、言えるうちに言っておこうと思った。聞いてくれる誰か、レティがいるうちに、たくさん言っておきたい。
「すごいよ、多分だれも知らないよそんなこと。みんな聞いたらびっくりするよ」
「やだな、こんなの何もすごくないって」
「いやすごい。レティは博学で、知的で、天才だよ」
「……もう」
 半分くらいしか話を聞いていなかったけど、お返しとばかりに、わたしはレティの披露してくれた知識の深さを褒めちぎった。人のことを褒めるのはやっぱり恥ずかしい気持ちがしたけど、同時に楽しくて嬉しくもあった。なるべく知ってる色んな言葉をつかおうとした。いい機会に、照れる彼女ももっと見たかった。

 照れ隠しにコーヒーをすするレティは、可愛らしかった。





「ねぇ、レティ」
「うん」
「いいのかな、こんなことしてて」
「……いいんじゃない、一生に一回くらい」
 まだ日の高いうち、それも午前中といっていいような時間帯だったのに、わたしたちは二人そろってベッドのなかにもぐり込んでいた。部屋のなかにはまだ朝食のコーヒーの香りが残っている。ストーブの暖かい空気もちゃんと残っている。いつもと違って見えるような、明かりのついていない部屋の天井を眺めながら、わたしたちは白い空からしんしんと降り積もる雪の音を聞いていた。
 朝ご飯を食べてしまったのにもう一度ベッドに入るなんて、なんだかとてもだらしが無くてお日様にも申し訳ない気がしていたけど、本音を言ってしまうと午前中に潜り込むベッドも朝風呂と同じでなかなか悪い気はしないものだった。背徳的で、すごく贅沢な気分だ。雲も雪もカーテンもシーツもみんな白くて、まるでふかふかの光にくるまっているような感触。時間も空気も、みんな幸せな手触りがする。思わずあくびが出てしまいそうだ。
「わたしたちのしてること、お昼寝じゃなかったらなんていうのかしら。朝寝?」
「朝寝るのって案外普通じゃない。朝起きるまでは寝てるわけだし」
「じゃあ、なんて言ったらいいのかな。再朝寝、うーん、うまい言葉思いつかないわ」
「……ミニ冬眠、とか」
「なにそれ。冬眠ってなんか響きがもったいなくてやだ、別のがいい」
「うう、せっかく考えたのに」
「どうせ今思いついたんでしょう」
「でもうまい言葉がないってことはさ、多分こんなことする人がいないからだよね」
「どうして?」
「誰もしそうもないことに、わざわざ名前なんて付けないでしょ?」
「あ、そうか、そうかもね。じゃあこんな道徳に反することやってたらいつかきっと神さまにバチ当てられちゃうかも。お前たち怠けるんじゃないぞって。神さまってみんな頭でっかちなイメージなのよね。お説教ばっかしてるハゲたおじいさんって感じ」
「あんまり言うと神様に聞こえるよ……」
「そんときは雛、守ってね」
「出来るんだったらいいけど、わたしも一緒にバチ当たっちゃってるかも……」
 こうなってしまったのにはもちろんそれなりの理由がある。朝ご飯を食べ終えた後、二人で何をしようかという話になったのだけど、そのときレティはせっかくだから雪だるまを作りにいこうといい、わたしはせっかくだからお菓子を作ろうと提案して意見が食い違ってしまった。しばらくどっちがいいか言い合っていたのだけど、こんな寒い日に外なんかに出るのはぜったいいやだと思ったわたしは、「どうせ作るならもっといっぱい積もってからの方がいいよ」と言って、どうにかレティをうまく丸め込んだ。
 けれど実際、わたしの案も彼女の案も、どっちも実行に移されることはなかった。雪だるまを作ろうにも気付けば家には長靴もスコップも無かったし、戸棚を開けてみるとベーキングパウダーを切らしていたことが発覚した。運の悪いことって重なるものだ。こういう日は何をやってもうまくいかなかったりすることが多い。わたしもレティもそういうちょっとしたジンクスを信じているほうだった。こんな日はおとなしくしていて、一歩も動かないほうがいい。だから午後の予定はどっちも取りやめにして、お昼寝をしようということになったのだ。寝るくらいだったらいくら運が悪くたって出来ないことはないだろうから。わたしたちがベッドにいるのは、そんな理由だ。

「ねぇ、レティ」
「うん」
 せっかくの何でも話せる機会だったから、わたしはレティにずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。
「レティはやっぱりさ、雪の妖怪なの?」
 すごく今さらの質問のような気がした。雪の妖怪だなんて、口にしてみるとちょっとおかしな感じだった。雪の妖怪とベッドで一緒に寝ているなんて、どんなふうか考えてみてもまるで実感が湧かなかった。まるでありえないことのようだった。
 わたしの質問に、レティはちょっと考えてから応えた。
「……ちょっと違うかな」
「えっ」
「わたしはね、冬の妖怪なの。それってつまり雪の妖怪ってことなのかもしれないけど、自分の中でやっぱり雪の妖怪とはちょっと違うんだ」
 そうだったんだ。わたしは少し暗い天井を見つめながら短く返事をした。あたりまえだけど、特に驚きもしなかった。雪女じゃなかったんだ。冬の妖怪だって。けれど、それはそれで別に良かった。別に良かったなんて、そんなふうに思うのは横柄かもしれない。それならなんて答えて欲しかったんだろう。わたしは雪女で、雛を食べに来たんだ。ひょっとして本当にそんなことを言って欲しかったのかも。
 ちょっと怖かったけど、それも聞いてみることにした。
「ねぇ、レティはわたしのこと食べたいとか思う?」
「雛より雛の作ったモンブランが食べたかった」
 ふふ、そう。わたしはまた短く返事をした。
 てっきり冷たいんだろうと思っていたレティの体は、予想に反して、普通の人と同じように温かかった。布団に入ってしまってから、予想に反してだなんてまたおかしな話だ。冷たかったらこうやって一緒に布団のなかに入れなかっただろう。またひとつ彼女は雪女から遠ざかったわけだけれど、それもそれでよかった。考えてみればすごく当たり前のことだった。レティはなにも特別じゃない、普通の妖怪だってことだ。食べたかったら食べてもいいんだよって言ってみたら、気が向いたら食べてあげるとレティは言った。
「レティはさ、春とか夏はどうしてるの?」
 けれどなんでもないと思ってしたその質問の方には、レティはすぐに答えなかった。
 少しの間考えていた。答えを探しているというよりも、もう見つかっているのに、それをどう言葉にしていいのか分からないでいるといった感じだった。
 やがて彼女はゆっくりと口を開いた。
「消えてる」
「消えてる?」
 うん、とレティが横向きになった。シーツのすれる音がした。わたしの目じりのすぐ横にレティの指先が来る。見なくても分かるくらい近くにあった。先の細くなった、繊細そうな指だ。
「自分でもよく分からないの。覚えてないって言うのかな。多分どこかにいるはずなんだけど、どこで何してるのか誰も知らないんだ」
 彼女は改まった感じで、あの静かな声でそう言った。喋るときレティの吐いた微かな息が、わたしの耳に触れるその感触を味わっていたくて、わたしはじっとしていた。なんの相づちも打たなかった。軽い口を挟むべきではないような気がしたのだ。
「だからね、たまに怖くなったりする。わたしは冬が終わるのと同時に、どこに行くんだろうって。冬が来なくなったら、どうしたらいいんだろう、もうずっと消えたままなのかなって。たまにだけど思うんだ。思い始めると止まらなくなるから、あんまりそんなこと、考えたくないけど」
 どうしてかわからないけど、少しだけ緊張した。
「わたしも怖い。どうしていいのか分からなくなることなんて、たくさんある」
 レティと同じように、わたしも静かな声でそう言ってみた。恐る恐る口にしてみた。それは案外簡単に、言葉になった。
「生きていくことって、結構難しいよね」
 続けて今度はなるべく軽い声で、そう言ってみた。モンブランを作るのって難しいよね、とかそんな、なんでもないことを言うような調子で。すかすような感じで、強がるみたいな感じで。結構難しいよね、でもまぁ、大したことないんだけど。わたしたちの敵じゃないよね。そんなふうに言ってみた。レティと一緒に、何かに抵抗してみたくなった。うまく声になるか心配だったけれど、ちゃんとなってくれた。
「うん、難しい」
 レティも応えてくれた。
 すごく心強かった。







 生きることは難しい。生きることとは、すごく大変なことである。

 こんなふうに言ってみれば、どこか遠い国の偉い学者か指導者による格言のようだけれど、そんなことはたぶん生きていれば誰しもそれなりに気付いていることであって、わざわざ改めることでもない。
 思えば昔の人の残した格言なんてそんなあたりまえのことばかりのような気がする。それは今だからこそというだけで、その言葉の生まれた当時はすごく斬新だったものが長い時間をかけて世の中に浸透して行った証拠なのかも知れないけれど、でもやっぱり言われてハッと何かに気付かされるような言葉は少なくて、どうしてそんな当然のことが代々受け継がれ有難がられるのか、教養のないわたしにはいまいちピンと来れないでいた。
 けれどわたしがレティにそう言ったときのことは、後になってもはっきり覚えている。
 生きることはつらく苦しい。それはあたりまえのことだ。多くの人の前で威張って自信満々に言えるようなことじゃない。けれどあの時実際に言ってみて、その少し深いところが分かったような気がした。大切なのは言葉そのものではなくて、そこに生まれる共感なのだと思った。上手く言葉にしては言えないけれど、だからつまり、あたりまえである理由とはそういうことなのだ。心の底から、「ああ、そうだな。本当にそうだ」と賛同してくれる人がいることに、その言葉の意味があるのだ。




 
「ねぇ、レティ」
「うん」
「このままずっと起きたくなくなっちゃったら、どうしよう」
「そうね。ふたりで布団の妖怪になっちゃおうか」
 わたしたちは小声でそんなやり取りをしながら、たまに小さく笑いあったりした。レティが笑うと、わたしも笑う。そのたび二つのささやき声は、静けさの中へ転がり落ちていく。時間の流れ方も、レティの静かな声も、暖かい布団も、すべてが優しかった。すごく心が安らいでいた。
 ふと、このままずっと時間が止まったらいいのにと思った。レティの魔法で今の状態のまま氷漬けにしてくれたらいいのにって思った。そんなふうに感じることは、いままでになかった。けれど今は純粋にそう思っていた。ずっとこうしていたい。いつまでもこうしていたい。永遠って、あればいいのに。
「ねぇ、レティ」
「うん」
「……手、つないでいい?」
「……いいよ」
 考えるより先にわたしは、そんなことを言っていた。
 言ったすぐに、レティとわたしの手が触れ合った。一瞬どうしようかわらなくなってしまったけれど、すぐにレティがわたしの手を握ってくれたせいで、わたしの左手は行き場所を失わずにすんだ。左手に触れたレティの手は、さらさらしていて柔らかかった。わたしの手より、ほんの少し冷たかった。わたしとレティは手の温度が違うんだって、そんな当たり前のことにちょっとだけ感動した。他人の体温に触れたのは、たぶんこれが初めてだったのだ。
 心がふやけていくみたいだった。心臓の下辺りがじくじくと熱くなった。なぜかすこしエッチな気分にもなった。ちょっとだけ息が上がっていたかもしれない。
 手のひらの神経を集中させすぎて、自分の感覚のどのへんでレティの手を知覚しているのか分からなくなりそうだった。どのくらい力を入れて握ればいいのか分からなくなった。ただ、淋しいとか、切ないとか、嬉しいとか、いろんな感情で心が満たされていくのが分かった。それらはみんな原始的で、単純な感情だった。小さな子どもみたいな気持ちになっていた。たぶんわたしは、必死でレティの手を握っていたんだと思う。大袈裟な表現かもしれないけど、おぼろげな世界の中で、わたしが頼れるのは、左手に握った彼女の小さな手だけだったのだ。小さなわたしの手と、小さな彼女の手。やっと繋ぐことのできた、誰かとの、どこかとの確かなザイルだった。
「…………」
 わたしは何も言わなかった。言えなかった。何かの拍子で、この状況が崩れてしまうのがいやだった。ちょっとやそっとのことではわたしもレティも手を離さなかったと思うけど、それでもわたしはこの小さな温度を最大限丁寧に扱いたいと思った。きっと外の冷たい空気に触れさせてしまったらいけないんだ。壊してしまったら、もう一度作り上げるのにすごく時間がかかるのだ。だから、このままずっとこうしていよう。はなさないでおこう。そんなことを思いながら、わたしはレティの手をぎゅっと握った。
 外はあいかわらず、雪が降り積もっている。
 真っ白い、凍りついた雲の破片。

 雲の上では、すべての人が許されるんだって、いつか聞いた事がある。









 
  ○










 いつからかわたしたちはよく手をつないで眠るようになった。夜ふたりでベッドに入るとどちらからともなくそっと手をつなぐ。二人だけの秘密のようなものだった。起きてからもどちらもそのことを口に出さなかった。手をつないでいる間以外はどっちも知らんぷりをしている。朝起きたら何事も無かったかのようにお互い顔を合わす。おはよう、昨日はよく眠れた? いい夢見れた? そんなことだけ言って、あとのことには少しも触れない。あえて遠ざけていたのは、おおっぴらに「今日も手をつなごう」なんて恥ずかしくて言えないからだったのかもしれない。口にしてしまうと急にバカらしくなってしまいそうだったからかもしれない。誰かと秘密を共有した気になって、ただ単に舞い上がっていただけなのかもしれない。いろんな理由が考えられたけれど、わたしはレティの手を握って眠るのが好きだった。
 布団の中で彼女の手に触れる瞬間は、いつもドキドキした。
 他人と触れ合っていると、自分の心のなかにもう一つの感情が生まれるのを感じる。断っておくとそれは決してやましい下心とか、よこしまな感情なんかではない。清潔であたたかくて、生まれたての赤ちゃんのような、今までになかった気持ちだ。新しいというと少し言い方が違うかもしれない。どちらかと言うと、いままであったのにどこかに隠れていた感情が、パレットに白色の絵の具をとかすみたいにして広がるような感じ、というのがより適切な言い方なのだろうか。どこかなつかしい気がした。そうだ。わたしはその感情を知っている。覚えている。
 レティの手を握っていると、いろんなことを考えられたし、またいろんなことを考えずにいれた。相手に触れる。ただそれだけのことが、わたしにとって重要な意味を持っていた。いつも背負っているものをみんな取っ払ってしまったような、すごく素直な気持ちになれた。あたりまえの自分が、すごく新鮮だった。
 わたしは恐らく、いろんな点で見ても他とくらべて普通ではなかった。普通の人生の生き方を、誰からも習ってこなかった。だから言葉も体温も、あたりまえの人なら普通に触れられるようなそんなものと少しも縁がなかった。苦し紛れに、あえて遠ざけて生きているんだとも思っていたこともあった。要するにわたしは、素直じゃなかったのだ。常に何かをごまかしていた。見たくないもの、考えたくないものから、いつも目をそむけていた。けれどレティと一緒にいるときだけは、そんなものにほんの少しだけ、薄く閉じたまぶたの間から見るもののようにほんの少しだけだけれど、近づくことが出来た。たぶん彼女の手に触れることでわたしは、淋しいとか不安だとか、そういった普段考えたくないものの存在を、純粋に認めることが出来ていたのだと思う。誰かがそばにいてくれたから、安全なところから見つめなおすことが出来たのだ。淋しいからこそ、不安だからこそ、誰かの体温に安心できるのではないだろうか。だから彼女の手を握るたびわたしの心に生まれたのは、決して真新しい感情なんかじゃない。もっともっと古くからあった感覚だ。ずっと昔に覆い隠してしまっていたもの。はるか昔に忘れてしまった自分。レティのそばにいるときだけ、わたしはわたしでいられたのだ。


「雛の手、あったかい」
「そうかな」
「うん、毎晩思う」
「レティの手はわたしよりちょっとつめたいからね」
「へえ、そうなんだ」
「そうだよ。知らなかった?」
 その夜もわたしたちは手を握り合って寝ていた。明かりを消してしまうとあたりは真っ暗になった。だから今のわたしの眼には何も見えていない。ただ見える暗闇の中からレティの声だけが聞こえてくる。真っ暗な中で聞く声、音の輪郭がよく分かる。レティの喋る声は、いつだって優しい。
 いつもはほんの小さな明かりをつけていないと眠れないのだけど、彼女はわたしと反対だった。わたしは真っ暗になると不安になる。とたんになにかが心配になる。心配性の人ってそうだと思う。ふだんは何も見たくないくせに、あたりが暗くなると全てを見えるようにしておきたいのだ。けれどレティはそれと反対で、何かが見えていると安心して眠れないんだって言っていた。
「人の手の温度ってやっぱり、それぞれ違うものなのかしら」
「どうなのかな。あんまり人の手握ったこと無いからわかんないや」   
「わたしの手はまだつめたい?」
「ううん、もうだいぶ温かくなってきた。ねぇレティ、ずっとこうやってるとね、だんだんレティの手の温度が高くなっていくのが分かるんだよ」
「へえ」
「じわじわって感じで、指とか手のひらの芯の方が温かくなっていくのが分かるんだ」
「ふうん」
 ごそりと布団の中で音がした。レティが体の向きを変える気配がした。
「そういうのってなんか、すごく幸せなことだよね」
 彼女がわたしの耳のすぐ近くでそう言ったのが分かった。囁くようなその声に、ちょっとだけわたしは緊張した。赤ん坊みたいに体を丸めたレティの膝が、わたしの太腿にこつんと当たった。
 真っ黒な天井を見ていたわたしは、ドキドキしながらレティの方に向き直った。
「幸せかな」
 暗闇一枚へだてたすぐそこに、彼女があるんだって分かった。
 幸せ、幸せなのかな、わたし。
 少しの間自問してみた。言葉だけでは、不安だった。その幸せを確かめるには、どうしたらいいんだろう。わたしもそれに、手を伸ばしてみてもいいのだろうか。
 さんざん迷った。ほんのちょっと時間が進むうちにあれやこれやたくさん考えた。考えてみても、よく分からなかったのだけど。だからわたしは、本とか映画でよくあるような、ありきたりな方法をとることにしたのだった。簡単だけど、ほんの少しだけ、勇気のいること。
 
 ちょっとだけ背伸びをする感じで、彼女の唇にキスをした。

 一瞬だけ、ほんの短い間のキス。
 彼女とわたしの柔らかい部分が、少しだけ触れ合った。
「ふふ、もっと幸せになった」
 そう言った彼女の息が唇にかかって、くすぐったかった。レティの声を聞いたら、あんなに緊張していたのに、すぐに冷静になってしまった。なにしてるんだろう、わたし。いまの、大丈夫だったかな。すぐに自分の顔がすごく熱くなるのがわかった。手のひらも汗だくになってしまいそうだった。
 唇に残っているのは、何かに触れたような触れなかったような、すごく曖昧な感触だけだった。曖昧すぎて、夢だったか幻だったかもしれないとさえ思うほどだった。だからファーストキスの記憶なんて、すごく緊張していたことくらいしか覚えてない。
 けど、あの瞬間確かに嬉しかったことだけは覚えている。

 やった、レティとキスをしたんだ、わたし。




 レティは自分の感情をよく口にするほうだった。嬉しかったとか悲しかったとか、嫌な気分になったとか泣きそうになったとか。そういうことをすっきり言えないわたしとしては、レティのそういうところは魅力的だった。

 どんなにいいことがあっても、今が幸せなんてことは思わないようにしている。かたくなに拒んでいる。どうしてそんなつまらないことで意固地になったりするのか、たまに自分でも分からなくなってしまうようなことはいっぱいあるけれど、このこともそのうちのひとつだ。幸せだなって思うこと自体、わたしはすごく苦手だった。幸せって言うのは、お金をいっぱい持ってて、愛の溢れる家族もいて、友だちもいっぱいいるような、そんな人だけが言っていればいいんだと思っていた。そんな恵まれた人たちのためだけの言葉なのだ。明日も明後日も、一年後も十年後もちゃんと幸せが保証されている人たちのための、彼らたちだけの言葉。
 幸せ。それを幸せと認めてしまうことは、わたしにとってとても勇気のいることだったのかも知れない。認めてしまえば、それにすがり付かねばならなくなると思っていた。幸せが終わってしまったとき、それまでとの現実の落差に絶望しなくてはならなくなる。過ぎ去った幸せを思い返して、今と見比べ惨めな気持ちにならなくてはいけなくなる。
 そんなこといちいち考えずに、嬉しいことや楽しいことを単純に幸せとしてとらえていたならば、どんな人生だってもっと明るくなるだろう。それでいいのならわたしの人生だってまんざら不幸ばっかりというわけでもない。ただそんな考え方がどうしても出来なかった。どうしてだかは分からないけれど、落ち着かなかった。あまり考えたくないことだったから知らないふりをしているだけかも知れないし、本質を見ないままわけもわからず意地になっているのかも知れない。どっちにしたって、要するにわたしはすごく不器用な形で生きているのだ。わたしみたいに変てこな生き方をするのは、恐らくすごく損なことだと思う。けれど、幸せが怖いわたしはまた、そんなひねくれた生き方しか出来ないでいる。





 レティが家にやってきてから何日か過ぎると、彼女はもうすっかりわたしの部屋になじんでしまっていた。
 包丁やボールがどの戸棚にしまってあるのか、着替えはタンスの何番目の引き出しに入っているのか、朝は何時に起きるとちょうど二人の利害が一致するのか、彼女は数日のうちにそんなことをすっかり覚えてしまった。部屋に溶け込んできたと思えるのは、お互いの生活がうまくかみ合うようになってきたからだ。朝はたいがい彼女の方が早く起きるので、毎日わたしの寝ている間に朝食とコーヒーを用意しておいてくれる。お返しにわたしはレティにたっぷり手間をかけて作ったお菓子をご馳走してあげる。夕食はふたりで一緒に作って一緒に食る。ふたりの好きな食材を使って、おいしいものをたくさん作る。
 一緒に暮らしているうちに、わたしもレティについてだいぶ詳しくなった。彼女はご飯よりパンの方が好きなんだということ、考え事をすると髪の毛を人さし指にくるくる巻きつけるクセがあること、音楽は静かなクラシックの曲が好きなんだということ。
 わたしがあまり喋らない分レティはよく自分の話をする方で、こっちが聞かなくても彼女ら妖怪のことについてもいろいろなことを教えてくれたりした。例えば年々季節の変化に追いついていけない妖怪が増えているということ、雪女は死体を集めるなんて悪趣味なことはしないということ。あとは、あとなんだっただろう。
 もっといろんな話を聞いたはずだけどすぐ思い出せたのはそのくらいで、他のことはあんまり記憶にない。どうしてだろう。ああそうか。少し考えたらすぐに分かった。そういえばわたし、そんな真剣にレティの話聞いてなかったな。
 よく思い出すのは話の内容よりも、あの静かな声や話している最中の彼女のちょっとした仕草だったりする。細い人差し指にくるくる巻き付いていくムラサキ色の髪や、みんなを優しく包み込んでいるブルーの瞳。そういうのならいくらでも思い出せる。そういえば話の内容を理解するよりも、その場に流れる雰囲気を味わっているほうが好きだった。台所の窓から見える雪、コンロにかかったやかん。彼女の話なら何時間でも聞いていられた。なんでも自慢げに話すレティを眺めていることが大好きだった。わたしはレティの話に適当な相槌をうちながら、彼女の新しいクセを見つけるとはこっそり喜んでいたものだ。わたしが心の奥にしまってある大切な思い出だ。
 いまレティがそのことを知ったら怒るかな。
 ふとそんなことを考えてみた。レティ、わたしが話聞いてなかったって知ったら、どんな顔するんだろう。趣味悪いって気味悪がられるかな。ちょっと想像できない。もしかしたら「雛が話聞いてなかったの知ってた」ってにやけ顔で言われるのかも。
 うん、それだな。レティはなんでも見抜くのが得意だったから、それが一番ありそう。
 したり顔のレティを思い浮かべると、わたしはちょっとだけ笑ってしまう。いろんな状況に対して彼女がどんな顔をするのかすぐに想像できてしまうのは、わたしのちょっとした自慢だ。だれも知らないわたしの特技。この小さな秘密は恐らくレティにさえ気付かれてないはずだ。そう思うと、もう少しだけ得意になれる。
 けどそのことを思うたび、誇らしいのと同時に、ああ、わたしは本当にレティのことが好きだったんだなってことに、いまさらながらに気付いてしまって、ちょっと複雑な気持ちになってしまう。
 気付いたからなにというわけではない。心がときめくわけじゃない。レティのことを好きな気持ちはずっと変わっていない。それは自分で分かっている。けれど、けれどレティのことを思い返すと、レティとの楽しかった日々を思い返すと、どうしても心が変な方向に曲がって、わたしは苦しくなってしまう。
 いったんそう思ってしまうとまずい。考えるのをやめようとしても、どこまでも考え込んでしまう。ずるずると底の方へ引っ張られてしまう。暗いほうへ暗いほうへと足をとられる。別のことを考えようとしたって無駄だ。あきらめろといわれたってもっと無理だ。この気持ちは理屈でどうこうできるような簡単なものじゃないのだ。レティの笑った顔を思い出すたび、わたしは呆然として何も出来なくなってしまう。絶望してしまう。急に眼の前の現実が、つらくてたまらないものになってしまう。思い出にひたることはとても楽しくて嬉しいことのはずなのに、胸がすごい力で締め付けられるようで、自分でもどうなっているのかよく分からなくなってしまう。
 そしてよく分からなくなって混乱したわたしは、ヤケになる。ヤケになってベッドに潜り込む。潜り込んで、子供みたいになる。子供みたいになったわたしは、子供みたいに泣く。
 うん、そうだ。わたしはレティのことが大好きなのだ。それでいい、何もおかしいことなんて、ない。誰か文句があるんだったら、言えばいい。おかしかったら、笑えばいい。
 誰が聞くわけでもないのに、わたしは泣きながら心の中でわんわん叫ぶ。やけくそになったわたしは、もう何もごまかさない。普段は隠して溜め込んでいるようなつらい感情を全部ひっぱり出してきて、思いっきり泣くのだ。さみしいとか、つらいとか、心細いとか、全部ぶちまけてしまう。いろんなことを包み隠さず白状する。いつまでも一緒にいたかったこと。一人で生きていくのがすごく怖いこと。本当に心の底から、レティのことが大好きだったこと。それを聞いた誰かに笑われたっていい。弱いって思われたっていい。胸を張っていってやる。何百回でも言ってやる。レティに会いたい、レティに会いたい。 

 レティに会ってから、わたしは自分に嘘をつけなくなってしまった。

 何もごまかせなくなってしまった。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。そういうのを全部認め生きていかなくてはならないということは、どこかで自分をごまかして生きていくよりもつらくて大変なことだった。つらくて大変でも、たぶん人間は、誰しもがそうやって生きていくべきなのだろうけれど。いろんなものに正直に生きていく、わたし以外のみんながそうしていることだった。
 けれどひとりきりでそんな生き方をするということは、信じられないほどに難しかった。わたしには付き添ってくれる誰かがいない。へこたれた時に、一緒に頑張ろうって手をとってくれる誰かがいない。親もいない、兄弟もいない。誰もわたしを守ってくれる人がいないのだ。たった一人の友だちは、わたしを置いてどこかへ行ってしまった。だからわたしは、ひとりで生きていかなくてはならなかった。一度見てしまったものから、もう眼をそらすことなんて出来ない。この世でたった一人の味方がいなくなったとき、決意したはずだった。せっかく向き合うことが出来たものから、もう眼をそらすなんてことはしたくない。けれどたまに、無性に誰かに甘えたくなる。ちょっとでもいやなことがあると、レティに会いたくて会いたくてたまらなくなる。彼女の声が聞きたい、彼女の名前を呼びたい、彼女の手に触れたい。

 そんなときは、とりあえずくたびれるまで、ベッドでひとりで泣く。
 彼女のことを思い出すわたしは、ずっと泣いてしまう。彼女の名前を呼び続ける。声を抑えようとして喉からへんな音が漏れてしまう。ベッドシーツが鼻水でぐしょぐしょになってしまう。
 それでも泣くことしかできない。だって泣き虫だといってわたしをからかうあの顔も、いつも左手にあったあの優しい感触も、今はもうどこにも無いのだから。










   ○









 レティにお別れを告げられたのは、彼女の髪を梳かしてあげているときだった。
 彼女はわたしに背を向ける形でいすに腰掛けていて、わたしはレティの髪にヘアブラシを入れていた。二人の前には鏡がある。鏡といってもうちには化粧台なんて豪華なものはなかったから、いつものダイニングテーブルのうえに大きめの鏡を立てかけて置いただけのものだ。よく考えてみれば髪を切るわけじゃないんだからそんなもの置く必要なんてなかったのかもしれないけど、おかげでわたしは気持ち良さそうに目をつむっているレティの顔を見ることができた。
「ねぇ、レティ」
「ん?」
「ううん、なんでもない。あんまり気持ち良さそうだったから、寝てるのかと思った」
「さっきちょっとウトウトしかけたわ。雛の腕がいいからね」
「そう、よかった」
「わたしさ、誰かに髪の毛触ってもらうのがこんなに気持ちいいなんて知らなかった」
 レティは眼をつむったままそんな嬉しいことを言ってくれた。
 レティは肌が白いから、眼をつむると人形みたいに見える。小さいころ人形の髪の毛をいじくって遊んだものだ。団子にしたり、みつ編みにしたり。あの子は確かサリーちゃんという名前だった。いつもあの子で遊んでいたから、なくなる前はあちこちつぎはぎだらけだったな。黄色の毛糸の髪の毛が自慢だったサリーちゃん。あの子にしてみればいい迷惑だったろうけれど、たまには気持ちいいって思ってくれたこともあったかも知れない。
 そんなことを思い返していると、ふと部屋の中が明るくなった。顔を上げると、明り取りの窓から太陽の光が差し込んでいる。そういえばちゃんとお日さまの光を見るなんて何日ぶりだろう。このところ窓の外を見ても、眼に映るのは鉛色の雲ばかりだった。久しぶりに見る空の色は、ブルーがきれいにまざったオレンジをしていた。
 雪はもうやんでいた。軒先にできたつららの先から、ぽたぽたしずくが落ちている。もう少しすると、雪解けが始まるかもしれない、そう思ったときだった。
「そろそろお別れかな」
 気付いたらそんな声を聞いていた。
 隙をつかれた感じだった。はっとして鏡の中の彼女を見てみたけど、相変わらずレティは眼をつむっていた。気持ちよく眠っているみたいだった。だからわたしは聞き返す言葉を呑み込んでしまった。レティの表情を覗ってみたけど、人形みたいな顔は、何も言ってないよとわたしに言っているみたいだった。
 いまの、レティが言ったのかな。 
 わたしは無表情にブラシを動かした。さくさくと音がしてムラサキ色の髪がそろっていく。さっきと同じようにブラシを動かそうとしたけれど、少し動揺していて難しかった。肩が強ばっているのがばれないように、なるべく素早くブラシを動かす。さくさく、さくさく。
 そろそろお別れだって。
 さっきの声を思い返す。レティが言ったのかな。それ本当かな。ちょっとあやしいかも。なにかの聞き間違いじゃないかな。もしかしたらつららの立てる音がそう聞こえただけなのかもしれない。どこか遠くで吹いた風が立てた音かもしれない。風の音というのは、狭いところを通ると人の声みたいに聞こえることなんかがあるらしい。いろいろ思ってみた。そうだ、きっと今のは空耳だ。朝が早くてちょっと寝不足だから、なにか別の音がそうやって聞こえたんだ。そういうことにしよう。
 それより櫛を入れ終えたらレティにリボンを結んであげよう。何色がいいかな。レティはどんなリボンが似合うだろう。そういえば大切にしまってあるすごくかわいいリボンがあった。
 あれをレティにプレゼントしてあげよう。きれいな色だから、レティの髪に、きっと似合うはずだ。

 いろいろ考えてみたけど、結局無駄だった。




 そっか。お別れか、帰っちゃうんだレティ。















 その日の夕方、小さなパーティをした。
 実質的には彼女のためのお別れ会だったのだけど、何の銘も打たなかったし部屋を飾りつけたりなんかもしない、ただいつもよりほんの少し豪勢な夕食といった感じに留めてたおいた。シャンパンがあることと少し高めのチキンがあること以外は普段の夕食と同じだ。ふたりで台所に並んで、ふたりでご飯を作って、レティがお皿とフォークを並べている間、わたしは出来上がった料理をつくえの真ん中に運ぶ。ふたりで声をそろえて「いただきます」と言った以外は、パーティでよくやる堅苦しい挨拶もなし。クラッカーを鳴らしたりもしない。いつもと同じ夕食の風景だった。きっといつも通りにすることで、わたしたちは何かを曖昧にしておきたかったのかもしれない。いつもと変わらないことをしておけば明日もまた今日と同じように続いてくれるだとか、気付かないふりをしてやり過ごせるだとか、そんな思いがあったのかもしれない。だからわざと普段通りに振舞おうとするわたしたちは、やっぱりどこかぎこちなかった。
 食事の時はいつも何か喋っていてくれるレティもわたしも今日は少し緊張しているのか、照り焼きのチキンを切り分けるときもコーンスープを飲むときも、ふたりは黙ったままだった。スプーンが食器に当たる音とか、イスを引く音とか、いつも気にしていないような音が妙に大きく聞こえた。何か喋らないといけないと思ったけれど、何を口にしていいか分からなかった。
「せっかくだし、シャンパンあけようか」
 そろそろ沈黙に耐えられなくなるなと思っていたころ、レティが黄緑色のガラス瓶を指さして言った。そうだ、そういえばすっかり栓を開けるのを忘れていた。今日のためにわざわざ酒屋さんにもって来てもらったんだったのに。
「うん開けよう、せっかくだしね。どっちが開ける?」
「わたし、開けてみたい」
「レティちゃんと開けれるの? コルクを抜くのって案外難しいんだよ」
「失礼ね、あなたが思ってるほど不器用じゃないの」
「信用していいのかな。飛ばしてわたしに当てないでよね」
 わたしはシャンパンの瓶と栓抜きを彼女に手渡した。せっかく出来た会話のきっかけを潰さないようにと、わたしはいくらかおしゃべりになっていた。
 傾けたグラスにシャンパンが注がれる。専用のグラスがない代わりにワイングラスだったけれど、中身を入れると丸みを帯びたグラスはちゃんとそれっぽくなった。薄いゴールドの液体の中を、細かい泡が一筋になってのぼる。滑らかに続いて途切れなかった。きれいだ。まるで高価な宝石を溶かしたみたいだった。
「それじゃ、乾杯しようか」
「音頭はレティがとっていいよ」
「へえ、今日は気前いいじゃない。いつもそんなふうだったら雛もかわいいのにね」
「うるさいな、人をからかう癖を直したらレティだってかわいいのに」
「ふふ、気をつけるようにする。ほら、グラス持って」
 わたしは中身をこぼさないよう慎重にワイングラスのあしを持った。寒色系の色の方が好きなレティだったけど、こうして見るとなかなかシャンパンの色も似合っている。部屋の明かりを消してしまってロウソクの光だけにすれば、もっとロマンチックになったかもしれない。
「ほら雛、乾杯」
「うん、あ、ねえその前に。何に乾杯する?」
「うむ、それは重要な問題ね。なににしよう」
「レティが決めていいよ」
「そうねぇ、じゃあ、この美しき季節の終焉に」
「おっ、なんかそれっぽいじゃん。レティが考えたの?」
「ううん、何かのタイトルだったのをたまたま覚えてただけ」
 一瞬真面目だったのに、おどけた感じでレティは笑った。シャンパンが似合うと思ってもやっぱりどこか、レティは子どもみたいなところがある。そのどっちもがレティで、わたしは両方とものレティが好きだった。とらえどころがないからこそレティだ。この美しき季節の終焉にか、格調高くてなかなかいい文句だと思った。どこから引っ張ってきたのか知らないけれど、今のわたしたちにはぴったりだ。
「じゃあこの美しき季節の終焉に、乾杯」
「乾杯」
 わたしは手に持ったグラスをそっとレティの方に差し出した。ふたつのグラスが、チン、と静かな音を立てる。小さな泡の粒が柔らかな曲線を描いている。いつもの食卓が、ほんの少し厳かになった感じがした。
 冬の妖怪と、終わり行く季節に弔いを。


 それから後は、ふたりで呑んで食べて大騒ぎをした。ふたりともテンションが高かった。お酒にも酔った。一杯グラスを開けてしまうとふらふらしてしまった。辺りがちかちか光って見えた。なんでも可笑しかった。レティがへんな冗談を言うたび、いちいちわたしは笑い声を上げていた。いつもはどんより沈んだ色の家具たちも、今は何だか嬉しそうな顔をしているように見える。瘴気の溢れるいつもの森も、何日かぶりに降り注ぐ月影のもとに柔らかい。世界中から不吉なことが全部消えて、今はいいことばかりが起こっている。そんな気さえした。もちろんそれはそう思えるだけだろう。ただわたしたちの脳のなかに、小難しい名前の物質が分泌されているだけのことだ。人間の感情はうまい具合に出来ている。そんなことが分かっているというのに、わたしも、普通の人間の感情に振り回されている。
「ね、雛。歌唄いましょうよ」
「えっ、無理だよわたし音痴だもん」
「ほらまたそうやって雛は。恥ずかしがってばかりだと何も出来ないのよ。やろうと思えば何だって出来るのに、何もしないなんて大損よ! いますぐそんなネガティブな性格を改めるべきだわ」
「そうは言ってもさ。人間の性格ってのはね、そんな簡単に変わらないの」
「ほんとあなたは頭でっかちでわからずやね。いいわ、雛がうたわなくったって、わたしがひとりで歌うから」
 そう言うとレティは鼻歌交じりにうたいはじめた。
 へぇ、と思ってわたしは耳を傾けた。
 やっぱりというか予想したとおりにレティの歌はうまかった。へたにデュオにしなくて良かった。本当は一緒になってうたってもよかったのだけど、せっかくの彼女の歌声をじっくり聞きたいというのもあったのだ。
 ドント・レットミー・ビーロンリー・トゥナイト、今夜わたしをひとりにしないで。
 古い映画の主題歌のような、すごく安っぽくて陳腐な歌詞だった。けれどメロディーはきれいだった。メロディーと歌声がきれいで、お酒にも酔っていたから、だから歌詞もきれいなように聞こえた。
 お日さまがが昇るまでサヨナラはとっておいて。今夜わたしをひとりにしないで。
 歌詞を追いながら、さっきのレティの言葉を思い出していた。
 やろうと思えば何だって出来るのに。それは、わたしのことなのだろうか。いや、わたしに向けられた言葉であることは間違いないのだけれど。けれどどうしてレティはわざわざ、あんなムキになった顔で言ったのだろう。だかが歌くらいのことなのに。
 そこまで考えて、酔っているせいかあとはよく分からなくなってしまった。どうでもよくなってしまった。ただやっぱりレティと一緒に、歌をうたってみたくなった。
「ねぇレティ」
「なによまだうたってる途中よ」
「ごめん急にわたしも一緒にうたいたくなっちゃって」
「ふふっ、さてはわたしの美声に感化されったってわけね。いいわよ、教えてあげるから一緒にうたいましょう」
 レティから歌詞を教えてもらった。思ったより簡単な歌詞でテンポもゆっくりだったから、わたしでもすぐに覚えられた。
 きれいだと思っていた歌詞は、実はすごく女々しい内容だった。わたしに冷たくして、優しくもして、嘘をついてもいいから、きつく抱きしめていて。放さずにいて。言っているのはそんな、すがりつくようなことばかりだった。
「かなりベタベタだね、この人」
「それにね、実はうたってるのは男の人なの。だから実際はもっとベタベタかも」 
 そうだったんだ。奥さんに逃げられるのが怖かったんだろうか。こういう歌は普通女の人がうたうものだと思っていたけれど。奥さんはきっと夫にかなり甘えられていたに違いない。
 ちょっと考えたけれど、でもやっぱりメロディがきれいだったからそれでよかった。
 シャンパンゴールドも、レティの歌声も、月明かりも、つららのしずくも、今夜はみんなきれいだ。だから楽しいものも嫌なものも、女々しい歌詞も、甘えん坊の夫も、別れのつらさも、みんなきれい。そういうことにしておこう。

 君に会えただけで幸せだったけど、もう行かなくちゃならない。けれどせめて太陽が昇るまではサヨナラを言わないで、今夜わたしをひとりにしないで。

 ドント・レットミー・ビーロンリー・トゥナイト。









  ○









 最後の朝。わたしたちは目覚ましよりも早起きしていた。いつもは目覚ましを七時半にセットしてあるから、外はまだ太陽が昇っていない時間帯で、空はまだほのかに夜の混じった薄藍色をしていた。そんなに早くに起きて何をしていたのかというと、そろって外の景色を見ていたのだ。ただじっと、何も考えないで、ベッドのうえでふたり並んで三角座りをして、そろそろ太陽がのぼるだろう薄色の空を眺めていた。
「そろそろお日さまが昇るね」
「うん」
 朝が近づくにつれて徐々に気温が上がっていくのか、軒先のつららがとけはじめて、家の周りのあちこちからぽたぽたと水滴の落ちる軽やかな音がしていた。
 昨日のうちに雪も少しとけてしまったらしい。窓から見る雪の景色は、はじめレティと一緒に見たものともうずいぶん違っていた。杉林を覆っていた雪もすっかり落ちてしまって、針葉についた朝露がきらきらと光っている。あっちで、またあっちで、雪のかたまりがドサドサと落ちる音が聞こえた。せっかくきれいだったのに。寒いのは苦手だけど、雪がとけてしまうのを見るのはなんだかもったいないような気持ちがする。
「せっかく積もったのに、とけちゃうなんてもったいないよね」
 わたしは思ったことをそのまま言った。レティも同じことを考えていると思った。
「うん」
 同意の返事をしたレティは、少し黙ってからさらに続けた。
「雪がとけていくのを見るのって、大っきらい」
 大っきらいの部分をことさら強調して彼女は言った。不機嫌そうに言った。吐いて捨てるみたいなその口調は、少しだけすがすがしい気さえした。大っきらい。
「雪の底の黒い土とか、虫のいそうな木の皮なんかぞっとするわ。みんなわたしに帰れかえれって言ってるのよ。せっかくきれいになったのに、誰のおかげできれいになれたと思ってるのかしら。春なんて、なにがいいのかしら。もう、地獄を見ているみたい」
 彼女の言い方から、心から雪解けを嫌っているんだということが知れた。そんなに嫌なのなら、見なければいいのに。最初に「明日は早く起きよう」って提案してきたのは、レティの方だったのだ。
「けどさ――――」
「わかってる」
 わたしが言おうとするとレティがすぐさえぎった。
「見たくないけど、見ることにしてるの」
 ふん、とひとつ鼻息をついて、レティは窓の外を睨みつけた。ぽたぽたとつららの先からしずくが落ち続けている。彼女の方を向くと、水滴の陰が、ちょうどレティの頬のところに重なって映って見えた。いくつものしずくの影が、白い頬の上を滑り落ちていく。そのせいで、目つきとは裏腹に瞳の方はひどく物憂げで淋しい色をしているように見えた。睨みつけるといっても、恐らく形だけであって、本気で恨んでいるというわけではないだろう。
 ちゃんとレティは分かっている。雪がとけることも、自分が雪以外を知らないことも、そうやって生きていくしかないということも。そんなのを全部分かった上で、レティは見ようとしているんだと思った。見つめようとしている。目をそらすことはない。彼女の蒼色の瞳は何もかもを映すことができるのだから。
「でもさ、悔しいけど、すぐとけちゃうからきれいなのよね」
 レティがそう言うのを聞きながら、わたしはじっと窓の外を見ていた。またどこかで雪の落ちる音がした。彼女の声は、いつもの静かな声のままだ。
「雪が降り積もるのってなんだか奇跡みたいな気がするわよね。だって雪の結晶って地面に着いた瞬間にもうとけちゃうのよ。氷水に浮かべたって消えちゃうの。それくらい弱い存在なのよね。地上に雪の居場所ってないの。そんなにもろくて儚い雪がこうして景色をいっぺんにかえちゃうなんて、信じられないようなことよね」
 うん、とわたしは頷いておいた。
 そうだな、と思った。いまさらなんだか当たり前のことに気が付いた。そうか、雪は地面に落ちたらすぐに近くの誰かと触れ合わなくてはならないのだ。そうしないと、形を保っていられないのだ。そんなけなげで儚いものが作り上げる雪景色なんだから、きれで美しいのはある意味当然なことのような気がした。
 白くて儚いもの。小さくて、弱くて、もろいもの。この世界はそういうものが集まって出来あがっている。イスもベッドも、ナイフもフォークも、林も山も、冬も春も、人間も神さまも妖怪も、嬉しい気持ちも、悲しい気持ちも、好きも嫌いも、そんなのが組み合わさって世界は動いている。複雑に絡み合っているわけではないと思う。今までそう見えていなかっただけで、世界というのはもっと単純に、実は寄せ集め見たいにして出来ているのかもしれない。きっとそうだと思った。そうに違いなかった。だってレティと過ごした数日間、確かにわたしはその中の一つになれていたのだから。
「今気が付いたんだけどさ、わたしね、この光景を、ずっと誰かに見て欲しかったのかも」 
「えっ?」
「だから、誰かと一緒に見てもらいたかったの。わたしは妖怪だからさ、堅苦しく上手くは言えないけれどさ、なんだかいま、すごく大きな目標を達成できたような気がしてるの。ううん、誰かと一緒に認めたかったんだ」
 そう言った彼女の口もとは、気のせいか、少し笑んでいるように見えた。
 そうなんだ。いま、何となくだけど、レティがわたしのところに来た理由が、やっと分かった気がした。
 わたしは自分でも気が付かないうちに、レティの手を握りしめていた。

「ねえ、レティ」

 言葉が勝手に口から漏れていた。
 まずい。わたしの中でもう一人の自分がやめろと言った。今わたしが口に出そうとしている言葉。これは、ずっと言わないでとっておこうと思っていたものだ。言いたくて仕方なかったのに、本当は言ってはいけなかった言葉だ。わたしは今、それを言おうとしている。
 
「ずっと一緒にいてよ、レティ」

 けれど、わたしは弱かった。一回くらい、一回くらいなら、いいだろう。そう思って、言ってしまった。
 わたしは鼻水をすすった。レティに聞こえるくらい大きな音で思いっきりすすってしまった。
 そしたら急に、涙が溢れ出した。
 とめどなく溢れ始めた。すぐには止められそうもない。そらみろ、言わんこっちゃない。こうなることは分かっていたのだ。
 頬の上を涙の粒がころころ転がっていく。わたしはレティの言葉を待ったけど、レティは何も言わなかった。何も言ってくれなかった。
 ああ、失敗か。やっぱ言わないほうがよかったな。今のやっぱなしとか、出来ないかな。いまレティ、どんな顔してるんだろう。困った表情をしているのだろうか、それとも迷った顔だろうか。「わかったじゃあ明日からよろしくね」って、さらっと言ってくれたらいいのに。そうすれば全部うまくいくのに。
「帰っちゃ嫌だよ、ねぇ」
 わたしは嗚咽を抑えながら、さらに言葉を継ぎ足した。こうなったらダメ押しだ。女の子を泣かすなんて、最低だ。ねぇ、レティ分かってるの? わたし今泣いてるんだよ。レティのせいだよ。ほっとく気なの。よしじゃあ、今に大声で泣いてやる。森中に聞こえるくらい。本気出せばそのくらいの声ぐらい出せるよ。そしたらレティだって――――
「雛」

 それは、いきなりだった。
 ごちゃごちゃ頭の中でいろんなことを考えていたら、いきなりキスをされたのだ。

 突然だったからすごく驚いた。眼の前に急にレティの顔があった。いつ泣いてやろうか、次何を言ってやろうか考えていたところに急にだったから、いろんな情報を処理しきれず頭がパンクしそうになった。頭が真っ白になった。
 だからわたしは、しばらく息をするのを忘れた。
「ぷは!」
 ようやく開放されたわたしは、大慌てで息を吸い込んだ。
 大きく息を飲み込んだら、もっと頭の中がぐちゃぐちゃになった。レティとキスをしたあとが一筋、お互いの唇に橋になって伸びている。それを見るうち、荒い呼吸を繰り返すうちに、なんだか急に、すごく腹が立った。なぜか分からなかったけど、とにかくふつふつと怒りの感情がこみ上げてきたのだ。
 ひどい。こんな乱暴なのってない。何も言えないもんだからってキスなんかで、そんなのでごまかすつもりなんだと思ったら、かんしゃくを起こしそうになった。
 非難の意を込めて、思いっきりレティの手を握りつけてやった。握力なんか無いけど、少しでも痛い思いをすればいいと思った。それから涙と鼻水をレティの白い服になすり付けた。バカみたいなやり方だったけど、精一杯わたしはレティに怒りをぶつけた。けれど、それだけしてしまうと、わたしはもうすることがなくなってしまった。怒りの感情は相変わらずメラメラ燃えているのに、そのはけ口を失ってしまい、わたしはレティの肩に突っかかりながらぐうぐうと変な声を出して泣いた。
「うう、うううっ」
「……ごめんね、雛」
 彼女はわたしの頭を何度もなでてくれた。
 大人と子どもみたいだと思った。レティはやっぱり、雪の香りがするような気がした。悔しいけれど、こうしていると心が落ち着いた。それは考えれば考えるほど、すごく悔しいことだった。
 レティがここにいる。わたしもここにいる。そのことが、どうしようもなく悔しい。
「レティ」
 彼女の首に掴って、這い上がるようにわたしは、彼女に口付けをした。
 ギィとベッドのスプリングが大きくきしんだ。レティを押し倒してしまって、さっきよりももっと熱いキスをした。唇も舌も、みんなとろけてしまうような熱いキスをした。それがわたしが彼女にしてあげられる、最後のことだった。わたしが必死で考え抜いてしたことは、レティがわたしにしたことと同じだった。お互いを確かめ合う、いちばん原始的な方法だった。結局、こういうことしか出来ないんだって思った。
 いつものベッドの上で彼女の胸に顔をうずめたり、お互いの熱くなったところを押し付けあったりした。ずっと長い時間キスを続けた。すごく野生的なやり方だったと思う。相手を気遣うような優しい言葉なんて一言も無くて、映画に良くあるような感動的なシーンとはとても言えなかった。お互いを貪りあうみたいな感じだった。服をぬがそうとレティの背中に手を回すと、彼女もまたわたしの服を脱がすため背中に手をやる。彼女のスカートのホックをはずした瞬間も、レティがわたしの上着を緩めた瞬間も、すごく興奮した。
 頭の芯が溶けてしまうほど、体が熱くなっていくのが分かった。目は始終断片的な映像しかとらえていなかった。視覚よりも、手や皮膚や唇で相手の存在を確かめたられたからだ。わたしたちはお互いの色んな場所に、口付けをして、手を触れ、頬ずりをした。それでもまだ十分とはいえなくて、できることなら髪の毛一本一本まで確かめたかった。本当に獣みたいだった。上手く合わさるにはどうすればいいのか、良く分からなかったし、考えもしなかった。
 けれどどうすれば良いのかなんて、どうでもよかった。わたしたちはどっちも真剣だった。不恰好だったけれど、わたしたちは真面目に愛し合った。恥ずかしいとか、文明的じゃないといって気取っている暇なんて無かったのだ。ただ、この期に及んで後悔なんて絶対にしたくない。そんな思いで一杯だった。

 わたしがいくら足掻いたって、いつか太陽は昇ってしまう。あんなにきれいだった雪は、どろどろになってとけてしまう。あんなに楽しかったレティとの日々は、もう終わってしまう。目を背けたくてたまらないことだったけれど、そうはできなかった。そうすべきでないと分かっていたし、そうしたくなかった。レティとの日々を認めるということは、そういう嫌なことや辛いことも認めなくてはならないということなのだ。

 だから今は、感じられるだけ彼女のことを感じておきたかった。









  ○









 その格闘とも愛のいとなみとも呼べないような行為が終わるころには、もうずいぶん時間が経っていた。

 気が付いたらもうお日さまが高くまで昇っていた。鋭い角度で麓まで山の影が伸びていた。すっかり雪化粧をした山は太陽の真っ白だった。残っている雪はビーズのようにまばゆい光をはじいている。軒先のつららは、もうすぐとけてなくなるところだった。
 わたしもレティも、動きすぎて疲れ切っていた。家の中なのに吐く息が白かった。ぐったりと横になったわたしを見下ろしながら、レティはわたしの額にはりついた髪の毛を左右にわけてそろえてくれていた。毛づくろいをされている気持ちになりながら、わたしはじっと彼女のブルーの瞳を見つめていた。
「ねぇ、雛」
「ん?」
「満足した?」
「……ちょっとは」
「よかった。それじゃ、ありがとうは?」
「……知らない」
 レティのデリカシーの無い質問に、自然にそう返せる自分が、ちょっと意外で新鮮だった。レティに出会ってから、わたしはいろいろ変わった。見えてなかったいろいろなものが見えるようになった。今まで言ったことのなかった言葉をいくつも言った。きっと出来るようになったことも、たくさんある。
 満足か。うん、たぶんちょっとは満足だった。それは違いない。本音を言ってしまえば、満足なのはほんのちょっとだけで、あとは全部不満なのだけれど。
「明日か明後日には、みんなとけちゃうわね」
 もっと触れていて欲しかったのだけれど、ふと体を起こしたレティは、窓の外を見てそう言った。あまり感情を含んでいない声だった。下から見上げる形だったから、表情までは読み取れなかった。
「また降るよ、冬になったら」
「そうね。すぐよね、一年なんて」
「そうだよ、あっという間」
「ねぇ雛」
「ん?」
「雪合戦しようか」
 唐突にレティが言った。
 え、と答えながら、わたしもむくりと起き上がった。
「いまから?」
「そう」
「なんで?」
「なんでって、最後の締めくくりは雪合戦なの。一冬楽しませてくれた雪“様”に敬意を表するためにね。大切な儀式なんだから絶対しないといけないの。常識よ、そんなことも知らないの?」
 そうなの? そんなの聞いたこと無いけど、……ひょっとしてからかわれているのだろうか。
 いぶかしむわたしをよそに、レティはさっさと服を着なおすと、鼻歌を歌いながらご機嫌な様子で玄関へと向かっていった。
「ほら、早くしないと置いていくわよ」
「ま、待ってよ」
 わたしは慌ててレティの後を追いかけた。




「いい、雛。雪玉を作ったら思いっきり相手にぶつけるのよ!」

 まだ足元一面に残る雪は、日の光を照り返して予想以上にまぶしかった。ここから二十メートルほど離れたところでレティがそう叫んでいるのを聞きながら、わたしは半分も眼を開けないでいた。ここは山肌も近いので、まるで周りが全部鏡になっているみたいだった。それにしてもさすがレティは元気そうだ。やはり冬の妖怪は雪の上に立つと心が高揚するものなのだろうか。
「へなっちい玉なんか投げてみなさい、失礼なヤツだって雪の神さまに呪われるわよ!」
 そんな声を聞いたと思ったら、まだ準備もしていないというのに、いきなりひゅっと音を立てて、つめたい雪玉が頬をかすめて行った。
「おっしーい!」
 びっくりした。血の気が引くかと思った。
「ね、ねぇちょっと、顔狙うのって反則だよ!」
「何甘いこと言ってるのよ。雪合戦って言うのはね、文字通り合戦なの。戦なのよ。ムカつく相手だったら泣かしちゃったってぜんぜん平気なんだから!」
 レティの叫ぶ声があたりにこだまする。何だかすごく酷いことを言われた気がする。
 むっとした。さっきレティに泣き顔を見られているもんだからこっちは分が悪い。ようしそれならレティに一発当てて見返してやる、と雪玉を作ろうとかがんだところ、レティの雪玉がわたしの膝に命中した。パーンと音がして、眼の前で雪玉が砕け散った。
「きゃ、いったぁ! ねぇいまの、すごく痛かったんだけど!」
 レティの投げてきた玉は雪というより氷のかたまりみたいだった。当たったところがジーンと痺れている。さっきの顔面に当てられていたらと思うとぞっとした。鼻血とか出ていたかもしれない。お岩さんみたいにまぶたが腫れてしまったかもしれない。
「当たったって痛くなかったら面白くもなんとも無いじゃない。弾幕勝負だってそうでしょう。死なない程度に程よくスリルを味わえるのが雪合戦の醍醐味なんだから!」
 そう言いながらこんどは肩に当てられた。あんな細っこい体でどうやって投げたのか分からないくらいに、重たい衝撃が肩の骨の中を貫いた。
 まずい、もう二回も当てられた。このままいいようにボコボコにされてたまるもんか!
 けれどまず、まぶしくて目を開けられないというハンデを負っていたわたしは、頭を覆いながら情けなく逃げ回るしか成す術がなかった。雪道なんて歩きなれていないから靴は雪の中に埋まってしまうし、おまけにすべって尻餅をつくしで散々だった。反撃する暇なんて無かった。雪玉は次々わたしを狙って飛んでくる。見事なまでに防戦一方だ。
「ねぇちょっと、ちょっと! まって、タイム、タイム!」
「なによ、負傷するまで勝手な試合中断は認められないわよ」
「だってさ、レティの服真っ白で全然こっちから見えないんだもん! 卑怯だよ!」
「たまたまよ、たまたま。ふふん、雛はその赤い服すごく目立ってるから狙いを付けやすいよ」
 パーンと音がして、今度はひじをやられた。砕け散った雪の破片が頬に飛んでつめたい。じわじわと後になって痛みが押し寄せてきた。
 もう体中ぼろぼろだった。しばらくのうちに何回も数えられないくらいの雪玉をくらっていた。尻餅をついたまま、もう立てないと思った。なれない運動をしたせいか、すごくくたびれていた。きっと明日はあちこち痛くて動けないに違いない。寒くて喉が痛い、指先が動かない、お尻がつめたい。
 体中の痛みを感じながら、うんざりした。泣きたくなった。
 何でわたし、こんなことしてるんだろう。レティのやつ、わたしをいじめて楽しいんだろうか。なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう。だいいちこんな乱暴な遊び、男の子のやることだ。女の子はこんなことしなくたっていいのに。家で引きこもっておままごとに興じるタイプのわたしには、こんなの最初から向いていないのだ。雪の神さまがどうとかいう話も知らない。怒りたければ怒ればいい。もし呪いにきたら、わたしの厄で不幸にしてやる。
「どうしたのよ、降参するったってだめよ! どっちかが泣くまでやるんだから!」
 あんなこと言って、やっぱり妖怪は乱暴ものだ。こんなにやめてってお願いしてるんだから、ちょっとくらい無理に付き合わされてるこっちの身にもなってくれたらいいのに。
 ふと気付けば、砲丸みたいに飛んできていた雪玉がおとなしくなっていた。レティの方を見てみると、新しい雪玉を小さな山のように積み上げながら、不敵な笑みを浮かべて立っている。完全に余裕の表情だ。
 いいよ好きなだけ当てれば、わたしはレティが満足するまで、ここでこうやってうずくまってるから。
 わたしはもうすっかり降参モードだった。勝負を諦めていたというか、土台雪女に雪合戦でまともに勝負できるわけが無いのだ。魚に水泳で勝てと言っているようなものだ。それでもまぁ、いい記念にはなったかな。雪女と雪合戦をするなんて、普通ではちょっとないことだろう。それに、レティが満足したんなら、それでいいや。
 レティが攻撃を仕掛けてこないので、彼女がもう充分楽しんだのだと思い込んだわたしは、家の中に入ろうと腰を上げた。
 そろそろレティが帰らないといけないころだろう。もうあまり時間はないかもしれないけれど、温かいお茶の一杯くらい淹れる暇ならあるだろう。
 そしたら、お別れだ。
 なんて言おうかな、最後。
 やっぱりかっこよく、笑ってお別れかな。ちゃんと笑えるかな、わたし。けれど、しけっぽいのよりは、その方が彼女にうんと似合っている。だから頑張って笑おう。ちょっとくらい顔が引きつっちゃっても、そのくらいは許してもらおう。
 別れ際の彼女の顔を想像しながら、そんなことを考えていた。


「雛」


 彼女の声が、聞こえた。
 澄んだ声。振り向いたけれど、次の瞬間もう声の気配は消えていた。鈴が鳴るような、耳の中ですっととけてしまうような、静かな余韻の声。あまりに静かに聞こえたせいで、わたしはその声を耳元で聞いたような気持ちになった。寒くて耳鳴りでもしたのかな。けれども今のは、確かにレティの声だ。わたしだけに話しかけてくれているような、レティだけの声。
 レティのいる方を見た。彼女の着ている服は真っ白で、朝の太陽は雪原の上に立つ彼女の姿は、ぼんやりとかすんで見えた。目を凝らさないと、はっきりと見えなかった。
 いま、レティが呼んだのかな。うん。きっと、そうだよね。ちょうどいい。一回休憩にしようって伝えよう。
 向こうにいるレティに声をかけようと手を振ろうとして、ふとわたしは右手に何か持っていることに気付いた。
 なんだろうと思って自分の右手に眼をやった。雪玉だった。

 いつの間に手にしていたんだろうと考えて、すぐに思い出した。ああ、そういえば最初に作って結局投げられなかったやつだ。寒さで手の感覚が麻痺してしまって、ずっと持っていたことを忘れてしまっていた。
 ……これ、どうしようか。
 少し考えて、わたしは手の中の雪玉をふたたび確認した。小さく固められた雪玉。真っ赤になった手の中で、その雪のかたまりは確かに握られている。わたしの手の中にある。そして次に、レティの方を見た。
 彼女は、まだそこにいる。ずっとこっちの方を見ている。
 わたしはもう一度、手の中のものと彼女とを順番に見つめなおした。


 そうか、そういうことだよね。


 深呼吸して、神経を集中させる。 
 チャンスは一度きり。
 失敗は、許されない。

 十分に集中すると、わたしは、思いっきりその雪玉を放り投げた。

 真っ青に澄んだ青空に、白い雪玉がふわりと浮かんだ。きれいな放物線を描いている。よし、と思った。思ったけど、届くかどうか分からなかった。でも、届けと思った。あとは祈るだけだ。とにかく全力を込めて投げたから、どこに落ちるかなんてまったく計算に入れていなかった。
 白く光る雪の玉は、いちばん高いところまで上がると、吸い寄せられるように、目的の場所へ落ちていった。
 彼女の場所。レティに向かって。

 一瞬だけ、白くまばゆい雪の向こうで、何かが輝くのが見えた。
 手ごたえは、あった。



「やった、やった! 今の見た、ねぇ! レティに当たったよ!」

 わたしは嬉しくて、その場で何度も飛び跳ねた。
 大きく叫んだわたしの声が、あたりにこだまする。
 聞こえるように、お腹に力を入れ、喉が痛くなるくらいすごく大きな声を出した。 

「ほら、どうだ、見たか! わたしだって、レティに雪玉くらい当てられるんだから! レティばっかに、いい思いなんてさせないんだから、わたしだって、やれば出来るんだから! やろうと思えば、楽勝なんだから!」

 一呼吸置いて、もう一度大きく息を吸った。



「もう、大丈夫だから、レティがいなくても、ちゃんとわたし、ひとりで生きていくから!」



 雪の上には、わたしの足跡だけ、残っている。

 空を見上げた。
 雲一つない、山の向こうまで晴れ渡った、すごくいい天気だった。青空はどこまでも澄んでいる。空のずっとずっと上の方を、風が渦を巻いて吹いている。日差しがまぶしかった。前よりもほんの少し、太陽が近くなった気がする。もう少ししたら、寒かった気温も暖かくなるだろう。そうしたら、今度は春がやってくる。

 家のなかに入ろうと思った。
 今日はたくさんやることがある。まずあのベッドシーツを洗濯しないといけないし、散らかしっぱなしの昨日の晩餐の後片付けもしないといけない。買い物にも行かないといけないし、ずいぶんサボった厄取りにも出かけないといけない。
 大変だなぁ。気合を入れないと今日中には全部終わらないかもしれない。
 やらなくてはいけないことを全部数えると、わたしは意味もなく腕まくりをした。張り切ってずんずん雪の上を歩いた。

 家に入る前に、もう一度だけ後ろを振り返ってみた。
 やっぱりだけど、もうそこには誰もいなかった。ただ、とけかけの雪がキラキラと輝いているだけだ。レティは無事、帰ることが出来たのだ。

「じゃあね、レティ。雪が降ったら、またいつでも来れば、いいからね」

 ドアを開ける前に、そっと小さな声で、わたしは言った。









  ○









 枕元においてある時計を見ると、もうお昼近くだった。
 ようやくベッドから起き上がったわたしは、そのまま大きく伸びをして、コーヒーを淹れるためお湯を沸かそうとキッチンに向かった。そこでお腹がすいていることにも気が付いて、ついでに朝ごはんにすることにした。
 頭の中でもう一度夢を再現したせいで、今度は脳が頭蓋骨の中でふわふわ浮かんでいるような感じがする。今自分が夢にいるのか現にいるのか、ちょっと迷うとわからなくなってしまいそうだ。どうやら中途半端なときに起き出してしまったらしい。
 フライパンで目玉焼きを作りながら、わたしはかつてレティとよく並んで映った窓に眼をやった。シンクのすぐ上にある小さな明り取り用の窓からは、鉛色の空からゆっくりと落ちてくる雪の粒が見える。ひらひら、ひらひらと、花びらのようだった。雲の上には雪の花を咲かす、でっかい木が生えているのかもしれない。つめたくて小さな花びらは、世界を白くて透明な静けさで包んでいく。

 あれからもう何度か季節が巡ったけれど、レティがもう一度わたしの前に姿を現すことはなかった。手紙の一枚も来なかった。思い切ってこっちから出してみようかとしたけれど、そういえば彼女がどこに住んでいるか聞いていなかった。郵便屋さんに訊ねてみてももちろんそれらしい情報は得られず、わたしはそのうちに諦めてしまった。だから机の引き出しの中には、宛名だけで送り先の書いていない手紙が何通か眠っている。まあ、けれど、手紙なんて出さなくてもよかった。
 いちばん彼女を近くに感じられるのは、こうしてしんしんと雪の積もる日だ。

 朝ごはんを食べ終えると、せっかくだから外に出てみることにした。
 毛糸の手袋をはめ、マフラーを首に巻いて玄関を開けると、一面の銀世界だ。上も下も真っ白だった。上から下の方へ白色が落ちてきているのだ。こんなにたくさんの雪が落ちてきているのに、何の音もしないというのはなにやら不思議な感じだ。まるで写真の中にでも迷い込んでしまったような気分になる。わたしはそんな周りの景色に見とれながら、雪道にグッグッとくぐもった足音を立てて、レティと雪合戦をしたあの場所までやってきた。
 まだ誰の足跡も付いていない、まっさらな雪の絨毯。
 雪玉を、ひとつ作って投げてみた。
 宙を飛ぶ雪玉はすぐに白の迷彩に染まってしまって、どこに飛んでいくのか全然見えなかった。何を狙うわけでもなかったけれど、何度か続けて雪玉を投げた。たくさん投げれば、そのうちの一つくらいは何かに当たるかもしれない。
「楽勝なんだから」
 あのとき言ったセリフは、今でもちゃんと覚えている。ひとりで生きていくなんて、楽勝なんだから。あんなに大見栄張って言ったものの、やっぱり生きることは楽勝なんかではなかった。おおかた予想はしていたけれど、たくさん弱音を吐いたし、くじけもしたし、めそめそ涙も流した。きっとこれからもそうだろう。いったいあといくつ弱音を吐けばいいんだろうとか考え始めると、うんざりしてしまう。そんな有様なのに楽勝だなんて、きっとレティに笑われるだろうな。まったく口だけなんだから、雛は、って具合で。そのときはうるさいって言ってやろうと思っているけれど、なかなか一筋縄ではいかないものだ。
 
 今年もまた、スノードロップの花が咲いた。
 レティが去ってしまってから、淋しさを紛らわすために育てはじめた。その名の通り白色の花弁を少しうつむくように咲かせるところが、雪のひらが落ちる様子に似ている。玄関の鉢植えに、種から大切に育て始めて、今ではちゃんと毎年花を咲かすようになった。とりあえず今のところ、その花がわたしの唯一の友達ということになっている。話し相手としては少し物足りないけれど、見ている分にはきれいなので大満足だ。誰かに似たのか、雪の降る日は心もち花の色が明るくなるような気がする。そこからぼんやりと光が出ているみたいに。植物でもなにか生き物がいるだけで部屋の中が明るくなったりするものだ。
 スノードロップと雪には、こんな話があるとレティから聞いた。
「雪って何色をしているか分かる?」
「雪の色?」
「そう」
「んん、普通に考えれば白色かな。雪のような白って言い方することあるし。いや、でもやっぱり透明。氷は透明だもの。氷は光が反射して白く見えるだけで、実際は透明なんだって、何かで読んだことある」
「おしい。半分正解で、半分はずれってことね」
「へえ、どうして」
 そう聞くわたしの眼の前で、レティは咳払いをひとつすると、いつもの調子で話し始めた。
「スノードロップという花があってね――――」
 その昔雪は透明な色をしていた。
 透明で目に見えない雪は、自分も何か色がほしいと考えていた。神さまにそのことをお願いすると、花から色を別けてもらうよう言われたらしい。そこで雪の結晶は、自分に色を与えてくれる花を探して回ったのだ。けれど薔薇もチューリップもヒマワリも、どの花も簡単に色をくれようとしなかった。そのことが悲しくて雪は道ばたでひとり涙を流していた。そこで出会ったのがスノードロップの花だった。スノードロップは自分の白い色を、すぐさま透明な雪の結晶に分け与えてやった。
 そうして雪は透明から白色になったのだ。つまり雪は白色でもあるわけだし、透明でもあるわけだ。だからわたしの答えは半分正解で、半分はずれなのらしい。
 そういえばどうして、スノードロップは雪の結晶にこころよく自分の色を与えてあげたのだろう。よく似た名前だから仲間意識があったのだろうか、それともたまたまそのスノードロップが優しい性格をしていたのだろうか。そこに至るまでの話もちゃんとレティは話してくれたような気がするけど、思い出そうとしてもよく覚えていなかった。
 スノードロップは、数ある花の中でも一番早くに花を咲かすらしい。
 こっちはあとになって植物図鑑で調べた。まだ春というには早過ぎるころの、雪の残る寒い時期から花をつけ始める。平均的に二月から三月ごろにかけて花を咲かせるのだという。どうやらうちのスノードロップは、少しばかり気が早い性格のようだ。

「いい色をもらったなぁ」
 じょうろで花に水をあげながら、わたしは外から持って帰ってきた小さな雪だるまにそう話しかけてみた。雪だるまといっても、雪玉をふたつくっつけて顔と胴体にしただけの簡単なものだ。
 もちろん、誰も返事をしなかった。スノードロップと雪だるまは、ただじっとわたしを見つめている。何か言いたいのだけれど、あいにく喋る方法を知らないとでもいうように。ひょっとしていまふたりは、わたしには聞こえないような声で、そっと言葉を交わしているのかもしれない。
 結構なお色ですね。いえいえそちらこそ、ステキなお姿ですわ。
 なんて。そんな想像をしながら少しの間にやけると、わたしは立ち上がった。スノードロップの花はきれいで、ちょっと不恰好な雪だるまも、見ようによってはかわいかった。
 ふたりにむかって頭の中で、精一杯生きるんだぞと、生意気なことを言ってみた。そうしたら向こうも、あなたもねと言ったように思えた。
 そのことが、ほんの少し嬉しくなって笑った。

 せっかく休みにしたんだから、今日は部屋の掃除をしようと思った。



























 fin

レティと雛。

「雪」と聞いて最初に思い浮かんだカップリングでした。


かなり独創的なカプだし、長いし、文章も構成も甘いしで、
読もうと思ってくれた方はなかなか少ないかもしれませんが、
それでも半分くらいでも伝わってくれていたらいいと思います。

最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
雨雨
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2009/01/10 23:32:37
更新日時:
2009/01/10 23:32:37
評価:
11/14
POINT:
83
Rate:
1.44
1. 9 名前が無い程度の能力 ■2009/01/12 00:49:48
雛の一人称が、ひたすらに心に残りました。地の文から「私」ではなく「わたし」でしたし、非常に女の子らしかったと思います。

>せっかく休みにしたんだから、今日は部屋の掃除をしようと思った。

この一文の纏め方、見事でした。

ただちょっと、己が厄神を自覚して自称するにしては、「人間」側に感情が傾きすぎていたかな? という印象から-1点。あえてそうしたかもしれませんが、雛は厄神としての陶然さがあっても良かったかもしれない、などと思ったのです。
素晴らしい作品を、ありがとうございます!
2. 5 ■2009/01/13 16:38:20
すごく甘かったです。
でも夜伽成分が薄すぎる気がしたのでこの点数
3. 10 名も無き毛玉 ■2009/01/13 21:53:04
素晴らしいです。ポエティックで、静かで、透明で、柔らかくて……。
私は雪国に住んでいる人間ですが、今この窓から見る冬景色の透明な美しさと部屋の温もりのような物語です。
一般的には珍カップルなのかもしれませんが、それを感じさせない自然さでした。
今回のコンペで様々なレティが描かれましたが、私は貴方のレティが一番好きです。
全てを平等に白く塗り潰す優しさと、暖炉のような優しさを併せ持つ貴方のレティが好きです。
美しい物語をありがとうございました。雛がまた優しい冬に出会えることを願って。
4. 4 名無し ■2009/01/13 23:43:04
素直に、いい話だったと思います。
ただ、これはこのコンペにふさわしい話かと言われると少し微妙です。
もちろん、お題の使い方は文句なしですし、文章もすばらしいです。
だからこそ、この話は全年齢対象のコンペで読みたかったです。
5. 9 名前が無い程度の能力 ■2009/01/14 22:26:15
あれ?
目から汗が・・・

いい話をありがとう!
6. 10 名前が無い程度の能力 ■2009/01/18 02:55:12
雪といえば、自然と読める話でした。
7. フリーレス ななし ■2009/01/20 15:32:15
ありえないカプをここまでちゃんと書くというのはすごいことです…。
お話もとても素敵でした。
ありがとうございました。
8. 8 名前が無い程度の能力 ■2009/01/22 21:31:03
ああ。なんだろうこれ、こそばゆい。
途中までここがねちょこんぺだと忘れていたぐらいの胸のときめきっぷりでした。
あえて言うなら少しだけネチョ部分の描写が少女らしくなかったかも…?
それでもお伽噺チックな文章で新鮮でした。ごちそうさまです。
9. 9 名無し魂 ■2009/01/23 19:58:34
>文章も構成も甘いし
ええ、「甘かった」ですよ。すごく「甘かった」です。
子供みたいな大人みたいなレティと雛が、じゃれあいながら絡む様子、とても甘かったです。
氷漬けの話が出てきたときに「きわどいところだけをリボンで隠した雛の氷漬け」とか妄想してたこと忘れるくらいに。

雛の言うことは、自分がもう少し幼かったころに、感じてたことを思い出させてくれました。
なんか、今の大人の私から見れば、どうでもいいこととして切り捨てるようなことも。

…別れは切ないなぁ。やはり。
どうしてレティは戻ってこないのでしょうか。私はなぜかレティはニヤニヤして時々厄取りをする雛を応援してるんじゃないか、なんて思います。

このSSの発表場所はそそわのほうがふさわしいかもしれませんね。
でも、こんなに素敵な作品を読めてよかったです。

>  朝ご飯を食べてしまったのにもう一度ベッドに入るなんて、なんだかとてもだらしが無くてお日様にも申し訳ない気がしていたけど、本音を言ってしまうと午前中に潜り込むベッドも朝風呂と同じでなかなか悪い気はしないものだった。背徳的で、すごく贅沢な気分だ。
この感覚はものすごく共感できます。
10. 6 ななしぃななしぃ ■2009/01/23 23:45:53
長いけど楽しんで読めました
ありがとうございました

個人的な意見ですいませんがもう少し
ネチョがあったらいいなと思いましたすいません
11. 6 グランドトライン ■2009/01/23 23:52:00
全体的に映画を見ている気分でした。
ひとりきりの主人公に訪れた突然の出会い。そして始まるふたりの生活。
やがてやってくる別れのとき。最後にひとり元気良く振舞う主人公。
まさにドラマの王道パターンでした。

お互いの独特な物の考え方はなかなか趣深いものでした。
濡れ場も我武者羅な表現から昔の映画のベッドシーンを見ている感じだった。

区切りが少なくて、だらだらと続く文章は読みづらかったですが、
ひらがなを多用した女友達の掛け合いはとても楽しめました。
12. 7 泥田んぼ ■2009/01/23 23:53:01
二人の意外な一面を見た気がする
微笑ましいのぅ
13. フリーレス 名前が無い程度の能力 ■2009/01/26 09:50:49
素晴らしい作品でした。
雛の内面の描写がリアルで、1文1文が心に沁み込んできました。
14. フリーレス 名前が無い程度の能力 ■2009/10/16 22:30:16
なんでだろう…。何だか分からないけど、少し涙が出てきました。
名前 メール
評価 パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!