暴風と太陽と涼月と

作品集: 最新 投稿日時: 2008/09/13 23:12:15 更新日時: 2008/09/13 23:12:15 評価: 13/13 POINT: 113 Rate: 1.97
この作品には成分《成長と死》が微かに含まれています










  夢ノ刻〜目覚め〜










「おはよう、良く眠れた?」



 小さく囁く言葉が未だに頭のハッキリしない文の耳朶を打った。眠りというには些か浅いまどろみの中から漸く戻ってきた文は寝ぼけ眼を擦り、確りと己の身体にかけられた毛布を僅かに上半身からずらしいまだ眠りを享受しようとする身体を叱咤しながら漸くの事で身体を持ち上げることに成功した。身体に窓から差し込む朝日が降り注いでくる。お陰で眠っていた文の身体は苦労することなく目覚めることに成功した。二人分の敷布団から上半身を起こす。近くには人の気配はしない
 あの声は誰なのだろう。ぼさぼさに乱れる髪を軽く手櫛で整えながらゆっくりと視線を自分の自宅、その内部を確かめるように動かしていく。
 そう、確かに今文が眠っていた家は自宅と言って良い所だった。部屋の隅には何時も記事を書く時に愛用している机、その周囲の壁にはピンで押しとめられた秀逸な新聞記事が所狭しと飾り立てられている。些か黄ばんだ其れは時の流れを感じさせるが其れその物に大きな欠損は見受けられない。周囲が風化していこうとも文字が読めれば問題はない。新聞と言うものは、記事と言うものは風化していくものであるが其れは当時の世相を、文の立場で見てみれば当時の記者の心境をすら推し量れる物である。そういった特性が失われなければ其れは新聞記事としてまだまだ現役であると言うことであるし、今の記事を書き出すのに参考にもなる。尤も文にとってはそうした新聞記事は腐ってしまうほど存在しているので確りとした精査は必要不可欠であるのだが。
 そのような正しく己という者を表しているであろう机の上には使い終わった蝋燭の痕が残るランプに真新しい新聞紙、書きかけのインクの文章の痕、その終わりには無造作にペンが転がっている。傍にはインク瓶が置いてあるし、足元には失敗した新聞紙が乱暴に丸められて捨て散らかされていた。
(ああ、ええ、と……昨日は、久々に新聞記事を書いてたのね……。でも、やっぱり上手くかけなくて何度も失敗した。其れは確実だと)
 この様に失敗し上手くいっていないときは文は己の身の回りを片付けない癖があった。それは自分自身に発破をかけるためでもあり、無様な記事しか書き記すことの出来ない己への侮蔑のためでもあった。
(ん……余り、良く思い出せません、ね)
 その近くには古ぼけた本棚に知的好奇心を刺激する和綴じの本が所狭しと並べられている。本棚には薄らと埃が積もっていた。
 
(確実にここは、私の家……じゃあ、あの声は……?)

 僅かに心に疑問が生まれでる。長く生きてきてはいるが文はこうして自分が眠っている間に自宅に侵入できる存在などそう多く知ってはいない。例え眠っていてもそこまでの侵入を許しはしないし、そもそも自分で言うのもなんではあるが他者にとって進入してまで欲するものは家の中に一つも存在していない。強いて言えば何時も愛用しているカメラくらいのものだけれども其れも態々天狗の住処に忍び込んでまで欲するものでもないだろう。霧雨魔理沙あたりは狙ってくるかもしれないがカメラくらいであれば香霖堂でも違う型を手に入れることも出来るはずだった。
 冷静に物事を見ることの出来る文はそれ故に進入されたと言う焦りから無縁でいられた。迎撃することよりも好奇心や疑問が先行したといっても良い。
 ゆっくりと掛け布団を持ち上げて乱れた衣服、特にスカートの裾を整えてからふと普段着のまま眠りについてしまっていた自分に気がつき頬を少し赤く染める。それほどまでに疲れていたのか、それにしたって着替えもせずに、と言うのは恥ずかしいこと。何時だって綺麗に見られたいものだ。
「さて、寝室にいないとすると客間……かしら」
 文にもこれと言って当てなどなかった。けれども、誘われる何かがあの声にはあった。
 
 大切な、とても大切な思い。胸の奥からじわりじわりと身体全体に広がるように怯えがやってくる。まるで心が泣いている様だ。
 一歩、また一歩と客間に近づくたびに興奮と焦燥が広がり始める。いまだ霞がかった脳は冷静でありながら目の前の問題の答えを導き出してはくれない。
 客間が近づいてくる。ゆっくりと視界を占有していくかのように。

 それとともに大きくなっていく興奮と焦燥。そこにいるのは恐ろしいものだ。何故恐ろしいものだと解ったのだろう。そこにあるのはとても大切なものだ。何故大切だと理解できるのだろう。

 決して答えの出ない思考のループの中、文は半ば恐れる自身の心に虚勢を張るように客間の中へと入っていった。
 瞬間、暖かい匂いが文の鼻腔を支配した。
 傍に近づいても匂いの欠片もしなかったのに、部屋に入った途端に美味しそうな香りが漂ってくる。炊き立てのご飯の匂い、それにつられるように視線を動かせば机の上には二人分の朝ごはん。お茶碗に盛られた白米、その隣にはゆらゆらと湯気を漂わせる一口大の大きさに切られた豆腐とワカメ、葱ののった簡素な赤出汁の味噌汁。小さな器には柴葉漬けが添えられている。しかしそれらの中でも主役を張るのは秋刀魚の焼き魚だろう。皮が焦げ、パリッとしていて割れた隙間から油がゆっくりと零れ落ちている。それらの料理は出来たばかりなのだろうな、とすぐに解るほど温かみに溢れていた。
「……美味しそう。でも、何で朝ごはんが……」

「ああ、起きたの。なら座ってなさいよ。もう終わるから」

 不意に聞こえる声。聞き覚えのある、冷たく優しい音の響き。
 弾ける様に声のした方を見るとそこには紅白の鮮やかないでたちをした美しい少女が存在していた。
「博麗、霊夢……」
「なによ、人の名前呟いて。邪魔だからさっさと座れって言ってるでしょ」
 ――ああ、成る程。
 文は一人心の中で呟いた。
 何時侵入したのか解らないけれど、それは既に文の中ではどうでもいいことだった。


 重要なのは、今日はきっと大切な日になるだろうと言うことだったから。










  春ノ刻〜芽吹き〜










 彼女を表すのにどれ程の言葉を用いればいいのだろうか。

 
 射命丸文は博麗霊夢を表す言葉を知らない。
 多分巫女だとかそういう記号は幾つもある。紅白、巫女、博麗……人間。
 この様な言葉で霊夢を表すこと自体は容易なものだ。所詮博麗霊夢は人間でしかなく、ただ博麗の巫女という存在だけで文の様な大妖怪は手を出せない。正しく無敵といっていいだろう。ただし、それは博麗であるが故のことだ。霊夢自身が無敵かと言われるとそうでもない。ただの弾幕ごっこでは負けることもあるし、結果自体相性が大きく左右するところもある。博麗霊夢が勝てるのは異変を解決し、悪を懲らしめると言う古来から脈々と続いてきた単純化された構造の中でのみ確約される。
 実際、博麗霊夢は日常で幻想郷の強力な妖怪と弾幕ごっこをしたときには勝率は良くて半々と言ったところだろう。勿論、滅多につかわない弾幕ごっこの範疇を超えた、ただ妖怪を滅するためだけに作られたスペルカードを使えば解らなくなるだろう。しかし、確実ではない。ゆえに幻想郷の抑止力としては妖怪の抑止力、大妖怪の理性があってこそ成り立つ曖昧なものだ。
 博麗霊夢は、博麗は幻想郷と言う人質を持ってそれを強要する。壊してはいけない楽園を守るために、残酷な世界を残酷なままで残すために。
 

 一度、霊夢に意地悪な質問をしたことがある。
「でも、今このときでも間抜けな人間が食べられているかもしれませんよ?」
 のんびりと博麗神社の縁側でお茶を啜りながら、平和ね、と呟く霊夢に悪戯顔で聞いてみたのだ。
 それは実際に起こりうることだった。妖怪は基本的に人間の集落を襲わない。襲わないが、人は襲う。襲わなければならない。妖怪だから。
 だからこそ、人里とその周囲から離れた、言ってしまえば危機感のない人間は襲われる。仕方が無い、古来からの仕来りなのだ。
 そして、人と妖怪の険悪で穏やかな馴れ合いの関係はそれでそこ成立している。人を食べるのが目的ではなく、襲う妖怪と襲われる人間の。
「そんなの、知らないわよ」
「ほう、これはこれは。人を守るのが役目じゃないんですか?」
 些か眉根を寄せて、渋い顔を作って見せながら答える霊夢に驚いて見せながら、重ねるように問いかけた。
 面白い答えだ、と思うと同時になぜかそれが博麗霊夢らしいと思った。

「だって私には見えないじゃない。残念だとは思うけれど、いちいち関わっていられないわ」
 ぞわり、と背中が粟立った。
 きっぱりと割り切っている霊夢の視線は全く淀んでいない。
 そしてそれに後悔している様子もない。寧ろそれは当然で、それこそ霊夢は迷うことなくそう考えているのが解る。
 
 静かに両手で包み込むように持っていた湯呑みが持ち上げられる。外気に晒され少し冷めたお茶が霊夢の喉を滑り落ちていく。
 とくん、とくん、と喉が流れ落ちるお茶にあわせて鼓動を鳴らす。瞳を瞑り、顎を持ち上げ、ただお茶を飲む姿。
 文は不意に自分がその様子をつぶさに観察していることに気づいて理解できない熱さに胸から肌が赤く染まっていくのを感じた。
 実に涼しい顔で良くもまあ、言い切るものだと思う。冷酷、残酷、無慈悲。
 その酷薄さに戦慄を覚えると同時に文は例えようのない熱が胸の奥で生まれるのを感じた。
 
「でも、幻想郷のバランスをとるのがあなたの役目でしょう?」
 続けて、問う。答えの想像できる質問。余りに浅慮な問題。
 しかし、しかし文はこのお題目にしか過ぎない問いかけに霊夢が答える言葉、台詞を霊夢の口から聞いてみたかった。

 思えばこれほどまで誰かの心を知りたいと感じたのは初めてかもしれない。
 射命丸文にとって、ブン屋にとって、人の心と言うものは推察するものである。
 文は事件を、ネタを捜し求めていくうちに多くの人妖と出会った。そして多くの事件を記事にすることが出来た。
 けれどもそこに相手の感情は必要としていない。記事に書くのは現実にあった事件とそれを見た記者の想像、推察からなる関係者の気持ちだけだった。一度、閻魔にいわれたことがある。新聞とは記事を変えることの出来る力を持ち、事件を起こすためにあると。それだけ影響力のある力なのだろう。尤も、そうは言っても文も幻想郷の住人であり、楽しいことを優先する気質の性か余り反省の色はみられないのだけれど。
 兎角文にとっては真実という種だけが重要なのであって、それに関係した住人の心のうちまでは必要なものではなかった。今までは。
 
「そんなこと、何もしなくてもそうそう崩れはしないでしょ」
 それは真実だった。良くも悪くも幻想郷の住人は陽気なところがあるし襲うシステムも種族としてのそれの範疇を超えはしない。外よりも罪は少ないのだ。
「だから、助けないの?」
 全く想像通りだった。違うのは微かに振り向く姿、こちらに流される視線にどこか温かみを感じられたということ。想像では、涼しげに肯定するはずのその仕草。
 そこには一種の慈悲があるように思えた。
「助けるわよ?」
 暖かく冷たい霊夢の声。
「助けないって言ったじゃない」
「態々助けになんて行かないわよ。でも、見つけたら助けるわ」
 心外だ、といわんばかりに殊更に目を大きく開いて驚く霊夢。その様子がどこか面白くて文は小さく息を噴出した。
「つまり、自業自得だと」
「そうねえ。ま、自己の行動には責任を持ってるでしょ。第一、慧音とかもいるんだしめんどくさい」

 涼しい顔をして言うものだ、と感心した。
 そしてそんな霊夢の考え方に酷く文は惹かれていくのを自覚した。
 飾り気のない心根、良くも悪くも実直でどこか世界に対し距離を置いている態度。時の流れがこの巫女を成長させた時、生み出されるのはきっと神々しい何かに違いないと確信させる、そんな印象。
 彼女は意固地な訳でもなく、他者の言いつけを受けて成長する柔軟さを普通に持ち合わせている。異変の都度、大妖怪の感性に触れ忠告を受けて何かを考え直せる。例えば閻魔のお言葉に妖怪を退治して見せたり、信仰を集める努力をしてみたり、隙間妖怪の稽古に神降しをして見せたり、神社の崩壊の事件で神社を守ることを心に決めてみたり。そしてそれは未熟さの証明であると同時に彼女の美しさの証明でもあると文には思えた。

 博麗霊夢は感じるままを受け入れられる度量の広さを持っている。
 
 
 ――そんな彼女をどう言葉で表現すればいいのか。
 
 
 疑問に支配されながらも文は撮影機を持ち上げて霊夢の横顔を撮影する。既にフィルムはこれで最後になっていた。
 
 
 
 
 
==☆==





「それで、私のところに来たと言う訳ですか」
「ええまあ」
 
 人里の寺子屋、人の気配もなくなってきた夕刻に文はそこを訪れていた。
 単純に博麗霊夢という存在の評価を他のところから聞いてみたいと思ったからだ。
 ただ、親友と思われる魔理沙に聞くと主観が混じる。そういった事による真実の捏造には注意しなければならない、と感じている。そう考えたところ冷静に物事を評価してくれる相手というと稗田阿求と今目の前に座って溜息をついている上白沢慧音あたりが適当だろうと考えられた。
 些か畏まって(正確に言えば申し訳なさそうにして見せて精一杯の誠意を見せているだけで内心は好奇心で一杯なのだけれど)差し出された座布団の上に正座して言葉を待つ。
 正座というものは窮屈なもので疲れもあってか僅かにミニスカートをはためかせつつ脚を崩そうとした。そうして時間を無為に過ごしていると漸く知識人の一人は重い口を開いた。
 
「……呆れるな。それくらい自分で考えればいいだろう」
「あら、酷いお言葉」
 開かれた口から聞こえてきた言葉に些か瞳を細めて喉を震わせる。陽気で騒々しい元気一杯な普段の姿ではなく、天狗という強力な種族ゆえの威圧と長い時を感じさせる妖艶さを持って、哂う。
 今日は満月の日ではないから慧音と文の間には決定的ではないにしろ大きな実力の差というものが広がっている。それでも、不満な気持ちを隠さずに皮肉気に丁寧な言葉遣いをやめた慧音はその様子にますます不快そうに眉根を寄せて、睨む。
 それそのものが面白かった。随分と賑やかな幻想郷の中心に触れすぎたのだろうか。すんなりと事が運んでは面白くない。やっぱり決闘癖がついてしまったのだろうか、と思ってみるも幻想郷らしいと思えばそれまで。寧ろ楽しめているのだと感じられた。
 文は僅かに上半身を傾がせた。先を促すように細められた黒の瞳で覗き込む。
「ううん、まあ、それぐらい言っても構わないだろうが……」
「そうそう、ここで揉め事を起こすことの方がよほど問題でしょう? 私もそんな無駄な時間を過ごしたくはないのです」
 腕を組みながら長く嘆息して見つめてくる慧音に文はそれでいいのです、と慇懃な態度で鷹揚に頷いた。
 そんな文の話を聞く側の態度ではない無礼な行動にまた頭を抱えてしまいそうになったけれど、ここで激昂したところで余り意味はないだろうと考えるだけの冷静さは常に持ち合わせている。満月ならいざ知らず、だけど。
 
「それで? 博麗霊夢の何について知りたいんだ? 言っておくが個人のことに深く関わることは言うことは出来ないからな」
「解ってますよ。私はただ――」

 ――ただ、博麗霊夢を知りたい。
 
 不意に思い出される霊夢の姿。ふわり、ふわりと浮かび上がり鈍重な動きで弾幕を回避し、尚且つまるで真剣みの感じられない表情で応戦してくるその姿。
 焦りも無く驕りも無く、まるで息をするように弾幕を回避する姿。あれは、正しく異常だった。
 余裕が在るということが、では無い。まるで平時と変わらない一日を過ごしているかのように弾幕ごっこを行えるその精神。美しく気高く、そこには何の私心も存在してはいないのだろうというおかしな確信を感じさせる。幻想郷というある意味で個性溢れた私欲塗れの世界の中で感じさせる浮世離れした希薄さ。基本怠惰で暢気な精神というものはそう感じさせる一面を持っている。特に怠惰というものは時折見せる力強さによってまるで見方が変わり、神秘的にすら感じてしまうこともある。
 言ってしまえば《余裕》なのだろうか。けれど、この幻想郷の住人の多くが持つ《余裕》と言うものとはその意味が違っているように文には思えてくる。例えば余力を隠し持った吸血鬼や本気を出さない人形遣い、力比べを楽しむ鬼に他者を侮ってみる天狗とは違う、諦観にも似た物だと感じられた。
 
「……ただ? ただ、なんだ?」
「っ……ああ、いえ。そう、あの人の人となりを知りたいのです。あの人は酷く目立ちますから」
 不意に思考の海の中から揺り起こされた文は微かに頭を左右に揺らし、意識をはっきりと整えてから言葉を選んで答えた。
 少し言い淀んでいないだろうか、そもそも、いったい何を考えているのか。
 今まで感じたことの無い何かが込み上げてきて、そして浮ついたような感覚に襲われて不意に、地面が揺れたように感じた。
「霊夢の人となりねえ……とはいえ、余り変わった事なんか無いと思うんだが……」
 幸い、ぐらりと揺れた体には気が疲れなかったらしい。文はそれでも、と縋ると同時に何故目の前の知識人は彼女の異常さを解っていないのだろうという理不尽な怒りに染め上げられた視線を悩むハクタクに向ける。
 その余りの真剣さに面食らったのか慧音は今一度腕を組んで、考えることにした。
「とは言ってもなあ……霊夢はそれなりに人里に来るが勤勉な方ではないしなあ」
「それはそうでしょうね。ですが、私には代々の博麗の中でも有能なのではないか、と感じられます」
 実際、文は先代、先々代の博麗については余り良く知らない。しかし、あれほど暢気にしていても幻想郷は平和なまま(いたるところで面白半分に弾幕ごっこが行われていたとしても人を襲えない時代、弾幕ごっこの無い時代と比べれば平和と考えられる)お互いの尊厳が守られていることは優秀なのではないだろうか、と考えていた。
「それはまあ、な。しかし、人は襲われているし……修行もしない」
「確かに修行はしませんね。怠惰でもありますし、己の存在について無自覚であるとも思えます」

 慧音の言うことも正しかった。不真面目、と言う点においては昨今の幻想郷らしい不真面目さであるし修行も何もかも、気が乗らなければ行わない問題児である。その上危機感と言うものにかけており、人間にあってしかるべき大妖怪への《恐怖》と言うものを感じていない。それ故に差別も区別も存在していない。だから(これは幻想郷縁起にも書かれていることではあるが)力の無い妖怪も力のある妖怪にも同じ対応をしてしまう。
 しかし、考えてみればそれは異常なのではないか。
 文がそう考えるのにも理由はある。博麗霊夢は相手の強さを面倒かどうかだけで判断しているのだ。
「確かに博麗霊夢はその点においては無自覚だろうな。ある意味ではあの霧雨魔理沙よりも無鉄砲と考えてもいいかもしれない」
「無鉄砲の質が違いますよ。危険に近づくかどうかではなく自己の生命に対する危機感が足りません」
「ううん、霊夢のその無自覚さは自信の表れかと考えることも出来るが……そう考えると霊夢は相当な自信家かな」
「それは違うでしょう。だとしたら相応の修行を積んでいると考えられますし、霊夢は博麗であることを嫌がっていません」
「そうなんだ。博麗と言うこの幻想郷で唯一に近い規律と義務を持っている存在でありながらそれに関してはおろそかだ。その存在であると言うことが自身につながっていると考えることも出来るが、だとしたらもう少し真面目に向き合っているだろうな」
「となると、本質そのものが縛られるものではないと……?」
「そうだな。無重力は伊達じゃない、と言ったところか。そういう意味では彼女の人となりは正しく無重力なのだろうな」
「はあ。変わっているのですね」
 結論としては余りに無難なところに落着したと思う。
 けれど、これはこれで有意義だったと言えた。博麗霊夢と言う存在はやはり人にしては面白いほど愉快な構造をしているだろうことがますます実感できたから。
 好奇心が刺激される。先ほどまでの話を簡単に何時も持ち歩いている文花帖に書き記しながら、ふつふつと沸きあがってくる謎の衝動に笑みがこぼれるのを抑えられなかった。口の端が持ち上がり、小さく喉が震えて音を漏らした。


 ――ああ、なんということだろう。彼女の事を聞けば聞くほどに、知れば知るほどに彼女のことが良くわからなくなってくる。それはとても甘く甘美な果実。好奇心と言うこれ以上ない難物を容易く捻じ伏せて屈服させてしまう、最高の糧。知りたいと言う欲求が、押さえつけようも無く心の中を駆け巡っていく。
 

「しかし、あれだな」

 不意に、慧音の声が文の心を揺り動かした。心の内側に向いていた思考が拡散して外界に向けられる。
「はい?」
 思考を邪魔された、と言う僅かな不満を隠そうともせずに視線を文花帖から持ち上げて慧音を見つめていく。
「考えれば考えるほど、霊夢は変わり者なんだと言うことを理解する」
「それは、そうかもしれませんね」
 僅かも考えることなく、肯定する。
 断言してもいいが彼女もまた、人として変わり者なのだ。
「趣味らしきものものんびりする事と美味しい煎餅と熱いお茶を飲むことだからな」
「良くお付き合いさせられます」
 それを聞いて文は、ここ最近通いつめた博麗神社での出来事を思い出した。大抵面倒そうに溜息を漏らしながら憎まれ口を叩きつつ、煎餅とお茶を馳走してくれる。皮肉と共に出されるものだから歓迎されているのかも掴みにくい。全く良くわからない人ですね、と自然に苦笑してしまった。
「私としてはもう少し真面目にして欲しい、と言うのが霊夢に対する印象なんだが……」
 成る程、真面目な上白沢慧音らしい感想ですね、と文は共感するような視線を向けた。

「お前さんは、どう考えているんだ?」

「え?」
 不意に言葉が詰まる。どう考えているのか、考えたことも無かった。ただ、知りたかった。理解してみたかった。博麗霊夢と言う存在の奥底を見てみたかった。
「随分と霊夢にご執心じゃないか。物事を平等に見ている新聞記者かと思ったけれど、違うんだと理解したよ」
 それほどまでに執着していただろうか。
 慧音による指摘に今更になって霊夢に傾倒していたのだということを理解した。
 ただの好奇心だけのはずだったのに、博麗霊夢を表現してみたかっただけのはずなのに。
「……そう、ですか?」
 自分でも解らないうちに疑問の声が口をついて漏れる。確かに、惹かれていたのかもしれない。
 知れば知るほどにおかしい、不思議な彼女の精神に惹かれていた。
 
 ――しかし、それはただの好奇心だったのだろうか。
 
「そうだと思うんだが。第一、私はお前のことを良く知らないがこうしてただ一個人を追いかけるほど酔狂な性格でもないだろうに」

 文は基本的に他者を見下している。
 それは多かれ少なかれ幻想郷の住人にはあることである。特に大妖怪や強者にその傾向が強い。その上種族として強力な存在――例えば天狗や鬼等――ともなればますますその傾向は強くなる。
 理由は単純、何事にも対応できると言う《余裕》が実力の強大さによって大きくなることにより、無意識に対戦相手を格下に見ることになるのだ。これはなにも悪い事ではない。強者が《余裕》を持つことは寧ろ安寧をもたらしてくれるからだ。
 幻想郷が安泰な理由の一つには博麗と独自のルールに枷を付けられながらも《余裕》を失わずに楽しめていることが異変と言う遊びの中で絶妙なバランスを生み出していると言える。
 そんな存在であるのだから滅多に文は他人に心を開かない。利用はしても情を覚えない。個人に執着もしない。何故ならば自分が一番であると言う自負があるのだから。
 射命丸文は種族として鬼に媚びる事はあっても内心では鬼を小馬鹿にしている。この単細胞、と宥めすかせて矛先を反らさせる。そして文は知恵で面倒なことを乗り切っているのだ、と言う優越感を感じるのだ。そして、鬼ほど無茶な冒険はしない。知恵の回る天狗は結局の所拮抗する勝負をしないのだ。真剣に戦うのであれば必ず勝てる戦いを選ぶ。それだけの誇りと余裕があるからだ。
 
 しかし、確かに今振り返ってみれば確かにおかしいほどに博麗霊夢に執着していた。
 そこまで構うほどの相手だろうか。霊夢には手を出せない。手を出せないにしても実力は文の方が上である。
 見るべき所の無い人間のはずなのに、気がつけばこうして積極的に彼女のことを知ろうとしていた。
 それどころか、霊夢のことを知るたびにもっともっと、と追い求めたくなる自分がいる。知るたびに喜びを覚え、何かが満たされ穏やかな熱が体中に染み入ってくるような感覚を覚えてしまう。そしてそれを燃料に、恐ろしい何かが燃え上がろうとするのを感じてしまうのだ。
 
「……そうですね、確かに、どこかおかしいのかもしれない」

 奇妙な響きだった。
 自分でも自覚できないほどの何かが芽吹くのを実感しながらも、それを認めきれない往生際の悪さを感じさせる。
 認めてはいけないからだ。この芽吹きは、咲かせてはならないものだと。
「参考までに、お前はここ最近誰とあってるんだ?」
 聞かないで欲しい、聞かないで欲しかった。
 芽吹く。何かが芽吹いてしまう。芽吹くのが恐ろしい何かが、このままでは芽吹いてしまう。
 恐ろしいまでの何かに急き立てられるように文はゆっくりと顔を持ち上げて、相手を見据えた。
 
「一週間前は、そうですね、博麗神社でお茶をご馳走になりました。次の日はのんびりと家で過ごし、次の日は買い物に。途中で通りすがりの巫女を見かけたのでご挨拶をしました。次の日は紅魔館の強盗を追いかけて博麗神社に、煎餅をいただきました。それから二日、新聞記事と向き合って、昨日巫女に悪戯な質問をした所です」

 思いのほか、と言うよりも無意識に傍に彼女がいたのだなあと実感した。
 何かが芽吹いたのを確信しながら文はそっとこの一週間を思い返すように空いた手を胸に押し当てて、視線を俯かせる。
 どこか客観的に、自分ではない何かが動いていたかのように感じてしまう。意識していなかった。
「随分と傍にいるじゃないか。なんだ、そういう相談だったのか?」
 微笑ましい事実を見つけたかのように慧音は自然と微笑んだ。
「……でも、たかが一週間ですよ? そんな短い時間傍にいただけで」
 心外だ、とでも言うように言葉を挟む。
「霊夢との付き合いは随分と長いじゃないか。いや、それ自体は珍しいことじゃないけれど」
「それは、霊夢が酷く目立つから」
「怠惰で行動的でない霊夢が、平時に?」
「……」
「大体お前のような長命な妖怪には短い、瞬く間の期間かも知れないが人間の、しかも霊夢のような若者には長い期間だぞ?」
「そういうもの?」
「感じ方が違うのさ。人間と妖怪じゃ終わるまでの距離も、違う。……例外はいるけれど、ね」

 どこか諦観を含んだ声、それにはっとした気分にさせられた。
 急がなくてはいけないのではないか。これでも射命丸文は随分と長く生きている。それでもこれから先、今まで生きてきた時間よりも長く生きるだろう。
 しかし、人間は今まで生きてきた時間も生きられないのだ。
 それ自体は当然だろう、悲しむべきことでもない。けれど、だからこそ、急がなくてはいけないのではないか。
 半ば強引に、と言っていい。文は良く解らない不安に推し進められるままに覚悟も決まらないまま立ち上がった。
 

 いったいこれから何をするために動くのだろう。芽吹いたばかりの文にはそれすらも理解できなかった。
 
 
 
 
 
==☆==



 
 
 あれから一週間が経過した。
 
 結局あれから一週間、文は考えるだけの日々を過ごしていた。
 一週間と言う期間は決して長くない。その一週間よく解らない衝動に押し流されるままに行動した。身体を突き動かす衝動は今は理解を求めているのだ。少なくとも文はそう理解したし曖昧なままではいられなかった。真実を、文にとっての真実を見つけ出さなければならない。
 何時も記事を書く時にしているように、物事を整理して理論だてて。
 
 何がこれほどまでに自分の心を焦がさせるのだろうか。何処まで問いかけても答えは出ない。まるで巨大な迷路に迷い込んだかのようだ。出口も見えず、見覚えのある場所をぐるりぐるりとただ回り続ける。
 こういう時、悩んだものは悩み続ける。それは理解していても、はたして迷うものはそれだけで割り切れるだろうか。文はそれが自分には割り切れないことだ、と言うことを一週間かけて理解する。
 そもそも、霊夢に好意を持ったのだって始まりがわからない。始まりは物事の起源であり全てなのだ。そして、今は進んでいる状態。しかし、始まりが見えない。何処から走り始めて何処でこの道を進み始めたのか、見えてこない。
 それでも思い描くたびに、傍にいることを思うたびに身体の心が熱した鉄でも注いだかのように熱く燃え上がる。指先まで痺れて上手く動かせず世界が揺れ動いてどこか自分のいる場所が曖昧になっていく。そうして気づくと身体は火照りを覚えて瞳は潤み始め、動機が乱れて心臓の音が世界中に響き始めて。
 そうなると文の理性だけでは止まらない。おぼろげな世界の中をまるで蜘蛛の糸を手繰るかのように拙い動きで探す。

 求めているのは写真。
 
 ふざけ半分で撮影した宴会の時に絡まれている霊夢。
 薄暗い世界の中で煌々と輝く提灯の明かり。照らし出されるように地面に敷かれたシートの上で思い思い各人が酔う。ある者は用意された食事を肴に度の強い酒を呷り、ある者は奏でられる音頭にあわせて火照った身体を躍らせて。そんな中でどこか酔いきれずに多くの人妖に言い寄られて怒り顔で押し返している霊夢。文はその時遠巻きに眺めながらふとシャッターを切った。撮影された写真は霊夢を中心に賑やかな面子で写真一杯に所狭しと人妖が写っていた。僅かに胸が、痛む。
 
 揉め事を半ば呆れ顔で仲裁している霊夢。
 人里周辺には妖怪も多い。そもそも人里にも妖怪が歩いているのだから当然なのだけれど、傍で妖怪同士が鉢合わせをすることもある。その時特に好戦的な妖怪同士がぶつかり合うとそこで弾幕ごっこが怒ることがある。この時は確か竹林の傍で揉め事があったのだ。リグルとミスティアが蟲が、鳥がと些細な言い争いから弾幕ごっこに発展した。取るに足らない理由でのこういう事は意外と多く起こるが大抵は問題ないと放置されるのが幻想郷である。とはいえ、この時は人里に近かったのとたまたま霊夢が来ていたから仲裁を押し付けられたらしい。写真には不機嫌そうに騒動の種を見つめる霊夢と、周囲で霊夢を宥めている妹紅とからかっている幽香が写っていた。羨ましくて、胸が痛む。
 
 縁側でお茶を飲みながら顔をしかめる霊夢。
 日常通りの行動を取りながらゆっくりとぽかぽかと暖かい湯気の断つ緑茶を飲んでいる姿は安らかで、見ているこちらも穏やかな気分にさせてくれた。文はそんな霊夢を気の上から撮影しようとして、失敗した。理由は写真を見れば言わずもがな。写真には中央に写るお茶を飲む霊夢、端には青い天人の衣服の切れ端が移りこみ、霊夢の背後には空間に切れ目が浮かんでゆっくりと手が伸び、背後から抱きしめる寸前を写し取っていた。心が大きく、ざわめいた。
 
 どれもこれも、芽吹き前に撮った写真。けれど、今見れば中央に霊夢が映し出されているのが良く解る。
 気がつけば追っていたのだ。博麗霊夢の姿を、存在を。余り知りたくも無かった事実を突きつけられているようで気恥ずかしい。

 ――ほら、貴女はずっと追いかけていた。恋焦がれ、無意識に見つめていたのよ――

 言われなくたって自覚していることを、過去の自分自身にこうも突きつけられてしまえば恥ずかしさに悶えてしまう。これほどまでに追いかけていたのか。
 確かに霊夢と話しているのは楽しいし傍にいたことは多い。必要であるならば手をかしていたし、或いは難癖をつけて揉め事を起こしていた。時には他の所の事件を追いかけたこともあるけれど、やはり困った時には霊夢の傍に戻っていた。
 霊夢の傍には求める全てがあるように思えたから。友達も親友も子供も母親も、事件も異変もネタも記事も、目的とする住人も大妖怪も――そして、恋心も。
 博麗霊夢は無慈悲で優しくて暖かくて酷薄な全ての中心だった。今なら大げさかもしれないが言える。

 博麗霊夢を中心に幻想郷は回っているのだと。
 
 そしてそれは全くの間違いではない。幻想郷の崩壊すらも内包した博麗、正しく誰がなんと言おうと最終的な中心は霊夢だった。
 
 胸に写真を抱きしめて漸く落ち着いた心、僅かにもつれる足を動かして窓に近づいていった。火照った身体を冷ましたい。
 微かに風が流れ込んでくる。風を操ってみてもいいけれど、今はこの自然の外気に晒されていたかった。
 
 暖かい暖気がとても肌には涼しく感じられた。今日はなんだか、いい夢が見られる気がした――。
 
 
 
 
 
==☆☆==





 部屋の中は朝だとは言えまだ明るいとはいえない。事実料理の置かれた机をはさんで対面に据わっていた霊夢の顔には影がさしている。その姿は薄らとしか見ることは出来なかった。仕方なく視線を机の上へと移すと全く手の付けられていない霊夢の朝食が見え、その向かいには半分ほど食べられた文の朝食が置いてある。霊夢は食べないのだろうか。
「……食べないの?」
「私はいいわ。なんとなく作ってみたけど……食欲わかないのよね」
 文は勿体無いな、と思った。霊夢が作ってくれた料理は美味しかった。味付けも文の舌にあった物だったし料亭並みとは言わないまでも十分に素材の味を生かしつつ温もりの感じられる料理だったから。

「痛……」

 勿体無いと思いながらお箸をご飯に伸ばした時、首筋に痛みが走った。良く解らない痛み、何かが食い込むような痛みに思わず手に持ったお箸を机の上に落としてしまった。それほど酷い痛みではないのに、なぜか痛みで身体が硬直する。
 
「大丈夫……?」

 その様子を見ていた霊夢が立ち上がり隣までやって来ようとする。立ち上がり、微かに身体を横にずらしながら一歩、足を踏み出して。
 文は空いた手を首に添えながらゆっくりと顔をそちらへと向けた。霊夢はすぐに隣にやってきてくれた。すぐ傍に、肩が触れ合うほどの距離に。
 霊夢の匂いがふわりと漂ってくる。嗅ぎなれた霊夢の桜の香り。思わず胸が高鳴るのを押さえられなかった。
「……赤い、痣が出来てるわ。治さないと、ね」
 霊夢は身体を寄せて覗き込むように首筋に顔を近づけてきた。吐息が鎖骨を擽り熱を伝えてくる。文の首筋に顔を埋めるように近づけられた顔は文をときめかせるのに十分以上の威力だ。言葉が入ってこない。
 
 視界一杯に広がる霊夢の黒髪。光を吸い取る黒の筈なのに光を放って輝いているように見える黒の絹糸。幾つも似たような種類を持っている赤のリボンがゆらりゆらりと目の前でゆれる。白地で縁取ったリボンだった。
 微かに衣服がこすれあう。その奥の鼓動が衣服を通して伝わっているんじゃないかと思えるほどに近い。それだけ傍に居れば当然温もりが離れていても伝わってくる。

「れ、霊夢?」
 吐息が肌を擽るたびにびくん、と振るえて身体の表面をこそばゆい何かが走りぬける。やめて欲しい、けれどもっとして欲しい。自分でもはっきりとしない欲求が心を占有し始めた。
 求めるように手を動かした。溺れる者がまるで藁を掴もうとするかのように縋るように、霊夢の肩を撫でた。
「んっ……こら、じっとしてなさい」
 鼻にかかったような声で怒られる。くすぐったいのかこもった様な声。その時に零れた吐息は先ほどとは違ってより熱かった。熱が燃え始めているのかも知れない、と思った。
 
「ほら、痣を見ないと」
 次はこちらが触れる番、とでも言うかのように霊夢の細く色白の腕がゆっくりと首筋に伸ばされていく。指先が痣の端に触れた。熱が、混ざる。
 触れて伝わるのは熱、お互いの心。そして肉体。けして押し込むこと無い様にゆっくりと、最小限の力で指先が首筋の痣を滑る様に撫でる。くすぐったくて身体を捩り、しかし離れたくない、と言うように身体が逃げてしまわないように気をつけて。
 指先から感じられる感触に自然と笑みがこぼれた。先ほどまでの痛みなんて、とっくの昔に消えている。
「霊夢、指先熱い……」
 誘うような声が漏れる。実際に、誘っているのだ。もっともっと、と。触れられるだけで心地いいのだから。
 
 肩を撫でる文の手が滑る。首筋を撫で、ほぐすように。
「んっ、あっ」
 首筋は意外と敏感で、細かく震えて思わず霊夢は首を竦めてしまった。
 それに不満そうに文の指先は竦められた首筋を撫であがって耳朶に触れる。指の腹で挟みこむようにすり合わせてみれば硬く瞳を瞑ってしまい。
「こらっ! 何処いじって、んぅ」
「くすぐったい? 耳って意外と、敏感なのよね」
 恥ずかしそうに悶える霊夢の姿がとてもいじらしくて指先を動かして擦るような刺激を与えて見せた。その度に恥ずかしそうに身を捩る姿が可愛らしすぎて自然と息が乱れ始めていった。
 
「ちょ、ちょっと待って!」
 不意に、大きな声が霊夢から聞こえてくる。それに従うように文は少し身体を離して、尋ねた。
「どうしたんです?」
「まだ、挨拶が済んでない」
 そう言うと霊夢は身体を伸ばして赤い痣に口付けた。
「んっ! ……挨拶?」
 文には決して見えない赤い痣に口付けられ、喉が震えて甲高い音が漏れた。喜びに従うように、歓喜を歌うように。
 
「そう、朝ごはん。文を、いただきます」
 その言葉と同時に文はゆっくりと床に押し倒されていった。まだ部屋も明るくなりきらない朝の時間、二人は間に僅かな空気を挟んで対峙していた。
「ふふ、どうぞ、召し上がれ」
 背中に無機質な床が押し当てられる。床と霊夢に挟まれるようにして、料理が盛り付けられた。
 これから食べられるのだ、と思うと喜びが勝る。こうして何時であれ、愛する人と肌を重ねることに勝る喜びはあるのだろうか。
 今の文にはこれこそが至福であり、それでこそ今が輝くのだと感じられる。
 甘い甘い、喜びだけを与えてくれる、致死量の毒。例えこのまま全てを失うことになったとしても、こうして寄り添える相手が居るのであれば恐ろしくも無い。痛みの無い熱毒は致命的な存在だった。
 
「んっ、ふう、っん」
 霊夢の舌が首筋を舐める。舌先に唾液を集め、ぬるりと輝かせながらまるで犬が主人の怪我を治すように赤い痣を中心に丹念に、丁寧に嘗め回していた。
 首筋の刺激に喉が耐えられない。霊夢に噛み付かれるかのように首筋を刺激され、小さく刺激にあわせて息が吐き出されて。
 求めるように手が動き、霊夢の首に回されて抱き寄せる。きっと今、凄くはしたない姿をしているのだろう。けれど、それを見るのが霊夢であるのならば、見て欲しい。どんな姿を見られたとしても後悔はしない。
 微かに脚をすり合わせながらミニスカートが捲くれるのを感じ、けれどそれよりも舐められていることの方が重要だった。
「ちゅ……ん」
 喉から伝わってくる刺激とぬくもりに声が支配される。まるで霊夢の奏でる楽器であるかのように、声を漏らしていった。
「あっ……ん、もっと、霊夢」
 誘う、誘う。
 もっと、もっと刻み込んで。射命丸文と言う身体に博麗霊夢の印を。愛されていると言う、愛していると言う証を。
 
 文の声にならない訴えは余す所無く霊夢に伝わっていた。触れ合う箇所から混ざり合う思いが伝え合っているのか。
 兎に角霊夢の舌はより激しさを増し唾液の弾けるような湿った音が大きく響いていって。
「うあっ! あっ、くうん」
 媚びるかのような声。文の手が無意識に蠢き、霊夢の襟元を肌蹴させていく。擽るような刺激、鎖骨からその下、胸へと近づきながら肌をなぞる。
「っ、うん……食事が、勝手に動かないでよね」
「いいじゃない。私も、貴女を食べたいんだから」
 少し困ったように霊夢は微笑んで見せ、結局自分の襟元を弄る手を自由にさせることにした。お互い欲するのも、いい。
 負けじと舌を伸ばし、鎖骨の存在を突いて確かめて。そこに吸い付くようにキスをした。
 顎を持ち上げ文の身体が跳ねる。少し肌蹴るだけで見えてしまう位置、そこに刻み込む証。吸い付いて、唾液をしみこませ、赤い赤い痕をつけて。
 
「あっ、ああっ! そんなとこに、痕なんか付けてぇ! 仲間に見られちゃう……」
「いいじゃない、私のささやかな独占欲よ……んっ」
 天狗仲間に見られたらどう言い訳しよう、と考える文に僅かに瞳を細めた霊夢が笑いながら告げる思い。
 もう一度、もう一度と吸い付き肩に近い所へと痕を刻み込む。肌蹴られ覗くことの出来る肌の面積がどんどんと増えていく。増える都度霊夢は健康的に焼けた肌に口付けの雨を降らせ、己の存在をしみこませていくようで。
「っん! はあっ、ん、ふう、ひっ!」
 文は既にされるままに近かった。恍惚感、霊夢に特別扱いされるという至福を楽しむように刺激に答えて素直に嬌声を漏らす。
 申し訳ばかりに文も指先を使い背中を、襟元を刺激してみるが霊夢からの刺激は止まる気配をみせてくれない。不意に文の首筋に風が吹き抜けた。霊夢の、吐息。
 熱っぽくしっとりとした重みのある息。ぞわり、と背中が粟立ち大きく目を見開いた。傍に居る霊夢の熱が、確かに伝わってきたから。
 
「ねえ、服邪魔だから、脱いで」
 そっけない台詞。甘い閨の中で相手に求める時の台詞じゃない、と心の中で感想を漏らしながらも、けれど、否だからこそ霊夢らしいのだと。
 文はそのお願いに言葉では答えなかった。かわりに腕を動かし、襟元を肌蹴させていくことで答えることにした。
 その行動はすぐに理解されて霊夢がゆっくりと身体を持ち上げて、離れていく。その隙間を利用するようにして一枚、また一枚と床に服を脱ぎ落としていって。
 同じように文から微かに遅れて霊夢の傍からも布の擦れる音と床に落ちる音が響く。
 
 やがてすぐに二人は生まれたままの姿へと変わった。
 一糸纏わぬその姿。お互いに見慣れた、しかし見慣れることの無いそれ。なれることは無い、お互いに惹かれあえる。触れ合うことが心地よく、それが近づけると言う至福。きっと何時までたっても慣れはしない。だってお互いに好きあって、それが終わりそうに無かったから。
「……恥ずかしいです」
「そりゃ、ねえ。でも、おかげで直接触れられる。直に交われる」
 そういうと、ゆっくりと霊夢は覆い被さってきて。文はその行動に僅かの羞恥と期待と興奮で答えていった。
 
「もっと、傍に……離れないでください」
 囁かれる言葉。文の静かな、けれど燃え上がるような願い。もう離れたくは無い、ずっと傍にいたい。
 それに答えるようにゆっくりと霊夢は身体を覆いかぶせていき、絡み合いながら口付けを交わした。
「んっ。ちゅ、んん」
 お互いに求め合い、唇を重ねあう。もっと深く、触れ合うだけではぜんぜん足りない。求めなければいけなかった。深く、もっと激しく。思うがゆえに。
 唇が僅かに開き、舌が差し出される。お互いに呼吸を忘れて貪りあう。目の前のものを、相手の奥深くを。
「んー、んむっ、んぅ!」
 ざらざらとした舌がお互いに絡み合い、ぬめっとした動きと感触でゆっくりと這い回るようにして結び合って。それはどちらからだったろうか。お互いの口の間で交わる舌がお互いを引き抜くように締め付けあう。唾液が搾り取られ、泡立ち思わず口の端から少し零れていく。勿体無い、けれど今は前のことが、大事。
 もどかしく舌を絡めながら、霊夢の身体が文の身体の上を這いまわる。身長は僅かに文の方が高く霊夢の方が小回りが聞いた。お互いにそれなりに膨らんだ胸、おそらくお互い壊れてしまいそうに脈打つ心臓を包み込むそれを擦り合わせた。柔らかな弾力に従うようにお互い形を変え、押しつぶしあうかのように胸の間の隙間を埋め上げていって。擦り合わせる動きに文は答えるように上半身を動かした。お互いがお互いの蕾を探りあい、擦り合わせていく。半分まで勃ち上がっていたそこはその刺激で目覚めさせられたのか、すぐに完全に膨らみきってしまう。赤い赤い蕾、芽吹いていく蕾。お互いに硬くなったそれを擦り合わせ、弾き合わせるかのように押し付けあった。
 脚はお互いに付け根に片方の太腿を押し付けあっている。柔らかな刺激に、けれど包み込むような刺激に知らず微かに腰を揺らめかせていた。
 
 お互い、精一杯だった。全身を使って、交じり合う。口付けで唾液を混ぜあって、舌が絡み合うたびにどれが自分の舌なのかわからなくなってきた。
 求め合うと言うものは、こうして交じり合うことを言うのだろうか。
「っ、ん、ふう、はっん」
「あっ、あぅ、ん、んふぅ」
 言葉にならない、原始的な音が口の間から外に漏れる。獣のような、理性の無い言葉。もっと、もっと。求めなければいけない。これでは、ぜんぜん足りないから。
 霊夢の舌がきゅ、と締め付けてくると文はそれに答えるように胸を押し付けて膨らんだ蕾を擦り合わせた。
 先端から響く甘い刺激に霊夢の肌が赤く染まる。熱が、お互いに伝わっている。
 もっともっと、燃え上がってしまえばいい。そうすればお互いが熱に溶かされ一つになれる。
 熱が、お互いを焦がしていくのだ。
 
 霊夢と文はほぼ同時に手を伸ばしていった。お互いにまだまだ距離が遠い、と感じたから。身体が折れてしまいそうなほど強く抱きしめてしまわなければ、距離が遠すぎるから。
 お互いが抱きしめあい、身体が絡み合い一つになる。混ざり合い、一つになった唾液が泡立ち零れ落ちる。熱い。
「んぷぁ……文、文、文ッ」
「んふうぅ、あああっ、霊夢、霊夢ぅ!」
 お互いにする動きはほぼ同じだった。求め合うままに足を絡ませあい、太腿で秘裂をなで上げる。ぴったりと密着させれば肉豆にも刺激が襲い掛かった。自然、口が開き蜜を零して太腿を汚してしまう。
 胸がゴムマリのように形を変え、重なり合った。蕾はお互いの全身の震えで右往左往して、擦りあい重なり合い弾きあう。このまま押しつぶしてしまいそうなほど強く抱きしめあえば一層鋭い刺激が前進を駆け巡っていって。
 息苦しさに離れた唇の間には粟立った一本の銀糸がつながっている。
 
 全ては、一つになりたいと言う思い。
 一つに、一つに、一つに。
 お互いを強く思えば思うほど、これでは足りなくなる。距離が遠い。だから、激しく、より激しくなっていった。
「うあっ! ん、ふう、あっん!」
「あっ……はあ、も、だめっ」
 これはそれぞれどちらの声だったろうか。お互いそれを理解するよりも先に強く秘裂を擦りあげることを選んでいた。絡み合い密着し、肉豆を弾いて蜜で濡れる脚。てらてらと光を受けて輝くそこはすぐに脚全体に塗りこまれていくように消えていった。溶け合い、身体が輝く。
 霊夢の肩に文の爪が強く食い込んだ。皮が裂ける。引っかかれた傷は薄らと赤い鮮血を零し、けれど、それでも止まらなかった。
 胸の蕾が弾かれるたびに甘い嬌声が重なり合うように響く。
 一度離れた唇はお互いにこみ上げる何かに急かされるように再び重ねられて。零れた唾液が顔をべとりと汚していく。
 脚の絡み合う動きが早まり、そこが痺れるような快楽を全身に運んでくれる。
 その震えが蕾を振るえて、強い快楽をもっと身体に刻み込んで。
 もっと欲しい、身体にあなたが欲しい。あなたに私を差し上げたい。
 こみ上げる何かが狂騒へと二人をかき立てて行き、声を大きく響かせる。
 
「あっ! うん、は……あっ……ああっあ、ん、ひぁああっ!!」
「くうっん! ひゃううっ、あああっ……ああああああっ!!」

 繋がり合った箇所から、肌が触れ合った箇所から刺激が身体を通して奥底へと響く。中まで欲しい、全てが欲しい。薄き声を上げるそれに半ば追い立てられるように二人は弾けとんだ。真っ白な光が膨れ上がり、心を支配する。世界には二人以外存在しない。真っ白な世界の中で、絡み合ったお互いの身体だけが相手の存在を確認できる唯一の手段だった。


 赤い痣が、疼いた。


 
 





 
  夏ノ刻〜燃焼〜










 例えば視界をなくしてみれば不意に深遠の暗闇の中に浮かび上がる紅白の塊。
 それは近づき、揺れ動き、傍に来る。ゆらゆらと、ゆらゆらと。
 決して動きは早くなく文からしてみればなんて緩やかで遅い動きなのだろうか、と思ってしまう。けれども自分とは真反対のその動きこそが、それの特徴なのだ。
 急ぐことは無く、常にマイペースで、しかし確かに目的地へと向かうことの出来るその動きは惚れ惚れするほどに迷いは無い。

 流れる髪は乱れる、と言うよりもそよぐ。
 風になびき踊るかのように優雅で、頭に何時もつけているお気に入りの赤いリボンが黒髪の中で浮かび上がるように鮮烈に視界に焼きついて。光を吸い取りながらも怪しく艶やかに輝いて見せるのだ。
 
 肌は色白く日に焼けることは無い。それは普段から余り活動をしないからなのか、それとも霊夢自信の体質なのか。健康的な身体でありながら儚い色白さを失わないと言うものは闇夜に映え、何時もの巫女装束に見事に合わさって見るもの全ての心に刻み込まれるのだろう。
 
 態度は無礼。いや、それは少し違うのかもしれない。無礼と言うよりは自由。気が向いた行動をとるだけなのだ。けれど、その所作全てが霊夢らしい。
 例えば箒で庭を掃除する気だるげな姿も、のんびりと熱いお茶を喉に流し込むゆったりとした仕草も、圧倒的な威力で空間を埋め尽くし襲い掛かる弾幕を暢気に紙一重で回避している行為も。その全てが霊夢でありその全てが霊夢らしさで溢れていた。これを贔屓目と見ることも出来るがそれでも、このすべては霊夢が故にのものであり霊夢でなければ成し得ない行為に思えた。そこにある可愛らしさも凛々しさもだらしなさも。その全てが霊夢を表しているのだから始末に終えない。
 
 そんな霊夢の顔と言うものは勿論、気だるげに作られているものだ。常にどこか危機感にかけた、よく言えば余裕たっぷりでのんびりとした可愛らしい表情は時折文の胸を高鳴らせるに十分だった。目鼻立ちはすっきりと、しかしそれほど鋭すぎない。幼さを残しつつもどこか自立した気高さを見せて。
 大きめのくりくりっとした瞳は黒くなんでも吸い込むかのよう。でも時折どこかを見つめている瞳は浮世離れして誰も近づくことを許さない冷徹さに溢れている。
 比較的小さな口は鈴の音のような可愛らしい声を生み出してくれる。けれど、吐き出される言葉は冷たく残酷で身体を刺す灼熱の光のように。しかしそこから漏れる言葉は冷たくはあるが誰も彼もを区別しない。全く平等なそれは寧ろお互いに対等に見てもらえている証明で。
 
 闇夜の中でもそうして燦々と輝ける霊夢はまるで太陽のようだった。群がる幻想郷の住人が恒星。その中心で等しく照らし出す調和の象徴である太陽。考えてみればどんどんとそれが似合っている気がしていく。
 成る程、快晴の気質と言うのも頷けるものだ。確かに霊夢には他のどんな天気よりも植物を育み、時には枯らせてしまう快晴が、太陽がお似合いだろうと思えた。
 
 
 目を瞑れば生き生きとした霊夢が所狭しと浮かび上がっては消えていく。まるですぐ傍に居るかのように、香りすらも漂ってきてしまいそうだ。これは重症だ、と思うと同時に幸福を感じている自分が居る。
 文はこうして幾度と無く実感してしまうのだ。どれだけ自分が霊夢を見つめていたか。どれ程好きになってしまっているのかを。
 そうして一度自覚してしまった思いと言うのは消えてなくなるようなものではない。積もり積もって溜まっていくだけで。それは何れあふれ出す。受け止める器がどれ程大きかろうと、何れ零れてしまうものだ。
 器が壊れてしまう前にどんな形でも決着をつけなくてはいけない。そう思い、芽吹いてから一月、人間にしてみれば漸く、文にしてみれば思ったよりも速く結論を導き出すことが出来たのだ。
 
 
 
 
 
==☆==





 一月ぶりの博麗神社。
 既に季節は初夏へと移り変わっていた。日差しが暑く、気持ちいい。
 空を見上げてみれば雲ひとつ無い快晴。天頂から燦々と輝く太陽が良く解る。文の様な空を飛ぶ妖怪にはありがたい天気だった。晴れ渡る天気は空の散歩をするのに実に最適であるし雨が降らないというのは気持ちいい。風も温かく空が開放されると言うことが心を少しうきうきと喜ばせてくれる。こういう日を選べた、と言うことに文は心底感謝をしていた。余り縁起を担ぐ方ではないが、それでも決意の日が気持ちの良い日だと自然と上手くいくような、そんな感じになれるから。
 
「霊夢さん、いらっしゃいますかー?」

 だからだろうか。丁寧に掃き清められた庭を歩いて縁側に出て、中に向かって声を上げたとき自然と上ずったような声になってしまった。少し恥ずかしくなって頬を赤く染めて、けれど逃げ出すことも出来ずにそのままその場に立ち尽くした。
 どうすればいいのだろうか。逃げ出したい気持ちに精一杯抵抗してじっと出てくるであろう襖を見つめておく。こういうのは何度しても慣れない、慣れようとしない。
 程なくして見つめていた箇所から霊夢が外に出てきてくれた。予定していたのとは少し違ったけれど。
 
「ああもう、今日は何の用よ」
 不機嫌な様子で霊夢は眉根を寄せながら来訪者を睨み付けた。
 一瞬その様子に軽く来てしまった事を後悔したが、けれど逃げるわけには行かなかった。
 改めて見て霊夢の姿に心が震える。喜びに、幸福に。
「ああどうも。お久しぶりです」
 取り合えず無難な言葉でお茶を濁すように言葉をつなげた。流石にすぐに告白する度胸はない。
 実際もし性急に事を運んでいたらこの不機嫌霊夢に容赦なく叩きのめされていたかもしれない。冷静にならなければならない、主に舞台を整えるために。
「あら? ブン屋じゃない。最近見ないからどうしたのかなって思ってたんだけど……元気そうで安心したわ」
 漸く相手を認められたのか、少し驚いたような様子で文を見つめていた。
 確かに時間にしてみれば一月と一週間、確かにこれほど長く来ていなかったら心配の一つ位するだろう。そういう意味では文は自分が霊夢に嫌われていないだろうと言うことを確信できて溜飲をおろす気持ちだった。
 
「今日は何? 最近来てなかったけど号外なら歓迎よ。燃料として」
「燃料って……キチンと読みなさいよ。真剣に書いてるんだから」
 皮肉気に笑う霊夢に呆れたように笑って答える。燦々と輝く太陽が今となってはあざ笑っているかのよう。
「読みたくなったら読むわよ。読みたくならないだけで」
「言ったわね。なら今度読まざるをえない記事を書いてあげるわ。お題は博麗霊夢の一日」
「やめなさい。全く、油断も隙もあったもんじゃないわ」
「ならキチンと読むことね。そこには真実が書いてあるんだから」
「はいはい、気が向いたらね。で、用事は?」
 漸く、来た。自然と文は身体が硬くなって動きが鈍った。それを訝しげに見つめられ、思わず虚勢を張るように腕を組んでしまう。
「ちょっと大切なこと、一つね」
 台詞が微かに震えていた。見えていない箇所、特に手の平にじっとりと汗を掻いているのが良く解った。
 不意に動悸がして視界がぐるぐると回っているような錯覚に襲われた。なんて自分は弱いのだろう、と感じられる。何時も何時も長い時間に支えられて変化の無い日常を送っていたからだろうか、今こうして目の前に変化の濁流の存在を感じて変わることに恐れを覚えていた。
 霊夢はそんな文の真剣な雰囲気に何かを感じたのか、襖を大きく開けて奥の部屋へと誘うように中へと消えていった。
 その後に続くように文はゆっくりと中へと入っていった。良くも悪くもこれで本当に逃げられなくなった、と実感しながら。
 
 
「それで? いったい何の用なのよ」
 
 目の前にお茶を置いて、じっくりと腰をすえて話を聞く準備を整える。
 文にとってこれはまたとないチャンスだった。こうなってしまえば話すしかなくなったし話を聞いてくれるしかなくなったのだ。
 例えどのような反応をされるにしろ動くしかない。これで有耶無耶に物事が終局を迎えることが無くなった。
 さりとて文にはそれほど余裕は無い。正確に言ってしまえば臆病な心根が鎌首擡げて来ている。それこそ一体どういうことになるか想像することが出来なかったから。
 上手くいかなかった時、あの博麗霊夢がどのような反応をしてくるのかが想像できない。曖昧な関係を続けようとするのか、すっぱりと関係を断ってしまうのか、それとも気持ち悪いと一蹴してくるのか。そもそも思い人が居るかもしれないと思えば幾ら文と言っても二の足を踏みたくなるのは当然のことだった。けれど、この状況のお陰で進むしかなくなった。曖昧にごまかして逃げることも可能かもしれないが、それをしたとき今後の未来がたたれてしまうような強迫観念もある。
 恋愛と言うものは酷く厄介なものだった。例え長く生きた文でもこれそのものは厄介で手に負えない。余裕を見せようとしても致命的な失敗なのは文が惚れた側に回ったと言うことだ。惚れた側は兎角不利なものだ。想いを告げるにしろ秘めるにしろ、苦しむのは常に惚れた側だけだから。

「ええと、ですね。なんと言うか、自分勝手なことなんだけど」
「良くわからないけれどそれがその神妙な顔の原因?」
「ええ、まあ」
「ふうん。てっきりまた厄介なことを押し付けて私を動かそうとしたのかと思ったわ。異変とか、ね」
「ち、違うわ!」
 霊夢のその指摘に慌てて手を両手に振る。そこまで迷惑な相手だと思われていたのか、と小さく息を吐き出した。
 尤もそういわれる理由に些かの心当たりがあるものだから強くはいえないことだけど。
 些か危機感にかけているのだ。行動力も不足している。だから多くの大妖怪が始まったばかりの異変をやれ解決しろと詰め掛けていくのだ。
「ふうん、じゃあ、なんなのよ。言っとくけど、大した事の無い用事だったら……わかってるでしょうね?」

 ごくり、と唾を無意識に飲み込んだ。
 
 霊夢の視線が無感動に文の顔に吸い寄せられる。こういうときの威圧感は流石だ、と感じられる。
 少しの間、お互いに無言のままに時間が過ぎていった。
 刻々と永遠にも似た刹那が過ぎ行く中で、文は手を開いては握り締める自分でも理解できない行動をとっていた。手の平がじとりとした汗で湿って気持ちが悪い。
 視線が虚空と霊夢の間を彷徨ってゆらゆらと揺れ動く。小さく開いた唇から聞こえる音は乱れ、呼吸が不確かになってしまう。
 覚悟を決めて来たは良いけれど、もう少し御洒落をしておくべきだっただろうか。せめて手土産の一つでも持って来るべきだったのかもしれない。
 
「ほら」

 短い言葉。けれど、流石に焦れて来たのか迷う文に促すように顔を傾げながら告げる。さっさと言ってしまいなさい、と。
 きっと霊夢の感は鈍いのだ。今から話す言葉は霊夢にも大きな衝撃を与えるに違いないのに。余裕なのだろうか。
 そこまで考えて、けれど文はからかったり気がついていると言う可能性を葬った。そして、多分鈍感なのだろう、と結論付けた。
 勝手な思い込みと言われればそれまでのこと、けれどもそれは文に行動を起こさせる勇気を与えるのに十分だった。
 
 伸びた手が机の上で重ねられた霊夢の手を捉える。霊夢は反応できていない。
 机に身を乗り出すようにして、霊夢の手を胸元へと引き込むように両手で包み込む。触れた霊夢の手はなんだかとても冷たく感じられた。
 
「え?」

「霊夢さん! いえ、霊夢! 私と、お付き合いしませんか?」

「……はぁ!?」

 大きく口を開いて驚く姿に不謹慎ながら可愛らしい、と小さく呟いた。
 事実、このときの霊夢は冷静な思考が追いつかずに瞳を白黒させるので精一杯だった。
 霊夢にとっての初めての告白、色恋沙汰。まるで初めてルナティックの弾幕を見たノーマルシューターのように頭の中は真っ白、ただただ驚きだけがじわりじわりと脳内を侵食していった。
 不意に、手を握り締められていることを意識してしまった。伝わってくる熱。文の手は燃え上がるように熱く、肌の色も良く見れば赤みを増してきている。この熱は恋をしているからの熱なのだろうか。息が苦しい。霊夢は新鮮な空気を求めるように大きく息を吸って、次に僅かに開いた襖の隙間から流れてくる肌に涼しい風のお陰で辛うじて冷静さを保つことが出来た。
 
 冷静になった霊夢はまず、自分の状況を確認して次に、目の前の文の姿を見てみることにした。
 机をはさんで向かい合う形ですぐ傍にお互いがいる。きっと恐ろしく狼狽しているのだろう、と霊夢は思った。しかし外から見て霊夢が感じる驚きほど驚いているようには見えなかった。精々、硬直したように動かない、息が大きく乱れている位なもので取り立てて大きな反応をしなかったことに文は少し不満げだった。
 文は見るからに頬が紅潮し何時もは真っ直ぐで霊夢が好ましく思っていた瞳は微かに愁いを帯びて何かにおびえるように揺れ動いている。良く回る舌は今は鳴りを潜めてこの現状の変化、結論を待っているかのように静か。何時もに比べて丁寧に整えられた肌は健康的でありながら十二分に美しいと感じさせる。髪もほつれた所無く綺麗に流れ、普段の飄々とした姿を一瞬見失ってしまいそうになるほどに可愛らしかった。香油でも塗ったのか、鼻に感じる匂いは甘い柑橘系の匂い。良く見れば良く見るほど、細かいところにまで気を使っているのだと感じられて。
 
「ちょ、っと、まって」
「はい?」
「それはええと、買い物に、とかじゃないわよね……」
「ええ」
 はっきりとした文の答えに霊夢が微かに身じろぎをした。迷いの無い言葉に思わず息を呑む。
「やっぱりその……恋人、って奴よねえ」
「まあ、私としてはやはりそこに行きたいんですど、それが無理でも伝えておこうと思ったのよ」
 吹っ切れた、と言って良い。文は半ば動き始めた自身の熱気に流されるままに動くことを選んだ。細かいことを目を瞑って無視して、勢いのままに伝えようとした。
 
 触れ合う所から伝わる相手の鼓動が勇気を与えてくれる。
 こうして触れてみて、こうして伝えてみて、漸く何かがきちりとはまり込んだ。
 おぼろげだった文の中での思いが明確な形を持って浮かび上がってくる。夢が現実的になっていく。想いが形を成す。先が、見えてくる。
 こうして触れている箇所から伝わる現実、見つめあい、絡み合う視線。いったいどれが良い未来なのか、わからない。最善手では、無いかもしれない。けれど、けれど抗えるものか。安寧と平穏に変えてでも欲した現実がここにある。それだけが幸せであって温もりこそがただ安らぎなのだ。
 知れば知るほどに思考が麻痺していく。甘い甘い毒、焦がれた人という確かな存在が心の全てをさらっていく。
 蝕まれる。あなたの声が、温もりが、身体を蝕んでいく。射命丸文という個人を支配していく。
 一度、僅かに力を緩め、そうして今一度、確りと手を握り締めた。逃がさないために、酷な選択を迫るために。どうなってしまっても、忘れないために。
 
「本気、なの?」
 ゆっくりと口を開いてみて、すぐに霊夢はなんて愚かなことを聞いているのだろうと己を恥じた。
 本気に違いないのだ。こうして握り締める手の強さ、整えられた身体、乱れる吐息に嫌でもその想いを感じてしまうから。
 美しくも醜い、本能に根ざした感情、それがはっきりと自分に向けられていると言うことを。
「……本気。あなたの全てを、写し取りたいの」
 それは恐ろしい誓いだった。絡み取られていく……文が、霊夢が。霊夢に、文に。
 愛の覚悟が実感として二人の間に崩れえぬものを結び付けてしまった。情熱に負けたと言ってもいいかもしれない。
 
 文は酷く落ち着いた気持ちで確かな愛の確信を感じていた。こうして言葉を紡げば紡ぐほど、それを確かなものとして確認できて。
 写真を撮るたびに何時も中心にいて、気がつけば実力者に好かれていることの多い霊夢。写真の中に自分自身がいなかったことで感じていた小さな嫉妬心も今ではどうでもいいことだった。今こうして向き合い、霊夢の一瞬を捉えることが出来るのは関係者の中では自分ひとりなのだ。そして、愛を告げた初めての女なのだ。
 人から見ればたったそれだけの差。けれど、それは博麗霊夢の中できっと、大きな大きな差になる。
 博麗霊夢と言う太陽と常に一定距離を開く星の中で射命丸文という存在だけが少しだけ近づいていくことが出来たのだ。強引に、けれど丁寧に博麗霊夢の心臓に触れようとしたのだ。これは、思ったよりも大きな印象の差になると思えて。
 
 事実、握り締めた霊夢の手がゆっくりと熱を帯びてくる。冷めていた手が温かみを帯び、熱を持って燃え上がる何かを感じさせてくれる。
 唇が少しだけ開き、何かを言おうとしてすぐに言葉を失った。瞳がどこか落ち着き無く握り締められた手と顔と、何もないどこかをぐるぐると回る。
 迷っているのだ。そして、迷うと言うことは少なくとも真剣に受け取ってくれていると言うことだ。
 
 ――存外に霊夢もこういう時は普通なのね。
 
 冷静に反応を分析しながらも、やはり霊夢も普通の少女なのだと知ったことが嬉しくて笑みが零れ落ちた。
 
「……返事は、今?」

「待って、まだ、良くわかってないわ」

「でしょうね」

 指が、解かれる。握り締めた手を自由にして、温もりの消失に心が寂しさに支配されていく。もう少しあのままでよかったのにと、どちらもが思った。
 
「少し、少しだけ時間を頂戴」

「勿論。私は天狗、人間に比べて随分時間的余裕はあるから」

「……わかったわ。だから、今日の所は、かえって」

「ええ」

 ゆっくりと時間をかけて立ち上がる。名残惜しいと感じてしまうけれど、それでも行かなければならなかった。
 
「そうだ。写真、一枚良い?」

「いいわよ」

 撮影は静かに行われた。お互い一言も発せずに持ち上げられた撮影機が愁いを帯びた霊夢を撮影し、写真に収める。
 
 それを確認して、漸く文は襖を静かに開いていた。
 
 肌を夏の風が吹き抜けていく。火照った肌にはそれがとても涼しく感じられた。今夜はどんな夢を見られるのだろう。
 
 
 
 
 
==☆☆==





 疼く赤い痣。首を締め付けるように項の傍まで延びたそれが、ずきりと痛む。
 痛みに促されていくかのように文はゆっくりと目を開いていった。
 傍に居るべき人を、呼ぶ。
 
「霊夢……?」

 傍に、いない。
 
「霊夢……!」

 声をかけても答えてはくれない。
 先ほどまでのことは夢だったのだろうか。いや、そんなはずは無い。
 肌を撫でる舌のざらざら、唾液の塗りこまれる感覚、肌が擦り合わされ蕾が触れ合ったあの記憶。
 あの生々しい記憶が間違いだとは到底思えない。覚えている、求め合った記憶、生活を。
 
 探さなくては。探さないといけない。
 部屋の中は丁寧に片付けられて先ほどまでの痕跡はかけらも見ることが出来なかった。
 既に太陽は傾き始めている。何故だろうか。時間が、大切な時間が無くなっていくようだった。
 急がなくてはならない。見つけなくてはならない。何かを見つけなければ、いけない。
 
 ふと手元を見てみると何時の間にか、手元に一枚の写真が握り締められていた。
 
 何が写されてているのかは、解らない。
 
 
 
 
 
==☆==





 博麗霊夢に呼び出されたのは告白から三日後のことだった。
 
 文はその返事の早さに些か驚愕したものである。そしてこの呼び出しはどう考えても告白の結果を伝えるものだろう。
 喜ぶべきか恐れるべきか。兎にも角にも文はそれを聞いて博麗神社へと向かっていた。
 
 
「あんたは……私を、その、抱きたいとか思ってるの?」

 到着して、前と同じ部屋に案内されて、いったい結論はどうなったのかと胸を高鳴らせていた。
 その時の第一声がこれだった。
 
「はい!?」
 上擦った様な声になったのは許して欲しかった。
 振られることすらも覚悟の上でやってきた文も流石にこんな台詞をかけられるとは思っていなかったのだ。
 流石に何かの冗談だろうか、と視線を霊夢の方へと向けてみて、漸くそれがまじりっけなしの本気であることが理解できた。お互いに立ち尽くしたまま視線が交差する。
 
 不安に押しつぶされそうになりながらも確りと文を捉える瞳。あの気丈な霊夢が《余裕》を無くしてゆらゆらと腕を揺らめかせ、指先をあわせて開いたり閉じたりをしている。
 
 見たことの無い霊夢の姿。それだけ、何かの覚悟を決めてきたのかもしれない。だとすればヘタなことをいう事は出来ない。文はその回転の速い知能をフルに使用してなんと言うべきかを模索した。けれども結局口に出した言葉は酷く無難なものだった。
 
「それは、まあ。やっぱり、うん」
 戸惑うように告げた言葉は短く、不正確で、けれどそれ故に本人の迷いも如実に表している。
「やっぱり、そうよね」
 それに答える霊夢の声も微かに震えて曖昧に頷くばかり。
「それが……?」

「別に、付き合う事自体いいんだけど」

「ええ」

「やっぱり、付き合ったら、好きになったらしたくなるじゃない? そういう事を」

「まあ……」
 恥ずかしげに頬をかきながら肯定する。
 
「恋人になって、手を繋ぐだけじゃ満足できないでしょうし、もっと深く繋がりたいのは、当然だと思うのよ」

「そう、ですね」

「考えてみたのよ。付き合うということ。手を繋いで、一緒に住んで、生きて。でも、嫌じゃなかった」
 
「私もです」

「抱かれるのも嫌じゃ、無かった。だから、私に痕を、頂戴」

 静かに告げられる言葉。霊夢の言葉が終わると同時に静寂が部屋の中を支配した。静かな世界の中でお互いに今一歩踏み出せないままに視線だけが求め合う。
 微かな、間。
 文だって嫌なわけじゃない。寧ろ望む所、と言っていい。けれど、前に進めない。
 
「唐突、ね」
「嫌?」
「嫌なわけ、無いでしょう。でも、どうして急に?」
「……どうせそうなると思うと何時したって一緒でしょ? だったら、初めからそういう事を共有できる奴の方がいいじゃない」

「……霊夢らしいわ」

 苦笑して、微笑んで。なるほど、霊夢は付き合う段階を踏む気は無いのだと理解した。極端な話、壱か零か。恋人かそうでないかだけで分けられているのだ、と。
 そして文は恋人の段階に進める権利を得たのだ。
 
「なによ」
 そんな微笑が馬鹿にしていると感じたのか少し不満げに唇を突き出して拗ねる。その様子すらも可愛らしかった。
 
「好きってことね」

 二人の間が狭まっていく。霊夢が壁にもたれかかるように、文が覆い被さるように近づいて。近づくたびに頬が赤く染まってお互いの吐息が頬を擽っていく。
「んっ……」
「んぅ……」
 漸く二人の唇が重なり合った。艶やかな感触、ぷっくりと膨らんだ唇は柔らかくて美味しくて、ドキドキして。
 長く長く触れ合い、吐息が混ざり合う。
 初めは触れ合うだけの口付け。瑞々しく光る唇が角度を変え、押し付けられる。
 混ざり合う熱が、心地よい。文がより強く押し付けてきて、それに答えるように霊夢は角度を変えて深く深く口付ける。
 触るだけの口付け。でもこれだけでも十分に気持ちがよくて脚がふわりと浮かび上がっているような感覚に襲われて。
 
「んふう、あっ……」
「んぅ……ふぁっ」

 やがて息苦しくなってはなれたときに、お互いにお互いの潤んだ瞳を見つめあった。瞳の奥に燃え上がり始めた情欲の炎を見出せた。お互いに、もっとと求めているのだと言う実感が心を喜ばせてくれる。それに従うように文が顔を近づけて、霊夢が壁を背にそれを受け止める姿勢。流れる髪が視界にかかり、黒が二人を遮断する。お互いの黒髪が混ざり合い、絡み合い解けなくなっていくように。
 それでも、それは障害にすらなりはしなかった。慣れたのか唇を求めて一直線に向かっていく。二度目の触れ合い、角度を変えて。文の唇が微かに開かれて霊夢の唇を食む。それは柔らかく、締め付けるようにして弾力を楽しんでいく。ただ触れ合うだけではない、求める、欲するキス。ゆるりと締め付けていけば上唇がするりと滑りぬけ、そうすれば次は下唇の番。唇が唇の上を滑り落ちるように、蠢く。される一方の霊夢もまた、その感覚を楽しんでいた。入り口を解す様なその行為は緩やかに、しかしそれ故に次への官能の炎を燻らせることに成功していた。
 霊夢の瞳が細められ、潤いを持って。誰に言われるでもなく、霊夢は官能の炎に翻弄され震えていた腕を動かし衣服を脱ぎ落としていく。ぱさり、ぱさり。
 口付けられながら服を脱ぐ。とは言っても背中が壁にもたれかかっているから上半身は肌蹴る事しか出来ない。
 しかし、今回ばかりはそれが功を奏した。
 
「ん……服、脱ぐのね」
「脱いだ方が、んっ……いいでしょ? それとも、脱がせたかった?」
「っぅ〜〜!」
 言いようの無い喜びが文の身体を駆け抜ける。いじらしいその仕草に、言葉に。言い方は悪いが骨抜きにされていた。まるで脱ぐことを恥ずかしがらないくせにこちらがしたいことをさせてあげられなかったかな、と思って少し上目遣いに見られると慕われているのだ、と実感できて嬉しかった。
 それに答えるように文はやや前にかがんで首筋に顔を近づけて、吸い付いた。ちゅう、と痕をつけてそれを舌でいたわるように舐める。その刺激に思わず唇が蠢いて霊夢の可愛らしい嬌声が響いてくる。
「あぅ、あっん、ちょ、んんぅ!」
「霊夢ってば、可愛い。一杯、痕付けるわね?」
「やめて、よ、あんっ!」
 僅かに抵抗するように身体を捩って。けれど、それはここまで来たら誘っているようにしか見えない。いや、寧ろ誘っているのだろう。身体を捩れば反対側の肩が少し突き出され、半分脱げかけた衣服が僅かに出来た隙間から滑り落ち、脱げていく。そうして肌がより見えてきて色白の美しい姿が晒される。目に、焼きつくように。網膜にこびりつくように、視界の半分を占める。視線を吸い寄せるはだけた肩、胸。そこに触れてみたい、その欲求に文は従順に従った。

 手を動かし、指先で歩くようにお腹から胸へとなぞって這い上がる柔らかな少女の弾力を楽しみ、それがたっぷりと集まった胸へとたどり着いた。
「ちょ! ふあっ」
 微かに漏れる霊夢の声を無視して、手は求める。下から持ち上げるように、掬い上げるように指を食い込ませて弾力を楽しんでいく。
 指先で、胸の周囲に指を這わせやわやわと揺らせるように刺激する。その度に霊夢の身体は仰け反って声を漏らし、喘ぐ。
 その反応が楽しくて文は爪を立てるようにやや乱暴に刺激をした。
「いたっ! ちょ、そんな、いたいって!」
「え? あ、ごめん。キチンと手加減してあげるから」
「手加減って、あのねぇ」
 少し呆れたように止めるつもりの無いらしい文の行動を見つめる。とは言え、そこまで欲されると言うのは心地のいいものだった。愛されていると言うものは、愛し合っていることはとても嬉しいもので。

「指は駄目なら……吸い付くだけにしとく」
 ちゅう、と文が顔を滑り落として行きつんと尖った蕾を口に含む。目を瞑り赤子の様に一心不乱に何かを吸い出すように。勿論初めての刺激に霊夢は大きく仰け反ることになった。口を閉じていても漏れ聞こえるほどの嬌声が喉の奥から搾り出されてしまい。
「んっ……んんぅ、あぁぁっ」
 流石に余り刺激に慣れていないからか鈍い反応でもあったけれど、それでも手の時よりは良好な反応を返してしまった。
 ざらりとした舌の感触が胸に貼り付けられて舐め上げられて。ゆらゆらとゆれる少し勃っている蕾を文は唇ではさみ、左右に揺らし擦るように刺激して。
 びくん、と霊夢の身体が跳ねる。未知の快感を、その機能を無理やりこじ開けられていくようで。
「んん、おかしく、なってく……」
「もっと、感じて見せて」
 もう一度吸い付いて、唇で挟み込んでゆっくりと引っ張って。引き伸ばされるように胸が伸び、その途中で舌先が胸の先端の窪みをつつくように舐めてくる。
 ぱっと唇を離して元に戻るように微かに揺れる尖った先端を今度は唇に含むことなく啄ばんでいく。少し吸い付き、すぐに離れて。僅かに場所を変えてまた吸い付く。忙しない動きであったけれどその刺激は適度な休憩を挟んでいることで霊夢の身体も適度に快楽で押し立てられず、どこかもどかしい感覚に僅かに太腿が擦りあわされて。
 
 霊夢の脚の動きを見逃すことの無かった文はすぐさま空いていた手をすべり落として行き、まずは太腿をゆっくりと、落ち着かせるように撫でていって。
「あっ、そこは……汚い」
「……汚くない、なんてありきたりな事は言わない。霊夢だから、いいの」
 なんて口説き文句だろうか。そういわれてしまえば霊夢も口を閉じるしか出来ず、促されるままにずるずると腰を床に下ろしていった。
 恥ずかしさと気持ちよさと、そしてはじめての時に付きまとう不安と。それらを混ぜこぜにしながら霊夢は座り込んだまま目の前で衣服を脱ぎ捨て始めた文を見上げた。
 視線に気がついた文が裸になって、微笑む。大丈夫ですよ、と言うように下半身を突き出すように霊夢を仰向けに寝かせ。

「不安?」
「良く、解らないけれど」
「可愛い」
「あんたも、可愛くて素敵」
「名前で呼んで」
「文、可愛い」
「霊夢も、可愛い」

「「んんっ、んぅ」」

 僅かに起きたままの上半身に顔が近づき、再び唇がふさがれた。
 文の舌が迷う霊夢の唇をとんとん、とノックする。その合図におずおずと開かれた唇。
 文の舌がそのまま中へと進入して霊夢の舌と絡み合う。
 おそるおそる、お互い相手を確かめるように舌先で相手を突く。
 二度、三度。お互いの舌を確かめ合って、漸くどろどろと唾液を零しながら絡み合う。ざらざらとした舌の表皮、相手の味を確りと刻み込む。
 口の端から混ざり合った唾液が零れ落ちて、浮かんだ汗が混ざり、床に零れる。
 零れたのが勿体無くて、もっと混ぜあおうと舌先で唾液を掬い取り、相手の舌に塗りたくり。口の中で粟立ち、絡み合うたびにまるで同じように身体が震えていて。
 口付けというのは簡単にお互いを混ぜあえる所なんだ、と霊夢は理解した。キスは、口付けは甘く苦く、とても心地よくて好きになった。
 舌がお互いの口内を蹂躙し唾液を掬い取り、歯茎の裏までも舐めあった。そこには貪欲、と言う言葉がぴったりなほどにお互いがお互いを貪ることを喜んでいる節があったから。求められるままに泡立った唾液を混ぜあい、口の端を汚しながら一心不乱に相手を求めていく。舌が唇を舐め、舌が絡み合い、広がりぴったりと貼り付けあう。時間の概念を忘れるほどに蹂躙しあい、やがてどちらとも無く満足したのか唇を、顔を離す。舌先に泡立った唾液がこびりつき、長い銀糸がお互いの舌を繋げていた。
 
「や、いやらしい……」
 霊夢のささやきに恥じるようにゆらりと揺れた銀糸が切れてはかなく消えていく。繋がりが、結びつきが消えていくことに少し寂しさを覚えたけれど、口の中には艶かしいお互いの舌の感覚が残っていたので耐えることが出来た。
「もっと、感じて」
 甘い囁きと共に力の入らなかった足がゆっくりと左右に開かれて、文の指先が僅かに潤っている秘所へと伸び、入り口上部を中指で上下にゆっくりと擦りつけて。
「あっ……はあっ」
 初めてだからだろうか、霊夢はまだそれほど潤っている問い事でもなく、まだまだ開発の余地があることを匂わせてくる。そして文はそれを目覚めさせることを望んだ。
 ゆっくりと扱きながら親指を動かし、中指を下部へとすべり落としながらまだ皮の向けていない肉豆を上へと擦る。途端小陰唇が誘うように蠢いたように左右に膨らみ、広がって。
 興奮してきているのだ、と思うとますます指の動きを強めていく事にした。くちゅり、と微かに水音が部屋に響いた。
「感じてるの?」
「っ……ううっ、はっ」
 単純な確認に、けれどそこまでなれていなかった霊夢は手で口を押さえ込んで声を殺すことで答えた。勿論、それが感じているが故の出来事であるということはお互いの共通認識だったのだけど。
 そんな乙女らしさに一層興奮したのか文は顔を再び胸の先端に寄せて、秘所を擦りあげながら先端を唇で食み、擦りあげて。
 未成熟な身体もその刺激には薄らと蜜を追加で零した。
「あはっ、ここ、胸と一緒に弄られるの好きでしょ」
「んーっ、んんーっ!」
「聞こえませんよー」
 ニヤリ、といったように笑うと文は一層の熱心さを持って秘所を弄ることに神経を集中させた。中指で、人差し指も加えて。蜜を周囲に塗り広げるように膣口を中心に撫で回しながら、同時に親指で時折硬さをました肉豆を弾くように玩ぶ。
 霊夢は下半身が蕩けてしまいそうだ。いや、実際蕩けてしまっているのかも知れない。文の指の刺激に腰をくねらせるばかりでやり返すすべも無い。そもそも手で口を塞いでおかないとどんなはしたない声を出してしまうかが解らない。そうなった時、いったい自分がどうなっているのか、それが恐ろしくて、霊夢は快楽を耐える。
 胸の先端、その蕾を硬く尖らせて、そこを吸い付かれいじめられたとしても、秘所にある大切な入り口を解されぬるりとした蜜を零してしまっていても。それ自体は気持ちがいいことなのだ、と理解でき、享受出来る。けれど、そこでそれを知って、あまつさえ本能の命じるままに動いたとしたら、今辛うじて残せている自分が消えてしまいそうな不安があった。だから、耐える。それが文の嗜虐性を刺激するとも知らずに。
 
「耐えるのねぇ。でも、今日は私の手で霊夢の新しい一面を目覚めさせるから」
 その言葉と同時に膣口にほっそりとした指先があてがわれる。それは僅かに震えながらゆっくりと奥まで、押し広げてくるように中へと進入してくる。入り口からゆっくりと奥へ。今だ硬く侵入者を拒むそれを解し、力を抜かせていくかのようにして自己の指が動ける空間を少しずつ大きくさせていく。
「んっ、んんあっ……ん!」
 漏れる声に気持ちよさそうに微笑み、それをもっともっと引き出すかのように指がじゅぷじゅぷと音を立てて中へと埋没し、膣壁を抉る。
 指先が僅かに曲げられて、お腹を奥から擦りあげていくかのようにして擦られてしまえば大きくお腹を震わせるようにして腰が跳ね上がって。
「んんん、ん、んんふ……」
 必死に声を殺す霊夢。それをあざ笑うかのように文のほっそりとした指が奥へ、奥へと誰も触れたことの無い境地を押し開いていった。
 触れてはならない、箇所。奥にある、大切な何か。心臓。
 文が胸の上の蕾をいじる。それをただ、感じた。身体の奥底に眠っている、曖昧でおぼろげで確かな何かに指先が、吐息が迫る。
 
「奥に、奥に、私だけが……触れられる真実」

 何かに取り付かれたかのように胸の蕾を攻め立てながら唇から声が漏れる。熱を含んだ強力な、何か。はっきりとは聞き取れはしない。指先が奥へと攻め立て、蜜が零れ落ち膣壁がその侵入者を絡めとるかのように締め付ける。蜜の音すらも遠いどこかの世界のよう。
 掠れた声で、文は呟いた。囁いているのかもしれない、或いは本人すらも何を言っているのか理解していないのかもしれない。けれど、確かに囁いているのだ。霊夢の混濁した意識にそれはゆっくりと染み入るように響いてくる。
 
「私の……私の……私……夢」

 だんだんと文の動きが遠慮をなくしてくる。それは初心者だから導く、と言うものではなくただ欲望に根ざされた動きで霊夢の肌へ、胸へ、膣へと押し付けられる。
 その強さは文の指が奥へ奥へと入り込む原動力になっていく。
 その度に大きな声を上げて悶えてしまい、それがますます文の欲望を助長させる。傍に、傍に。既にお互いに何をしているのかすら曖昧だったのかもしれない。
 動きはゆっくりに、しかし確実に奥へ奥へ、閉じられた生命の道を、指が、文が切り開く。胸の奥とは違う、もう一つの命の珠。
 秘所は大きくだらしなく開き、既に口を押さえていた手も床の出っ張りを探し、それにつかまることで必死だった。そうしなければどこかに行ってしまう。外から吹き込む涼しい風にあおられて外へと消えていってしまう。それだけは出来ない。消えたくは無い。もう少し、もう少しで命が、霊夢の命が文の手に――。
 
「あっ、あっ! そこ!」

 自分から出たとは信じたくの無い大きな声。ついに、文の指が博麗霊夢のもう一つの命の珠に触れたのだ。その瞬間、霊夢は確かに文の物になった。命を、犯された。
 大きく仰け反るように声を出し、蜜を零し、霊夢は駆け上がってくる何かに支配されるままに大きく声を上げ痙攣するように、はじけた。
 それとほぼ同時だった。文の身体も霊夢の上で大きく弾けていった。世界は今だけ二人のものだった。
 
 崩れ落ちるように肌が重なり合う。何時の間にやらお互い汗ではだがべとべとだった。けれど、決して不快な物ではなかった。
 
 痙攣するように息が乱れ、霊夢はその時聞こえてくるすすり泣く声に漸く自分が泣いていたのだ、と言う事を理解した。
 
 
「好き……愛してる」

 世界が白に染まる。微かに、掠れた声でどちらとも鳴く聞こえてきた声。それが、聞こえ終わると同時に世界が暗転した。
 
 








  冬ノ刻〜印〜
  
  
  







 あれから、博麗霊夢とのお付き合いは順調だった。
 燃え上がるままに求め合い、交じり合い、時には手を取り霊夢の弱点を補いながら戦い、時には異変関係で向かい合い戦ったりもした。
 
 触れても触れても霊夢の身体は飽きることは無かった。
 
 何時の間にやら博麗霊夢の身長が射命丸文のそれを抜いていた時にも人間は成長が早いのですね、と笑いあった物だった。
 その日は霊夢が覆い被さるように、交じり合った。幸せだった。
 
 
 それからもお互いにそれぞれ自分勝手なことをしつつ暇を見つけては交じり合った。求め合った。
 それだけで十分だった。
 
「今日は、どうだったの?」
「別に。異変も起こってないからのんびりとした一日よ」

 こうして傍に居られて、記事を書きながらふと博麗霊夢の活躍した話を聞けるだけで十分だった。
 
「最近、元気ないじゃない?」
「そうかも。最近疲れやすくなっちゃってさ」
 
 人が生きているというだけのことで誰かを幸せに出来るのだ、と確信できた。
 
「今日もお疲れ?」
「ああ、うん。まあ、なんだか疲れが抜けきらなくてねえ」

 けれど、世界は変わっていく。何かが失われていく。大切な何かが、緩やかに弱っていく。
 
「引っ越す?」
「ええ。次代の巫女を紫が連れてきたし、潮時かなって。こういう時長命の巫女だと大変ねえ」
「何処に?」
「当ては無いわ」
「じゃあ、家にきなさい。大丈夫、大天狗様は何とか言いくるめて見せるから」
「いいの? なら、お言葉に甘えようかしら」

 そうしてはじまった同棲生活。
 
 その時には彼女は大きく変わっていた。若々しい美しさは失われていたといっていい。艶やかな黒髪も微かにくすみ身体には衰えを感じさせる皺が幾つも刻み込まれていたのだ。疲れはすぐには抜けきらず余り活動的でなく、感情も大きく波打つことはなくなっていた。
 けれど、瞳はより深みを増している。生来の気質に経験と穏やかさがプラスされたのだろう。穏やかに微笑む顔にはくっきりと皺が映え、深みのある笑顔を浮かべるようになった。伸びた身長は余り変わることなく、けれど肉付きは良くないのですらりとした美人の印象を覚えさせる。そして何より、感情が波打たないということは理性的になっていたということだ。
 
 他にもいくつかの問題があったが、それについては余り触れるようなことは無い。
 
 妖怪山の妖怪たちへの断り。これについては面白いことが好きな妖怪たち、妖怪の社会に干渉しないということを条件に許された。
 
 次代の博麗巫女。これに関しては博麗霊夢は徹底して無関係を貫いた。一人でやらなければいけない、と酔った時に零したことがある。
 
 もともとの知り合いへの対応。これ自体は場所が変わっただけで賑やかに宴会は続けられていた。場所は主に紅魔館など。その中で霊夢は時折同じように落ち着きと経験を刻み込んだ十六夜咲夜と旧知の友として言葉を交わしていた。年を取ってからあの二人は仲が良くなったように文には見えた。事実、博麗霊夢の世代の中でこうして年老いているのは二人だけだから共感する所があるのだろう。良く二人で飲みに行ったり甘味処を巡ったりしているという。羨ましくて、ポツリと何かが粟立った。
 
 
 何時の事か、文は鏡を見つめながら溜息を付いたことがある。目の前に移るのは若々しい黒髪をたなびかせる天狗。
 確かに博麗霊夢は射命丸文と命を共有した。筈、だった。けれど、そこにあったのは種族の差。
 文は咲夜に嫉妬した。
 私は一緒に老いてあげることが出来ないのに、彼女はそれが出来る。それはどう逆立ちした所で文には不可能なことだった。
 博麗霊夢と時を過ごすたびに、もう終わりの見えてきた有限の幸せチケットを消費しているかのような錯覚に陥るのだ。
 このままでは終わる。終わってしまう。
 二人だけの共有も、片側の命が費えてしまえばそれまでに過ぎないことだった。
 
 解っていたことなのに、寿命の差はあるはずなのに。それが無いような錯覚を覚えられる幸せな日々だった。

 だからか、文は悪夢を見るようになった。
 


 薄暗い自宅の中で、何時もの如く霊夢の眠る部屋に帰ろうとする。
 
 愛しの人の姿を速く見たくて、ばたばたと音を立てて勢い良く襖を開ける。
 
 けれど、誰も答えてくれない。優しく暖かい何時もの笑顔と「お帰りなさい」が聞こえてこない。
 
 蝋燭はとうに消え、部屋は微かな月明かりのみで照らされる。
 
 何時も文の使用する机の隣で退屈そうにお茶を飲んでいる霊夢はただ、その場に座っている。
 
 その足元にはからの湯飲みが転がっていて。
 
「霊夢、霊夢?」

 声をかけても返事はなく、安らかな顔で眠っている。
 
 そして、そのまま目覚めることが無く文は一人ぼっちになってしまうのだ。
 
 
 
 恐ろしかった。何よりも、失うということにこれほどまでに傷ついてしまう自分がいたことが。
 夢を見るたびに霊夢の姿を探して、抱きしめてもらわなければ落ち着けない自分が。
 どれほどまでに彼女におぼれていたのだろうか。命を共有したからだろうか。
 
 どんどんと霊夢の存在が希薄になっていく。霊夢が弱まっていく。
 
 だから、私は――。
 
 
 
 
 
==☆☆==





 目の前で、指が食い込んでいく。
 
 皺くちゃな身体なのに、まだ十分に柔らかかった。そして暖かかった。
 
 ――どうして?
 
 聞こえるはずの無い、声が攻め立ててくる。
 
 ――やめて、ずっと一緒に。
 
 そう、ずっと一緒に。だけど、それが叶わないからせめてもの道を選ぶ。
 
 でなければ、報われない。
 
 
 ――気がつけば目の前の首筋には……大きな赤い痣が浮かんでいた。
 
 
 
 
 
==☆☆==





 そうだった。漸く真実を見つけてしまった。
 探していたのは唯一つの真実。この指が霊夢を苦しめたということ。
 文は呆然と目の前に広がる光景を見詰めていた。
 
 文の首筋には赤い痣が浮かんでいる。
 
 未来に希望をもてなくなった文がゆっくりと霊夢の首を絞めている。
 結局、このまま文は霊夢を殺すことは出来なかった。けれど、罪悪感に駆られた文はそのまま家を飛び出して、翌日霊夢は眠るように息を引き取ったという。
 
 結局、悪夢のように死に目にも会えず、いったい何をしたのか。
 
 文はただただそれを知った後、自分を呪っていた。
 
 目の前では苦しみながら霊夢が目を開いていた。
 
(――私のせいで、こんなに苦しそうに)

 目の前で苦しむ霊夢に、そっと手を差し伸べた。
 
 
 文の指先が霊夢に触れたその瞬間、苦しんでいた霊夢が光の粒子となって文の手をすり抜けて、消えてゆく。
 
 ああ、触れることも叶わなかったのか、と顔を俯かせ、そこに落ちている二枚の紙と、一枚の写真が視界に入ってきた。
 落ちていた写真にはどこか悪戯っぽく微笑む若いころの霊夢の横顔が映し出されていた。
 
 すぐに、思い出して手に持っていた写真を見てみると、何時の間にかそこに悩む霊夢の姿が浮かび上がっていた。









  霊ノ刻〜心、涼しめ給へ〜










 春。
 
 
 気がつけば視界のどこかにあいつは居た。

 時には宴会の中で鬼に絡まれていて。
 
 時には困っている私の様子を楽しむように遠くから。
 
 時には美味しい緑茶を飲んでいるところを木の上から眺めている。
 
 それほどまでに暇なのだろうか。といっても、私を眺めて何が楽しいのやら、私には勿論理解できなかった。
 
 それでも私にとってはそいつと話すことは楽しいことだった。不適に大胆に。何時も忙しなく飛び回っているあいつ。
 
 どこか斜に構えて距離をとるあいつは意地の悪い質問を繰り返し、まるで暴風雨のよう。
 
 相変わらず投げ込まれている新聞は読まないし溜まる一方でやめて欲しい。
 
 迷惑極まりない奴で、何を考えているのか良く解らない。
 
 けれど、わかりやすいところはあった。自分に素直。
 
 きっと何かの理由があったんだろうけど、妖怪の山では口利きをしてくれる。それは実にありがたい。
 
 狡猾で卑屈で擦り寄ってくる術が上手い。事実、何時の間にやら神社に居ることが多く何やら色々と干渉をしてくる。
 
 こう考えてみると酷く厄介な相手なんだけど。
 
 邪険には出来ないし(私の思う所)嘘の混じった真実の話は暇つぶしのネタには確かに丁度いい。読まないけど。
 
 天狗は聞く所によると仲間意識が強いらしい。だから他の種族を近づけないのかしら。
 
 あんなに面白い奴なのにもう少しそばに誰か置いてもいいんじゃないかなあ。
 
 
 
 
 
==☆==





 夏。
 
 
 今日、予想外の事が起こった。
 
 文に告白された。
 
 一月以上姿を見せなかったと思えば急に告白と言うのはどういうつもりなのだろう。
 
 それでも、何でかしら。嫌な気持ちは少しも湧き上がらなかった。
 
 私はその時に即決することは出来なかった。
 
 流石に考えなければならないと思ったからだ。
 
 熱かった。握り締められた手が、熱く燃え上がるようだった。
 
 真剣だったみたいだから考えたかったのかもしれない。
 
 事実、迷った私はそういうことで頼りになりそうな上白沢慧音に相談にいったりもした。
 
 結局、慧音は付き合ってみても損は無いのだから付き合うべきだと進めてくれた。
 
 確かにそこまで思ってくれる相手、私も意中の相手が居なかったのだから正しかったのだろう。
 
 第一真っ直ぐに欲されると言うことが嬉しくないはずも無い。
 
 それに人に好かれると言う事はとても気持ちがよくて嬉しかったから。
 
 きっと、好きになれるはずだと思えた。
 
 そしてそれは――間違っていなかった。
 
 私は気がついたら射命丸文のことを大好きになっていた。
 
 
 
 
 
==☆==





 文は写真に導かれるように博麗神社を訪れていた。芽吹いたばかりの、燃え上がっていたころの写真。どちらも博麗神社の縁側で撮影された物だったから。
 きっと、霊夢が誘っているのだ、という閃きに文は全く疑問をはさまなかった。
 深夜の博麗神社は恐ろしいほどに、静かだった。
 
 
 
「ああ、やっと来た。遅いわねえ」



 そこには昔と変わらない様子で縁側に座っている霊夢が、文を誘っていた。
 熱くこみ上げてくる物があるけれど文は気丈に微笑んで見せる。
「申し訳ありませんねえ。幾分、年をとったもので」
「あははっ、あんたが年を取ったっていえば私はどうなるのよ。あんたは今だって若々しいじゃない」
「……」
 思わず、文は言葉を失って黙り込んだ。赤い痣が、疼く。己を責めるように、ずくりと思い衝撃に、疼いてしまう。
 
「……まったく、気にしないでいいのに。元々寿命が違うんだし、延命法なんて幾らでもあったのにしなかったのは私の勝手なんだから」
「でも……」
「何時ものあんたなら、へりくだりつつも高圧的に馬鹿にするでしょう?」
「……」
 霊夢の言葉に、答えるすべを持たなかった。
「当然でしょ? 霊夢が私のために生きないのが馬鹿なのよ、って言うでしょうね。私の愛した文だったら」
 霊夢が不適に微笑んで見せる。相変わらず縁側に座ってぶらぶらとしている。まるで昔に戻ったようだ。
 
「……霊夢は、成仏したんじゃない、の?」
「したわよ」
 
 全く迷い無く言葉を言い切って肯定する。そのさばさばした様子に思わず文は大きく瞳を見開いた。
「じゃあ何で――」
「ホントはね、咲夜とさ。一緒に老衰で死んであの世で楽しましょうって約束してたのよ」
「なっ!」
 告げられた事実に思わず頬が紅潮する。確かにざっくばらんな性格をしているけれどそこまで明け透けにしなくても良いじゃないか、と。何で折角化けてでてくれたのに態々知りたくも無かったことを教えないで欲しいと。

「あ。妬いた?」
「当然。ていいますか、態々言わなくてもいいのに」
「これも恋人の影響でねえ。真実を伝えることを好むから」
「私はただ真実を伝えません!」
「そうなの? 捏造?」
「まったく、折角逢えたのに何でこう言い合わなきゃいけないのよ」

 大きく息を吐き出して肩を落とす。もう少し、すべきことがあるはずなのに。幻想郷らしいといえば幻想郷らしいかもしれないけれど、もう少し謝罪したい気持ちを汲んでくれないものだろうか。
 
「それで? 他に言っておくべきことは無いのですか?」
「……あのね、もう気にしなくて良いんだから好きなように生きなさい」
「……」

 霊夢の視線が、優しく文の心を見つめている。文は不意に気恥ずかしい感覚に襲われて顔を俯かせた。
 
「けど、私は霊夢を殺そうとして」
「でもね、死んで無いでしょ」
「だけどっ!」
「何れ私は死ぬんだから。それが早くても遅くても、変わりは無いわよ。私としては、どっちでもよかったし」

 そういって、霊夢は微笑んだ。涼しい風が二人の間を吹き抜ける。
 
「……今日は、涼しくて良い日ね」

「もう、秋ですからね」

「ああ、確かに涼月が輝いてたわ」

 二人の視線が空に向かう。空一面に雲が存在し、星の姿も見る事の出来ない闇夜。
 
「秋は、豊穣の季節。生命を育む季節よ」

「……」

「――私とあんたの命を、育んでくれない?」

「霊夢の命は……もう、ないわ」

「いいえ。ある」

 ふわり、ふわりと霊夢の身体が闇夜に浮かび上がった。
 
「あの時、私の命に触れたあんたには私の命が宿ってる」

 雲海が割れ、赤い光が世界に差し込んでくる。それは霊夢の身体を通して世界に降り注ぎ、目覚めを告げて。
 
「だから、何時でも傍に居る。胸に手を当てれば私が生きている」

「……最後に、写真とってもいいですか?」

「勝手にしなさい」

 闇夜が晴れ、雲が左右に分かれ、大地に息吹が差し込んでくる。

 どんどんと霊夢の姿は希薄になり、世界が水没したように見えてくる。
 
 ファインダーを覗き、フレームの中に微笑む霊夢を捉えた。
 
「さようなら。頑張って。愛してるわ」

「ありがとう。頑張ります。愛しています」

 世界が、目覚める瞬間にシャッターが下りた。
 
 
 霊夢の居た場所から、ゆらゆらと白い紙が舞い落ちる。
 
 それを手にとって、現像された写真を除きこむ。
 
 ――そこには霊夢の姿は無く、けれど温もりだけが感じられた。
 
 
 
「霊夢、霊夢さん、霊夢ぅ……ああああああああああああああああああああっ!!!!」



 文が崩れ落ちる中、世界は明るく輝き始めていた。
 
 
 
 
 





  文ノ刻〜涼やかなる瞳〜
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 冬。
 
 
 私は殺されても良かったのに。
 
 あんたがそれを望むと言うのなら、私はこの身体を朽ち果てさせて灰になったでしょうね。
 
 勘違いしないで。私は嬉しかった。
 
 捨てられるかもしれない、と言う恐怖、失うかもしれないと言う恐怖の中でただ文に負い目を感じながら愛されていると言うことは、我慢が出来なかった。
 
 私はそこにいる。だから、笑ってなさい。
 
 文がしようとしたことを悔いることは無いわ。それはただ早まるか後から行われるか。ただ、それだけだから。
 
 死ぬことは畏れない。それは当然のことで当たり前に起こること。その前に穴を掘ることが出来るかどうか。それだけの違い。
 
 最後に私の写真をあなたにあげる。忘れて欲しくないから、たった一つの我侭。
 
 私はそこにもいる。
 
 だから寂しがらないで。
 
 ごめんなさい。私にはこれが精一杯。自分の運命を曲げてまで、生きられなかった。
 
 それをすることは、私には出来なかったから。
 
 どうか、笑っていてくれますように。ずっと傍に居るから。
  
 文が生きているだけで私たちの間にあった事実はなくならない。
 
 あんたがあんたらしく生きていてくれる。それだけで私の魂を慰めることが出来る。私の欠片が生きることが出来る
 
 私が私と言えなくなる前にこれだけは言わせて。

 ――愛しているわ。永遠に。
 
 
 
 
 
==☆==





 文は手の中で風になびく手紙を丁寧に折りたたんで文花帖の中にしまいこんだ。
 
 次に、手帳の中から一枚の写真を取り出した。
 
 闇夜を切り裂き、雲間を抜けるように。
 
 写真の中には昇り始めたばかりの太陽が大きく赤く輝いていた。
 
 
「私だけの、太陽――」

(……)
 
「……わかってるわよ、生きればいいんでしょう?」

(……)

「はいはい……愛していますよ、霊夢」



 涼風が肌を撫でた。暑さは既に落ち着いてきている。既に季節は秋に移り変わっていた。
 
 文は勢いをつけて空を飛んだ。既に瞳に迷いは無い。
 
 眼下に広がる幻想郷で、今日も発生している事件を伝えなければならない。
 
 そうでなければ、生きていないような気がするから。
 
 輝く太陽に照らされた快晴の空、自分だけの太陽を胸に抱きしめてこれからを生きるのだ。
 
 二人はもう、一つだった。
 
 
 
 

 ――写真の中の太陽が、微かに輝いたような気がした。
涼しむ《意味》清める。神や人の心を慰めて沈める

涼しい《意味》目に穢れが無い。心中蟠ることなく爽やかである

暖かいお話を目指してみました。秋の季節、素敵ですね
神楽
作品集:
最新
投稿日時:
2008/09/13 23:12:15
更新日時:
2008/09/13 23:12:15
評価:
13/13
POINT:
113
Rate:
1.97
1. 10名前が無い程度の能力 ■2008/09/14 02:13:46
最後まで何に対しても無重力な霊夢らしい在り方でしたね。
それにしてもいい霊文
2. 8名前が無い程度の能力 ■2008/09/14 13:21:26
長い。長すぎる。コンペじゃなかったら全部読み切ってなかった。
でも、ひとを一人殺すだけの時の積み重ねにはこれだけの長さが必要で、いや、これだって短すぎるぐらいで、つくづく、人の死というのは重い物だと思った。その重さをも感じたりもした。ネチョも愛があって良かった。

ところで、魔理沙はこの世界だとどうなったのだろう。妖怪化?
3. 10名前が無い程度の能力 ■2008/09/15 02:06:03
定番な寿命の差ネタだけど、こういう話は大好きだー
4. 10名前が無い程度の能力 ■2008/09/15 20:58:45
最後までよい文霊でした。
5. 10読み解く程度の能力 ■2008/09/17 08:27:49
素晴らしいの一言でした。文句の付け所が無い作品だと思います。
6. 9グランドトライン ■2008/09/23 17:05:02
最後の文章とか反則過ぎるだろ!
前回もそうだったけど、こういう作品に弱いな私……

表現が細かくてそれでいてわかりやすい文章の構成はとてもわかりやすかったです。
ストーリーもレベルが高く、序盤でニヤニヤ、中盤でドキドキ、そして終盤でシクシクさせてもらいました。

しかし、回想シーンなのか、想像シーンなのか、夢のシーンなのか、
はたまた未来のシーンなのか、分からない文章の構成にはたびたび混乱いたしました。
また、テーマである『涼』の使い方は見事である反面、テーマが『夢』である要素の方が強く感じられます。
他には以下の誤字を見つけました。

気の上から撮影しようとして、失敗した。
→木の上から撮影しようとして、失敗した。

文が霊夢を愛する気持ちの表現の上手さには、作者の愛が感じられる作品でした。
7. 10名前が無い程度の能力 ■2008/09/24 01:33:55
甘くて切なくて泣けた、凄い面白かったです。
8. 5名前が無い程度の能力 ■2008/09/24 13:18:21
分かりにくい表現が多々あり。
がんばって書いているけれど、その分冗長。
二次創作なのだから、ある程度は共通知識として割り切ってカットするのもあり。
文を書いているというより、文に振り回されている印象。
例えば「肌蹴る」はIMEの仕様で、本当はこんな書き方しない。
自分が手で書くように変換すると読みやすくなるかも。

また、>熱が始めている。 や、 >暖かい暖気がとても肌には涼しく感じられた。
等の独特すぎる表現も読みにくくさせているかも。

長編に挑戦する意気込みは感じられるものの、妙に固なっていた印象。
のびのびと書くとよりよくなりそう。
9. 10名無し魂 ■2008/09/24 23:47:57
感動した。大人だから大泣きは出来ないけど少し泣いた。
数千年の刻を生きる天狗。ほんの数十年の人間。
別れを受け入れた文は格好いい。

作者に、最高のGJを贈りたい。

これって咲夜はおいしい立場……?
10. 8七紙 ■2008/09/25 16:53:56
文章がくどいように感じた。
内容そのものはとても面白かった。
涙腺が決壊した。
11. 9約櫃 ■2008/09/26 00:29:52
話の流れがとても綺麗で素晴らしかったです。

1点足りない分は誤字が多かったからということでw
12. 7RoN ■2008/09/26 21:39:14
ああーもうあかん、こんなときに読むんじゃなかったもう少し時間に余裕のある時に読みたかった。
採点後からしたいって言うか後で絶対にもう一回読みたい読み直さないと今回のこんぺ悔いが残る
13. 7泥田んぼ ■2008/09/26 23:44:01
誤字報告〜
・きっと霊夢の勘は
・潤っている問い事もなく

長ぇ
とりあえず終わり方に秋風みたいな涼感があってよかったです
惜しむらくは二人のウフフライフが少なめだったって事

とりあえずBGMは天野月子で蝶余裕でした。もうね、歌っちゃうね!
14. フリーレス iphone5・アゥ`・ケネヒ壥 ■2013/11/28 01:34:24
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15. フリーレス iphone4s・アゥ`・ケ ■2013/12/04 15:03:46
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16. フリーレス IPAD ・アゥ`・ケ ■2013/12/06 23:02:45
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17. フリーレス iphone5・ォ・ミゥ` ・ヨ・鬣・ノ ■2013/12/10 14:11:40
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18. フリーレス lv iphone5s・アゥ`・ケ ■2013/12/11 18:46:12
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19. フリーレス LV リ抜シ ■2013/12/12 01:01:19
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LV リ抜シ http://www.shinyoubrand.com/louis-vuitton%E8%B2%A1%E5%B8%83-c-187.html
20. フリーレス ・キ・罕ヘ・ム・ ■2013/12/13 13:51:30
ホメ。ゥ、マ。「サ・、、、ヒメサセw、ヒネ。オテ、オ、、ソ・ャ・、・ノ・鬣、・、マ。「、ノ、ホ、隍ヲ、ハヤル教ノ、オ、、ハ、、、ウ、ネ、ホメ。ゥ、マ、゙、ソ。「ミナモテチヲ、ホトレイソア」ヤ^。」 CAHA、マ。「抱テ贏I、ヒイホシモ、キ、ハ、ォ、テ、ソ、ウ、ネ、マ。「フリカィ、ホ・ケ・ッ・、・コ・ョ・「、慳ゆ、ケ、、ウ、ネ、ャスモセA、オ、、ニ、、、ハ、、。「、「、ハ、ソ、ホメサネユノョb、ヌ、筅ハ、、。」 ・、・ル・・ネヌ驤・ヒ・蟀`・ケ、マ、゙、ソ。「ネユ、ヒハサリヒス、ソ、チ、ホスMソ陸マモテハツ、ホサコマホ、コャ、狎スY、ヌ、マ。「ケイキクユ゚、ネ、キ、ニ。「ヒス、ソ、チ、ホ。ゥ、ホアOカス、フ皺ク、キ、ハ、ャ、鬢筍「・ェゥ`・ヌ・」・ェ・ャ・、・ノ。」
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21. フリーレス trx training ■2013/12/14 22:14:16
la technologie ィ、 bord rend avait un an regardant techniques pour amィヲliorer le compte 1963 Leopold. cette compilィヲ par A. Starker Leopold, biologiste visible dans son bien connu correct et la fille derriィィre efficacitィヲ bien connue Aldo Leopold.
trx training http://www.mb.sik.si/datoteke/trxfrance.html
22. フリーレス iphone5 ・・カゥ`・アゥ`・ケ ■2013/12/21 19:00:12
、チ、ハ、゚、ヒ。「マ羣ロ、マヤツ、ヌ、筅゙、タ、゙、タハ、、、ヌ、ケ、ホ、ヌ・鬣・ノトレ、マーミ荀ヌミミ、ア、゙、ケ、ャ。「スィホ、ホヨミ、ヒネ、、ネタ莵ソ、ャ・ャ・・ャ・、ヒソ、、、ニ、、、゙、ケ、ホ、ヌ。「ヘム、ョラナ、キ、荀ケ、、キラー、ャ、、、、、ヌ、ケ、
iphone5 ・・カゥ`・アゥ`・ケ http://kamnosek.si/media/iphone5.html
23. フリーレス iphone5 ・ォ・ミゥ` ・ヨ・鬣・ノ ■2014/01/08 02:58:04
雉シ蜈・縺ッ縲(Phone4縺ョ縺ォ髢「縺励※縺ッ縲√◎繧梧エ礼キエ縺輔l縺溷ョ牙ィ繝舌Φ繝代シ繝「繝シ繝峨ョ蝣エ蜷医ッ縲∬イゥ螢イ縺ョ縺溘a縺ョ繝壹い縺梧署萓帙&繧後∪縺吶?繝峨い縺ョ繧「繧ヲ繝医Ξ繝繝亥コ励ョ螟悶°繧芽イゥ螢イ縺ョ縺溘a縺ォ謠蝉セ帙ョ繧「繝励Ο繝シ繝√↓豈斐∋縺ヲ莠悟阪b螳我セ。繧医j繧ゅ◆縺セ縺溘∪dealextreme蜀?7繝昴Φ繝峨√?縺昴l縺ョ縺溘a縺ォ縺阪l縺縺ォ螂ス驕ゥ謾ッ謇輔≧縺薙→縲ゅ□縺代〒縺ェ縺上√≠縺ェ縺溘ョdealextreme縲?com縺ッ譛鬮伜刀雉ェ縺縺代〒縺ェ縺上√≠縺ェ縺溘ョ豎コ螳壹↓菴ソ逕ィ縺吶k縺溘a縺ォ遘√ョ謳コ蟶ッ髮サ隧ア縺ョ繧ア繝シ繧ケ縺ョ縺溘a縺ョ蜑イ蠑穂セ。譬シ縺ョ繝「繝繝ォ繧呈署萓帙@縺ヲ縺縺セ縺吶?縺薙ョ逅逕ア縺ッ縲√が繝ウ繝ゥ繧、繝ウ縺ョWeb繧オ繧、繝亥縺ョ迚ケ螳壹ョ蛛牙、ァ繧呈アコ繧√k縺薙→縺後〒縺阪∪縺励◆縲?
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24. フリーレス ・ッ・・ィ テ簍ーオ ■2014/06/09 00:11:18
Lamoriello、マ・「・キ・ケ・ソ・・ネ・ウゥ`・チ、マムヤ、、ハ、、、タ、、ヲ、ャ。「・「・キ・ケ・ソ・・ネ・ヌ・、・ヨ。、・ミゥ`、マ。「・メ・蟀`・ケ・ネ・、ネ・ィ・・ユ、ネ、ホOHL、ネ。「AHL、ホヌー、ホ・リ・テ・ノ・ウゥ`・チ、ホスUY、ウヨ、テ、ニ、、、゙、ケ。」 ・ケ・ウ・テ・ネ。、・ケ・ニ・」ゥ`・ヨ・・ケ、ネ・゙・テ・ネ。、・キ・逾ヲ、マ。「メヤヌー、ホ・リ・テ・ノ・ウゥ`・チ、ホスUY、ャ、ハ、、。」 ・エゥ`・、ハリ、、ウ、ネ、ホ・ウゥ`・チ、ホ・ッ・・ケTerreri、筅ハ、ッ・リ・テ・ノ・ウゥ`・チ、ホスUY、ャ、「、熙゙、サ、。」
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