僕はまた携帯電話をまた取り出す。

「部員A。鍵は開いたか?」

「もう少しなんですが…榎木津さん、守衛はどうなりました?」

「いま、中禅寺が足止めに行ってる。大丈夫だ、でもあと一分で開けロ!」

関口は困惑したままの表情でいる。

「榎木津先輩――何を…どうするって言うんですか」

「だから、歌うんだ、騒ぐんだ! もう直ぐ鍵が開く。人数も揃う! ごちゃごちゃ言ってないで行くゾ!」

「で、でも――」

「デモもストライキもあるもんか! 今日は君の歓迎会だ! 主役が騒ぐのは当たり前だ!」

「開きました。搬入開始します」

「よし、いいぞ」

携帯を片手に、関口を引っ張って僕は歩き出す。

「他の者! 暇だったら来い! KARAOKEだ!」


本当なら人が居ないはずの構内は、電燈が全て消えて薄暗い。廊下など薄暗いどころか真っ暗だ。他の部員は、僕らよりも先に講堂へ飛んでいった。セッテイングをしているのだろう。僕と関口は、関口が愚図愚図した所為もあって一番最後に部室を出た。結局、15分は掛かっただろう。
僕は携帯で報告を訊きながら、関口を引っ張って講堂へ真直ぐ向かう。暗闇の中で関口は問うた。

「どうして、こんなこと、思いついたんですか。僕には理解できない」

「どうしてもない、理由なんて対したことは無い。全ての事に理由らしい理由があると思うのは間違いだ。僕は関君と騒ぎたいと思った。それだけだ」

「僕と騒ぎたいと思った?」

「君が楽しい事を知らないと思った。そんな馬鹿なこと、悔しいじゃないか。君はこれから、僕と騒げ。人生は楽しくなければ、意味が無い」

「あなたはそうでも、僕には――」

「ここで答えを出すには未だ早い。三時間後にでも、改めて返事を貰おうか」

大体、君はギタリストだろ、僕がそう呟くと、関口は黙った。
突き当たり、暗闇を四角く切り取ったように、両開きの扉から光が漏れている。そこが講堂の入り口だった。すでに、楽器の音が、途切れ途切れに響いてきているのが分かった。
扉を開く。

まばゆい白熱灯の光が、広い講堂いっぱいに満ちていた。僕と関口は、擂鉢状になった講堂の入り口の一番上から擂鉢の底にある、楽器材と音合わせをしている部員を見詰めた。

「お膳立ては揃っているぞ。さあ、楽しい事をしようか」

背後の関口を振り返る。関口は僕の背後からじっと舞台上の楽器を見詰めていた。その目が真剣で、何か強い感情を秘めている目だった。全く怖気づいてはいない。

「ハハっ。なんだよ、強い目が出来るじゃないか、関君。君はどこかおかしいね。僕もどこかおかしいんだ。そうだ、バンド名はクルイフォーピースかな」

おどけながら僕は云った。

「よおし、クルイの集まりだ! 部員A! マイクをおくれ」

僕はすり鉢の底へ降りて行く。ドラムが一定したリズムを刻んでいる。鼓膜を破るほどの音量。高く響くハイハット。体に響くバスドラム。エレキギターの音を今か今かと誘っているのだ。見れば益田がドラムセットに座っていた。
階段を下りている僕にマイクが渡された。マイクに僕の声を通す。

「よお、益田。早かったな! 下僕はやはりそうでなくちゃならない」

当たり前だ、と返事をするように、益田は乾いて響いたスネアの良い音でシナを作った変調したリズムを披露する。僕のバンドはエレキベースよりもウッドベースを好んでバンドに加わらせる。うちのウッドベースは一応生楽器だから、音を一々備え付けたピンマイクで拾っているわけだ。そのウッドベースが裏をついた旋律で益田のバスドラに絡んでくる。
傍から聞いているとドラムンベースだ。僕はドラムンベースが嫌いじゃないが単調なリズムはずっと聴いていると眠くなってくる。クラブでかかる打ち込みのドラムンベースはミックスされているので飽きることは無いのだが。

マイクをスタンドに戻し、大音量に耳をやられないように耳栓をして、僕はギターに手を掛ける。ストラップに首を通している間にも待ちきれないとばかりに、勝手にギターが鳴り出す。
僕は単調なリズムをぶち壊すように、出鱈目なノイズを発して、それからリフを作り、狂った旋律で関を誘う。バンドとしてのまとまりや精度は二の次だ。今は関口を僕の傍まで引っ張ってくる。それが僕の一番の目的だ。
関口は音を聞きながら、階段に居る。降りて来い。

「降りて来い! そこじゃ遠い!!」

叫んだ。そうすると関口は階段をゆっくり下りて、舞台のすぐ傍まで来た。そうして、どんな楽器が置いてあるのか一瞬視線を走らせる。関口はベースが弾けない。となると、ギターか歌だけに専念するのか。
どうするのだろうと、思った途端、関口は無言で、ひらりと舞台に上がってきた。アンプに繋いで端に置いてあったもう一本の、ギブソンに手を伸ばす。

それでいい。

スタンドマイクも関口の前にある。歌いたきゃ歌えばいいんだ。
すぐさま、関口のしっかりしたギター音が、即興で絡んできた。実際関口のギターは巧いもんだなと思った。
爆音で、耳がおかしくなりそうだ。関口は多分、耳栓なんかしていない。海底に沈んだ深海魚のように頭を垂れて揺れながら、演奏に没頭している。僕は出鱈目な旋律の馬鹿ギターだ。

別に決まった楽曲をやっているわけじゃない。ただセッションしているだけだ。益田がコレはどうだと、リズムを変調して固定した。僕は直ぐにそれに乗る。関口のリフラインを奪うような旋律をわざと奏で、関口を煽る。
一瞬の切り返しで、関口はそれに気が付いて、カッテングに走り、マイクを掴んで大絶叫した。絶叫でも旋律が付いている。耳をつんざき、鳥肌が立ち僕は笑い声を爆発させた。益田のドラムが負けじと張り合ってくる。

「良いぞ!!!」

愉快だ。物凄く愉快だ。僕は目の前のスタンドマイクを後方に放り投げた。背後の壁に当たって、鉄が落ちる音がするが、誰も気に留めやしない。不意に関口の絶叫が途切れた。少し咽ている。
僕は関口の傍まで行って、関口の手からスタンドマイクを取って代わりに絶叫した。関口が少し下がる。僕の代わりに関口が出鱈目に弾く。

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