距離が教える思い 2 手塚
毎日というほど会っていたキミと、会わなくなって二年が過ぎていた。
すれ違った季節。ボクには進学があり、キミにはテニス部の部長としての責があった。
それでも、その期間はもう一つの時間を含んでいる。
キミと思いを同じくしていると知ってからの年月もまた、二年。
昨晩、竜崎先生から電話を受けた。
手塚君の進路についての提出期限が今日なのだと。
迷っているらしいから相談に乗ってやってくれと言う竜崎先生に、二つ返事で引き受けた。
その迷いの意味を悟れないほどに鈍いつもりはない。
現状として手塚君の進路は二つに絞られているだろう。
自分のテニスか、仲間との絆か。
その選択の悩みを当人である友人たちや竜崎先生にできるはずもなく、家族に打ち明けるには一方の選択肢がウエットに過ぎる。
迷っているという事実が、手塚君が深層で選んでいる道があるのだと告げていた。
そして、それに気付かない竜崎先生でもない。
その背を押す相手に、ある程度を理解しているボクを選んだということは、聞かずとも理解できていた。
「仕方のないことです。まだキミは十五歳ですからね」
昨晩の思考を辿っていれば、軽い寝不足の所為か小さな痛みが頭にあった。
呟きを落として、手塚君がいるという高架下のテニスコートへと足を向ける。
ほどなく見つけた壁へと打ち込む後姿に、自然と笑みが浮かぶ。
静かな動作でありながら、力強く精確な打ち込み。凹凸のある壁相手に、確実に手元へと戻せるコントロールも相変わらずだ。
背も高くなり、体つきも大人へと近付いている。だが、真摯にボールを追う姿が、その心に秘めた闘志と情熱は変わらずにいたと教えていた。
どれほどの悩みもテニスをしているときは忘れられるのか、小さな独り言がその唇から落ちる。
将来の選択に比べれば、ささやかな問題。けれど、手塚君にとっては、コレも重大な悩みであるのだろう。
朝の短い空き時間ですらも、惜しく思うような子だ。
基礎を疎かにするわけではなく、明るい時間でなくともできる練習よりラリーを優先させる。その考え方は、バランスよく成長を促していくだろう。
だが、壁はサーブもスマッシュも打たない。予想された場所以外のコースへと打ち込むことも、イレギュラーバウンド程度の期待しかできない。
だから、誰かを求める言葉も当然のこと。生の動き以上に得られるものなどないのだから。
「その相手、ボクではどうでしょう?」
理解していても感情の揺れは起こってしまう。ゆっくりと張った声には、自身でしか気付けないほどの微かな硬さが含まれた。
深く息を吸い込み、理解している正当な理由を胸奥へと浸透させながら歩み寄る。
不意の声に一瞬の震えを見せたしなやかな背中と、振り被ったままで止まった腕。そして、ボクの足元をバウンドしていくボールに知った。
言葉一つに集中力を乱し、球が脇を通り過ぎる前に受け止めることすらできなかった事実。
手塚君らしくもない動揺が、悩みの深さを教えている。
無二のテニスに没頭することすら許されないほどに、未来とは大きな選択。
拾うことを諦めたボールが転がっていく。その進行方向とは逆へ、足を速めた。
あと数歩で触れることができる。そこで足を止めた。
手塚君の中にある、振り返ることすらできないほどの波が、穏やかさを得られるまで。
二年ぶりに顔を合わせられるという期待に、胸が高鳴っている。
その視線も、当時と同じ輝きを放っているだろうか。それとも、抱えきれないほどの大きな苦悩に、影を差してしまっているだろうか。
電車が走っていく音に、耳に響くような鼓動がかき消される。
代わりとばかりに、通り過ぎた後の静かな一瞬が、深い呼吸の音を拾わせた。
再び足を進める。触れる位置まで後二歩。そして、もう一歩、近付く。
手塚君が振り向く。向き直る動きが硬い。唇がボクの名前を紡ぐ。
「お久しぶりですね。手塚君」
笑顔を乗せて言葉を掛ければ、凛とした佇まいの中に、緩やかな空気を混ぜる。
多少のぎこちなさはあるものの、唇に見える微かな笑み。
翳らない瞳の輝き。強く、意志を見せつけるように。
(ああ、いつのまにか、こんなに大きくなっていたんですねぇ)
あどけなかった頬に鋭さを加え、煌く瞳は強さだけを変えずに、大人への道を歩んでいる。
大きな苦悩にも、惑いにも、俯くだけしかできないような弱さを否定する瞳。正面から見据える強さが輝きを添える。
二年の月日に高くなった背丈は、その直向な視線と絡め合わせることを容易にしていた。
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