秘する言葉の理由  柳


己に向けられた蠱惑。一筋の揺らぎ無く伸ばされた腕。
其れが体に滾る熱さを増長させていく。
熱持つ体を抑える思考が手を重ね寄り添い合う優柔な時を与える事こそを望み、己の左手を伸ばす。
手を合わせ指を絡ませる筈の己の手が熱を孕んだ静寂の中を進む。
舐める様に手の甲を辿り肘から肩へと望みを超えていく。
望みの侭に伸ばした筈の手は、存外硬い其の優美な腕をなぞり上げる。
其れは熱情に支配され後頭部まで回った。
己の思考を全て支配する程の蠱惑に逆らう声の小さきを嘆く事も出来ない。
脳裏を過るは桜花の季節に長い髪を揺らし微笑する御前。
初めて感じた人への執着を身の内へと思い起こして尚、其れを熱へと変換していく。
近付いた秀麗な顔へ更に己の顔を寄せ、滑らかな頬へと口を寄せる。
膝を乗り上げさせた寝台の軋む音が御前の吐息と混じる。
微かに開く唇から其れを取り込むべく合わせ、先に教えられた要領で舌を絡め捕る。
身体を尚も引き寄せる様に右手を腰に回す。


(お前を奪う事だけはせぬと、誓った心すら吹き飛ばす思いが此処に在る……)


感じる思いが熱を上げ、深く合わせた唇が思いを更に強くし循環する。
己で断ち切れぬ思いが熱を下腹部へと集中させていく。
体を繋げる事が全てで有るとは思わずとも、体も思いも、魂すらも近しく在りたい。


(体の欲求だけを押付ける真似はせぬ)


誓う言葉は思い上がりでしか無くとも、腰に回した右腕に思いよ伝われと力を込める。
微かに震える御前の舌を軽く吸い上げる。
続かぬ息に僅かに離れ、御前がした様に軽く唇を啄む。


「蓮、二……」

名前が零れる。

「蓮二……」

思いが名前を呼ばせる。



「…弦、一郎……」

応える微かな震えは常とする凛とした惹き付ける様と相反し、凄艶なる吐息を含み俺を搦め捕っていく。
腰に回していた微かな震えを湛えた手を身体に沿わせながら服の前立てへと移す。
無意識に含んでいた力が前立てを掴んだ拍子に残った釦を一つ飛ばした。
強い瞳が俺を見詰めていた。

「弦一郎、加減と言う言葉は頭に残せ」

怜悧な常の表情は常の俺の感情を呼ばず、只管に思いを深く熱く変えていく。

「蓮、二」

頭に残る言葉は御前の名前だけだった。
震えを強くした手で釦を一つづつ外し、後頭部へと回していた手を腰へと下げる。
服を肌蹴、日に当てない白い胸を軽く押し、寝台を再び軋ませる。
白い敷布に映える御前に眩暈すら覚え、抗えぬ引力の侭に鼓動に口を当てた。
背に回った手が俺の思いを許していた。



窓から差し込む西日を白が映し御前を染める。唇から伝わる御前の命が俺を包み込む。
熱は冷める事無く思いが唇へと宿り、求めるままに柔らかな肌を這う。
腰に回した掌は逆を辿り、服をたくし上げながら滑らかな背を撫で上げる。

「…っ………ふ……」

御前の吐息が燃え立つ色へと変わった室内の色を濃くしていた。
目に映る橙に染まる肌と空気に混じる御前の声無き声に体が御前を求め其々に離背していく。
胸へ置いた右手の指は鼓動を求める。肌を知った唇は感触を惜しむ。
唇は柔らかさに触れたまま顔を左へと移動させ右手に場を譲った。
吸い付く肌の感触を掌が受け胸を彷徨っていた指先が柔らかな硬さに当たり痺れに似た物が走る。
服を肌蹴た際に外気に触れていた小さな赤は芯を僅かに入れていた。

「…っ!………」

声を堪える御前は代わりに背にある腕に力を込める。其の力が強ければ強い程に俺の思いを煽る。
移動させた唇から舌先を出し目の前にある赤に触れさせた。
舌先にも、走る。
御前の身体が僅かに震える。背に掛かる力は強さを増した。


「蓮、二……」

名前が零れる。

「蓮二……」

思いが名前を呼ばせる。


「…げ、んっ……」

名を呼ぶ唇が掠める赤は色を濃くし芯を強く入れる。
御前の唇は俺の名を呼び切る前に噛締められる。
背に掛かる指が立てられた。布越しに感じた爪の先。
繊維の硬さと整った指先と何方が強いか等と確かめたくも無い。


(此れでは指に痛みを感じよう)


唇は寄せたまま、胸を彷徨わせていた右手を自らの服に掛け釦を外す。
背に回していた左手で肩を一つ撫で、離れる事を促す様に柔らかく叩く。
お前の手からゆっくりと力が抜け敷布に落ちた。
体を僅かに浮かし服を脱ぎ捨てる。僅かと言えど離れた事で視界が広がる。
息を整えようと深く呼吸をする御前の胸が上下する。右手が再び滑らかな肌を求め胸へと伸びる。
白い頬は薄く上気し常とは対比した印象を醸す。艶やかに染まった頬に引き寄せられる様に口を寄せる。
再び背に回した左手に応える様に御前の両腕が俺の背に回った。
遮る物が消えた胸と胸が触れ合う。
俺の思いが宿る熱を御前の肌に宿る熱と分け合う。
先と同じ痺れに似た物が全身を駆け巡り熱を高めていた。
唇を頬から滑らせ御前の吐息を奪う。
僅かに開けた唇へ舌を差し込み絡み取れば御前の舌が其れを返し、尚深く絡ませる。
御前の舌が口内で閃く度に全身を走る痺れ。
溜まる熱が向かう下腹部に駆け巡る物の正体を知った。
初めて人と分かち合う快楽。発する熱を蓮二と分け合えると言う事を、喜びと共に知った。



熱に浮かされたような御前の瞳が俺を煽っていく。
中で閃く冷厳とした光を失わず妖艶さだけを増していく。
離れた唇が朱を濃く変え、濡れ光る其れを辿る舌が俺を捕えていく。
惹かれて止まぬ思いは一所作毎に膨らみ、熱を孕んだ欲求は更に強くなる。
欲望は乏しい知識への不安を消し飛ばすだけの本能を引き出していた。

胸で戯れていた右手を下げベルトに手を掛ける。対面する者の服は存外脱がせ難い物だと知った。
背に回った腕が下り梃子摺る俺の手を軽く払い自ら外していく。
其の侭俺に手を伸ばし手本を見せるかのように淀み無く軽やかな所作でズボンの前を開く。
思いの証は溜まった熱と変わり形を為していた。
蓮二に倣い手を動かし互いの纏う衣服を下へと落とせば、同じ形の身体が眼前にあった。
僅かな躊躇を覚悟していた。同じ機能を持つ身体に熱を逸らされる事もあるのではないかと。
其れは取り越し苦労と知る。思いの対象を御前以外に見出せなかった俺だ。
御前もまた逸らされぬ熱を湛えていた。思いは重なったと其の形が告げていた。
熱は高まり鼓動が喚く。身体を重ね、魂を一つとする瞬間を望む。
日の落ちた室内に焼かぬ肌の白さと伝う汗の煌めきだけが視界を占める。
触れる前は彼程に自戒した筈の欲が御前を両腕に閉じ込めた。
一分の隙も無く体が合わさる。互いに当たる熱が先を促す。
手を高まりに伸ばし触れた熱さに自らも熱さを増した。
共に感じる快楽を求めた拙くあろう一人習いの手任せに敷布を掴む手を震わせる。
声を噛み殺した熱い吐息が頬に当たり動かす指が喜びを得る。
高く打つ鼓動へ口を寄せ、暫し思いの丈を手指に込めた。

「…っ……ま、て………」

掛けられた荒い息を抑えながらの制止の声に手は止まった。
深く息を吸い込み呼吸を整え、身体をゆっくりと起す所作が空気を変えていく。
艶やかな唇が弧を描き、冷艶な笑みを象っていく。
勝利を見据える瞳が強い光を閃かせ俺を惹き縛る鎖となる。
捕えられた瞳に次に発せられる言葉を声なき視線で問う。
体を起こし僅かに離れ、御前の言葉を待つ。

「…弦一郎……。無論、予備知識はあるのだろうな」

無論、無い。

「…ふぅ……此処から先に進めば必要な物もある。御前に用意は期待していないが……」

声に出さぬ答えを読んだが如くに返る溜息に己の不明を恥じる。
事態の急に何事も知らぬまま本能に身を任せた。
思いが全てを超えるとは己に害する状況でならば言える事。
経過は解らずとも見える先がある。御前が受ける痛みを推し量る余裕すらも失っていた。
互いの性は同じ。ならば痛みは何方が受けても良い筈だ。
考えの及ばぬ俺に敢えて言わず、痛みを受け止める決意をしていたのか。
すまぬとの思いを遥かに凌駕した愛おしさに目頭が熱くなった。
此の思いを如何に伝えようと、何時の間にか俯いていた顔を上げる。
視線の先の御前は文机の前へと移り、何かを取り出していた。

「此れを使え。使い方の説明まではいらないな?」

振り向いた頬は薄紅に染まっていた。
差し出された物を受取り、書かれた文字を見た目が膜を張る。
何時から用意していたのか。決意は何時から御前の中に在ったのか。
此の日の在るを御前も見ていた。
差し出す手の微かな震えは恥じらいと其れを知られまいとする矜持か。
御前は常に先を見据え、誇り高く柔らかな所作で俺を導く。


「蓮、二……」

名前が零れる。

「蓮二……」

思いが名前を呼ばせる。



「弦一郎……」

強く掻き抱き、溢れた雫を冷え始めた肩へと隠す。
応える御前は気付いただろうが俺の名以外の言葉を落とす事は無かった。
柔らかな導きに応える事こそが優しく強い御前に指し示された俺の望む道。
雫を払い、顔を上げる。赤くなっているだろう目を御前の瞳と合わせた。
顔を寄せれば涼やかな其の瞳を閉じる。唇を合わせ、思いを絡める。
ゆっくりと傾けさせた身体を腰に回した腕で支えながら寝台を再び軋ませた。



艶めく唇を一層際立たせる朱の強い舌先が口内で踊っている。
陶然となる意識を繋ぎ留めるのも元を同じくする御前への熱き快楽。
思いが走り、気が逸る。
右手に受取った入れ物の蓋を片手で開け、中の滑る液体を掌へと落とした。

「……っん………汚、れる…だろう…」

気配を読んだか身体を離され、薄らと膜を張った凛々足る瞳を向けられた。
荒がる息に抑える吐息を交え上擦る声を堪える様が理性と呼ばれる物を一皮づつ剥いで行く。
御前の下から左手を引き抜き、敷布に落としていた蓋を拾い上げた。
液体を受けた右手の指先に挟んでいた入れ物へと其れを被せ、手探りで文机の上に置く。
御前に吸い付けられた視線は僅かな時すらも逸らす事はできない。
熱に濡らされ煌めく珠を纏う白い体が夜に映えている。
紅を刷いたかの様な朱い唇が薄く開き熱い吐息で部屋を御前に染めている。
瞼を落とし影を落とした睫が隠した瞳の露を湛えている。


「蓮、二……」

名前が零れる。

「蓮二……」

思いが名前を呼ばせる。



「弦一郎……」

良いか?と訊く言葉を名前に代えた俺に返った言葉もまた同じくした。
俺の名に込められた促しを誤る事なく受け取る。
横たわる身体に覆い被さり右手を足の間から奥へと進ませた。

一瞬の震えが御前の感じている未知への恐怖を表していた。
固く閉ざされた扉の先で御前が受ける痛みの強さを思う。
鬩ぎ合う心がある。
御前に与える痛みに守護を望む俺が起ち、重ね合う魂を望み御前を奪う俺が捻じ伏せる。
勝者は決まっていた。御前を守る俺こそが常に勝利を得ていた。

目の前で寄せられた眉ですら俺を煽る。
 此処で引くならば、俺は俺として在れる。
擽る吐息が俺の体を引き寄せる。
 此処で引けねば、俺は二度と御前の守り手足れぬ。
熱に上下する白い胸が俺の魂を奪う。
 此処で……引けるならば、俺は御前を此の腕にしては居らん!

御前を望む高ぶった感情が守護のみを望む俺を吹き飛ばす。
雫に飾られた眦に口を寄せ、右手の指先を更なる奥へと進ませた。

液体に助けられた滑る指先が熱い収縮に包まれる。
整った歯を食い縛り軋ませる硬質な音に守りを望む思いが共に軋みを上げた。
軋む思いは目に膜を張らせる。
其れを堪え蠢かせた二指がふやける迄に時を掛け固く閉ざされた扉を宥めた。
寄せられていた眉は解かれ、頬を再び上気させた姿に軽い安堵を得る。
得た物と対照に強く広がる熱い快楽と執着。


(誰一人許さぬ。心も身体も魂も、御前を奪うは俺一人だ)


触れ合う形に同じ思いを確信する。
滑らかな左肢を脹脛から撫で上げ、掌を膝裏へと回しゆっくりと肩を入れた。
徐々に露わになる内股に口を寄せ、舌に感じる塩味に御前の熱を思う。
頭に触れてきた熱い手が髪を挟み強く引く。
見れば熱に染めていた薄紅の頬を更に濃く変え、俺を映す濡れた瞳に冷を重ねていた。
腿を辿らせた舌を離し、引き締まった腹から鼓動へと舐り移していく。
体を伸び上げる際に腹が擦った御前の形は一つ流れを腹に残し、燃える様な熱さを伝えた。
其れに応える己の形は力を増し、解された扉へと思いを伝える。
腹に当たる濡れた熱さと二つの固さが御前の限界を告げ、熱の急かす腰に掛けていた枷を外した。

徐々に包まれていく御前の熱さに溺れ掛ける俺を引き止めた痛み。
肩に掛けられた御前の手が爪紅を刷いていた。
食い縛る歯も寄せられた眉も御前の痛みがどれ程かを表していた。
尚も拒絶の意を表さない御前に膜張る目は堪える事も忘れた。
頬を流れる其れは御前の頬にも伝い落ちていた。
誇り高き御前が涙して尚、俺を受け入れていた。


「蓮、二……」

名前が零れる。

「蓮二……」

思いが名前を呼ばせる。



「……げ、…ちろ……」

言葉は御前の名しか出なかった。
返す御前も切れ切れに俺の名を音にした。
深く一つとなった身体は魂までも一つとした。
唯の一度も言葉に変えられぬ俺の思いを御前は知っている。


名を付けられぬ思い。

愛と言うには御前だけを欲し過ぎる。
 御前を誰にも渡さん。
恋と言うには御前を全てに思い過ぎる。
 御前を何事からも護りたい。

過ぎる執着の名等付けられぬ。


互いに動かぬまま暫しの時を、涙と思いの熱さに漂う。
馴染んでいく身体は顰められた眉を解き、常を超える白き頬に朱を取り戻させる。
薄く開いた唇から覗かせる白い歯が力を弱め、立てられた爪先の紅が乾いた頃、肩を軽い力が叩く。
促される様に徐々に腰の熱を動きへと変え、御前の熱さの象徴へと手を伸ばした。


熱に任せた体は永きを思わせる一刻を経て、互いの魂の昇華を伝え合った。





思いに名等要らぬ。
御前の名こそ思いの全てだ。
唯、思う。

悠久の時、御前は俺と共に在れ。





裏に潜む対等2

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