揺れる痛み



動けなかった
俺には、何も出来なかった……



不自然に重い体を起こす
頭痛を堪え、瞼を薄らと開けて見れば……

目に入ったのは、見た事の無い部屋
重い瞼に負ける前に見た光景は、隣に座る仲間と流れる家々だった筈……

何が、自分の身に……否、自分達の身に起こっているのか……

深く思考を沈める前に、辺りに響いた言葉


理解した状況を肯定する物は、今の所は無い
体の脇に置かれたバッグを引き寄せ、中を調べる
入っているのは玩具で有ると信じて……

其の手が……止まる

固い感触と、持った瞬間の重さ
黒く光る其れは、玩具とは思えない禍々しさで……


たった一つの物が、否定したい言葉を肯定した


此処で殺し合いをしろ、と……
見知った者を殺せ、と……


此れが現実だ、と……






戯けた話を……
死ぬのも、殺すのも……真っ平御免だ
止めて見せようではないか
先ずは、誰が居るのかを知らなくてはならない
確か、関東から集めたと言っていたな
何処まで信用が置ける言葉かも解らぬ物で判断しなければならないとは……

共に連れて来られた可能性が高い、立海の者……
他校からも居るのだろうが……
彼らが、こんな馬鹿げた話に乗るとは思えない


だが……死の恐怖を超える事は容易では無い
況して、目の前に大切な者が居たならば?


赤也の死を見過ごせるか?
仁王、柳生、ジャッカル、丸井……共に勝利を目指した彼らの死は?


俺は、弦一郎の死を認められるだろうか……




己の死への恐怖は、其れ等の言葉の前に潰えると言うのに……
体を縫いとめ、思考に靄を掛け……

何も出来なくさせる事実が有る



部屋に飾られた知らない家族の写真が、埃の中で笑っていた
壊された日常の欠片……
俺たちに戻れる場所は無い


精市が病院に居る事だけが救いだ
俺たちを忘れない者が、一人は確実に居るのだから……



家族の無事を望める事態では無かった



声があからさまに告げた事




俺たちの家には……既に手が回っている





此れが、俺か……
此処からの逃亡を望みながら、何も出来ない
手立てを考える事すらも……

父を尊敬していた
母を敬愛していた
姉を、護りたかった

天秤は彼らの確実な死と、仲間の不確実な生
選ぶ事が出来る者等、何処に居る

共に、勝利と言う高みを目指す友人たちは、掛け替えが無く……
自らよりも、思う仲間たち……


心を乱され、策一つ浮かばない


唯、見知らぬ部屋の中で……

流れる名前を聞いていた
共に、世界を夢見た少年の……涙


それでも、動けない
俺に全てを救う力は無い、と……




選べぬ事実は、仲間を切り捨てていた……






一人の名前が俺を立ち上がらせた
バッグを手に扉を開ける

木々の深い呼吸
潮の香が混じる


感じた自然の息吹が、此処を見知らぬ土地だと認識させ……



此処で、既に命を終えさせられた仲間が居る




逃避に走り、閉じていた心を殴られる


無為に過ごした日を振り返る事は、また、無為



其れが、聞いた名前への返答




走る足に掛かる重さ
日を越え、名前は響き続け……


故国を離れ、遠き地で眠った友
裏切りを越え、再び心通わせた友

互いを繋ぐ絆を見てきた、彼等


誰より気に掛けた、後輩



常に上を見ていた、俺達の要



此の広い地……
浮かばぬ策に、出会う事も出来ず

見たのは、物体と化した肉塊


何故、走るのか
諦める事を否定し、息を切らせ……


残る者は、既に……




其れでも、思う




御前を、見つけなければ……





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