行く道を灯す真実
見つけた姿は悪鬼の如き形相で俺に走り寄ってきた。
まだ俺たちの要として君臨した友と心を掛けた俺たち立海の弟の名を聞いて間もなかった。
息切らし走ってきたのだ。ただ俺に逢いたいが為に。
幾つかの未来をも手に掛けてきたのだろう。ただ俺を求めて。
それらが弦一郎の心をどれ程に引き裂いても、ただ俺だけを……。
誰がそれを拒めるのか。
近付く弦一郎へと両腕を広げ飛び込んできた体を抱き締めた。
俺もまた誰でもなく御前に逢いたいと望んだのだから。
言葉もなく、ただ熱い体を寄せ合う時間が流れていた。
恐らくは赤也と精市の名を島に吸わせただろう硬い物が左腰に当たっている。
彼等を手に掛けたのが誰なのかは御前の見せた怒りと悔恨が綯交ぜになった顔が教えていた。
相変わらず解り易い男だと場違いな暖かさが胸に広がる。
口元には薄く苦笑を刷き、硬いそれを布の上から確かめた。
「此れから如何するつもりだ？」
結末の見える会話への誘導の言葉を静かに口にする。
「最後の一人を探す。全ての先を屠り去っても、御前を……死なせはせん」
返る言葉は予測した物と変わらない。ただ直接響く言葉には強く歓喜が走った。
「俺が生きる事を望むと言うのか？
ならば、聞こう。御前は何故生きようとしないのかと」
肩に吸い込まれる吐息が熱さを全身へと回していく。
俺の言葉も御前の中へと広がっている筈だ。
卑怯な手だと詰られても構わない。それでも俺は御前を連れていこう。
「生は一人にしか用意されて居らん。俺は、御前をと望む」
僅かに感じる震えが御前の思い出している紅を感じさせた。
ならば、告げよう。封印した俺の真実を御前だけに告げよう。
「……俺もまた御前に望むと言えば如何する？」
一つ深く息を吸い込み切欠の言葉を発した。
それは唇から零れていく真実の欠片。
「御前の居らん生など苦痛以外の何を見出せるのか。
そんな俺が生き残る事に何の意味があろう」
全てを俺の掌の上に置く単純な御前の思考でさえもただ微笑ましい。
それを利用する俺でさえも御前は許すだろう。いや、気付かないだけか？
それもまた御前らしいと微笑む俺に抱き締めあう腕の力が強くなる。
今ならば、言っても良いだろう？
「俺も、同じだ。御前と帰れないと言うならば此処を一歩でさえも動く気はない。
御前は望みはしないだろう？御前が言う苦痛以外に何も見出せない生を行く俺を。
俺も望みはしない。御前の苦痛の生など」
互いの声が布越しに触れ合う体に響き合う。
交わす言葉の内容に反し穏やかに過ぎる時間は先に待つ選択を表していた。
静かな時の流れは周囲の闇を濃く変えていた。
そろそろかと弦一郎のポケットの中に手を差し入れグリップを掴む。
（暴発でもしていたら確実に此処にはいなかったな）
馬鹿な男はグリップからポケットに入れていた。
弦一郎らしいと言えばらしい仕種に一瞬の躊躇いを覚える。
だが、一歩下がり体を離した事で宙に浮いた弦一郎の手に抜き取った銃を握らせた。
落としたバッグを拾い、中から同じ物を取り出し構える。
バッグを再び落とし構えた銃の先を弦一郎の左胸へと押し付けた。
「いこう。俺も一緒に頭を下げてやるから」
弦一郎の腕が上がる。俺の胸へと手に持つそれが当たるとの予想は外れた。
空手の方で俺の手を掴み、もう一方の手が俺の手にした銃を奪い投げ捨てた。
「共にいこう。だが、御前の手を染めたくはない俺の希望だけは叶えさせて貰うぞ」
口元に飾った笑みは傲慢な皇帝の表情を取り戻し俺の手を上げさせるには充分だった。
「了解した。御前にこの身を委ねよう」
掴まれていない手だけを肩まで上げ降参と白旗を振る。
俺は未だこの男には勝てない。だが、負け続ける気は欠片もない。
共にいけば勝てる時もくるだろう。
俺の手を掴んでいた弦一郎の手が俺の腰へと回される。
左胸に当たる硬い感触に僅かな震えを知った。
「怖いのか？皇帝の名が泣くぞ」
軽口を叩けば返る言葉はわかっている。
「馬……」
「馬鹿を言うなと御前は言う」
口を開く先を奪い笑って見せれば苦虫を噛みつぶしたような御前の顔も和らいだ。
「すぐにいく。決して待たせたりはせん」
「わかっている。早く来なければ置いて行くぞ」
一筋流れた皇帝の涙は俺の生を望んだ名残と見ない振りを決め込み静かに目を閉じる。
熱く突き刺さるような一瞬の痛みは二度目の響く轟音の後に感じた全身の温もりに霧散した。
もっと早く言えば良かったのかも知れないと思わないでもない。
それでも今の俺と御前だけが真実。
残してしまった手塚にも何時か真実は来るのだろうか……。
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