スキとスキの間の隙間


ふわっふわでとろとろのオムレツにシャッキシャキのサラダ、サックサクなこんがりトースト。
そんでー、ひんやりシャリシャリのオレンジシャーベッ………あれ?
「姉ちゃーん! 昨日買ったオレンジはー?」
返事はなんと、『ごめーん、夜中にお腹すいて食べちゃったー!』

――――………………ろ………――――

「えー、朝食べるって言っといたのにー。だからおデ、ブッ!……何すんだよー!」
スリッパ投げられて、『乙女にそーいうこと言わない!』って怒られた。
ちぇっ、今日から合宿なのにさー。俺のオレンジかーえーせー。

――――……も……………り……………――――

でも、いつもなら姉ちゃんが夜中に食べるなんて絶対ない。
俺がすっごい楽しみにしてたのも知ってんだし、食べるはずないんだけど。

――――…………れる………………せ……――――

あれ? コレ考えるのって二度目じゃん。
つか、今寝てるんじゃ……、てコトはコレ、夢?
うー、寝てても怒ってるとか、すっごい食いしん坊みたいでちょっとヤだ。

――――…………る………うが……………は、……から…………――――

何かさっきからうるさい。頭もガンガンしてるし。ゆっくり寝れないじゃん。
って、俺、いつ寝たの?
ええー? だって今日合宿だよ? だからごはん食べて家出てバスに乗って……


――――……も……ちど…っておく。これは、国法に基づくものである。死にたくなければ、殺せ』


え? な、何? 何があったの?
言葉を理解した瞬間、飛び起きてた。
見回して、目を見開く。

『生を望むならば、まずは目の前にいる敵の内臓から浴びていけ。死にたいものはここに残るがいい。首輪が一瞬の死を与えてくれる』

ここにいるのは知った顔ばっかりだった。
一緒に合宿に来たはずのやつら。俺の大事なトモダチ。
みんな真剣な顔で機械越しの声を聞いている。

『戦闘実験第六十七番プログラム、……と言ってもわかるものはいないか。既に廃れて久しかった法だ。そう、だな……バトルロイヤル、バトルロワイアル……、BRとでも言っておこうか。

 では、これよりBRを開始する』

言葉と同時に鳴り響く鐘の音。
仰々しいまでに荘厳なのに、状況が不気味にしか響かせない。


『忘れるな。望むものを手にする資格は、生き残ってこそ得られるのだ』


反響に体を震わせながら聞いた声が、心の中を抉っていった。




みんなが開いている薄い本。
体の脇に置いてあった、みんなとおそろいのデイパックを引き寄せて中を見る。
いろいろと入ってる。本や、水や、缶詰。他にも時計や方位磁石。
そして、危ないおもちゃ。たぶん、本物だけど。

時計を腕に巻いて、本を開く。
嘘だよねって聞ける雰囲気じゃなかった。
大石も、不二も、みんなの視線は紙の上。
真剣な顔で、大石の指なんか震えてるし。

本の内容に目を通して、ルールはわかった。
あとは最後のページに載ってる地図を覚えなきゃって、じーっと見てた。
でも一瞬で状況が変わった。
急いで本を閉じてバッグに戻す。
そのまま紐を肩に掛けて、脇目も振らず建物から飛び出した。


響いたのは、銃声。
視界の端に散った紅いモノ。

それが誰だったかなんてわからない。
ただ、俺は逃げた。まっすぐに、とにかく離れなきゃって思って。
そこにいた大石も不二も、他のみんなも何もかも頭から追い出して。
真っ白になったから、なんて言えない。
だって、俺はちゃんと命綱を持ってる。
一瞬の判断は、食べ物や水やその他の必要なものがいろいろ入ってたバッグを掴んでた。
自分を一番に選んで、逃げたんだ。


もし、……もしもの話。
合宿の話が今日じゃなかったら、俺は今みたいに逃げてたかな?
この足は、紅くなったのが誰かを確かめに向かったんじゃないのかな?




どれくらい走ったんだろう。
林を抜けて一気に視界が広くなった。
少し先には柵がある。たぶん、その向こうが海なんだ。
右の方には家がある。
さっき読んだルールブックに載ってた。
誰も住んでない家とか店があるから、自由に使っていいんだって。
そこで調達しろって。水とか食べ物とか、……武器、とか。


玄関のノブに手を掛けたら、土埃がついた。
まだ、誰も入ってない家。
ゆっくりとドアを開けて入っていく。
小さく「おじゃましまーす」って声掛けて。
中はやっぱり埃の臭いがすごい。少し咳き込んだ。
こんなところにあるものなんて食べたくないに決まってる。

キッチンを素通りして、どんどん奥に入っていったら大きなベッドがあった。
荷物を放って、自分もダイブ。
ボスンって音を立てて、埃が舞い上がる。
思いっきり咳き込んだら涙が出た。
なのに、俺を苦しめるそれは天窓から差し込んでる光でキラキラしてた。




どうしよう。
だって俺は死にたくない。
でもだからって人を殺すなんてできない。
見ない振りして逃げることはできても、この手でなんてムリ。
どうしようどうしようどうしよう。
だって一人しか帰れないんだ。
じゃあ俺が帰れるときは大石も不二も死んだときじゃんか。
そんなのヤだ。見捨てたけど、でも、だって、イヤなんだ。
誰も死なないで帰るとかできないのかな?
禁止エリアとかいろいろ書いてあったけど、この首輪が外れればヘーキになる。
でも外し方なんて知らないし。俺、頭悪いもん。


「頭いいやつっていうとー、大石とかー、不二とかー。あとー、いないけど乾とかー、てづ……」

名前を挙げてる途中で、学校のチャイムみたいな音がした。
たぶん、これが定時放送。
口を閉じて、耳を澄ます。
禁止エリアはこの放送で言うんだ。聞き逃したらマズい。

『現在の時刻は十二時。定時放送の時間だ。
 死亡者から発表する。
 青春学園中等部三年、手塚国光。
 以上、一名。
 十八時からの禁止エリアはB6森林地帯、E2民家周辺となる。
 現在の禁止エリアはD5廃校周辺だ。忘れ物があっても入らないように』



ちゃんと、きいてた。
そうなんだ。じゃあここはまだだいじょうぶなんだ。たぶんえーよんぐらいだし。ああ、そう。
それで? だれが、なに?


  大石のこりゃタイヘンって困ってる顔が好き。
  だから時々、わざとムリ言ってみたりする。
  ウシシッ、ちょっとイジワルっぽいかも。
  親友なんだ。大石とのダブルスは誰にも譲れないぐらいの。


このままわからないままでいたかった。
浮遊する感覚の中、このままいつか首輪が殺してくれるまでって。
だけど、俺は戻ってきた。


  でも、さ。もっと、好きなんだ。
  あ、ちょっと違う。同じぐらいに、違う意味で好き。たぶん。
  あいつのコト。
  苦手だよ。苦手だけどさ。つか、一緒にいるとキッツいし。
  でも、目が離せないんだ。吸い寄せられたみたいに。
  うん、そんなのあいつだけじゃん。


目の奥が熱くなって、瞬きした。
瞼の裏でさっきの紅いモノがチラチラしてる。そうか、あれが手塚だったんだ。
何で? いるはずないのに。あいつは九州に行ったじゃん。
でもそう言った。なぜかここに連れて来られてて、さっき撃たれたのがそうなんだ。
銃を撃ったのが誰かは見てない。
でもさ、でも、俺はさ。見つけるよ。ぜったいに。


傷付けるやつは許さない。

ずっと、止める言葉が回ってた。胸の奥の方で、ずっと。
自分で傷付きに行くのって、だいっきらいだから。
でも言っちゃダメなんだって知ってた。カンだけど。
言ったら壊れることってあるじゃん。これがそうだってわかってた。

でも、いいんだ。
もう、いいんだ。
大声で、言ってやる。

傷付けたやつ、ぜーったいに許さないからな。






学校に戻る途中、黒い卵をはっけん!

「あ、大石だ。おーいしー!」
『英二! よかった、無事だったんだな』

本当はどうしようかと思ってたんだ。
だって禁止エリアだし。首輪が爆発したら死んじゃうし。


「よかった〜。ねえ、さっき手塚のこと撃ったのって誰? 大石は見たよな?」
『ここに手塚はいなかったよ。あんな放送があったけど、まだ九州にいるんじゃないかな。先週末に大和先輩と電話したとき様子を見に行きたいって言ってたし』


うー、そんなのわかってんのにー。
こんなときにまで言うことないじゃんか。

知ってたから。ずっと前から、知ってた。
知らないのなんて、本人だけだって。
知られてないと思ってるほーがおかしいっての。

あの人といると無表情がちょっとだけ崩れて、俺にだってキモチが見えてた。


『なあ、とにかく一緒に脱出する方法を考えよう。俺たちならできるよ』


できない。俺とじゃできないんだよ。
最初の一歩で、見捨てたんだ。
大石がいるの知ってて、あっさり逃げたんだから。
俺のことより大石のが好きで大事なんだと思ってた。
汚い自分なんか知りたくなかった。
今からでも、遅くない? キレイに取り繕って、忘れられる?
できるわけない。だって、もう遅いんだ。
視界がブレて、ユラユラ。
気持ちが揺れて、グラグラ。
あの紅が、手塚の紅が、頭の奥にこびりついて消えない。

あー、そうだ。そんなことより、何で答えてくんないの。
大石はあのままいたんでしょ? 知ってるんだよね? そーだよね?


「俺、脱出とかいらない。それより、おーいし、見てたんだよね? 手塚撃ったの、誰?」


『だから、あれは手塚じゃなかったんだって。あの放送は何かの間違いだったんだと思う。あのとき撃たれたのは氷帝の忍足だったし、それも腕を掠っただけなんだ。向日がオモチャだと勘違いして撃っただけで―――』

あー、もう、うっさいなぁ。何かわかんにゃいことばっか言う大石はキライ。
ユラユラ、グラグラ、だからもうムカムカする。
こんなにイライラなのに、なんでわかんにゃいの?
誰なのかって聞いてんだから、それだけ言っ……って、あ、そうなんだ。ふーん、向日が撃ったんだ。

「さーんきゅ。……そっか、向日なんだ」


聞きたいことはもう聞いたし、向日を探しにいこう。
くるっと体を反転。イライラがすーっとどっかに行った感じ。
昂る気分も足に力をくれそう。
なのに……

『ちょっ、待てって! 英二! だから違うんだよ!』

掴まれる腕。俺を止める声。わからない言葉。

何で大石は向日の味方をすんの?
あいつが手塚を殺したのに。
何であんなヤツを庇うの?
あいつに手塚を殺されたのに。

大石も、共犯ってこと?
さっきのもわざとはぐらかしてたってこと?
そうだよな。一人が相手なら、手塚が逃げられないはずないもんね。
きっとすっごく信じてたおーいしが一緒だったから逃げらんなかったんだ。
そっか。おーいしも、なんだ。
一緒になって、ころしたんだ。


振り返りながら、突き出した右腕。

バッグから出して、ポケットに入れておいたナイフ。
掴んでボタンを押すと刃が出てくるヤツだ。


『え、い………――――――』


一瞬だけキラッて光って、見えなくなった。
大石の左胸に深く沈み込んでる。
ゆっくり引き抜いたのに、腕が紅く染まる。
驚いたような顔。目がなんか変。光のない空洞みたいになってる。


「残念無念、また来週〜」

いつものセリフ。
ただ大石に言ったってだけ。
大石には来週なんて来ないってだけ。

倒れた体に背を向けて、向日を探しに歩いてく。
どこにいるかもわからないけど、きっと見つけてやる。
まずは学校の周りから。



顔がなんか強張ってる。風が吹くと頬がひんやり。
おかしいよな。
手塚の敵を取っただけなのに、何で涙が出てるんだろ。






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