浄化と冷え


「――少し、冷えて来たな。泰継、平気か?」
 少し冷たい夜の空気を深く吸い込んだとき。こちらに視線を向け、天狗が口を開いた。
「大丈夫だ。澄んだ気を感じられる」
 返答してから、瞼を閉じた。気が、満ちて行く。北山の気は、いつも美しい。
 私と彼は、ときおり北山で気を得ている。今宵も天狗が声をかけてくれたので、共に自らを浄化しているのだ。
「そうか。夜の北山も綺麗だな」
 隣に立っていた彼は、呟いて、空を見上げた。
「そうだな……」
 天狗に同意してから、私も上を見る。だが私は、夜空ではなく、その横顔に視線を向けていた。
 深く呼吸をしているときの彼は、普段と少し違う雰囲気を纏っているように思う。いつもは良く笑う天狗
が、静かに呼吸を繰り返す。その姿は、とても美しいのだ。
 無論、普段の彼も、私は綺麗だと思っているが。
 鼓動が、速かった。夜気は冷たいが、頬は熱い。
 そして。空へ視線を向けようかと思ったとき、天狗と目が合った。
 ずっと見ていたことに気付かれたかもしれない、と思ったが。
 穏やかに笑って、彼は口を開いた。
「――昔は寝ているだけだったが、今は、お前がいてくれるから夜も楽しめる」
 優しい声。頬が更に熱くなったが、不快ではなかった。
 天狗を少しでも喜ばせることが出来たのなら、嬉しい。そして私も、彼と過ごせる時間はとても大切だと思っ
ている。
 ゆっくりと、私は告げた。
「私も……天狗が傍にいてくれると、嬉しい」
 伝え終わったとき、彼の腕が私の身体へと伸びて来た。
 天狗は、腕に力を込める。そして、唇を私のそれに重ねた。
 愛しい、温もり。
「――帰るか。庵で、もっとお前に近付きたい」
 しばらくして、私を解放した後、彼は唇を動かした。
 断る理由は、ない。
 私は、そっと、頷いた。


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