湯にはない

 朝の、訪れを感じた。起き上がろうと、瞼を開く。
 だが、それは出来なかった。私の身体は強く抱きしめられていたからだ。
 絡んでいる腕からは優しい温もりが伝わって来る。
 この腕が解かれるのは、少し寂しい。だが、そうしなければ起きることは出来ない。
「――天狗」
 小さな声で、呼びかける。すると彼――天狗は、ゆっくりと目を開け、腕の力を緩めた。
「……お早う、泰継」
 私を呼ぶその声は、起きたばかりのため普段よりも低い。だが、そこに含まれる優しさはいつもと変わってい
なかった。
「お早う……っ」
 私も、彼に挨拶を返す。だが腰に痛みが走り、言葉の最後におかしな声を上げてしまった。
「どうした?やはり……痛むか?」
 天狗は、不安げにこちらを見る。
 昨夜は彼とひとつの褥に入ったので、確かに痛みは残っている。だが、それほど激しくはない。
「――大丈夫だ」
「――すまなかった」
 だがそう伝えても、天狗の顔は曇っていた。
 責任を、感じているのかもしれない。だが。
「……謝る必要はない。温めればすぐに治る」
 彼に、謝って欲しくはない。私は怒ってなどいないのだ。それにこの程度の痛み、湯で温めればすぐに鎮ま
る。
「そうか……」
 彼は呟くと、少しの間沈黙した。
 どうしたのだろう、と思った、そのとき。
 私の腰に、掌が当てられた。
「――天狗?」
「――こうすれば温まるだろう?どうだ、少しは楽になったか?」
 私が尋ねると、彼は穏やかに笑いながらゆっくりと手を動かした。
 天狗の手から、温もりが伝わって来る。湯とは全く違うが、痛みは軽くなっていた。
 彼の手から、湯にはない、優しさを感じる。
「――ああ」
 頷いて、私はそっと目を閉じた。まだ時間も早い。しばらくの間、こうしていたいのだ。
 天狗は、そうか、と唇を綻ばせる。
 そして優しい手を止めることなく、私に温もりを与えてくれた。


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