唯一無二

「泰継、帰ったぞ」
「ああ、天狗。お帰り」
 二月十三日、午後六時。天狗は仕事を終え、帰宅した。
「夕飯出来てるか?」
「ああ。今日はポトフだ」
 天狗はやや大型の黒い鞄をガラステーブルに置くと、コートを脱ぎ捨て、大き目のソファーに腰を下ろした。背広の
上着のボタンを外し、同時にズボンのベルトも緩める。
「疲れているようだな、今日はゆっくり休め」
 泰継は料理を盛る手を止めた。キッチンから出て天狗の傍に歩み寄る。脱ぎ捨てられたコートと、置かれたバッグを
手に取った。
「部屋に運んでおくぞ」
「ああ、頼む」
 天狗の返事を聞き、コートとバッグを持ち上げる。そのとき、僅かだがバッグがいつもよりも重量を増していること
に気付いた。
「天狗、少しバッグが重いようだが……」
「ん、ああ、それか」
 天狗は泰継の手からバッグを受け取り、ファスナーを下げて中身を見せた。中には、綺麗にラッピングされた箱がた
くさん並んでいる。
「……?何だ、これは」
「バレンタインのプレゼントじゃ。明日は定休日だからな」
 天狗がウェディングプランナーとして勤務しているホテルは、バレンタインデー当日は休みなのだ。
「なるほど、それでか。では、これは出しておくぞ」
 泰継は中から手際よくプレゼントだけを取り出しテーブルの上に置くと、もう一度バッグを手に取った。
「ああ――でもな、泰継」
 部屋から出ようとする泰継を、天狗は呼び止めた。
「何だ」
 泰継は振り返る。天狗は続けた。
「……去年より、随分少なくなったと思わんか?」
「……そうだな」
 天狗は言う。泰継も返事をし、リビングを後にした。

 翌日、午前九時。天狗が起床しリビングのドアを開けると、既に制服に着替えている泰継がいた。
「あれ?泰継、今は学校休みじゃなかったか?」
 寝癖のついた髪を触りながら天狗が訊く。泰継は遙か学園高等部の三年生だ。遙か学園は中高大一貫校なので、既
に進級試験の済んでいる今、三年生は自由登校となっている。泰継も昨日は制服ではなく、飾り気のない服を纏って
いた。
「ああ、お早う、天狗。学校は休みだ。だが、今日は美化委員会がある。昼頃には帰る」
 そう答え、髪を後ろで一つに束ねた。
「朝食は用意してある。では、行ってくる」
「そうか、分かった……けど、今日出かけるとお前も大変だろうな」
 天狗は意味深な笑みを浮かべる。泰継は一瞬眉を寄せたが、すぐに合点がいった。
「……今日は、十四日か。だが、大丈夫だ。周りの者には伝えてある」
「……そうか」
 泰継の答えを聞き、天狗は頷いた。

「天狗、帰ったぞ」
 しばらくして、泰継は帰宅した。時間は正午を少し過ぎたところだ。
「ん、ああ。お帰り、泰継」
 朝と変わらぬパジャマ姿のまま、天狗は泰継を迎えた。
「まだ着替えていなかったのか」
 やや呆れたように言う泰継に、天狗は返した。
「ずっと二人で家にいるんだから良いじゃろ」
「……それはそうだが」
 泰継の頬が熱くなる。二人きりで生活しているということを改めて実感したのだ。
「おっ、やっぱり貰ったんじゃな」
 頬に熱を感じ泰継が沈黙していると、天狗が声を上げた。
「何だ?」
 一瞬言葉の意味が理解出来ず泰継が尋ねると、天狗は答えた。
「これじゃ」
 天狗は、泰継の右手の小さな紙袋を指差した。
「ああ、これか」
 天狗が言ったのは、バレンタインデーのプレゼントのことだった。
 今日泰継は、多くの者からプレゼントを贈られた。だがそれでも、昨年に比べればその量は格段に減っている。
「結構あるな……だけど、随分減ってる」
 紙袋の中を覗き、天狗は言う。
「ああ……だから言っただろう、きちんと周りの者に伝えたと……お前も、伝えてくれたのだろう?」
「……ああ、もちろんじゃ」
 天狗は、優しい声で答えた。

 泰継と天狗は、一年半ほど前から共に暮らしている。互いに、心から想い合っている。しかし、二人共その麗しい外
見に惹かれてなのか、今でも多くの者から想いを寄せられている。天狗は公表しても良いと思っているが、泰継が抵抗
するため、二人の仲を知っている者は泰明と晴明以外にはいない。そのため、バレンタインデーには多くの者からプレ
ゼントを貰うのだ。
 いくら互いのことを信頼していても、やはり大量の想いを贈られる恋人を見ると、不安になってしまう。思案した天
狗は、泰継にこう提案したのだ。
 周りの者に、恋人がいるからバレンタインデーにプレゼントを贈られても気持ちには答えられない、と伝えてはどう
か、と。
 天狗と泰継はこれを実行した。友人との雑談中にその話題になったときなどに、それとなく周りの者に告げたのだ。

「――本当は、少し抵抗もあったのだ。私を、大切に想ってくれる者の想いを、拒絶するということに……」
 泰継は、俯いた。
「泰継……」
「……だが、それでも」
 天狗の顔を見上げる。
「――それでも、私にはお前だけなのだ、天狗」
 天狗は、そっと泰継の右頬に触れた。
「――ああ、儂にもお前だけじゃ、泰継」
 天狗は身を屈め、泰継と目線を合わせた。そして、互いに瞼を閉じ、ゆっくりと唇を重ね合わせた。

 長いキスの後、二人は唇を離した。
「……天狗、昼食は、どうする?」
 照れを押し隠すように、泰継は言う。
「そうだな……何でも良い。適当に何か作ってくれ」
 天狗は微笑みながら、そう答えを返した。
「――ああ、分かった」
 泰継はキッチンへ向かおうとする。
「……ちょっと待て、泰継」
 しかし、それを止めるように、天狗は泰継の腕を掴んだ。
「何だ、天狗」
 泰継は首を傾げる。天狗は、言った。
「……どうせだから、一緒にトリュフも作らないか?」
 一昨日、共にトリュフの材料を買いにいったのだ。折角のバレンタインデーなのだから、何かを作りたい、と天狗が
言ったからだ。
「……ああ、分かった」
 泰継の答えを聞き、天狗は目を細めた。






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