よに


「――泰明」
 天狗の腕が、私を包んだ。呼吸が、一瞬止まる。思わず、天狗の瞳から逃げた。身体を、少し捻る。
 壊れそうな胸が、私を苦しめる。だが、天狗の唇は笑みを消さなかった。
 揶揄されているのだろう。少し、怒りを表す。
「笑う、な」
「惑う姿を傍で目に映したいと思っては、罪か?」
 天狗の唇から、揶揄するような笑いが消える。
 美しい、瞳。嘘は映らない。
 招きを了承し、夕刻、北山の住居に身体を寄せた。夜は更けたが、今日邸に戻る必要はない。お師匠の許可
も、得ているから。
 ずっと、天狗の傍に足を揃える。
 だが、やはりあしらうような微笑みは嬉しくない。
「……度を超して揶揄すれば、帰る」
 小さく、説明する。あまりにも揶揄されれば、恐怖も湧く。あしらうことが幸せなので、傍にいるのだろうか
と。
「困る、な。許してくれるか?」
 天狗は、首を少し横に傾けた。
 あまり困っているようには、見えないが。
 微笑みは、とても優しかった。許されたいのだろうか。
 しばらく、瞳を見つめる。胸は苦しいが、逃れようと身体は捻らなかった。
 瞬かず、見つめる。天狗の瞳に、嘘は映らない。私の姿を、少しも消さずに映し笑った。
 嬉しさが、強まる。
「今の微笑みは、嬉しく、思う」
 揶揄もなく、穏やかな表情。ずっと、傍で過ごそう。
 私をあしらえることも理由だろうが、傍にいることで幸せを芽吹かせているのだろう。
 ゆっくりと、目を瞼が塞ぐ。そして、私の唇はそっと包まれた。
 身体を包む単に、手は伸ばされていると、目に映せなくとも分かる。だが、逃げない。
 帯も、除かれたらしい。少し身じろぐ。だが、逃げずに、頷いた。


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