よで


「泰継、話せるか?」
 午前零時。泰継の部屋に、静かな言葉を振る者がいた。
「天狗。尋ねる必要もない。話を聞かせて欲しい」
 書を読む手を止め、泰継は頷く。彼の願いは、拒みたくないのだ。休むことは、少し夜が更けても可能だと思
う。
 ゆっくりと、足を踏み込む天狗。そして、穏やかな唇が見えた。
 扉は、そっと位置を戻す。泰継は、手に小さな箱を携えた彼に見つめられた。美しく、包まれている。
「ありがとう。では、ほら」
 持つ箱を、ゆっくりと示される。
 しばらく箱と天狗を見つめる。少し予想を浮かべられるようになったとき、訊いた。
「……私に、贈る箱なのか?」
 彼の手が、ずっと箱を泰継に寄せている。天狗は、頷く。笑みを崩さず、待っている。
 泰継がそっと箱に手を添えたとき、彼は安堵したように息を零した。そっと、膝に箱を寄せる泰継。天狗の言葉
を聞いた。
「誕生日おめでとう、泰継。包み、取ってくれるか?」
 九月九日。泰継が、命を宿した日に、祝う品をくれたらしい。
「ありがとう」
 小さく礼を伝え、静かに包みを取る。
 包みが守っていたのは、素朴な魅力を見せてくれる箱と思われる。説明の文が記載されている蓋を読む。手作
りの箸を、備えられた木から木工するらしい。
「変わっているだろう。嫌か?」
 彼の言葉に、首を振った。
「――嬉しい。懸命に、作る」
 箸を作ったことはない。だが、天狗の贈ってくれた品だ。努力する。
「心配なさそうだ。泰継は、きっと美しく工夫する」
 優しく笑う彼。美しさに見惚れながら、泰継は訊いた。
「天狗。使っても、怒らないか?」
 膝に置いた箱を、彼に指で示す。
「今、始めたいようだな。では、邪魔せぬよう部屋に……」
「横に並び、作りたい。天狗と、使わせてくれないか?箸を、作って贈りたい」
 去ろうとする彼を、止めた。
 わがままと、知っている。だが、今天狗と箸を作りたい。そして、礼を伝え作った品を渡すつもりだ。
「儂の記念日は、不明だ。祝すことはない」
 足は止めたが、傍に戻らず彼は首を振る。
 だが、逃げて欲しくない。泰継は、黙さず見つめる。
「私が贈られた品だ。天狗と使うことが、嬉しい」
「泰継……」
 瞬きもせず、彼は呟く。惑っているようだ。
「迷惑、か?」
 俯き、尋ねる泰継。だが。
「嬉しい。ありがとう。泰継の分は、任せてくれるか?」
 傍から、優しい問いが聞こえ、頷いた。

「――天狗」
 箸が、目に映ったとき。彼を、見つつ示した。
「美しいな。飾りたいほどだ」
 作業をやめ、天狗は褒める言葉をくれる。
 家に備えた小刀から容易に削れたが、美しく作ることは難しく、疲労は少し指に現れている。だが、幸せだ。
彼の傍で、努力するときは愛しさで苦も消える。
 客用の小さな椅子に腰かけた天狗を見つめ、泰継は頷いた。
「右手の箸も、素晴らしい。過度に削られておらず、素朴な魅力が胸に響く」
 彼は、才を見せてくれた。飾り用の削りも施されているが、持つ際に手は阻害されないと思う。美しく、使い
やすそうな箸だ。
「――泰継」
 箸に見惚れ、手を止めていたことが、理由だろう。
 刹那、泰継の唇が、天狗に遮られた。
 瞼で、瞳を塞ぐ。唇に、愛でられた。
 作業は、ほぼ済んでいる。抗わず、泰継は身体を少し寄せた。


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