破って


「お師匠っ……」
 単の帯に、師の手が伸びて来たとき。私は、思わず声を上げた。
「泰明。大丈夫、か?」
 師は、真っ直ぐに私の目を覗き込む。だが、その言葉にもすぐ答えることは出来なかった。
 お師匠の温もりを確かめるとき、私の胸は満たされる。だが、熱の宿ったその瞳がすぐ傍に来るとき、いつも
呼吸が止まりそうになる。
 音や光の小さくなる、静かなこの時間。だが、その静寂を、私の声が破ってしまった。
 師が、私の庵に来てくださったのだから、もっと上手く応じたい。だが、酷く熱くなった身体は思った通りには
動かぬのだ。
 いつか、師を呆れさせてしまうかもしれない、とすら思う。
 だが、そのとき。
 お師匠の手が、そっと私の髪をなでた。手の動きも、笑顔も、とても優しい。
 安堵を齎すその手に、私はそっと息を吐いた。
 師が、すぐ傍に来るとき、確かに私の身体は熱くなる。だが、それ以上に、優しい温もりが胸に宿るのだ。
 上手く応えられない自分は、好きではない。だが、お師匠はそれすらも受け入れてくださる。
 それが嬉しいから、傍にいて欲しいと思うのだ。
「――お師匠が手を伸ばしてくださるときは、幸せ、です」
 深く呼吸をしてから、私は告げた。どれほど稚拙な動きでも、師は決して咎めないから、私はもっとお師匠に
近付きたいと思うのだ。
「……ありがとう」
 一瞬目を見開いてから、お師匠は唇を綻ばせた。
 そして。もう一度私が纏う単の帯に指をかけ、そっと引いた。


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