渡すよりも


「泰継」
 午前零時。扉の外から名を呼ばれ、私は読んでいた本を閉じた。
「天狗。どうした?」
 視線を扉に向け、問いかけると、天狗は静かに中へ入って来た。
 ゆっくりと、彼は近付いて来る。良く見ると、小さな袋を携えていた。何か見せたいものでもあるのだろうか。
「これを、渡そうと思ってな」
 彼は持っていた布製の袋を、思考を巡らせている私にそっと近付けた。
「これは……」
「誕生日おめでとう、泰継」
 私が箱について尋ねるよりも早く、天狗は唇を綻ばせていた。
 九月九日。今日は確かに、私が生を受けた日だ。
「――そうか。ありがとう、天狗」
 一度深く息をしてから、告げた。
 胸が、満たされて行く。この日を祝ってくれたことも、優しい瞳を私に向けてくれたことも、嬉しかった。
「どういたしまして。中、見てくれるか?」
 真っ直ぐにこちらを見る彼に、頷いた。
 ゆっくりと、手触りの良い袋を開ける。
 中にあったのは、綺麗な缶だった。
 静かに蓋を取ってから、その中にあるものを確認する。
「飴、だな」
 私は、呟く。中には、串付きの小さな飴がいくつもあった。
「そうだ。嫌いではない、か?」
「――大丈夫。好き、だ」
 その問いに、返答する。疲れを取ってくれる甘味は好きだ。天狗に贈られたものだから、尚更嬉しい。
「……そうか。食べ終わったら、缶はペン立てにでもしてくれ」
 安堵したのか、彼は小さく息を吐いてから穏やかに笑った。
「分かった。ありがとう、天狗」
 そっと、缶をなでる。余計な飾りがなく、色も綺麗だ。これを部屋に置けることが嬉しかった。
「気に入って貰えたなら、嬉しい。だが……後でケーキも食べるのだから、やはり菓子ではないものを選ぶべき
だったか」
 彼は選択を少し後悔しているのか、ひとりごとのように呟いた。
「そんなことは、ない」
 その目を見ながら、唇を動かす。私はこれを貰えて、本当に幸せだと思った。悔やむ必要はない。
「だが……」
 天狗はまだ不満があるのか、少し目を伏せていた。
 私の気持ちを、分かって欲しい。
 しばらく思案してから、小さな飴をひとつ手に取り、セロファンを剥がしてから口に入れた。
 檸檬の味が、広がる。
「――お前が贈ってくれたものだから、嬉しい。それに、甘いだけではなくほどよい酸味もある」
 とても美味しい、と思った。彼は、良い選択をしたのだ。
「――では、味見させてくれないか?」
 天狗は目を見開いていてこちらを見ていたが、ほどなくして私に一歩近づいて来た。
 そして、缶を渡すよりも早く。
 彼は、唇を私のそれに重ねていた。
「――てん、ぐ」
 しばらくして解放されたとき、小さな声で彼を呼んだ。
「――確かにこれなら、そこまでケーキと味は被らんな」
 天狗は、笑顔で私の瞳を覗き込む。
 想いは、伝わったらしい。
 私は頬の熱を感じながら、そっと頷いた。


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