後ろから

「……お師匠」
 聖夜の宴を済ませ部屋で余韻に浸っていた晴明は、扉へと視線を向けた。
 泰明が、自分を呼んでいる。先ほどまでは天狗と泰継も交え宴に参加し、楽しそうに過ごしていた彼だが、今
の声はとても静かだ。
 何か用事があるのだろう。椅子から降り、扉のすぐ近くへと移動する。
「泰明か。おいで」
「――はい」
 促すと、静かに泰明が入って来た。後ろ手に扉を閉めた彼は、何かを訴えるように唇を動かす。
 だが、その口はすぐに閉じられてしまった。泰明は俯く。言葉を紡ぐことを躊躇っているのだろうか。
「……どうした?」
 彼と目を合わせ、出来る限り優しく訊いた。自分に遠慮することはない。話したいことがあるのなら、教えて欲
しい。
 泰明はしばらく沈黙した後、ゆっくりと視線を晴明に移し、口を開いた。
「……これを、受け取っていただけないでしょうか」
 後ろに回っていた彼の手が差し出される。そこには、綺麗な紙で包まれた小さな箱があった。
「これは……」
「今日は、聖夜ですから」
 こちらを見つめ、少し緊張したように泰明は言う。
 この聖なる日に、彼は自分への贈りものを用意してくれたのだ。
「――そうだな。ありがとう、泰明」
「……はい」
 嬉しさを感じながら、そっと箱を受け取る。そのとき、彼の唇が綻んだ。
 泰明の許可を得てから、慎重に紙を剥がし、箱を開ける。そこには、美しい墨が収められていた。気持ちを鎮
めてくれるような、落ち着いた香りもする。
 陰陽師にとって墨は必需品だ。泰明はとても良いものを選んでくれたと思う。この墨は大切に使用したい。
「ありがとう。私からも、お前に贈りたいものがある」
 彼に告げてから、晴明は机の前に行った。そして引き出しから泰明への贈りものを取り出し、彼のもとへと戻
る。
「ありがとうございます」
 箱を差し出すと、泰明は深く頭を下げながらそれを受け取ってくれた。
「中を確かめてくれるか?」
 彼に告げる。受け取ってくれたことには安堵したが、中の品は喜んで貰えるだろうか。
 泰明は頷き、ゆっくりと箱を開けて行く。
 中にあるのは、木製の小さな櫛だ。彼の綺麗な髪を、これが梳いてくれたら良いと思う。
「……とても美しいです。ありがとうございます」
 泰明は櫛を胸に抱き、もう一度頭を下げた。声はとても柔らかい。どうやら、気に入って貰えたらしい。
 だが、と、晴明は彼の持つ櫛を指差した。
「……泰明。この品にはひとつ欠点があるのだ」
「欠点?」
 首を傾ける彼に、晴明は告げる。
「お前は既に、櫛を持っているだろう」
 贈りものとして用意してから気付いたことだが、泰明はもう日常的に櫛を使っている。自分の贈ったこれは、
無駄になってしまうだろう。
「ですが、お師匠が下さったものは特別です」
 泰明は真っ直ぐな目をこちらに向けた。思いがけない言葉は、晴明の胸に温もりをもたらす。
「……ありがとう。だが、普段からいくつも櫛を使えるわけではないだろう。だから」
 彼の持っている櫛をそっと手に取る。泰明は目を見開いた。その間に、彼の後ろへと回る。
 そして、美しい髪に櫛の歯を入れた。
「……お師匠」
「……私がお前の髪を梳かすときだけ、これを使おうと思う。それで良いか?」
 小さく自分を呼ぶ泰明に、問いかける。自分がこの櫛を使い綺麗な髪を梳かすことを、許して欲しいのだ。
 櫛を滑らせながら、答えを待つ。
「――はい」
 小さな声が聞こえたとき、晴明は感謝の言葉を述べ、彼を後ろから抱きしめた。


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