倦む


「晴明」
 二月十四日、夜。天狗は、広い窓を見つめながら家主を呼んだ。
「足労すまないな、天狗」
 ほどなくして、彼の手によって窓の位置が変えられる。
 軽い足取りで部屋に踏み込み、窓を戻した。
「構わん」
 二月十四日。一番に逢おうと決めていたのだ。互いに、想いを贈りたいから。静かに、空を駆けて晴明のもと
を訪れた。背の邪魔にならぬよう、腰から足を守る服のみに変えて。
 家主である彼は、唇を綻ばせる。片手に提げていた綺麗なフロストバッグを、天狗に見せながら。
「――では、贈ろう。ガナッシュサンドイッチだ」
 ゆっくりと手を伸ばし、天狗は頷く。
「ありがとう。ほら、儂からはアーモンドチョコだ」
 そして、同じく提げていたバッグを渡した。
「ありがとう。天狗、余裕があれば贈った品の質を試してくれ」
「分かった。晴明も、遠慮するな」
 返答してから、彼を促した。是非、質についての想いを聞かせて欲しい。
「では……」
 晴明は頷き、近くの椅子に腰かけた。
 テーブルにバッグを置き、しまわれていた箱を丁寧に取る。
 そして丁寧に解き、チョコレートをそっと持った。
 彼の唇が、チョコレートに寄せられる。
 指から、チョコレートは消えた。舌で、転がしているようだ。
 晴明は、瞼で瞳を塞ぎ笑っている。ゆっくりと質を見てくれていることが、こめかみからも分かった。
 嬉しい、と思った、から。
 そっと、天狗は彼の傍に身体を寄せた。
「晴明――」
 彼を、呼ぶ。
 返答は聞かず、そっとこめかみに唇を寄せた。
「驚いた、な」
 瞼で塞ぐことをやめた瞳に、天狗が映される。瞬いてはいないので、少しは驚いているらしい。
「――歯まで弾んでおるようで、嬉しかった。悪いな」
 そっと、謝罪する。だが、幸せで、傍にいたいと思ったのだ。
「新鮮だったので、私も幸せだ」
 怒ることなく変わらず笑っている晴明。
 安堵しながら、天狗は、礼を述べた。


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