うき


 夜。私の庵で、ゆっくり過ごす者がいた。
「晴明。悪くない辛さだ」
 褒めてくれた賓客に、瓶子を見せた。更なる酒は必要だろうか。
「天狗」
 彼の希望に従い注ごうと思う。
 天狗は、無二の客だ。酒を、不足させたくない。庵の宴に呼んだところ、彼は嬉しそうに頷いてくれたの
だ。隣の笑顔は、泰明が眠ったときの小さな宴を華やかにしてくれる。
 ゆっくり、過ごしたいと思ったとき。
 天狗は、静かに私を見た。酒が、必要なのだと思う。彼に、渡そう。備えは充分だと、思ったとき。
「遠慮せず貰うが……晴明」
「天狗?」
 彼は貰う、と要望しながら、杯を寄せなかった。困る。手が、彷徨う。無理に杯を取ることも失礼だろう。瓶子
を傾けられない、と思ったが。
 瓶子の底に添えた手を、彼に見られていると分かった。
 天狗に、必要、なのだろうかと思った。そして。
 杯を戻した彼は、唇を、私の手首に寄せた。
「――寄せやすい」
 天狗は、嬉しそうに呟いた。
 彼の唇に守られたようで、安堵する。遠慮しない唇に少し驚いたが、意識せずに添えた手は思わぬ嬉しさを掴
んだらしい。
 彼を見つめ、問いかける。
「酒より、幸せをくれたか?」
 少し酔っているようだが、天狗の優しさは消えておらず、幸せだった。彼も、嬉しいのだろうか。
 唇を寄せることはやめ、天狗が頷いた。恐らく彼の唇には敵わないだろうが、私の手首も、安らぎを与えられ
たのかもしれない。幸せが更に募り、息を吐く。
 そして、宴の幕を引きたくないと思ったとき。
 彼に杯を寄せられたので、愛しさを込め、静かに、注いだ。


トップへ戻る

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル