拙い表現

「――泰継。近くに行っても、良いか?」
 夕餉も摂り終えた、穏やかな時間。これから何をしようか、と円座の上で考えていた私に、天狗は言った。
「……ああ」
 僅かに思案してから、私は答えた。少し驚きはしたが、彼が傍に来てくれることを拒むはずがない。
 天狗は唇を綻ばせ、正座している私のもとへと歩いて来た。そして、真正面に跪く。
 顔には笑みが浮かんでいるが、瞳は真剣だ。それに気付いた私が息を呑んだとき、彼の掌に頬が包まれた。
「……泰継」
 胸の奥にまで響くような、深い声。私は、応じるために瞼を閉じた。
 胸が、高鳴る。
 ほどなくして、唇が柔らかいものに接した。
「――天狗」
 唇が解放されたことを悟ってから、私は目を開けた。視線の先には、笑顔の天狗がいる。
「……これからは、予定もないだろう?しばらく、こうさせてくれ」
 彼の腕が、私の身体を抱きしめた。
 幸せだ、と、思う。
 天狗の近くにいると、いつも優しい気持ちが溢れ出して来る。しかし、私はそれを上手く表すことが出来ない。
 いつも、彼には感謝している。私は、天狗のことを大切に想っている。だが、言葉でも行動でも、その全てを伝
えることは難しいのだ。
 やはり私は不完全なのだろうか。もっと才があれば、このように立ち止まることなどなかったのかもしれない。
 しかし。
「――ああ。天狗」
「何だ?」
 呼びかけると、天狗はすぐに返事をしてくれた。腕の力は、まだ弱まらない。
 ほんの少しでも、彼にこの想いを知って欲しい。良い方法は浮かばないが、黙っていることなど出来ないのだ。
 天狗の胸にそっともたれかかる。そして、たった一言、私は告げた。
「――お前が、好きだ」
 彼はどう感じたのだろう、と考えた瞬間、上からありがとう、という柔らかな声が聞こえて来た。
 拙い表現だったが、天狗は受け止めてくれたようだ。


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