伝えられない

  晴明は、北山の天狗のもとを訪れていた。
「――晴明」
「どうした、天狗?」
 すぐ隣に立っていた天狗の声に、晴明は答える。
「……八葉になってから、泰明は変わったな」
 天狗は新緑の葉を見つめながら目を細める。
「――そうだな。泰明は確実に変化している」
 泰明が八葉になってひと月ほど経つ。かけがえのない者たちと出逢ったことで、少しずつではあるが泰明は心
というものを理解し始めたようだ。
「あやつが幸せを知る日も、そう遠くはないのかもしれないな」
「――天狗は優しいな」
 柔らかな声音で呟いた天狗に、晴明は微笑みかける。
「はっ!?」
 天狗は目を丸くして晴明を見た。
「いつも、泰明の幸せを願ってくれている」
 天狗と泰明は全く異なった性質を持っている。そのため、二人が会話をするときはいつも口論となっている。
しかし、晴明は知っているのだ。天狗が泰明を見守ってくれているということを。
「――知己の幸せを願うのは当たり前だろう」
 天狗はやや決まり悪そうに、自身の癖のある髪をかいた。
「ふふ、そうか」
「――だから、晴明。お前にも幸せになって欲しいと思っている」
 微笑した晴明に、天狗は真剣な声で言った。その表情に、晴明は思わず息を呑む。
「天狗……」
 晴明は小さな声で答えた。
(天狗……お前は本当に優しい……)
 本来は人と交わることなどありえない大妖。だが、天狗は晴明や泰明にいつも力を貸してくれる。
(私への助力は惜しまない、と……お前は、そう言ってくれたな)
 晴明の妻は、天狗に最期の願いを託して息を引き取った。晴明の陰の気を、自分の亡骸に移して欲しい、と。
あのときも、天狗は晴明に協力した。晴明の内の陰の気は強すぎた為、妻の亡骸へ移すことは叶わなかったが、
暴走しそうだった陰の気を練り泰明を造る際も、天狗は力を貸してくれたのだ。
(お前がいなければ、私は生きられなかった――)
 晴明は、天狗の顔を見上げた。
「――晴明、どうかしたのか?」
「――いや、何でもない。気にするな」
 怪訝そうに尋ねる天狗に、晴明は笑顔で返す。
「晴明……儂は頼りないのか?」
 だが天狗の低い声を聞き、晴明の顔から笑みが消えた。
「――そのようなことはない」
「だったら何で本心を言わない」
 天狗は、真っ直ぐに晴明の目を見つめた。
「それは――」
「儂は、お前にとってその程度の存在なのか?」
 天狗の声には、悲しい響きが含まれていた。
(――そうではない。お前は大切だ……しかし)
 愛していた妻が先立ってしまったように、この想いを伝えたら天狗がいなくなってしまうかもしれないと、晴明は
思っているのだ。
「……天狗」
 晴明は、天狗の胸に額を押し当てた。衣越しに彼の温度が伝わってくる。
「せい――」
「――すまない」
 声が震えていることが、自分でも分かった。
「晴明……」
 天狗は、ゆっくりと晴明の背中に手を置いた。
(天狗――すまない)
 晴明は、静かに目を伏せた。


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