特別な料理 「天狗、今――」 「泰継!」 八葉としての任務を終え帰宅した泰継は、突然天狗に抱きつかれた。 「……どうしたのだ、いきなり」 わずかに頬を桜色に染め、ゆっくりと尋ねる。一体、何だと言うのだろう。 「腹減った!早く飯作ってくれ!」 「な……」 予想外の言葉に、泰継は眉を寄せた。 確かに、今日は普段よりも遠出をしたため、帰宅はいつもよりも遅くなった。だが、特にどちらが食事を用意 すると決めていたわけではない。空腹感を覚えたのなら、自分で何とかすれば良いだろう。泰継は天狗から身体 を離した。 「……空腹を感じたのならば、自分で何か作れば良いだろう」 長い間共に暮らしているが、天狗の料理の腕はなかなかのものだ。味には無頓着な泰継でさえそう感じていた。 自分で処理出来るはずなのに、何故それをしなかったのか。泰継にはそれが理解出来なかった。 「お前の料理が食いたいんじゃ」 「何故だ。お前は自分でも用意出来るはずだ」 確かに泰継も料理は上手い。以前神子の提案で紫姫の邸にて宴会を開いた折、八葉と神子達に手料理を振舞っ たが、皆大変喜んでくれた。だが、天狗の腕もそれに勝るとも劣らないはずだ。 天狗は少しの沈黙の後、口を開いた。 「だけど……好きな奴が自分のために作ってくれた料理って、それだけで特別なものだろ」 「……」 泰継は口を噤んだ。天狗の気持ちは、泰継にもよく分かった。 まだ泰継の眠りの周期が常人と異なっていた頃、三月の眠りから覚めると、天狗は必ず温かな料理を食べさせ てくれた。その頃はまだ感情の起伏に乏しかったが、その料理を食せば、胸が満たされるような気持ちになった。 きっと、天狗にとっての自分の料理も、そのように特別なものなのだろう。 「……分かった。少し待っていろ」 「おお!ありがとうな、泰継」 天狗は満面の笑みで言った。泰継は微笑みを返し、炊事場へ向かった。 |