てた

 
「泰明、会ってくれるか?」
 午前零時。晴明は紙袋を運び、彼のいる場所を見つめて小さな声を聞かせた。
「お師匠。無論、です」
 静かな声が響く。晴明はそっと頷き、手を伸ばした。
 泰明の邪魔はしない。開いた扉から、そっと踏み込む。傍に、いられる。
「ありがとう」
 晴明は言葉を紡ぐ。彼の座る椅子に、近付いた。
 紙袋を、机の隅に移す。泰明は目を見開きながら、呟いた。
「綺麗な袋、です」
 褒められたことは嬉しいが、知らせると決める。
 晴明は、少し待つ。彼の、傍だ。
「生まれた日を祝う。おめでとう、泰明」
 そっと、補足する。
 九月十四日。大切な彼の、記念日だ。
 泰明は椅子から移らず、晴明を見つめる。言葉に迷っているらしい。謝罪しようと思ったとき。
「――お師匠の気持ちが、響きます。ありがとう、ございます」
 小さな声が、聞こえた。美しい微笑に見惚れる。晴明は、そっと呼吸した。
「中の品も見ると良い」
 彼は頷き、ゆっくりと紙袋に手を添える。包装されていた箱も、丁寧に解いてくれた。
 木製の鼠が、現れる。
「美しい、です」
 呟きに安堵しつつ、晴明は教える。
「進ませれば、背の飾りも回転する」
 小さな、木で作られた鼠の雑貨。足と背に球を持っている。進退させると、背の球もゆっくり回転するのだ。
 幼子が手に取る品。だが、とても繊細なもの。木の温もりと美しさから、年齢を問わず癒しを得られる。
 泰明は、いつも努力している。少しでも安らぎになれば良いと思い、選んだ。
 手を添え、彼はゆっくりと鼠を前後させた。背の球も、静かに回る。
「――お師匠。試しますか?」
 泰明の言葉が響く。自分にも触らせてくれるらしい。
 晴明は彼と目を合わせ、頷く。すぐに、何度か木を回転させた。
「愛らしい、な。泰明、戻りなさい」
 ほどなくして、話した。彼に、もう一度見て貰おう。既に鼠は、泰明の所有物だ。
 そっと鼠を持つ彼。晴明は、手を寄せない。
「ずっと、見つめます。」
「腕を、乗せさせてくれ」
 泰明の言葉を聞いてから、晴明は、そっと願った。
 綺麗な瞳に映される。刹那、そっと腕を傍の身体に回した。椅子ごと、包む。
 鼠を触らない手は、少し寂しい。無論泰明から鼠を盗るつもりはないので、代わりに温もりが欲しいのだ。
 身じろぎは消えない。腕を少し緩める。嫌なのだろうかと、思ったとき。
 泰明の頷きが、映った。迷いは残っているが、傍にいてくれるらしい。
 晴明は、安堵する。鼠を操っていたときよりも、強くすると決める。
 愛しさが、積もる。少しずつ、腕に力を込めた。


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