てし


 書を、開いていた。安らぎのときは知識を刻む。文末に、接した刹那。
「泰継、そろそろ手を止めないか?」
 良く知っている声に、聞かれた。
 読むことは止め、振り返り口を開く。
「天狗。すぐに、収納する」
 夜。少し支度すれば、もう休めるときだ。
 彼の言葉に逆らう理由はない。読書は明日でも良い。目を閉じることも無視出来ないから。
 表紙に、手を寄せた刹那。
「あまり急がずにな」
 響いた。手はどかし、もう一度、視線を合わせる。
 天狗は微笑み、そっと距離を詰めていた。すぐ傍で、彼は止まる。息を呑み、天狗と並ぶ。双眸を逸らさな
い。
「――天狗」
 呟いた、刹那。
「しばらく、防ぐ。疲労せずに、ゆっくりと備えてくれ」
 背まで、包まれた。彼の腕から温もりを貰える。
 かろうじて周囲に触れられる、視覚もほぼ使えない状況。だが、振り払う気もない。そっと呼吸しつつ、決め
る。
 今から、指を少し伸ばす。書はそっと持ち直し、普段の位置に戻す。
 いつもならば、浪費しないこと。だが、今の状況では難しい。恐らく時間を使う。
 胸は少し苦しい。だが、疲労もない。天狗は恐らく、急ぎ準備することを止めてくれている。気持ちが、胸に
響く。
 喜びを、話したい。熱もきっと、知られている。
 収納は、示した後にする。
「ありがとう」
 消えない温もりを感じる。距離のいらないとき。
 彼は、顧みない私を知ってくれた。胸の音は、天狗の傍で嬉しさを表す。
 小さく呼吸し、少し机に指を寄せる。
 良く見えないが、書の位置は知っている。
 優しい不自由から移らずに、ゆっくりと、目的の品を手にした。


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