たう


「天狗」
 夕刻。そっと、響いた。木が、ざわめく。驚きつつ、少し歩く。北山が、嬉しそうに思える。
 天狗は、すぐ戸に一歩踏み込んだ。指も、添える。
「晴明。飛ぶ、つもりが踏み込んでくれた。悪いな」
 待ち人だ。微笑が、包む。美しさに、挨拶する。彼は、ゆっくり寄ってくれた。嬉しい。そっと、呼吸す
る。
 元日に、晴明と過ごす。無論、邸まで踏み込むつもりでいた。
 彼を、休ませようと思う。昨年末より、晴明は務めていた。陰陽師は、帝に謁する。
 北山まで踏み込ませた。少し、癒す。天狗の、務めだ。
「泰明と少し挨拶し、北山に移った。今年は、ゆっくり過ごそう。よろしく頼む」
「よろしく。だが、随分距離を詰めたな」
 戸は、遮る。微笑を崩さない彼に、伝える。
 随分、傍で頷く。少し距離を作ったとしても、聞こえるはずだ。
 拒むつもりは、ないが。昨年末から、寂しく過ごした。傍を、移るとは苦しい。ずっと、見つめよう。
 そして。
「移らぬ。挨拶ではなく、他のことに利用する距離だ」
 寂しさは崩さず、説明された。
 ずっと寄っておらず、少し苦しさが増えた。幸せは、きっと癒してくれる。晴明も、傍で待つ。
 ふたりで、距離を崩さぬときだ。そっと、寄る。逃れない。彼と、堪能しよう。
「……分かった」
 頷き、手は備えた。ゆっくり、彼の腰に添える。
 指が、移る。愛しさを、込めよう。互いの寂しさは、埋めてみせる。素敵な、元日だ。
 天狗は、ゆっくり晴明の包まれた足と接する。静かに、見つめる。そして、布が取れるよう手は移した。


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