足された味

「――晴明、先ほどから何故儂を見ている。気になることでもあるのか?」
 杯を傾ける手を止め、天狗は晴明へと視線を向けた。彼は先ほどからあまり酒を口に運ばず、こちらを見つめ
ている。
 今日は、晴明に酒を飲まないかと誘われこの邸へと来た。美酒を堪能しながら多数の花が咲き誇る庭を眺め
る。とても贅沢な時間を過ごしていたのだが、こう見つめられては味も景色も分からなくなってしまう。
 彼は口元の杯を離し、口を開いた。
「すまない。美味しそうに飲んでいるお前を見ると、楽しい気分になってな」
 普段と変わらぬ美しい笑顔。随分と長い時間飲んでいるというのに、晴明は全く酔っていないようだ。
「……まあ、お前とふたりで酒を飲むと普段より楽しめるな」
「本当か?」
 杯を口に運びながら伝えると、柔らかな声で彼は言った。
 天狗は頷き、もう一度唇を動かす。
「味も、ひとりのときや仲間と飲むときより旨いような気がする」
 北山に暮らす天狗族にも酒を好む者は多数いる。そのため、ひとりで飲むことはもちろん、彼らと飲みながら
話すこともある。
 だが同じものを酌み交わしても、晴明が隣にいるときのほうが旨いような気がするのだ。
 傍らにいる彼は酒を口に含む。それから、言った。
「――それはきっと、幸せという味が足されているからだな」
 晴明は唇を綻ばせ、視線をこちらへと向けていた。
「……随分とありきたりなことを言うな。酔っているのか?」
 良く躊躇いもなくそのようなことを言えるものだ、と思いながら、尋ねた。もしかすると、酔いから出た言葉な
のかもしれない。
 だが首を横に振り、彼は返答した。
「いや、私は正気のつもりだが?そして……私も、お前と飲む酒が一番好きだ」
 晴明はこちらに身体を寄せる。
 口調はしっかりしている。ふらつきなども見られない。
 つまり先ほど言ったことは、偽りなどではないのだろう。
「……そうか」
 頷くと、彼の手が頬へと伸びて来た。
 今も、晴明は穏やかに笑っている。だが、瞳の奥に酔いとは別の熱が宿っているようだ。
 彼に応えるため、その身体をゆっくりと抱きしめる。
 そして目を閉じたことを確認してから、そっと唇を重ねた。
 酒よりも、この感触に酔ってしまうかもしれない。
 柔らかな唇を味わいながら、そう、感じた。


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