素直な嘘

 
「泰明、お前のことが嫌いじゃ」
 麗らかな春のある日、北山で天狗がそう告げた。
「――そうか」
 泰明は一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの声色で答え、天狗に背を向け薬草を採りはじめた。
「あー、そのままの意味に受け取るな。お前今日が何月何日か知らないのか?」
「……?」
 泰明は手を止め振り返った。しばらく思案顔で考え込んでから、口を開く。
「今日は卯月一日だ。だが、それが何だと言うのだ。祭でもあるのか?」
「違う、馬鹿。去年神子が言ってた事、忘れたのか?」
「神子が?」
 一年前にこの地に降り立ち、京を救った少女。いなくなってから随分経つが、彼女が一体何だというのだろう。
「神子と今日に何の関係が――」
 そこまで言って、泰明の頭にある出来事が甦った。

 あれは確か皐月の中頃だった。呪詛を祓い、ある程度時間に余裕が出来たため、神子と二人で北山を訪れたこ
とがあったのだ。
 力の具現化を行い他愛のない話をしていたのだが、話題が行事のことになったとき、神子はこう言っていた。
「私の世界には、嘘を吐いても良い日があるんです。四月の一日――こっちの世界では卯月一日、かな。だから
その日は、友達や家族にも騙されないように気を付けないといけないんですよ」

「……聞いていたのか、あのときの話を」
「おっ、やっと思い出したか!」
 天狗は明るい声で言うと、笑みを浮かべながら泰明の頭に手を置いた。
「そーいうわけでさっきのは嘘じゃ……安心したか?」
「……」
 僅かに赤味を帯びた顔を何も言わず背ける泰明に、天狗は少し意地の悪い笑顔で言った。
「なあ、泰明。嘘で良いから『愛してる』とか『好きだ』とか言ってくれんか?」
「――ふざけるな」
 赤い頬のままはっきりと言い切る泰明に、天狗は飄々と返した。
「ああ、お前嘘吐くとボロボロになるもんなー」
「……昔の事をいつまでも……」
 以前の失態をからかわれ、泰明は溜息を吐く。
「ほらほら、良いから言えよ」
 瞳を輝かせる天狗。泰明もう一度大きく溜息を吐いてから、天狗の顔を真っ直ぐに見つめた。
「……私は、天狗のことが――」
 その先の言葉を声に出すことが出来ず、口を噤む泰明。天狗はそっと屈み、そんな泰明と額を密着させた。
「なっ――」
「……言えよ、続き」
 低い声で囁かれ、泰明は思わず目を伏せた。
「――続きを口に出したとしても、その言葉が真実とは限らぬ。お前も、私に嘘を吐かせたいのではなかったの
か?」
「お前が嘘を吐けないことは儂が一番良く知っておる。それに、もう嘘なんかどうでもいい。お前の口から好きって
言葉が聞きたい」
 天狗の声が真剣なものになる。
「――私、は……」
 泰明は、唇を噛んだ。
 泰明は嘘を吐けない。例えどの様な状況であっても、真実をそのまま口に出すのだ。以前、一度だけ神子のた
めに嘘を吐いたことがあったが、胸が酷く痛み、気が乱れた。
 だが、天狗にだけはどうしても上手く本音が紡げない。心の奥底を見られるのが怖いのだ。本当の事を言った
ら、嫌われるのではないだろうか、とそんな不安ばかりが湧いてくる。
 しかし、天狗も泰明のそんな性分は承知していた。
「じゃあお前儂のこと嫌いなんだな?」
「……」
 額に天狗の熱が伝わってくる。そっと目線を元に戻すと、金色の力強い瞳に捕らわれそうになってしまった。
鼓動が速くなる――隠せない。
「……嫌いではない」
「それだけか?」
 掠れた声で答えた泰明に問う。
「……だ」
「聞こえない」
「――好きだ、お前が」
 赤く染まった頬を隠すように俯いた泰明を、天狗は強く抱きしめた。
「……よく言えました、偉い偉い」
 満足そうに天狗は笑う。腕の中の恋人は、自分に対してだけ素直になってくれない。
――けど、それもある意味儂が特別だってことだよな
 春の陽光が、二人を包んだ。


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