正気と熱

「――晴明、決めたぞ」
 眠りと静寂が訪れる刻。褥に背を預けた私に、天狗が低い声で告げた。私に被さるような形で、彼はこちらを
見ている。
「何をだ?」
 理解出来なかったので、言葉の意味を尋ねる。
 私により近付いて瞳を覗き込むと、天狗は唇を動かした。
「今日は、絶対に最後まで正気を保ってやる」
 彼は決して目を逸らさない。そして、その声にも確かな決意が秘められているようだ。
 今私は、自分の庵で天狗と向き合っている。先日誘った際、彼はそれを承諾してくれたからだ。そして、朝に
なるまで共にいようと思っている。
 つまり、最後まで正気を保つ、というのは、互いの温もりを感じている間、ずっと感情を昂らせずにいる、と
いうことなのだろう。だが。
「……そうか。何故だ?」
 何故、そのようなことを決めたのか。理由を、私に教えて欲しい。
「必死になりすぎるのは格好が悪いだろう」
 天狗はすぐに口を開いた。
 どうやら彼は普段の自分を恥じているらしい。それゆえに正気を保つことを決めたのだろう。
 だが、気にする必要はない。どのような天狗も、魅力的なのだから。
「そんなことはない。お前はいつでも美しい」
「……そんな言葉では誤魔化されんぞ」
 私が伝えると、彼は眉を寄せた。本当のことを言ったつもりなのだが、どうやら少し怒らせてしまったらし
い。
 だが、やはり気持ちを無理に抑えることはして欲しくない。
 しばらく黙想した後、天狗に言った。
「――では、これならどうだ?私は、熱くなっているお前を見るのが好きなのだが」
「――晴明」
 彼の目が、見開かれた。
 私を愛してくれるとき。私の言葉に答えるとき。懸命に動き、掠れた声を発する天狗を、私はとても愛しく思う
のだ。
 そのような彼と過ごしているとき、私は本当に幸せを感じる。
「……だから、無理に正気を保つことはない。分かってくれるな?」
 手を伸ばし、天狗の頬に触れる。
 彼はため息を吐いたが、すぐに分かった、と答え、私と唇を重ねた。
 天狗の熱を感じる。
 そう思ったとき、彼の手が単の襟から入り込んで来た。

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