謝罪と感謝

 
   段々と空の色が暗く変わり始める宵の口、楽な姿勢で座っていた天狗は文机に向かう泰継に視線を送った。
 これから就寝するまでは、特にすべきことはない。この時刻は既に八葉として一日の務めは終えているため、
泰継も急な仕事が入ったとき以外はいつもこの余暇を楽しんでいるようだ。
 今、泰継は文机に書を置いている。考えることが好きな彼らしい時間の使い方だ。
 だが、天狗は少し物足りない気持ちを胸に抱いていた。
「泰継」
「どうした?」
 立ち上がり近付いて声をかけると、泰継は天狗に身体を向けた。彼の美しい瞳を、天狗は愛しいと想っている。
 胸に抱いているその想いに逆らうことなく、天狗はその場に座り、泰継を抱きしめた。
「――こうしていても、良いか?」
 やるべきことがない時間は、出来るだけ共に過ごして欲しいのだ。彼が読書をしたがっているということは分
かっているが、この気持ちを抑えることは難しい。
「――ああ」
 泰継は少し考えたようだったが、腕の中で頷いた。こうして彼の時間を邪魔してしまうことは度々ある。そのよう
なときはいつも申し訳ないと思うのだが、泰継は決して天狗を拒みはしないのだ。
 そして彼の傍にいるとき、天狗はどうしようもないほどに幸せを感じる。
「――泰継、苦しくないか?」
 耳元で、尋ねた。強く抱きしめたくもあるが、彼を苦しめたくはない。
「――大丈夫だ。お前はとても温かいから……」
 泰継は身体の力を抜いたようだった。天狗の胸は、再びこの上ない幸福感で満たされて行く。
「そうか――泰継」
「――何だ?」
 読書を中断させてしまっても、彼は時間を共有することを嫌がりはしない。謝罪と感謝を伝えるため、腕に少し
だけ力を込め、すまない、ありがとう、と囁いた。


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