節度は


「泰継」
 扉の向こうから、天狗の声が聞こえた。卓上にあった箱を手早くしまい、私は尋ねる。
「――天狗。どうした?」
「コーヒーを持って来た。飲むか?」
 一度深く呼吸をしてから、私は彼に返答した。
「……ありがとう」
 聖夜である今日、私と天狗は泰明と彼の師が住む邸で開かれた宴に参加していた。
 良い時間を過ごせたと思うが、今は彼とふたりでゆっくり話したい。
 天狗はゆっくり扉を開けて部屋に入ると、後ろ手に扉を閉めた。
 ゆっくりと、こちらへやって来る。良く見ると肘裏に紙袋を提げていた。
 そして。私のすぐ近くで立ち止まり、彼は口を開いた。
「急にすまん。だが、お前に逢いたくてな。ほら」
 持っていた紙袋を笑顔で差し出す天狗。
「これは……?」
「お前に、贈りものだ」
 彼の声は、優しかった。そっと手を伸ばし、それを受け取る。
「――ありがとう」
 小さな声で、礼を述べる。天狗は安堵したのか一度息を吐いてから、口を開いた。
「中、見てくれるか?」
 彼の言葉に頷いて、綺麗な紙に包まれた箱を取り出す。
 慎重に紙を剥がし、箱を開ける。中には、いくつもの窪みがある木製のプレートのようなものが入っていた。
「これは……トレイか?」
 私の問いに頷き、天狗はそのトレイにそっと手を伸ばした。
「ペン立てなんかも置けるが、こうすればカップも収まる」
 彼はトレイを卓上に置き、丸い窪みにコーヒーカップをゆっくりと置いた。
「……天狗。ありがとう」
 私は彼を見上げ、唇を動かした。これならばいつも卓上に置いておける。天狗がずっと傍にいてくれるようで、
嬉しかった。
 彼の手が、私の頭に伸びて来る。
「喜んで貰えたなら、良かった。ではな」
 柔らかな笑顔で何度か手を動かした後、天狗は背を向けた。
 自分の部屋に移動したいのかもしれない。だが、まだ行かないで欲しい。
 私は、深く呼吸をしてから、口を開いた。
「――待って欲しい」
「……どうした?」
 驚いたように、彼はこちらを向く。
 私は、少し前にしまった箱を取り出し、天狗に見せた。
「私も――お前に、これを渡そうと思っていた」
 彼への贈りものは、以前から用意していたのだ。いつ渡そうかと迷っていたが、今、受け取って欲しい。
 天狗は少しの間目を見開き黙っていたが、ほどなくして返答してくれた。
「……ありがとう。開けて良いか?」
「大丈夫、だ」
 彼の手に、贈りものが渡る。私は、小さく頷いた。
 ゆっくりと紙を剥がし、箱を開ける天狗。中の品を確認した後、私を見つめ、彼は口を開いた。
「……ワインオープナーか。随分洒落ているな。ありがとう、泰継」
 天狗は穏やかに笑っている。どうやら、喜んで貰えたようだ。
「――ん、嬉しい。だが、あまり飲み過ぎるな」
 安堵の息を吐いてから、告げた。無論、私は彼にこれを使って欲しいと思っている。だが、あまり飲み過ぎて
は体調を崩しかねない。節度は大切だ。
「分かっている。だが……」
 天狗は困ったような顔でオープナーをなでる。
「――何だ?」
 不思議に思い尋ねると、彼は口を開いた。
「早速、使いたくなって来た。少しだけ良いか?」
「……あれほど飲んでいたのにか?」
 驚いて、問いかける。宴の席でもかなり飲んでいたはずだ。流石にもう控えるべきだと思うのだが。
「お前の贈りもので開けたら別腹だ」
 天狗は瞳を逸さず、唇を綻ばせる。
 優しいその顔に、鼓動が速くなった。
 飲み過ぎは、良くない。だが。
「……小さなグラスにしろ。身体にも、良くない」
 私の胸は、満たされていた。贈りものを喜んでくれた天狗の気持ちが、伝わって来たから。
 今日は、聖夜だ。少しの酒も、彼に贈ろう。
「――ありがとう」
 天狗は穏やかな声で礼を述べると、その手を私の頬にそっと置いた。
 そして。ほどなくして、その唇が私のそれに重ねられた。


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