正確に

 天狗は、目の前にいる者に問いかけた。
「泰明、もう帰るか?」
 ゆっくりと、その瞳を覗き込む。彼は少し驚いたのか、返答せずに目を見開く。だが。
「――そうだな」
 短い沈黙の後、静かに頷いた。
 今日は、任務を済ませた泰明が邸へ帰る前にこの北山へ寄ってくれたので、先ほどまで会話をしていた。本当
はまだ傍にいて欲しいが、多忙な彼を引き止めるわけにもいかないだろう。邸で、ゆっくり休んで欲しい。
「では、送ってやろう」
 だが、やはり少しでも長く話したいと思う。だから、その身体を横向きにして、素早く抱き上げた。これから宙を
駆け、邸へと向かう。到着するまでは、泰明のすぐ近くにいることが出来るから。
「……急に、抱き上げるな」
 泰明は、こちらを睨みながら呟く。だが。
「――頬、赤いぞ。相変わらず子どもだな」
 告げる言葉の最後に、小さな笑い声が混じった。答えを待たずに手を伸ばすとき、彼の頬はいつも薄紅色に染
まる。それが愛らしいからこそ、やめられないのだ。
「……反応を笑うために、私を抱き上げるな」
 そのとき、泰明の声が聞こえた。その視線も、逸らされている。どうやら、反応を楽しむために抱き上げられた
と思っているらしい。彼は、それが少し不快なのだろう。
 だが。
「――泰明。誤解しているぞ」
「……誤解?」
 名を呼んでから天狗が伝えると、彼はこちらを向いた。天狗は、もう一度唇を動かす。
「今のような反応を愛らしいと思っていることは否定しないが……お前に手を伸ばすのは愛しいからだぞ」
 薄紅色に染まる頬も、少し怒気を含んだ声も、愛らしいと思っている。だが、それを笑うために傍にいるので
はない。泰明に近付きたいと願うのは、誰よりも愛しいからだ。
「……そうか」
 彼は少しの間瞬きもせずこちらを見ていたが、しばらくしてから呟いた。
 その瞳を覗き込み、天狗はもう一度口を開く。
「――正確に表現すると、反応が子どもなところも含めてお前が好きだ」
 幼子のように純粋な反応を見る度に、幸せを感じる。だから、誤解はしないで欲しい。
 頬に薄紅を浮かべた彼は、唇を動かさず、頷いた。
 天狗は、安堵の息を吐く。そして一度深く呼吸をしてから、空高く舞い上がった。


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