皿を寄せて

「――ん?最後のひとつか」
 私の隣にいた天狗が、皿に伸ばしていた手を止めた。
「そうだな」
 私も頷き、皿へと視線を向ける。
 二月十四日。バレンタインデーの今日、少し前に夕餉を済ませた天狗と私は、チョコレートを纏わせて冷やし
た苺を食べている。あまり数は意識せずに用意したので、半分に分けることはしなかった。
「泰継、お前が食べて構わんぞ」
 彼は皿を私のほうへと寄せる。だが。
「いや、良い。お前のほうが、嬉しそうに食べていたから」
 皿を天狗の前に戻す。苺を口にしたときの彼はとても幸せそうに笑っていた。最後のひとつは天狗が食べて良
い。
「だが、もう充分に貰ったぞ。それにお前も甘味は好きだろう」
 だが天狗は、もう一度皿を私の前に置いた。
 彼の言葉通り、私も甘味は嫌いではない。疲れを癒せるということも理由のひとつだが、味も好ましいと思
う。
 だが、天狗に食べて欲しい理由があった。
「……だが私は、先ほどのように笑っているお前が見たい」
 彼の好意を無駄にするつもりはないが、私は笑顔の天狗が見たい。笑っている彼を、本当に愛しく思ったか
ら。
 そう思いながら告げた直後、彼は唇を綻ばせた。
 突然の笑顔に、頬が熱くなる。そして、その唇が動き始めた。
「――泰継。チョコレートより、お前のほうがずっと愛しい。だから、食べてくれ」
 天狗は苺を摘み、私の口もとへそれを運んで来る。
 だが。
 急に想いを伝えられたので、鼓動が速くなっていた。しばらくは、動くことすら出来そうにない。
「……食べられない。胸が、満たされたから」
「……明日にするか?」
 私が小さな声で返答すると、天狗は一瞬目を見開いた後、尋ねてくれた。
 その問いに、頷く。
 そして彼は苺を皿に戻した後、私の額にそっと唇を寄せた。


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