理想は


 元日の、夕刻。邸に足を踏み入れた晴明は、小さく息を吐き、隣にいた泰明に声をかけた。
「――ようやく、落ち着けるな」
 こちらに視線を向け、彼は小さく頷いた。
「……はい」
 昨年の終わりから今日まで、晴明も泰明もずっと内裏で任務を遂行していた。この時期、陰陽師がすべきこと
は多数ある。
 全ての儀を無事に終え、ようやく帰って来ることが出来た。彼に、少し近付いても良いだろう。
「泰明、お前も疲れているだろう。私の庵で、少し休まないか?」
 その瞳を覗き込みながら、晴明は唇を動かした。受け入れて、くれるだろうか。
「――はい。よろしく、お願いします」
 彼は一瞬目を見開いたが、すぐに、小さく頭を下げてくれた。

 沓を脱いで室内に行き、円座に腰かける。
 隣にいる泰明に視線を向け、晴明は口を開いた。
「――お前の傍で年明けを迎えられたのだから、それ以上を求めるべきではないのかもしれないが、一度くらい
はふたりでゆっくり年明けを迎えたいものだ」
「お師匠……」
 彼は、瞬きもせずにこちらを見ていた。
 共に陰陽師という立場であるため、年の終わりから翌年の初めまでずっと傍にいることは出来る。それだけで
も、幸せだとは思う。
 だが、儀に携わるため、静かに泰明と向き合うことは出来ない。それが、寂しいのだ。
「もちろん、不可能だと理解はしている。戯言だ」
 陰陽師になり随分経つ。内裏での儀がとても大切なものだということも理解している。馬鹿げた発言をした己
に、晴明は苦笑する。
 だがそのとき、泰明の小さな声が聞こえて来た。
「……私も、そのように過ごせたらとても幸せだと思います」
 晴明は、思わず息を呑む。
 自分でも、下らないとしか思えなかった言葉に、彼は答えてくれた。その上、自分とゆっくり過ごしたいと思
ってくれている。
 真っ直ぐなその気持ちに、胸は満たされて行った。
「――そうか。では、しばらく忙しかった分、これからゆっくりお前との時間を取ろう」
 唇を動かす晴明。触れ合うことの出来なかった時間を、今から埋めたい。
「……ありがとう、ございます」
 泰明は俯いたが、ほどなくして頷いてくれた。
 彼と、目を合わせる。
「……泰明。近付いても、良いだろうか?」
 彼は、小さく頷いてくれた。
 この後は、予定もない。ゆっくり、泰明の温もりを感じよう。
 決意した晴明は、そっと泰明に身体を寄せた。  彼の前髪をそっと分けて、軽く押さえる。
 そして、露になった美しい額に、そっと唇を寄せた。


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