侖は


「――ようやく、帰宅か」
 夕刻。邸の傍で、お師匠が呟いた。
「はい」
 いつも過ごしているところが目に映り、安堵する。ゆっくりと、頷いた。
 旧年の穢れを祓い、帝に謁見する。年の瀬に携わるべき任が終わったので、ようやく師とふたりで邸に戻れ
た。
「……疲労はしたが、同時に帰れるということは嬉しいな」
 お師匠の目に、私が映っている。優しい、瞳だった。
「――ありがとうございます」
 礼を、述べる。普段、異なる任務では別の地に赴くため、同時に帰ることはあまりない。帰り、歩くときにも
師が隣にいてくれたから、嬉しかった。
「――お帰り、は必要ないか。寂しくもあるな」
 歩調を揃え、庭へと踏み込んだとき。お師匠が、呟いた。
 私が帰宅するとき、任がなければ師はいつも優しく挨拶をしてくれる。柔らかな口調が、改めて邸に戻ったと
いう安らぎをくれるのだ。
 私にお帰りと挨拶するとき、師も、穏やかに笑っていると思う。笑顔も、幸せをくれるのだ。
「……はい」
 今はふたりで帰ったので必要はない、だが疲労もあるので、安らぎたいとは思う。
 返答する私に、穏やかな人は問いかけた。
「――代わりの安堵を貰えないか?」
「私に可能なことでしょうか」
 お師匠に、訊く。可能なことであれば、すぐ安堵を齎したい。
 隣で、頷く師。
「――泰明」
 見つめながら小さく呼ばれる。胸が、壊れそうになったとき。
 綻んだ唇が、寄せられた。
 瞼で、瞳を塞いだとき。唇に、安らぎが贈られた。


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