同じもの

 
 二月十四日、午前零時五分。自室の椅子に腰掛け読書をしていた晴明は、外から聞こえる車の排気音に本を閉
じた。
 こんな時間にどうしたのだろう。そう思いながら机の上に書を置き、部屋を出る。そして廊下を渡り、玄関へと向かっ
た。まだ寝間着を纏ってはいなかったので着替える必要はない。もっとも、彼は寝間着で出迎えても気にはしないだ
ろうが。
 ドアの前に立ったのとほぼ同時に、扉が開かれる。
「良く来たな、天狗」
 予想通り、チャイムを鳴らさずに入って来た人物を笑顔で迎えた。約束をしていたわけではないが、この男の訪問を
不快に思うことなどありえない。
「良く分かったな」
「お前のことならば分かる」
 上がれ、と促すと、天狗は靴と薄手のコートを脱ぎ、ああ、と笑った。
 
「――天狗」
 天狗と共にリビングに入ると、自分の部屋にいたはずの泰明がそこに立っていた。排気の音、そしてドアの開閉す
る音が耳に届いたのだろう。
「おお、泰明。まだ眠っていなかったのか」
「どうかしたのか?」
 軽く手を挙げて声をかける天狗を見上げ、泰明は尋ねる。すると、天狗は泰明の頭に手を置いた。
「晴明に用事じゃ。子どもは寝ていろ」
 からかうようなその声音に、泰明は眉を顰める。だが、このようなやりとりはいつものことだ。
 いさかいを鎮めるため、晴明はそっと二人の間に入った。
「――泰明、用は私が聞いておく。気にせず部屋に戻りなさい」
「……はい。失礼します」
 泰明は素直に応じ、リビングを後にした。

「それで、私に用とは何なのだ?」
 テーブルを挟み、向かいの椅子に腰を下ろしている天狗に問う。このような夜更けに一体どうしたのだろう。
「ああ、これを渡そうと思ってな」
 床に置いていた鞄を膝の上に置き、天狗はその中から美しい紙に包まれたものを取り出した。それをテーブルに置
き、晴明に示している。
「これは……そうか、今日はバレンタインデーだったな。作ってくれたのか?」
 形を崩さぬようゆっくりと包装を解き、中にあった白い箱の蓋を開ける。そこにあったのは丸いチョコレート菓子だっ
た。香りから察するに、アルコールの含まれたものだろう。
「ああ。それから、こっちは泰明に渡しておいてくれ。これには酒を入れていない」
 天狗は鞄の中から、色違いの包装紙に包まれた同形のものを取り出した。良く泰明をからかっているが、本当はこ
のような気遣いの出来る男なのだ。
「ふふ、ありがとう。では、私もお前にプレゼントをしないといけないな」
 こんなにも素晴らしいものを贈られたのだ。きちんと返さなければならないだろう。
 晴明が指を鳴らすと、式神が食器棚に置いていたプレゼントを持って来た。
 天狗はありがとう、と答え、その包装を開く。
 中にあったものを見た瞬間、彼は目を見開いた。
「――偶然だな」
 晴明が準備していたものは、天狗が贈ってくれた菓子と全く同じものだった。事前に話を聞いていたわけではなく、
彼がどのようなものを好むだろうかと考えこれを作ったのだ。
「……このようなところでも、私たちは繋がっているのかもしれないな」
 当然、この菓子は晴明の嗜好にも一致している。想い人と同じことを考え、同じものを作った。そう思うと、自然と顔
は綻ぶ。
「――そうだな」
 天狗も微笑み、頷いた。いかなるときも彼と自分は繋がっているのだ。
「……天狗、互いに味を見ないか?」
「ああ、そうするか」
 ふと思い付いたことを提案すると、天狗はそれを了承した。
 箱の中の菓子をひとつ摘み、口にする。
 チョコレートの甘味と洋酒の上品な風味が、口の中に広がった。
「――どうだ?」
 充分に味わった後、天狗に尋ねた。彼がくれたこれは非常に美味だが、調理中に何度も味を見たとはいえ、自分の
ものがどうだったかは分からない。
 だがそんな小さな不安は、優しく目を細めた天狗が消してくれた。
「……美味い。まあ、お前が失敗するわけがないか」
 何とも嬉しい言葉だ。晴明は安堵し、彼に微笑んだ。
「ありがとう。お前のチョコレートもとても美味しい」
「そうか……」
 微笑する天狗。今宵は共にいたい、という想いが湧き上がって来る。
「――さて、天狗。このチョコレートにはアルコールが含まれている。これでは車を運転出来ない。車で来たのだから
歩いて帰るのも不自然だ。さあ……どうする?」
 瞳を見据え、誘いの言葉をかける。天狗は一瞬だけ黙した後、美しい笑みをその顔に浮かべた。
「……そうだな……泊まっても良いか?」
 晴明は微笑と共に、ああ、と答えた。


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