のぎ


 書を、戻した。
「天狗」
 息を吐き、机から少し離れたところにいる者を見る。
「――泰継。夕餉だな」
 呼ぶ私に、頷く彼。言葉ではない訴えを分かってくれたことが、嬉しい。
 八葉の務めから帰宅し、書から知識を得る。そして書を戻したとき、夕餉を摂る。私の、日課だ。
「ああ……」
「……話したいのか?聞くぞ」
 天狗は、夕餉の用意に移ろうとしていたと思うが、しばらく見つめていたら、足を止めてくれた。
 驚きで、一瞬口を噤む。だが、天狗の言葉は誤っていない。今、彼に述べたい。
 改めて、言葉を聞いて欲しいのだ。
 ゆっくり呼吸してから、述べた。
「――天狗は、静かに待ってくれる。ありがとう」
 ほぼ止まらずに話す普段の彼。黙っていることはあまり得意ではないと思う。
 だが、書を読むとき無闇に騒ぐことはない。寂しいとき、身体を寄せるくらいだ。そして、傍にいるときは安
らぎをくれる。
 優しい天狗のお蔭で、静かなときを過ごせる。嬉しいのだ。
 瞬きもせず、私を見る彼。驚かせてしまっただろうか。私の呼吸も、少し苦しい。
 だが。
「――嬉しいぞ」
 幸せそうな、返事が聞こえた。
 安堵が、私の胸に訪れたとき。
 腕を、伸ばされた。
 天狗に、身体を守られる。
 呼吸が止まりそうだが、愛しかった。
「知識を得ることも必要だが……天狗の優しさは、胸を埋めてくれる」
 呟いた。書から、幸せな優しさは得られない。
 彼でなければ、胸が愛しさで埋まることはないだろう、と思ったとき。
 更に腕の力は強くなり、幸せだと、思った。


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