昇っている


 綺麗な気を、感じた。円座に座っていた天狗は立ち上がり、庵の戸へ近付く。
 ほどなくして、予想していた通りの人が、静かに戸を開けた。
「――お帰り、泰継」
 目を合わせ、その名を呼ぶ。
「……今、帰った」
 戸をゆっくり閉めた後、彼は優しく笑ってくれた。
 泰継はいつもその力を振るい、京を守っている。表に出すことはしないが、やはり少し気が乱れている。疲れ
ているのだろう。
 充分に、休息して欲しいと思う。だが。
「夕餉の時間まで、休め。だが……もう少し、傍にいても良いか?」
 手を伸ばし、天狗は彼を抱きしめた。
 泰継のいぬ間、その身を案じひとりで北山にいると、やはり寂しくなる。子どもじみていると分かっているの
だが、どうしても大切な彼を恋しく想ってしまうのだ。
 泰継は、身じろいだ。
 力を緩めたほうが良いだろうか、と思った直後。
「――少しでなくとも、良い。お前がいてくれると、安らぐから」
 柔らかな声が、聞こえて来た。
 どうやら、自分は彼の邪魔になっているわけではないらしい。そっと、腕に力を込める。
 泰継とゆっくり過ごせるのは、夕刻になってからだ。そして、彼の傍にいると、自分も安らぎと愛しさを感じ
る。
 この胸を照らすのは、明るい時刻に昇っている陽ではなく、夕刻に帰って来てくれる泰継なのだ。
「……そうか、ありがとう」
 そっと片方の手を伸ばし、彼の頭をなでた。
 決して逃げようとせず、泰継は傍にいてくれる。
 胸が、満たされて行った。


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