庭の花

 
  晴明の住む邸の庭に咲く花は、枯れることがない。陰陽の力が満ちた邸は、どんなときも多くの色に囲まれてい
る。
「花々が映えますね」
 月の放つ光の下、晴明と共に庭に立った泰明は、身を屈めて桔梗の花弁に触れている。その様子を隣で見なが
ら、晴明はあることを考えていた。
「――そうだな」
「……お師匠?」
 返事をした声に感情が表れていたのだろうか。桔梗に向いていた泰明の視線が晴明に移された。
 首を傾ける愛弟子に、誤魔化すような言葉を聞かせたくはない。晴明は、庭全体を見渡しながら答えた。
「――この季節にそぐわぬ花も多い。ここにある紫苑の花もな」
 桔梗は秋に咲く花だ。だが、今は初秋に差しかかってすらいない。
 温かな季節の桜も、太陽の似合う杜若も、雪の中に開く山茶花も、全て桔梗同様この庭に咲き乱れている。この
景色を桃源郷のようだと褒めてくれる者もいるが、理から外れていると恐れる者も多い。実際、晴明も奇妙な光景
だと思っているのだ。
 生まれ落ちたときから備わっていたこの力は、高名な陰陽師となった今でも晴明の胸に痛みを与えることがあ
る。
「お師匠……」
「今更ながら、私も随分おかしな力を持ったものだ」
 唇から、息が零れた。雲のかからない美しい月に胸の内を照らされたのかもしれない。庭に出ないか、と泰明を
誘ったのは自分なのに、雰囲気を壊すようなことを言ってしまった。
「――お師匠。ここに咲いている花々を私は美しいと感じます」
 自身の愚かしさに苦笑していると、しばし沈黙していた泰明が口を開いた。
「……?ああ、そうだな」
 頷きながら、疑問を抱く。明らかに今しがたまでの会話と噛み合わない言葉に、一体どのような意味があるのだろ
う。
 そう思ったとき、続きが耳に届いた。
「――陰陽の力だけでは、花はこのように美しく咲かないのではないでしょうか」
「泰明……」
 意外な言葉に晴明は目を見開いた。泰明の頬には薄い紅色が浮かんでいる。
「――花が綺麗なのは、お師匠がお優しいからだと思います。お師匠のお心に応えたからこそ、花は美しく咲くこと
が出来たのでしょう」
 頬を染めながらも泰明が伝えてくれた言葉。それは、晴明の胸に響く。
「――私は、優しいか?」
「……はい。お師匠は、いつも私を守って下さいます」
 泰明は晴明の瞳を真っ直ぐに見て、質問に答えた。
 世辞ではなくそのようなことを言ってくれる者は彼以外にいない。本心を隠すことが多い自分をそのような存在だ
と感じたことなどない。
 だが、愛しい彼の言葉ならば――信じられる。
「――そうか、ありがとう。お前の言葉ほどの価値が私にあるかどうかは分からぬが……確かにこの庭も悪くないか
もしれないな」
 晴明は、泰明を見つめた。
 彼は色鮮やかな花々の中にいる。桜、杜若、山茶花、そして――桔梗。
「――何故ですか?」
 訝しげな表情を浮かべる泰明を、力を入れすぎないよう注意して抱きしめる。
「……こうして、たくさんの花に囲まれたお前を愛でることが出来る」
「――お師匠……」
 少しだけ震えたが、泰明は離れることなく、腕の中にいてくれた。


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