胸に沁みる想い

  庵の掃除を終えた泰継と天狗は、清潔になった室内をゆっくりと見回した。
「ん、まあこれくらいやれば良いじゃろう」
 天狗は満足そうに言い、手の甲で汗を拭う。
「ああ、そうだな」
 隣にいた泰継もその言葉に同意し、頷いた。
「しかし、こんな山奥の庵で良いのか?もっと良い場所があるだろう?」
 天狗は泰継に尋ねた。
 本日より泰継は師の邸ではなく、北山のこの庵に住むことになる。泰継自身の希望ではあったのだが、このよ
うに寂しい庵で本当に良かったのだろうか、と天狗は疑問に思ったのだ。
「――人目に付かぬ場所の方が良い。師が亡くなり、私を気味悪がる者も多くなったからな」
 泰継は目を伏せ、小声で答えた。
「……泰継」
 どこか悲しげな泰継に、天狗は思わず手を伸ばす。だが泰継の言葉によって、その動きは遮られた。
「天狗、私も一つ質問がある。ここは以前、お前の仲間が暮らしていた場所だと聞く。私が住んで良いのか?」
 天狗は手を止め、その問いに返答した。
「ああ、天狗族も随分少なくなったからな……庵は有り余っておる」
 最近は、仲間の天狗も著しく減ってしまった。妖とはいえ不死というわけではない。いなくなってしまった仲
間のことを、天狗は遠い目で思い出す。
「……天狗」
「だけど、まあ」
 寂しい思いを誤魔化すように、天狗はわざと明るい声を上げる。
「今日からお前と一緒に暮らせるなんて、嬉しいぞ!」
 そう言って、天狗は泰継を抱きしめた。
「天狗……」
 天狗が心のどこかで苦しんでいるということは、人の感情というものを完全に知ったわけではない泰継にも分
かる。だが、天狗は自分の苦しみや悲しみは一切見せず、泰継を励ますように笑うのだ。そんな天狗の優しさ
が、胸に温かく沁みていく。
「……私も、お前と共にいられることが――嬉しい」
 泰継は、天狗の胸にそっと耳を寄せた。いつかは彼の悲しみを和らげることが出来るような存在になりたい、
と願いながら。

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