みん


「お師匠」
 強く、踏み込んだ。呼吸が響く。状況を悟り、指示に備える。
「泰明。走ったのか」
 私を傍で見つめる師。表情は崩れないが、迷わずに訊く。
「室内に危機を見たならば、鎮めます」
 変わりなく見える邸と庭。だが、師匠は庵の内から戸口に踏み込んでいる。夕刻は庵で過ごされることが常の
方。門に踏み込み、師がいる場所の違いに気付いた。未知なる脅威を悟られているのかもしれないと思い、寄
る。
 今は、一日の務めも済ませている。急な命にも応えられる。しばらく、見つめたとき。
「すまない。庵が少し暗いので――泰明を迎える前に綺麗な風と気を循環させていた」
 囁きが、聞こえた。危うさのない答えに、目を見開く。戸の開閉で、室内を清めていたのか。
「反省、します。失礼しました」
 一礼し、俯く。自らの未熟さに胸が痛む。
「泰明、室内で休みなさい」
「私の、失敗です」
 穏やかな声を貰う。だが、傍に、いられない。誤りは罪だ。
 一歩、後ろに移る。だが。
「努力を見られて、嬉しい。ありがとう。ゆっくり、呼吸しなさい」
 すぐに、優しく命じられた。言葉の主に視線を移す。いつもの微笑に、満たされる。
 力不足さえ、許されている。無論今後注意は怠らないが、優しさに、安堵する。
「はい。ありがとう、ございます」
 頷き、視線も外さない。頬が熱くとも、嬉しさは消えないのだ。
 師匠は、笑顔のまま話す。
「少し足を止めて欲しい。庵には、いつでも移れるから」
 意味の推測が、出来ない。師匠はそっと、私に近付いて下さる。
 驚くが、胸は優しく鳴る。頬に綺麗な手を添えられ、反射的に目を閉じた。不快さは、ない。
 ゆっくりと、唇が、温もりと柔らかさに喜んだ。


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