迷惑になる


「泰明、いるか?」
 庵の戸に向かい、天狗は呼びかけた。
「……いる」
 ほどなくして、小さな声が聞こえて来た。戸が、ゆっくりと開かれる。
「良かった。久しぶりだな」
「そう、だな」
 下駄を脱ぎ、ふたりで中に入る。彼と逢うのは、年が明けてから初めてだ。
 年の変わり目、陰陽師は内裏にて多数の儀に携わる。元日の夕刻ならばさすがに帰宅しているだろうと思
い、訪ねたのだ。
「予想通り、帰宅していたな……」
 久しぶりに逢えたので、自然と声が弾む。だが、天狗は言葉の最後に口を噤み、泰明に視線を向けた。
 昨年の末から内裏で任務を果たしていた彼は、きっと疲労しているだろう。今、騒がれるのは辛いかもしれな
い。
「――どうした?」
 自分が黙っていることを不思議に思ったのか、泰明がこちらの瞳を覗き込む。
 しばらく思考を巡らせてから、天狗は彼の後ろに素早く回り、その身体をそっと抱きしめた。
「……逢えて嬉しいぞ、泰明」
 耳介に唇を寄せ、出来る限り小さな声で告げた。抱きしめていた身体が、震える。
「――何故、急に、近付いた」
 呟くように、問いかける彼。腕に少し力を込め、天狗は、返答した。
「いや、騒ぐとお前の迷惑になるかと思ってな。静かな声を出してみた」
 声量を小さくすれば、大丈夫だと思ったのだが。
 しばらくして、泰明の呟くような声が聞こえて来た。
「――急に近付かれても、困る」
「――分かった」
 突然傍に来られても、確かに迷惑だろう。天狗は、腕の力を緩める。
 そのとき、彼は口を開いた。
「――だが、お前の声は、好きだ。賑やかなときも、静かなときも」
 その横顔に、薄紅が差す。天狗は、目を見開いた。
 対象は声ではあるが、滅多に聞けぬ、泰明からの好きという言葉。本当に、幸せだと思った。
「――お前が、好きだ」
 抑えずに告げて、もう一度彼を抱きしめる。
 今年も、ずっとこの気持ちを伝えて行きたい。そして、ときおり泰明も、その気持ちを言葉にしてくれたら良
い。
 そう思いながら、身じろいだ身体を、一層強く抱きしめた。


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