目が合ったとき

「泰明、おいで。花を愛でよう」
 晴明は、泰明へと手を伸ばした。何の躊躇いもなく差し出されたその手に、泰明は息を呑む。今も十分師匠の
近くにいるが、もっと傍へ行っても良いということなのだろうか。
「……はい」
 深く息をしてから、一歩晴明に近付く。師は、穏やかに笑いかけてくれた。
 今、泰明は晴明と並び、庭の花を眺めている。夕餉を摂り終えたとき、庭へ行き花を見ないかと晴明に誘われ
たのだ。
「綺麗だな。陽がなくとも美しい」
「――はい」
 頬に熱を感じながら、師匠の言葉に頷いた。
 晴明の言う通り、陽に照らされていなくとも花というものはとても美しい。この場所に咲くものは尚更だ。師匠
の澄んだ気が満ちているため、数え切れないほどの花が咲き誇っている。
 晴明は、どのような顔でこの花を見ているのだろう。ふとそのことが気になり、泰明は視線を隣にいる人へと
移す。
 師匠は、優しい眼差しで花を見つめている。その姿は、周囲の花にも負けぬほどに美しい。思わず、息を
呑んだ。
 鼓動が速まる。だが同時に、胸が僅かに痛む。
 今、自分の隣にいる人は、とても優しく、綺麗な人だ。晴明の気持ちは良く知っているが、時折このように、
自分はこの人に相応しいのだろうか、と思ってしまうことがある。
 晴明から、目を逸らすことが出来ない。
 そのとき、不意に強い風が吹き始めた。もっと師匠を見たいと思ったが、瞳を守るため反射的に瞼を閉じる。
「……っ、泰明、大丈夫か?」
 ほどなくして風が止んだとき、晴明が声をかけてくれた。
 強い風ではあったが、特に問題はない。
「はい。お師匠はどうですか?」
 自分のことよりも晴明のほうが気になる。小石などが当たり、怪我をしているかもしれない。
「私も平気だ。お前は……」
 晴明は首を横に振り、泰明の頬に手を当てる。
 そして身体を寄せると、目を覗き込んだ。
「――お師匠」
 真っ直ぐに自分を見る目に、呼吸が乱れる。
「……良かった。埃も入らなかったようだな」
 しばらくして、晴明は安堵したように呟いた。
 この人は、自分の身を案じてくれたのか。
 嬉しさを感じながら晴明を見つめると、目が合った。
 師匠の眼差しが、柔らかいものに変わる。先ほど花を眺めていたときのような優しい瞳が、自分に向けられて
いる。
 そして、思った。
 この人は本当に、自分を大切に想ってくれているのだと。
 今度は痛みではなく、光が胸に宿った。
「お師匠……」
「……泰明、おいで」
 頬が熱い、と思いながら晴明を呼ぶ。すると、師匠は腕を広げた。
 少し躊躇いながら、頷く。
 ほどなくして、優しい腕が泰明の身体を抱きしめた。


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