待ち時間と味

 絞り終えた生地を見ながら、天狗は呟いた。
「――よし、あとは焼くだけか」
「そうだな」
 隣に立つ泰継も、その言葉に頷く。
 二月十四日。今日は大切な人に贈りものを渡し、気持ちを伝える日だ。そのため、彼とふたりでシュークリー
ムを作っている。
 先ほどチョコレート味のクリームも作り、味見も済ませた。後は生地を焼いてからクリームを詰めれば完成だ。
天パンを持ち、天狗は慎重にオーブンの中に入れた。

「ふー……」
 ソファーに腰かけ、天狗は小さく息を吐く。
「天狗、どうした?」
 隣に座っていた泰継は心配そうにこちらを見る。だが、悩みがあるわけではない。
 天狗は彼と目を合わせ、その問いに返答した。
「焼き上がるのが待ち遠しくてな。口がもう甘味を欲している」
 シュークリームは、焼き上がるまで長時間待たなければいけない。
 それは充分に分かっているのだが、その味を早く確かめたいと思わずにはいられない。口が、舌が、とろける
ような甘さを求めているのだ。
「そうか……」
 泰継は同意するように呟く。そのとき、彼の唇が目に入った。
 甘いものが欲しい。その気持ちが、膨らんで行く。
「……泰継、甘いものを貰っても良いか?」
「天狗?」
 頬に触れながら尋ねると、彼は不思議そうに首を傾げた。
 掌をそっと動かし、天狗はもう一度口を開く。
「先ほど、クリームの味を見ただろう」
 泰継も、チョコレートクリームの味見をしていた。きっと、その味がまだ残っているだろう。
 そう思いながら、彼と、唇を重ねた。
 やはり、クリームの味がする。だが、それ以上に甘いような気がした。
「……天狗」
 唇を解放したとき、泰継は目を見開いた。
「――甘いな。満足した」
 目を合わせ、感想を告げる。思った以上に甘美な味は、舌を満たしてくれた。
「――そうか」
 俯いて、泰継は呟く。その頬は薄い紅色に染まっていた。
「嫌だったか?」
 頭に手を載せ、問いかける。自分は満足したが、突然の行為は彼を不快にさせたかもしれない。シュークリー
ムが焼き上がるのを待っているべきだっただろうか。
 だが、泰継はこちらを見上げ、言った。
「――構わない」
 頬は変わらず染まっていたが、その眉は寄せられていなかった。
 安堵しながら、天狗は彼を抱きしめる。
 そのとき、オーブンから生地の完成を告げる音が聞こえて来た。


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