休泊と欲張り

 清らかな空気を感じる静かな夜。褥に入る準備を済ませ、私は扉を開けた。これから私は眠りに就く。だが、
この場所は自分の部屋ではない。
「……天狗」
 部屋の主――天狗を呼びながら、中に足を踏み入れる。
「――泰明」
 褥に座っていた天狗が、こちらを見た。私はこれから、天狗の隣に行く。
 夕刻まで、私とお師匠は内裏にいた。年の変わるこの時期、陰陽師がすべきことは多数ある。夜の色が混じり
出す頃、務めを果たすことが出来たので、一度邸に戻ってから北山を訪ねたのだ。
 既に、新年の挨拶は済ませた。お師匠は天狗とゆっくり話すと良い、と休泊の許可を下さったので、これからは
傍にいられる。
 鼓動が速い、と思ったとき、天狗が立ち上がり、こちらへとやって来た。
 何だ、と、訊く間もなく。
 天狗の唇が、私のそれに重ねられた。
 突然のことに、息を詰める。しばらくして、唇は解放された。
「――急に、何だ」
 頬の熱を感じながら、問う。何も言わずにこのようなことをされると、気が乱れる。
 私の頭へと手を伸ばし、天狗は返答した。
「お前が内裏にいる間、寂しかった。少しは許せ」
 天狗は、笑顔でもう一方の手を私の腰へと回す。
 そして強く抱きしめた後、腰の周りをなではじめた。
「……天狗!」
「どうした?」
 声を上げるとその手は止まったが、天狗は先ほどまでと変わらず唇を綻ばせていた。
 自分を鎮めるため、深く呼吸をしたとき。もう一度、腰に置かれた手が動き始めた。
「――っ、お前は、欲張りだ」
 私は、告げた。唇を重ね、抱きしめたすぐ後、腰にまで触れる。天狗は、多欲だ。
 腰をなでるその手が、再度動きを止める。その直後、天狗は呟いた。
「……お前のせいだぞ」
 先ほどまでとは違い、その声は真剣だ。
 突然の言葉に、私は目を見開く。そして、尋ねた。
「――私が、お前に何かしたのか?」
 私は、天狗を悲しませたのだろうか。それとも怒らせたのだろうか。
 不安を感じたとき、そっと頭をなでられた。
 驚いて、視線を天狗へと向ける。そして、その唇が動き始めた。
「そうではないが……儂が欲張りになるのは、お前のことが好きだからだ。好きだから、もっと触れたくなる」
 真っ直ぐな瞳が、私を映していた。天狗の想いが、胸に伝わって来る。
「――天狗」
 私は、呟いた。
 天狗のように、何度も触れることは出来ない。だが、私にも、その気持ちは、確かにあった。
「……泰明。儂のことが好きなら、お前も、応えてくれ」
 天狗は、両の手を軽く広げる。笑顔ではあるが、その声に揶揄するような色は含まれていなかった。
「――うるさい」
 頬が更に熱くなり、思わず告げる。だが、愛しく想う気持ちは消えなかった。
 天狗のように、上手くは出来ないかもしれない。だが、その気持ちに向き合いたい。
 私はそっと手を伸ばし、天狗の手首を掴んだ。
 もの足りないかもしれないが、伝わって欲しい。
 天狗は一瞬目を見開いた後、嬉しそうに笑った。
 そして。私の腰に巻かれていた帯へ手を伸ばし、ゆっくり解いた。


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