客と移動

「晴明、夕餉にするか?」
 会話に区切りが付いたとき。私の隣に座っていた天狗が、こちらを見て口を開いた。
「そうだな」
 私は、頷いた。今は確かに、夕餉を摂り寛ぐのに良い時刻だから。
 今日は、北山にある彼の庵へ泊まりに来ている。天狗が、私を誘ってくれたのだ。
「今日はお前が客だ、晴明。儂が用意するから、お前はゆっくり待っていろ」
 彼は笑顔で告げ、立ち上がった。
 天狗は、いつも私の口に合うものを用意してくれる。夕餉は、とても楽しみだ。
「分かった――」
 言葉に甘えさせて貰おうと、私は唇を動かす。
 だが。
 ふと、引き止めたい、と思った。
 膝立ちになり、彼の腰へと腕を回し、抱きついてみる。
「……何だ?」
 天狗はこちらを向く。少し驚いたのか、その目は見開かれていた。
「――お前の温もりが欲しいと思ってな」
 腕に力を込め、返答した。
 彼を待っている間、私はひとりになる。せっかく今日はゆっくり過ごせるのだから、もう少し天狗を堪能したい
のだ。
「これでは支度が出来んぞ」
「嫌だと思うのなら、振り払って構わない」
 小さくため息を吐いた彼に、告げる。迷惑だと感じているのなら、今すぐ払い退けてくれて構わない。
 子どものように身勝手なことをしているという自覚はあるから。それに、天狗は支度が済めばすぐに戻って来
てくれることも知っている。
「――それは、困るな」
 だが、私の腕を払うこともなく、彼は呟いた。
「……どうしてだ?」
 絶対に動くなと命じたわけでもないのに、何故困っているのだろう。
 私が尋ねると、天狗は返答した。
「――嫌では、ないからな。お前を振り払えない」
 吐息の混じった声。だが、それはとても優しかった。
 私に引き止められることを、彼は不快には思っていないようだ。
「……そうか」
 幸せを、感じる。天狗の迷惑になっていないのならば、自分から腕を解くことはしたくない。
 彼とふたりで移動しようと、腕を上にずらしてから立ち上がる。
 こちらに視線を向けた天狗は一瞬驚いたようだったが、すぐに笑ってくれた。
 そして。直後、私と彼は同時に移動を始めた。


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