物語

腰と原因

「天狗、どうした？」
　指定した時刻通りに、泰継は天狗の部屋にやって来た。後ろ手にドアを閉め、天狗の前に立つ。既に夜は更け
ているため、髪は束ねておらずパジャマを纏っている。
「急に悪かったな。泰継、お前に渡したいものがある」
　現在の時刻は午前零時。つい一時間ほど前、寝る準備を整えていた泰継に、零時になったら自室へ来てくれな
いか、と天狗は言ったのだ。突然彼を誘ったのには、理由がある。
「渡したいもの？」
「今日は、お前の誕生日だろう」
　泰継の瞳を覗き込みながら、天狗は告げた。
　今日は九月九日。彼がこの世に生まれた日だ。
「――ああ……そうだな」
　一瞬目を見開いてから、泰継は頷いた。呼ばれた理由と誕生日が結び付いていなかったのだろう。
「おめでとう、泰継。これを――受け取ってくれるか？」
　傍らの机に置いたプレゼントを、天狗は差し出した。今日のために用意した祝いの品だ。
「――天狗……ありがとう」
　泰継は手を伸ばして包装した箱を受け取ると、微笑んで軽く頭を下げた。
「――ああ」
　天狗もまた、顔が綻ぶのを感じた。泰継が笑うとき、いつも温かな光に照らされたような気持ちになるのだ。
「中を、見ても良いだろうか」
「もちろんだ」
　尋ねる泰継に、頷いて答える。プレゼントを見た彼は、一体どのような顔をするのだろう。
「――ベルト……」
　机の上に箱を置いて丁寧に開け、出て来たものを手に取って泰継は呟く。
「ああ。それなら学校にもして行けるだろうと思ってな」
　天狗が彼への贈りものとして選んだのは、ベルトだ。どんな服にも合うように、黒く飾り気のないものにした。これ
ならば、学校へも巻いて行けるだろう。
「……使いやすそうだ。ありがとう、天狗。嬉しい」
　泰継は柔らかな笑顔を浮かべ、天狗の双眸を真っ直ぐに見た。
「――そうか、良かった。ああ……ところで泰継」
　どうやら気に入ってくれたようだ。当然、彼の好むデザインのものを用意したつもりではいたが、やはり喜んでい
る姿を見ると安心する。目を細めながら、天狗はあることを言おうと口を開いた。
「何だ？」
「少し確かめたいことがあるのだが」
「構わない。何だ？」
　天狗は、彼の持つベルトを指で示した。
「多分平気だとは思うが、サイズが合うかどうか気になってな」
　購入時に視覚では確かめたが、正確なサイズを測定したわけではない。もしも不都合があったら困る。
「分かった、一度合わせる」
「いや、せっかくだから儂がやる」
　ベルトを腰に巻こうとする泰継を制止する。自分が贈ったものの具合は、自分で確かめたいのだ。
「そうか、頼む」
　泰継からベルトを受け取り、天狗は彼の前に膝を付けて屈んだ。
　寝衣の上から、細い腰にベルトを巻き付ける。先端をバックルに通し、端から最も遠い穴で固定する。しっかりと
しめても少し余裕があるが、装着には差し支えないようだ。
「――ふむ、大丈夫だな。それに、良く似合っている」
　腰の両側を掴み、天狗は泰継の顔を見上げた。無駄な装飾のないこのベルトは、彼にとても似合っている。
「――そうか……」
「――泰継？どうした？」
　我ながら良い品を選んだものだ、と満足していた天狗だが、泰継の声が妙に小さいことに気付き、原因を訊い
た。心なしか、彼の頬は赤くなっているように思える。
「――いや……」
　だが、泰継は視線を逸らし、答えない。
　体調でも悪いのだろうか、と不安を感じながら、ふと自分の手に目をやり、天狗は彼が頬を染めた理由を悟っ
た。
　腰を支えるかのように両側を掴んでいるこの状態。まるで良からぬ行為が始まるようではないか。
「……ああ、すまん！」
「――いや……お前は悪くない」
　慌てて両手を下ろし立ち上がると、泰継は俯いた。怒ってはいないようだが、まだ頬の色は失せていない。
「だが、お前を驚かせてしまったのは事実だ。その……本当にすまん。そういうつもりではなかったのだが……」
　おかしなことを考えていたわけではないのだ。しかし、一度意識するとどうしてもそのような方向に頭が働いてし
まう。謝罪している間も、明日は泰継は学校へ行かなければならないから夜を共にすることは出来ないだろう、こ
れから先、自分がこのベルトを外すこともあるのだろうか、などという思いが駆け巡った。
　何とかしてそのような思考を散らそうと天狗は頭を振る。
　だがそのとき、泰継は顔を上げて天狗に告げた。
「――天狗。私は……驚きはしたが、嫌では、なかった。ありがとう、私の生まれた日を祝ってくれて」
　頬はまだ薄紅を帯びているが、柔らかな声と表情に嫌悪感はない。
　おかしな場所に手を置いてしまったが、泰継は自分を嫌わずにいてくれるようだ。
「――泰継……ありがとう」
　礼を言い、天狗はゆっくりと腕を伸ばし、泰継の身体を抱きしめた。