心まで

「……ん」
 小さな声と共に、泰明は目を覚ました。そのまま横を向けば、視界に入るのは隣で眠っている人の――晴明の
顔だ。現在泰明は片方の掌をこの人と合わせ、指を絡ませるような形で手を繋いでいる。起き上がることは困難
だが、穢れは昨日祓ったばかりだ。都は清らかな気に守られている。もう少し休んでいても問題ないだろう。
 元日であった昨日まで、泰明と晴明は宮中にいた。陰陽師として様々な儀式を執り行うためだ。その間は、二人
で過ごすことなど出来なかった。しかし夕刻に邸へ戻ってから、事前に師と交わしていた、帰宅したら肌を重ね
る、という約束を果たしたのだ。
 いつもと変わらず、晴明は優しかった。多忙だったため疲労していたが、泰明は辛いと思わなかったのだ。眼差
しも身体の動きも、普段と同じだったから。
 いや――いつも以上に優しかった、と言ったほうが良いかもしれない。晴明は今年初めてそうすることを喜ぶか
のように、そっと全身をなでていてくれたのだ。
 泰明の胸が高鳴ったとき、隣にいた晴明は瞼を開けた。
「――お早う、泰明」
「……お早うございます」
 繋がっていないほうの掌を胸に置き、泰明は答える。近くで朝の挨拶をするのも今年初めてだ。
「――痛むところはあるか?」
 晴明は双眸をこちらに向ける。自分のことを気遣ってくれているようだ。
「――大丈夫、です」
 顔が熱を持っていると自分でも分かる。痛むところなどない。布に隠れた肌に残っているのは、心まで包み込む
ような温もりだけだ。
「――そうか。では、今年もこうしてお前の傍にいさせてくれるか?」
「――はい」
 掌が頭に載せられる。胸に当てた指先の力を強めながら、泰明は頷いた。


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