こける


 結構な、酒だった。唇を綻ばせ、天狗が杯をそっと置いたとき。
「天狗、水で目を覚まさないか?」
 隣にいた晴明の言葉に、目を合わせた。
 顔や瞼を自らなでる彼。洗う姿を模しているようだ。
「――急だな、晴明」
 目を見開きながら、天狗は呟く。
 今夜、彼は傍にいてくれる。先日この庵に招いたところ、晴明は笑顔で頷いてくれたから。
 眠る準備を共に全て終わらせ、彼とふたりで酒を飲んでいたのだが、随分急な問いだ。酔っているのかと思っ
たが、飲む前と様子は同じなので、それも違うらしい。
 天狗が不思議に思っていると、晴明は瞳を逸らさず、言葉を紡いだ。
「すまない。だが……酔いでお前が眠ったら、少し寂しいと思ってな」
 天狗は、もう一度目を見開く。
 変わった提案の理由は、自分の眠りを憂えてのことだったらしい。
 酔いは、機嫌が良いと自分でも分かる程度に回っている。だが。
「――心配するな、それほど酔ってはおらん。遠慮せず、傍に来い」
 そっと、彼に手を伸ばした。まだ、眠るような時刻ではない。そして、晴明の傍で温もりを確かめることもな
く眠りこけるほど、悪趣味でもない。水で目の周りを洗わずとも、意識を持って彼を見つめることは出来る。
 晴明が傍にいてくれる時間は、とても大切だから。何もせずにいては、きっと罰が当たる。
「……それは、良かった」
 彼は安堵したような笑顔で、こちらへと身体を寄せる。
 掌を掴んで自分のほうへと寄せ、晴明を強く抱きしめた。


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