拘らない


「――天狗」
 夜。褥に来てくれた者を呼びながら、その身体にそっと抱き付いた。
「随分期待しているようだな、晴明」
 天狗は一瞬目を見開いたが、すぐに笑って、強く私を抱きしめてくれた。
 彼は今日、この庵に泊まって行く。少し乱れていた都の気がようやく鎮まったので、久しぶりにふたりの時間
を持つことが出来たのだ。
「……少し間が空いたのでな。待ち切れないのだ。お前は、求められるより、静かなほうが良いか?」
 目を合わせてから、私は問いかけた。
 こうして私が求めるとき、天狗はいつも笑顔で応えてくれる。綻んだその唇を、疑うつもりはない。だが、静
かに反応されるほうが嬉しいかもしれない。もしそうならば、彼を喜ばせるために、逸る気持ちはなるべく抑え
よう。
 天狗は思考を巡らせているのか瞬きもせずに沈黙していたが、しばらくしてから口を開いた。
「……別に、どちらでも構わん」
「軽薄、だな」
 視線を逸らすことなく、告げた。この問いにどちらでもと答えるとは、随分と積極的だ。
「晴明」
 彼は、低い声で私の名を呼んだ。軽薄さは、全く感じられない。
 私は、そっと唇を動かした。
「――私ならば、という前提がある。そうだろう?」
 どちらでも良い、の前に、私ならば、という言葉を付けてくれる。私が近付けば、いつも喜んでくれる。それ
が、天狗だ。
「……分かっているのなら、良い」
 満足した様子で、彼は頷いた。そして。
 私が纏っている単の帯に手を伸ばし、素早く引いた。


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