起床と幕開け


「……では寝るか、泰継」
 単を纏い終えた天狗は、私の隣に横たわり、声をかけてくれた。
「そう、だな……」
 彼の言葉に、答える。だが、その声は随分小さなものになってしまった。
「――眠そうだな。やはり、疲れたか?」
 天狗はこちらに視線を向け、不安げに問いかける。私の身を案じてくれているのだろう。
 私は、ゆっくりと口を開いた。
「――ああ。だが、少し休めば治る」
 私と天狗は、先ほどまで互いの温もりに手を伸ばしていた。その温度を得る際は、確かにいつも疲労する。
 だが、後悔は全くない。彼の傍にいることが出来たのだから。痛みや疲労など、眠っていればじきに治まるだ
ろう。
「……そうか。ゆっくり寝ろ。もし寝過ごしそうになったら儂が起こそう」
 安堵したのか、天狗は小さく息を吐いてから穏やかな瞳を私に向けた。
 その気持ちが、胸に沁みる。私は、その目を見つめながら告げた。
「……ありがとう。お前のお早う、を聞くと幸せを感じられるから、朝が楽しみだ」
 朝が来たとき、彼はいつも柔らかく笑って挨拶をしてくれる。その声を聞く度に、私は今日も彼を愛しく想っ
ているのだと、実感するのだ。
「――それは良かった。まあ、お前は時間通りに起床するだろうがな」
 天狗は一瞬目を見開いた後、私の髪に手を伸ばした。
「そうかもしれないが……」
「――だから泰継。儂のほうが遅くまで眠っていたら、起こしてくれ。儂も、お前のお早う、が好きだから」
 私が、それでもお前のお早う、を聞かせて欲しい、と答えるよりも早く、彼は、唇を動かした。
 その声は、とても優しい。天狗も、私の挨拶を本当に求めてくれているらしい。
「……分かった」
 愛しい人に必要とされる喜びを感じながら、答える。天狗は唇を綻ばせると、私の髪に伸ばした手をそっと動
かした。
 その温もりに、満たされて行く。私は穏やかな眠りに就くため、ゆっくりと瞼を閉じた。


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